余談(43)





 誰かと9時36分発の電車に乗って出かけるとする。すると大体、駅に9時半に待ち合わせ、ってことになるだろうか。

 例えば、花井と待ち合わせた場合。ヤツはきっと9時半の少し前に来て、目的地までの切符を買って改札の前で待っているだろう。花井は背が高いから、人混みの中じゃ見つけやすい。
 例えば、栄口と待ち合わせた場合。このまえ一緒に出かけたときには、オレが時間の十分くらい前に駅について、前のコンビニで立ち読みして時間潰してたら、やっぱり少し早めに来た栄口は切符を買って改札の横で待っていた。オレがコンビニから出て改札に近付くと、あれ、もしかして早くから来てた? なんて聞いてくる。オレは、別に、なんて答えたりして、んじゃ行くか、って。
 例えば、水谷と待ち合わせた場合。オレが改札の前で待ってると、時間ギリギリ、むしろちょっと遅刻? ってくらいの時間に、息せき切って走ってきて、辿り着いたところでゼイゼイ言いながら、ごめんっ、オレ遅れた!? なんて言って両手を合わせて謝って、それにオレは、遅ぇよ、お前ジュースオゴリな、なんて言ったりする。
 どれもこれも、ごく普通、ありきたりの待ち合わせの光景だろうと思う。

 ―――ところが、この“普通”が通用しないヤツが一人。
 榛名元希。一年先輩のくせに、時間に遅れて来るわ、待ち合わせ場所を間違うわ、目的地を覚えてないから切符は買えないわ、行き先も確認せずに電車に乗るわで、そりゃもう酷い。……というか、朝に待ち合わせると、かなりの高確率で起きて来ないから、オレは朝から出かけるときには、なんかもう待ち合わせの時点でかなり精神を消耗している気がする。

 そんな話を他のヤツにすると、だったら放って行きゃイイじゃん、なんて返されるけど、そうしたらきっと後が怖いから、仕方なしに携帯に電話して起こして、それでも起きなかったら家に電話して家族の人に起こして貰って、ってかんじで、駅で延々ケータイ片手にイライラしながら待つ羽目になる。
 ……駅で長時間待つのって、実はけっこう恥ずかしいから、イヤだったりする。だって明らかに待ちぼうけくらわされてるの丸分かりだし。

 ―――そして、何度目かの待ちぼうけの後、オレはやり方を変えることにした。それ以来、待たされるイライラは変わらず感じるにしろ、寝てるんだろうか、場所間違ってないだろうか、って不安からは解放されて、結果的にはちょっとだけ楽になった気がしている。
 その方法とはつまり、待ち合わせるんじゃなくて迎えに行く、ってことだ。

 まず、電車に乗る予定時間の一時間くらい前に、『起きてますか?』ってメールを入れる。十分待っても返事がなかったら寝てると見なして、今度は電話をする。そこで起きて電話を取ったら、“そろそろ起きて準備して下さい。二度寝はやめてください”と言って、起きなかったら今度は家の電話にかける。その後、乗車予定の15分くらい前に家に迎えに行って、チャイムを鳴らして着替えを急がせる。場合によっては部屋に上がって準備を急かす。そして、榛名家から一緒に駅まで行く。

 こうすると、まあまずは大幅遅刻が無いから、一日の予定が狂わなくていい。実際にはやっぱり予定していた電車には乗り遅れることが多いけど、その分は計算に入れて、あらかじめオレの予定より二本くらい早い電車を元希さんには予定として伝えてある。だからまあ、これぐらいのロスは想定の範囲内だ。

 そうして出かけて、それなりに楽しんで……って話を他のヤツにすると、なんでそこまですんの、って訊かれる。そんなら他のヤツと行くか、いっそ一人で行った方が楽じゃん、って。お前一人で出かけるのダメなヤツだっけ?って訊かれて、いやオレはむしろ一人で出かけるとほぼ予定通りの行程こなせるからそっちのほうが好きだけど、って答える。そしたら、じゃあなんでわざわざそんなルーズな人と一緒に行くのか?って訊かれて、さあなんでだろう、って答えて。

 ……ね、元希さん。なんでだと思います?