余談(4)





よく野球漫画でバットにあたった瞬間のボールが歪んで描かれているが、あれば実際にミートした瞬間に起こっているらしい。


うそつけそんなきれいにボールが歪むもんか、と思っていた花井は、動体視力が神の域にまで達している頼れる四番の爆弾発言に、西浦高校野球部に入部してから何度目かの、「田島ってスゲー」を味わっていた。


さて、田島の問題発言であるが、彼曰く、

「ボールが歪んでるの、オレ見えるよ!」

どんな動体視力だそれは。

「でもって、花井が打ったのが、一番歪んでる!」


おー、すげー。さっすがスラッガー!

なんて言われて、ちょっと照れていた花井だったが、背後の阿部にボソリと、

「じゃー、ちゃーんとミートしろよ。花井の馬鹿力でぶっ叩かれたら、変なトコで打ったらボール変形するから」

……なんて言われて、思わず固まってしまった。


バットの先の方にあたってしまうと、まあ当然飛ばない。
チップみたいになるのが普通だけど、それを振り抜く腕力がある人の場合、そのボールは変形してしまうことがある。
その場合、当然、硬球の縫い目もほつれたりする。

最近、練習球にいびつな球が増えているのをこっそり自覚していた花井は、阿部の指摘に冷や汗タラタラ、き、気を付けます……、とだけ答えた。





それが、2週間ほど前の話だった。

確かに花井は、ミートを心がけてシートバッティングに臨んでいるが、自分が納得するまで打っていると、どうしても当たり損ないの打球があるわけである。
するとまあ、チーム1の力持ち、の花井のあたりそこねは、ままボールを変形させてしまうことがあるわけで。
400球あった練習球にも、最近では変形してるモノが多々見られるようになっていた。
酷使されているボールは、糸が切れたりして、マネジ+部員中器用な者も手で補修されたりしていた。
花井は、自覚があるのかなんなのか、率先的にボール補修組に入っている。
器用に何でも出来てイヤミな男だ。



いつも通り、"センター返し"を念頭に置いてバットを振る花井だったが、12球目に鈍い音がして、ひどく勢いのない打球が右方向に転がっていった。
打った瞬間に右手の痺れる、明らかに当たり損ないの。

「あーあ、今のは歪んだな」

ボソリ、阿部の声。

「ご、ごめんなさい……」

別に責めてるんじゃねぇよ、と阿部。
だって花井はちゃんとボール縫って直してるし……。

珍しく投手以外に優しい言葉をかけた捕手に、ちょっと感動した五番は、意味不明に御礼を言いかけたが。




「それに、花井がボール縫ってるトコ見るの、けっこう面白いからな。つーか、なんで縫うとき正座してんの?」

「いや、オレが一番ボールダメにしてるし、申し訳ないなーって……」

「お前今度から割烹着きてボール縫えよ」


すっげぇ似合うから。









冗談で言っているのか本気なのか、阿部の表情からは読みとれなかったが。


割烹着で正座して、ちまちまとボールを縫う花井の姿を想像した西浦ナインは、腹を抱えてしばらく笑い転げていた。











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ソフトボールは、ボールが大きい上に、軟球よりも柔らかいので、ものっそい変形します。
チームメイトが、変形した球のことを"イモみたい"と言っていましたが、果たして硬球がそこまで派手に歪がむのか。
キャッチャーフライとかは、わりとボールに悪いそうですが何より悪いのはバットの先っちょにあたったときだと思う。