余談(47)
「ふぇ…っくしゅっ!」
振り向くと、眼と鼻を赤くしたタレ目の後輩が、う〜……、と唸っていた。
今日はまだいじめても泣かしてもいない筈なのに……、などと考えていた榛名は、しきりに眼を擦っているのを見て、「ああ、花粉症か」と納得した。彼自身は図太いのかなんなのか、花粉症持ちでは無いために、その辛さが分からない。
しかし、普段生意気な年下捕手が涙ぐんでいるのは、なんだかちょっとドキドキ……いやいや、まあとにかく、よろしきもののように思えるのでいい気分だった。
欲を言えば、泣かしたのが自分ではない、と言うのが癪だ。思いっきり投げて、捕り損ねてぶつかったボールに涙ぐむタカヤは……、あれはたまらないと思う。
そんなヨコシマな事を考えながら、モトキは明日から天気予報の時に花粉情報もチェックしようと心に決めた。
しかし、そんな目論みは、あっさりと崩れることとなる。
シニアでの仲違いで高校は別々になり、その間は無論、花粉症で涙ぐむタカヤをおがむことは出来なかった。
そして、復縁を果たした現在―――
榛名は、可愛い可愛い想い人の、涼しげな目元を睨みながら首を捻った。赤くなる気配も、涙ぐむ気配も無い。
過去の幼かった榛名は、好きな子イジメの典型か、Sっ気全開で、自分のせいで涙ぐむその顔が見たくて仕方なかったのだが、現在の榛名は、好きな人を大事にしたいと思える程度には大人になっている。
なので、泣かせたという罪悪感なしに泣き顔を見れる花粉症は、願ったり叶ったりの素敵期間になるはずだった。大事にしたいとはいっても、やっぱり泣き顔はみたいのだ、可愛いから。
ところが、今年の阿部隆也は、花粉症のかの字もないような顔をしている。なんでだ、花粉症って治らないんじゃなかったのか!?
……間抜けな榛名は、覚えていなかったのだ。シニアの頃、阿部が花粉症に苦しんでいたのは、春ではなく秋だった、という事を。
阿部のアレルゲンは、杉や檜ではなく、ブタクサだったのだ。秋口に花粉を飛散させるこの植物は菊科の一年草で、空き地や農地などに生える。
近年、空き地や農地の減少により、ブタクサ花粉症患者の人数は減りつつあった。花粉の飛散量が減っているので、症状が出なくなった者もいる。阿部は、ここ数年、花粉症の苦しみから解き放たれていた。
「ぶぇっくしっ!」
榛名は、外れた目論見に涙しつつ、盛大なクシャミを発した。滲んだ涙を、指先で拭う。……と、再びクシャミが。それどころか、眼も痒いし、鼻も詰まっている気がする。
「へくしゅっ!」
……クシャミが止まらない。哀れなことに榛名には花粉症の症状が出ていた。しかも、季節は春。杉・檜花粉症である。
止まらないクシャミと鼻水に涙ぐみ、鼻先を赤くした榛名に、阿部が愁傷様とボックスティッシュとゴミ箱を差し出した。
涙ぐんだ榛名のことを、可愛いな、などと思いつつ。
振り向くと、眼と鼻を赤くしたタレ目の後輩が、う〜……、と唸っていた。
今日はまだいじめても泣かしてもいない筈なのに……、などと考えていた榛名は、しきりに眼を擦っているのを見て、「ああ、花粉症か」と納得した。彼自身は図太いのかなんなのか、花粉症持ちでは無いために、その辛さが分からない。
しかし、普段生意気な年下捕手が涙ぐんでいるのは、なんだかちょっとドキドキ……いやいや、まあとにかく、よろしきもののように思えるのでいい気分だった。
欲を言えば、泣かしたのが自分ではない、と言うのが癪だ。思いっきり投げて、捕り損ねてぶつかったボールに涙ぐむタカヤは……、あれはたまらないと思う。
そんなヨコシマな事を考えながら、モトキは明日から天気予報の時に花粉情報もチェックしようと心に決めた。
しかし、そんな目論みは、あっさりと崩れることとなる。
シニアでの仲違いで高校は別々になり、その間は無論、花粉症で涙ぐむタカヤをおがむことは出来なかった。
そして、復縁を果たした現在―――
榛名は、可愛い可愛い想い人の、涼しげな目元を睨みながら首を捻った。赤くなる気配も、涙ぐむ気配も無い。
過去の幼かった榛名は、好きな子イジメの典型か、Sっ気全開で、自分のせいで涙ぐむその顔が見たくて仕方なかったのだが、現在の榛名は、好きな人を大事にしたいと思える程度には大人になっている。
なので、泣かせたという罪悪感なしに泣き顔を見れる花粉症は、願ったり叶ったりの素敵期間になるはずだった。大事にしたいとはいっても、やっぱり泣き顔はみたいのだ、可愛いから。
ところが、今年の阿部隆也は、花粉症のかの字もないような顔をしている。なんでだ、花粉症って治らないんじゃなかったのか!?
……間抜けな榛名は、覚えていなかったのだ。シニアの頃、阿部が花粉症に苦しんでいたのは、春ではなく秋だった、という事を。
阿部のアレルゲンは、杉や檜ではなく、ブタクサだったのだ。秋口に花粉を飛散させるこの植物は菊科の一年草で、空き地や農地などに生える。
近年、空き地や農地の減少により、ブタクサ花粉症患者の人数は減りつつあった。花粉の飛散量が減っているので、症状が出なくなった者もいる。阿部は、ここ数年、花粉症の苦しみから解き放たれていた。
「ぶぇっくしっ!」
榛名は、外れた目論見に涙しつつ、盛大なクシャミを発した。滲んだ涙を、指先で拭う。……と、再びクシャミが。それどころか、眼も痒いし、鼻も詰まっている気がする。
「へくしゅっ!」
……クシャミが止まらない。哀れなことに榛名には花粉症の症状が出ていた。しかも、季節は春。杉・檜花粉症である。
止まらないクシャミと鼻水に涙ぐみ、鼻先を赤くした榛名に、阿部が愁傷様とボックスティッシュとゴミ箱を差し出した。
涙ぐんだ榛名のことを、可愛いな、などと思いつつ。