ハプニング大賞当確





 人でも殺せそうな形相でヘッドギアを睨んでいる阿部に、アナウンサーは気の毒そうな、或いは面白そうな視線を向けた。放送席は空調が効いているはずだか、効きすぎなのかそれとも阿部の醸し出す空気のせいか、明らかに適温より肌寒い。
 放送席から見下ろす先には、プレイボールを待つグラウンドがあった。



 阿部隆也と、まもなく開始する試合に先発登板予定の榛名元希の確執というか因縁というか……、腐れ縁とでも言うのだろうか、よく分からないなりに縁付いている関係は周知の事実だった。斯くいうアナウンサー自信も、二人の関係を邪推したりからかったりと、ネタにして楽しんでいるクチであった。
 ――なにぶん、当事者の片方である榛名が陽性の質であるので、ネタにして深刻になることがない。ゆえに、美味しく戴いてかまわないネタ、なのだ。

もっとも、取り沙汰される度に眼光鋭くする阿部を見るにつけ、憐れをもよおすのも事実である。阿部は思慮も常識も十分に持ち合わせているので、榛名と阿部の関係において割りをくうのはいつも彼だからだ。
 ちなみに阿部は、本能と脊椎反射のみで真実に到達するという、神業の持ち主、田島とも昵懇であり、対榛名と同様に日々振り回されている。どちらにしろ、阿部が結局振り回されることを容認しているので更に振り回されるのだろうが。

 ここで話は冒頭にもどる。日々榛名(……と田島)に振り回されている不幸な阿部は、よりいっそう不幸なことに、榛名が登板する試合の、解説を押し付けられてしまったのだった。



 今年の日本シリーズ、とりわけ第一戦は、かなりの注目を集めていた。奪三振王にして最多勝利、日本を代表する左腕と、本塁打王は逃したものの、打率・打点ともにトップ、足も速くていずれはトリプルスリーも、と期待される打者の、シーズン最後にして最大の対戦なのだ。この二者、シーズン前半、交流戦における対戦成績はほぼ五分と言っていい。

 球場はすでに超満員で、通路の立ち見はおろか、場外の巨大スクリーン付近まで混雑している始末である。入場できた人は、一様に己の幸運に感謝した。……ただひとり、阿部を除いて。

 さて、その不幸な阿部が、プレイボール直前のこの時間に一番頭を悩ませている事柄は、如何にして榛名(と田島)の爆弾発言を回避するか、ということだった。

 阿部は、高校在学時から現在に至るまで、特に榛名の爆弾発言の被害を一身に受けていた。そもそもの始まりは、"あの"ドラフト発表直後の試合での発言だったが、それ以降も榛名は、ことあるごとに公共の電波を伝言板替わりにしてきたので、プロとしての初試合の前にして既に阿部"タカヤ"の名は知れ渡っていたのだった。
 まことしやかに囁かれている噂としては、榛名が阿部と連絡がつかないとき、彼は直近の試合で本日のMVPとなってお立ち台にあがり、そして勝利インタビューを利用して阿部にメッセージを送るのだという。つまり、連絡がつかない時の方が調子がいいのだ。

 定期的にメルアド変えてくれないかな、阿部。

 これが、榛名のチームメイトたちの感想だった。


 そんな榛名が、今日は先発なのだ。阿部としては、ゲスト解説が確定してからは、万難を排する思いで榛名と連絡を密に取り、爆弾発言をされないように気を遣ってきたつもりだったが、そんな阿部の思惑を超えたところを独歩するのが榛名であるので、甚だ心許ないことも事実だった。
 きっと榛名のことだから、もしお立ち台にあがったら、第一声は「勝ったぞタカヤー!」とかで、球場中が爆笑したりするのだ。うっかりすると、放送席とお立ち台の音声をつなげられてしまうかも知れない。

 そればかりは御免被りたい阿部は、是非とも田島に頑張って貰って、榛名のお立ち台を阻止して貰いたい、と切に願うのだった。

 ちなみに、阿部はこのとき失念していたが、田島が頑張って榛名のお立ち台を阻止した場合、かなりの高確率で今度は田島がお立ち台に立つことになる。その場合の第一声も、おそらく「勝ったぞ阿部ー!」になるだろう、というのが、田島経由でチケットを入手して応援に来ていたにしうらーぜの予想だった。