余談(9)





田島家は、西浦高校からは1分の場所にある。
とにかく近い。べらぼうに近い。
また、大家族であるために、出入りしやすいおおらかな雰囲気に満ちあふれている。
さすが田島の育った家だ。
しかして、田島家には野球部の人間がしょっちゅうお泊まりする、という状況が生み出されるわけであるが、一人くらい増えても、誰も気にしないのが田島家の田島家である所以なのか。

で、だ。
この家に、最も頻繁にお世話になっているのは、実は阿部だったりする。
彼は、集中すると周りが見えなくなる、という、欠点と紙一重の美徳の持ち主だったので、ついうっかり、対戦校のデータに没頭しすぎて帰宅し損ねることがままあった。
そんなとき、畑を徘徊していた田島家のひいじいが、

「悠、部室に灯りがついとる」

……と教えてくれるので、田島家の末っ子が様子を見に行く、という次第に相成る。
で、あれ、もうそんな時間? とか、そーいや腹減ったな、 とか、今更のように現実に戻ってくる阿部は、食欲大魔神にして食糧危機の敵である田島家の末っ子によって、一分の距離にある家まで連行されて、食卓に着かされるワケである。

さて、田島家の方でも、すでに阿部のこのクセには慣れっこになっているので、阿部が連行されてきたならば、はい、と信じられないボリュームの夕食が出てきて、はい、とタオルやら下着やら寝間着やらが出てきて、はい、と末っ子の部屋に布団が敷いてあって、で、次の日には、はい、と朝ご飯まで出てくる。
阿部が風呂を借りている間に、エナメルのバッグから練習着が出されて洗濯までされている始末で、もう阿部は田島家には頭が上がらない。

しかしそこは阿部もよくしたもので、ちゃんと家事を手伝ったりしてはいるので、田島家での評判も上々だ。
むしろ、阿部くんてイイ子ね、またつれてらっしゃいよ、と言われているくらいで、末っ子としてもお墨付きをもらったようなモンなので、じゃあ明日も連れてくるよ! なんて言っちゃうわけである。



阿部が田島家に住むようになる日も、近いかも知れない。












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「あれ?阿部、私服なんて珍しいじゃん!」

「あーうん、ちょっとな……」




面倒だからと、わざわざ制服を新調した阿部は、田島家に泊まった次の日は、うっかり制服まで洗濯されちゃって、田島兄の私服を借りて学校に来ることがあった。
普段制服の阿部が私服を着ている上に、服の系統が違って、阿部が雰囲気やわらかく見えてイイ、と密かに好評なのであるが、それが田島家に泊まった翌日だ、と言うことを知っているのは、ごく僅かな人間のみだった。













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阿部くんは、田島家がなかったら、帰るのめんどくさくて部室とかに住み着いちゃわないかと心配になる今日この頃です。
彼は、神経質そうに見えて、意外とどこででも寝れる子なんじゃないかな。