余談(7)
「オレは高いぜ?」
ニヤリと笑って、阿部隆也はそう言った。
雰囲気からか造作からか、その台詞は似合いすぎてシャレになってない。
水谷文貴はそう思ったが、口には出さなかった。
隣の栄口は、そんな阿部を慈愛に満ちた眼で見守るばかりだ。
何がどう高いのかというと、なんのことはない、単に、数学の課題を教えてもらう代償のことだ。
数学というものは積み重ねが肝要、1問分からない問題があれば、場合によっては前の範囲まで遡って教えなければならないこともある。
そして、どうやら今回の生徒は、少々過去に遡る必要がありそうだ。
一から教えて、どれくらいかかるのか。
恐らく、一日仕事になるだろう。
そう判断しての、阿部の台詞だった。
つまり、オレの一日を買うには値が張るぜ、と。
まあ、高いといっても、テスト前の休日に、わざわざ朝から夕方まで教えてくれる阿部に昼飯を奢ればいい程度なので、彼の台詞はお愛想というかお約束というか、そう言う類のものだったのだが。
さて、テスト明けの土曜日。
その日は、地域の催しだか学校の都合だかで、グラウンドが使用禁止だった。
そのため、珍しいことに練習が休みになった、その朝。
阿部はいつもの習慣で、まだ人通りも少ない道を走っていた。
彼の年中無休の体内時計は、決まった時間に体を起こすので、休みだと分かっていてもつい起きてしまい、じゃあ走るか、とこれまたいつもの習慣でランニングに出てしまう。
阿部は基本的にマジメで勤勉な性分だった。
ところがこの朝、時間もあるし、たまには走るコースを変えてみるか、と違う方向へ足をのばしたのが失敗だった。
どんなお約束だ、と言わんばかりに、角を曲がった出会い頭に、榛名元希とバッタリ遭遇してしまったのだ。
「………!」
「お、タカヤ!」
突発事項に弱いのか、瞬間、声も出ない阿部と、逆に突発事項にめっぽう強い行き当たりバッタリ的日常の榛名。
しばらくしてやっと声を絞り出した阿部の、第一声が、
「なんでいるんスか」
だったので、お久しぶりです、とか言えねぇのか、コーハイのくせに! とかなんとか、多少言い争いになったが。
しかしそんな諍いはいつものことで、顔を合わせたら取り敢えず口論は必至、という間柄、今更全然気分を害さなかった榛名は、まだ何か言っている阿部を置いて、近くの自販機でポカリを二本買った。
くるっと振り向き、さすがにこれば投球フォームを取ることなく、しかしきれいな腕の振りで、軽く阿部に向かって投げつける。
「それ、オレのオゴリな」
缶を受け止めた阿部に、そう言ってニッと笑う榛名。
奢られた阿部は、なんて珍しい、今日はこんなに晴れてるけど、きっとこれから雪だな、なんて捻くれたことを考えていたが、珍しくも榛名に奢ってもらったのが嬉しかったらしい。
自分のポカリを飲み干した榛名に、
「じゃあ行くぞ」
と言われて手を引かれた時も、何となく榛名について行ってしまい。
結局その日一日、榛名に付き合ってあっちこっち連れ回された阿部の一日の値段は、ポカリ一本の120円だった。
数学を教えた時に比べると、非常に安かったが、阿部には特に不満はなかったらしい。
ニヤリと笑って、阿部隆也はそう言った。
雰囲気からか造作からか、その台詞は似合いすぎてシャレになってない。
水谷文貴はそう思ったが、口には出さなかった。
隣の栄口は、そんな阿部を慈愛に満ちた眼で見守るばかりだ。
何がどう高いのかというと、なんのことはない、単に、数学の課題を教えてもらう代償のことだ。
数学というものは積み重ねが肝要、1問分からない問題があれば、場合によっては前の範囲まで遡って教えなければならないこともある。
そして、どうやら今回の生徒は、少々過去に遡る必要がありそうだ。
一から教えて、どれくらいかかるのか。
恐らく、一日仕事になるだろう。
そう判断しての、阿部の台詞だった。
つまり、オレの一日を買うには値が張るぜ、と。
まあ、高いといっても、テスト前の休日に、わざわざ朝から夕方まで教えてくれる阿部に昼飯を奢ればいい程度なので、彼の台詞はお愛想というかお約束というか、そう言う類のものだったのだが。
さて、テスト明けの土曜日。
その日は、地域の催しだか学校の都合だかで、グラウンドが使用禁止だった。
そのため、珍しいことに練習が休みになった、その朝。
阿部はいつもの習慣で、まだ人通りも少ない道を走っていた。
彼の年中無休の体内時計は、決まった時間に体を起こすので、休みだと分かっていてもつい起きてしまい、じゃあ走るか、とこれまたいつもの習慣でランニングに出てしまう。
阿部は基本的にマジメで勤勉な性分だった。
ところがこの朝、時間もあるし、たまには走るコースを変えてみるか、と違う方向へ足をのばしたのが失敗だった。
どんなお約束だ、と言わんばかりに、角を曲がった出会い頭に、榛名元希とバッタリ遭遇してしまったのだ。
「………!」
「お、タカヤ!」
突発事項に弱いのか、瞬間、声も出ない阿部と、逆に突発事項にめっぽう強い行き当たりバッタリ的日常の榛名。
しばらくしてやっと声を絞り出した阿部の、第一声が、
「なんでいるんスか」
だったので、お久しぶりです、とか言えねぇのか、コーハイのくせに! とかなんとか、多少言い争いになったが。
しかしそんな諍いはいつものことで、顔を合わせたら取り敢えず口論は必至、という間柄、今更全然気分を害さなかった榛名は、まだ何か言っている阿部を置いて、近くの自販機でポカリを二本買った。
くるっと振り向き、さすがにこれば投球フォームを取ることなく、しかしきれいな腕の振りで、軽く阿部に向かって投げつける。
「それ、オレのオゴリな」
缶を受け止めた阿部に、そう言ってニッと笑う榛名。
奢られた阿部は、なんて珍しい、今日はこんなに晴れてるけど、きっとこれから雪だな、なんて捻くれたことを考えていたが、珍しくも榛名に奢ってもらったのが嬉しかったらしい。
自分のポカリを飲み干した榛名に、
「じゃあ行くぞ」
と言われて手を引かれた時も、何となく榛名について行ってしまい。
結局その日一日、榛名に付き合ってあっちこっち連れ回された阿部の一日の値段は、ポカリ一本の120円だった。
数学を教えた時に比べると、非常に安かったが、阿部には特に不満はなかったらしい。