余談(39)
[ 最大公約数 ]
隣を歩くマネジの先輩は、ちょうど出会った頃のタカヤとおなじくらいの身長だった。
………ちいさい。並んで歩くと、歩幅が合わないから、オレはゆっくり、逆に先輩は早足で歩くことになる。先輩と先週の紅白戦について話しながら、部室に向かって歩く。一人のときとちがって、部室になかなか辿り着かない。あれ? ゆっくりとは言っても、そんなに歩くのが遅い訳じゃないのに。なんとなく、オレの感覚の問題かな、と思った。
部室のドアを開けると、香具山先輩がいた。なんだか真剣そうな顔で爪を切っている。それ、切るんじゃなくてヤスリで削る方がいいんスよ。そう言ったら先輩は、え、マジで!? って、ちょ、知らなかったですか。そー言うことは早く言えよ、なんて文句言われながら、オレは部室に置き忘れてた新しいシューレースを持って、今度は香具山先輩と一緒にグラウンドへ戻った。宮原先輩は、部室で古いスコアブックを探している。
香具山先輩とオレは、十センチちょっと身長差がある。先輩は、今のタカヤと同じ身長だ。並んで歩くと、やっぱり歩幅がちがう。オレが元々、大股でずかずか歩くからってのもあるかもしれないけど。あ、足の長さの差だったりして。そんなことを考えていると、香具山先輩に頭をはたかれた。……もしかして、考えが口に出てた? おそるおそる先輩の顔をのぞき込むと、不機嫌そうに、お前また伸びやがって、って言われた。ああ、俺の身長、まだ伸びてんだ。そうこうする内に、グラウンドに着いた。
適当な場所に坐って、シューレースを替えながら、タカヤとはどうだったんだろう、と思った。
タカヤとオレの身長差は、十センチ以下に縮まったことはない。アイツも伸びちゃいるんだろうが、オレも伸びてるから。アイツがオレを見上げる角度は、いつも同じだった。……じゃあ、歩くときは? 思い出す限り、オレはタカヤの歩調に合わせて歩いたことがない。並んで歩いたことは結構多かったはずなのに。
久しぶりに部活の休みが重なった日に、嫌がるタカヤを無理矢理呼び出して、買い物に出かけた。部屋の掃除をしようと思ってたのに、と文句を言われた。んなもん、いつでも出来るだろーが。
仕方なく、といった様子でついてくるタカヤ。今日は歩調を合わせよう、と思っていたのに、気が付けばオレは自分のペースで大股に歩いていた。あれ、なんでだろう。先輩達には、ちゃんと合わせられたのに。なのに、どうしてか、タカヤにはそれが出来ない。
たったったっ、と軽い音を立てて、タカヤは隣を半歩遅れでついてくる。なんとなくその音に耳を傾けていると、オレが五歩進むあいだに、タカヤは六歩歩いていることが分かった。やっぱり歩幅がちがうんだ。
今度こそ、タカヤに合わそう。そう思って、意識的に歩調をゆるめてみた。どうしたんですか? タカヤが訝しげに訊いてくる。なにが? しらを切ると、タカヤはそれ以上追求してこなかった。
しばらく歩いて、オレは自分の歩調が元に戻っていることに気が付いた。なんでだ。つーか、いつからオレの歩調元に戻ってたんだ?……全然気付かなかった。タカヤは知らん顔で、オレに合わせて歩いている。
昔からずっとそうやってオレに合わせてくれていたことなんてオレは知らなかった。タカヤはオレにそんなこと気付かせなかった。さりげなく、さも当然のような顔をして、オレが知らない間に、オレの為に。オレの為に? それとも投手の為に? どっちにしろ、オレは今までずっと、タカヤがそうしてくれていたことを、当然のことだと思って気にもかけなかった。だからあんなにコイツの隣は心地良かったのか。
タカヤは何も言わない。オレも、何も言わない。でも、オレは気付いてしまった。心遣いとか、大事にしてくれてたこととか、それに全く気付かずに当たり前だと思って甘えていたこととか。
気付いてしまったら、もう今まで通りでは居られない。タカヤ、なんでオレにそんなによくしてくれんの?
