余談(40)





 甲子園の中継を、しかし高校球児は意外と観ないのである。………どうしてかって? そんなの、夏の昼間は練習中だからに決まっている。
 地方大会で敗れた大半の(むしろ、ほぼ全ての。だって、晴れの舞台に出場できるのはたった49校だ)チームは、秋季大会に向けて三年の抜けた新チーム作りに励んでいる。日照時間が長いのをこれ幸いと、朝から晩まで白球を追いかけている。
 だから、甲子園の中継なんて、生で観れないのが普通だ。夜のスポーツニュースでハイライトを観るか、録画しといたヤツを後で観るか。全試合観るとなるとシャレにならない時間がかかるから、ハイライトの方がいいと言えばイイ。
 ―――ところが、本日西浦高校硬式野球部のみなさん、通称"にしうらーぜ"は、珍しく甲子園中継をリアルタイムで観ていた。
 ごく普通の公立校だから室内練習場がない西浦は、日照時間を最大限使って練習している。今しも時刻は午前11時を回ったところ。通常なら、日が昇りきって気温が上昇し、昼飯を挟んでこの3〜4時間が、一日の中で最も厳しい時間だ。しかし、今日はみんなそろって画面を見ている。
 ………何のことはない、単に雨で練習が出来なかっただけなのだ。埼玉と兵庫では、天気も違って当然で、昨夜甲子園の土を湿らせた雨が、今現在関東に降っている、という次第だった。

 ――パァーンッ!
 ミットが大きな音を立てるのが、中継のマイク越しにも聞こえた。おぉ! と田島が嬉しそうに、或いは羨ましそうに声を上げる。オレも打ちたい! そんな声が聞こえてくるようだ。

 今年の甲子園は、一人の投手によって沸き立っていた。無名校をその左腕で甲子園に連れてきた、と言われるのは、埼玉代表・武蔵野第一の榛名元希。顔が良いのと相まって、ナントカ王子みたいな騒ぎになっている。
 榛名は言わずとしてた阿部の元旦那だが、抽選会や球場などで顔を合わせると、事あるごとに阿部に突進してくるので、正直西浦では既に顔なじみと化しつつあった。ついでに捕手の秋丸は、『飼育係の秋丸さん』として定着している。

 ところでその榛名、画面越しに観ても見事なストレートだが、さっきから頻繁にフレームアウトしていた。中継の、投手の後ろ少し斜めからホームベース方向を映した画面から、投げた後に見切れるのだ。
 三回の裏に相手校の攻撃中に1番打者がピッチャー返しを打った。その時に、あれ、榛名がいねぇじゃん、とカラのマウンドをみて首を捻った。球はボテボテと転がって、結局ショートが捕って一塁に投げていた。そして、一度気にし出すと、気になってしょうがない。
 今も、投げた後の榛名がフレームアウトして、画面には空振った打者と捕手の秋丸、その後ろの主審しか映っていなかった。

「……映って無い間、榛名サンなにしてんの?」

 つーか、なんで画面から消えるの、と阿部に視線が集まる。榛名のことは阿部に訊け。西浦、武蔵野のみならず、埼玉県下での不文律だった。
 自分に集中する視線に、阿部は一つ方を竦めて見せた。

「あの人体重移動がスムーズに出来てて調子良いとき、投げた後に勢いで左に一歩踏み出すんだよ」

 だからあの人が画面から消えたら、調子がイイ証拠。そう言って阿部は、あの癖まだ変わってなかったんだな、とひとり呟いた。








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ちなみに後年、念願のプロ入りを果たした榛名が、フレームアウトしてないわりに好調で奪三振記録更新中の中継を観ての西浦OBの会話。

「フレームアウトしてねぇじゃん」
「でも、調子イイよね」
「投球フォーム変わったとか?」

 みんな思い思いの感想を口にしたが。

「地デジで画面の幅が広がったからだろ」
「ああ、なるほど!」