余談(6)





野球部で誰かの家に集まる時は、大体田島家にお邪魔することになっている。
一言で言えば、近いから。

その次に多いのが、三橋家だ。
2番目に近い、というのと、広い、と言うのがその理由だ。

しかし、今日はキャプ副のみの集まりだったので、ちょっとばかり選択に困ってしまった。
この3人、みんな学校からは遠い。
副キャプの二人は同中とあって比較的ご近所だが、花井キャプテンは、どっちかというと、この二人とは反対方向だ。
しかし、騒がしい双子付きのキャプテン花井家、兄弟仲はいいが、お邪魔するのには躊躇う栄口家、共働きで大概親がいない阿部家、さあ、どれ!?……と、各家の状況を分析してみて、結論は比較的あっさりと出てしまった。

「じゃあ、阿部んちで」



……と言うわけで、その日の集まりは、阿部家で開催されることが決定した。
来慣れている栄口と、阿部家は初の花井。
だからといって、特にどうということもなく、いっそ生活感のないほどに片づいている玄関から居間の横を通り過ぎて、けっこう急角度な階段を上がって、阿部の部屋に落ち着いた。
花井としては、阿部の部屋はどんだけ野球ばっかりなんだ、とか、三橋のポスターが貼ってあったらどうしよう、とか、対戦校とかの極秘データがあって、うっかり見てしまって抹殺されたら、とかぐるぐるしていたが、こちらも特にどうということもなく普通の部屋で、こっそり息をついたという。



そのまま、その日の集まりは平穏に終了したのだが、帰りに、ちょっとしたことがあった。
話し込んでいるうちに、雨が降ってきて、でも傘を持っていない花井は、どーしよ、雨あがるまで待とうかな、と栄口の方を見た。
そしたら、

「もしもし、オレ。うん、今日阿部んち泊まってくるから。うん、うん。うん、カギしめといて。うん、じゃ。」

すでに阿部の家に泊まることを家に連絡していた。
ちなみに、栄口が阿部に、泊まっていい?とか尋ねているそぶりは全くなかった。
それでいいのか、同中コンビ。

でもって、花井はどーすんの?って聞かれたから、や、オレは帰ります…、と答えて、えー、泊まってけばいいのに、となぜか栄口が言うのに疑問を感じつつ、のろのろと帰り支度を始めた。

「阿部、傘借りていいか?」

「おー。玄関の傘立てにささってるヤツ、テキトーに使って」

……と、いうわけで、お邪魔しましたー、と帰っていく花井。
ところが、玄関口で傘立てを見た花井は、しばらく黙り込んだ後、

「あべー!傘立て、バットしかささってないんだけどー!」

玄関の左隅、メタルのフレームが光を反射するシンプルな傘立てには、恐らく硬球用と思しき、一本の金属バットがささっているだけだった。

え、マジで?と、慌てて玄関まで出てきた阿部が、傘立てを見て、玄関先の靴を見て、そいでもって居間を覗いて人のいた形跡を見つけて、

「弟のダチが来てて、傘使ってるみたいだな」

あぁ、阿部って弟いるんだっけ。どんな顔だろ、やっぱタレ眼かなー、なんて思っていたら、下駄箱あさってた阿部が顔を上げて、わりぃ、傘、もうないんだ、なんていうもんだから。



結局、帰りそこなって阿部家に泊まることになってしまった花井キャプテンだった。





(それにしても、傘立てにバットって……)