余談(45)
南の地でのキャンプから帰ってきた榛名が久方ぶりに足を踏み入れた自室は、すっかり様変わりしていた。確か出がけに荷造りで散らかしてきたはずだが、現在自室は、清潔と秩序の連合軍に占領されている。
榛名は、食べ物のゴミさえ放置しなければ、後は散らかっていてもあまり気にならないタチなので、本や雑誌はそこらに積み上げていたし、ベッドの上にはアンダーやら部屋着のスウェットやらが散乱していたはずである。
しかし、現在目の前に広がっている光景――自室の、だ――は、本は本棚に、雑誌は見覚えのないマガジンラックに、服はおそらくクローゼットに収められ、床には塵一つ落ちていない上に、換気までしてあったのか篭もった空気すらない。
榛名がキャンプ中に夜な夜な幽体離脱して掃除しに帰宅したのでないならば、さらに屋敷しもべ妖精的な存在が仕事を全うしてくれてのでないならば、こんなことが出来るのはたった1人しかいない。――阿部隆也。榛名の同居人である。
実は、同居に至った経緯は覚えていないのだが、推測してみるに、おそらくは酒が入っていたのだろう。確かその前日に、大学に進学して、めでたく二十歳を迎えた阿部と飲んでいたのだ。
ちょうどその頃、榛名は引っ越したばかりで、立地条件が気に入った新居は一部屋余らせていたので物置にでもしようか思っていたところだった。
飲んだ翌日、宿酔で痛む頭を抱えて起きあがった榛名は、ここが榛名の新居であるにもかかわらずなぜか阿部がいて、そして呆然とした顔で壁の一点を凝視しているのを見つけた。なんだろうと思って自分もその壁に視線をやると……、なんとそこには、同居に関する取り決めを箇条書きにした紙が貼ってあったのだ。
―――曰く、試合が無い日のゴミ出し当番は榛名でそれ以外の日は阿部である、客を呼ぶときには事前に知らせておく、彼女が出来ても連れ込まない、などである。
榛名には全く記憶にないことだったが、しかし明らかに自分の字だった。末尾にある署名は、隣で呆然としている阿部の自署に違いあるまい。
―――そうして、結局事情がよく分からないままに、榛名と阿部の同居は始まったのだった。
まあ、今から思い返せば、あんな紙が貼ってあったからと言って、本当に同居する必要など無かったのだが、住んでみると意外と快適だったので、概ね問題はない。
しかし、である。同居してみると分かるのだが、整理整頓をよしとする阿部と、多少散らかっていた方が落ち着く榛名は、掃除という観点では対立関係にあった。榛名が服などを共有スペースであるリビング等に脱ぎっぱなしにするので、見かねた阿部が片づけてしまうのだ。その際、榛名の自室があまりにも散らかっていると、ついでとばかりに榛名の部屋まで片づけてしまう。
榛名自身は、それが多少鬱陶しくもあり、また散らかりすぎたときに自分で掃除しなくていいので助かってもいるのだか、今回のケースはどちらかというと、……ありがた迷惑、とでもいうのだろうか。
とにかく、部屋は片づいているのだ。阿部らしい緻密さで、本棚に収められた本は、ちゃんと巻数順にならんでいたりする。それはまあ、有り難いと言えなくもない。
しかし――――エロ本までやAVまで種類ごとに分けれれて並べられているのはどうなのだろうか。もしかして、中身を確認した上で並べたんだろうか。
きれいに整えられた自室に立ちつくし、榛名は普段の自分のことを棚上げにしてつぶやいた。
「タカヤにデリカシーはないのか……」
榛名は、食べ物のゴミさえ放置しなければ、後は散らかっていてもあまり気にならないタチなので、本や雑誌はそこらに積み上げていたし、ベッドの上にはアンダーやら部屋着のスウェットやらが散乱していたはずである。
しかし、現在目の前に広がっている光景――自室の、だ――は、本は本棚に、雑誌は見覚えのないマガジンラックに、服はおそらくクローゼットに収められ、床には塵一つ落ちていない上に、換気までしてあったのか篭もった空気すらない。
榛名がキャンプ中に夜な夜な幽体離脱して掃除しに帰宅したのでないならば、さらに屋敷しもべ妖精的な存在が仕事を全うしてくれてのでないならば、こんなことが出来るのはたった1人しかいない。――阿部隆也。榛名の同居人である。
実は、同居に至った経緯は覚えていないのだが、推測してみるに、おそらくは酒が入っていたのだろう。確かその前日に、大学に進学して、めでたく二十歳を迎えた阿部と飲んでいたのだ。
ちょうどその頃、榛名は引っ越したばかりで、立地条件が気に入った新居は一部屋余らせていたので物置にでもしようか思っていたところだった。
飲んだ翌日、宿酔で痛む頭を抱えて起きあがった榛名は、ここが榛名の新居であるにもかかわらずなぜか阿部がいて、そして呆然とした顔で壁の一点を凝視しているのを見つけた。なんだろうと思って自分もその壁に視線をやると……、なんとそこには、同居に関する取り決めを箇条書きにした紙が貼ってあったのだ。
―――曰く、試合が無い日のゴミ出し当番は榛名でそれ以外の日は阿部である、客を呼ぶときには事前に知らせておく、彼女が出来ても連れ込まない、などである。
榛名には全く記憶にないことだったが、しかし明らかに自分の字だった。末尾にある署名は、隣で呆然としている阿部の自署に違いあるまい。
―――そうして、結局事情がよく分からないままに、榛名と阿部の同居は始まったのだった。
まあ、今から思い返せば、あんな紙が貼ってあったからと言って、本当に同居する必要など無かったのだが、住んでみると意外と快適だったので、概ね問題はない。
しかし、である。同居してみると分かるのだが、整理整頓をよしとする阿部と、多少散らかっていた方が落ち着く榛名は、掃除という観点では対立関係にあった。榛名が服などを共有スペースであるリビング等に脱ぎっぱなしにするので、見かねた阿部が片づけてしまうのだ。その際、榛名の自室があまりにも散らかっていると、ついでとばかりに榛名の部屋まで片づけてしまう。
榛名自身は、それが多少鬱陶しくもあり、また散らかりすぎたときに自分で掃除しなくていいので助かってもいるのだか、今回のケースはどちらかというと、……ありがた迷惑、とでもいうのだろうか。
とにかく、部屋は片づいているのだ。阿部らしい緻密さで、本棚に収められた本は、ちゃんと巻数順にならんでいたりする。それはまあ、有り難いと言えなくもない。
しかし――――エロ本までやAVまで種類ごとに分けれれて並べられているのはどうなのだろうか。もしかして、中身を確認した上で並べたんだろうか。
きれいに整えられた自室に立ちつくし、榛名は普段の自分のことを棚上げにしてつぶやいた。
「タカヤにデリカシーはないのか……」