隣を歩くマネジの先輩は、ちょうど出会った頃のタカヤとおなじくらいの身長だった。
………ちいさい。並んで歩くと、歩幅が合わないから、オレはゆっくり、逆に先輩は早足で歩くことになる。先輩と先週の紅白戦について話しながら、部室に向かって歩く。一人のときとちがって、部室になかなか辿り着かない。あれ? ゆっくりとは言っても、そんなに歩くのが遅い訳じゃないのに。なんとなく、オレの感覚の問題かな、と思った。
部室のドアを開けると、香具山先輩がいた。なんだか真剣そうな顔で爪を切っている。それ、切るんじゃなくてヤスリで削る方がいいんスよ。そう言ったら先輩は、え、マジで!? って、ちょ、知らなかったですか。そー言うことは早く言えよ、なんて文句言われながら、オレは部室に置き忘れてた新しいシューレースを持って、今度は香具山先輩と一緒にグラウンドへ戻った。宮原先輩は、部室で古いスコアブックを探している。
香具山先輩とオレは、十センチちょっと身長差がある。先輩は、今のタカヤと同じ身長だ。並んで歩くと、やっぱり歩幅がちがう。オレが元々、大股でずかずか歩くからってのもあるかもしれないけど。あ、足の長さの差だったりして。そんなことを考えていると、香具山先輩に頭をはたかれた。……もしかして、考えが口に出てた? おそるおそる先輩の顔をのぞき込むと、不機嫌そうに、お前また伸びやがって、って言われた。ああ、俺の身長、まだ伸びてんだ。そうこうする内に、グラウンドに着いた。
適当な場所に坐って、シューレースを替えながら、タカヤとはどうだったんだろう、と思った。
タカヤとオレの身長差は、十センチ以下に縮まったことはない。アイツも伸びちゃいるんだろうが、オレも伸びてるから。アイツがオレを見上げる角度は、いつも同じだった。……じゃあ、歩くときは? 思い出す限り、オレはタカヤの歩調に合わせて歩いたことがない。並んで歩いたことは結構多かったはずなのに。
久しぶりに部活の休みが重なった日に、嫌がるタカヤを無理矢理呼び出して、買い物に出かけた。部屋の掃除をしようと思ってたのに、と文句を言われた。んなもん、いつでも出来るだろーが。
仕方なく、といった様子でついてくるタカヤ。今日は歩調を合わせよう、と思っていたのに、気が付けばオレは自分のペースで大股に歩いていた。あれ、なんでだろう。先輩達には、ちゃんと合わせられたのに。なのに、どうしてか、タカヤにはそれが出来ない。
たったったっ、と軽い音を立てて、タカヤは隣を半歩遅れでついてくる。なんとなくその音に耳を傾けていると、オレが五歩進むあいだに、タカヤは六歩歩いていることが分かった。やっぱり歩幅がちがうんだ。
今度こそ、タカヤに合わそう。そう思って、意識的に歩調をゆるめてみた。どうしたんですか? タカヤが訝しげに訊いてくる。なにが? しらを切ると、タカヤはそれ以上追求してこなかった。
しばらく歩いて、オレは自分の歩調が元に戻っていることに気が付いた。なんでだ。つーか、いつからオレの歩調元に戻ってたんだ?……全然気付かなかった。タカヤは知らん顔で、オレに合わせて歩いている。
昔からずっとそうやってオレに合わせてくれていたことなんてオレは知らなかった。タカヤはオレにそんなこと気付かせなかった。さりげなく、さも当然のような顔をして、オレが知らない間に、オレの為に。オレの為に? それとも投手の為に? どっちにしろ、オレは今までずっと、タカヤがそうしてくれていたことを、当然のことだと思って気にもかけなかった。だからあんなにコイツの隣は心地良かったのか。
タカヤは何も言わない。オレも、何も言わない。でも、オレは気付いてしまった。心遣いとか、大事にしてくれてたこととか、それに全く気付かずに当たり前だと思って甘えていたこととか。
気付いてしまったら、もう今まで通りでは居られない。タカヤ、なんでオレにそんなによくしてくれんの?