余談(37)





「三橋、そのバット使うなよ!」
「ぅえ、えっ?」
「だから、お前はそのバット使うなって!」
「う、うん」
「ほら、重さ同じくらいだから、こっち使えよ」
「う、ん」


阿部、うっぜー。
オレはすかさずそう思ったね。
泉が横を向くと、田島も同じような顔をしていて、二人で顔を見合わせて肩をすくめてしまった。
だって田島は、普段は突飛な行動で呆れられる方なのに。9組じゃ、寝てるは提出物出さないわで、いっつもオレが注意したりしてるのに。
なのに、その田島をして呆れさせるんだから、阿部の過保護ぶりは計り知れないものがある。いやホント、比喩じゃなく。
今日も今日とて、三橋の一挙一動にいちいち口挟んで、それってどうよ、とか思ってしまう。
三橋もよく平気だよな。

「泉く、交代……」
「おー。ナイバッティングだったじゃん」
「うひ」

三橋は、右方向に良いアタリを出したところで満足したのか、後ろで素振りしていたオレに打席を譲った。ピッチングマシーンは旧型の方で、マシンのくせに、今日もイイ感じに荒れ球らしい。
三橋からバットを受け取って、オレはスイッチだけど今日は右打席に入った。
ホームベースの中心をバットの先で軽く叩き、立ち位置を確認する。
よし。バットを構え、ピッチングマシーンにボールをつぎ足している沖に頷いて、始めてもらう。
ウィィィ、と作動音がして、ボールが……

「泉、そのバット使うなよ」
「うわっ!?」

ボールが飛んで来る、かと構えていたら、阿部に声をかけられた。思わず振り向いたところにボールが飛んできて、のけ反ってしまった。

「あ、わりぃ。危ないタイミングで声かけて…」
「………なんだよ」

三橋にあれこれ言うのはともかく、オレにも言うのか? そりゃ、阿部のアドバイスって、自分でも思っても見なかった苦手コースとか言われて、眼から鱗だったりするけど、それにしてもタイミングってもんが………

「そのバット、左打ち用だから、今日は右打席に入るんだったら違うの使えよ」
「左打ち用って……」
「グリップテープの巻き方が」
「……ああ」

グリップテープ、って言われて、マジマジと自分の手元を見た。んでもって、阿部が差し出している "右打者用" のバットのグリップも。
納得。確かに巻き方が反対だ。
阿部からバットを受け取って、一回二回と振ってみると、さっきまで持っていたバットよりも遥かに手に馴染む。
このバット、よく見ると三橋が使おうとして阿部に止められてたバットで、ああ、過保護で口出ししてたんじゃ無かったんだな、と分かった。
阿部、うぜーなんて思って悪かった!今度からもうちょっと真面目に聞くことにする。
………と反省した矢先、ボールのカゴ(結構重い)を運んでいた三橋に「重いモン持つな!」なんて言いやがって、反省はちょっとしぼんでしまったんだけども。



まあいいや。阿部はスジガネ入りの野球馬鹿だから、三橋に言うこともオレに言うこともちゃんと意味があるんだよな。
そう思って再びバッターボックスに入ると、ピッチングマシーンの後ろで、いつの間にかマシンを止めてくれていた沖が所在なさそうにしていた。