余談(3)





なんだか阿部が凄いことになっていたのは、寒さも厳しい冬のある日のことだった。


守備練の真ん中へんでするシートノック。
西浦では基本的に1ポジションにつき部員が一人しかいない(外野は一カ所二人いるけど)。
監督が、はい、じゃー守備位置について!っといったら、一斉に、わらわらと自分の守備位置まで走っていく訳だが、このとき守備位置まで走らないヤツが一人いる。阿部だ。

移動・交代はキビキビと、の西浦で、なんで阿部が走ってないかっていうと、つまり阿部がキャッチャーだからで。
ホームベースの辺りで円になって監督からの指示をきいて、で、走って守備位置に着くんだから、ホームベースのすぐ後ろが定位置の阿部に、走る余地なんてあるわけ無い。
なので、阿部はノックに使うボールをより分けながら、みんなが守備位置に着くのを待っているのがいつもの通りなのである。



んが、本日の阿部は、なんかおかしく、凄いことになっていた。


まず、練習中なのに上着(スタジャンの丈を短くしたみたいなヤツ)を着ていた。
そして、その上着を着た体の線が、妙にデコボコ、というか、カクカク、というか。
そう、モビルスーツ? みたいになっていた。





……………ぶっ、あっはははは!!


思わず大爆笑する西浦ナイン。
しかし阿部は、そりゃもうヘーゼンと、

「内野バックホーム!」

…なんて言っている。
いやちょっと待ってくれお前のその格好はなんなんだ一人だけ上着着やがってズリィってか笑い死にしそうだからやめてくれ。
実際笑いすぎて呼吸困難を起こしかけているみんなの心の中を文章にしたら、きっとこんなカンジだろう。

阿部は。
まったくもっていつもと変わらない表情をした阿部は、足にレガース、頭にメット、ミット片手に、もう一方の手にはボールを持って、さらにプロテクターの上から上着を着ていた。

……普通はしない。プロテクターの上から上着とかは。
審判なら、大抵は青い審判用のカッターシャツの中にプロテクターを着けたりするけれど、キャッチがそんな格好するなんてみたことなくて。

普段は細いシルエットの阿部が、着ぶくれしてカクカクしたラインになってるのが面白いのか、はたまた、そんな格好をした阿部が、いつもと全く変わらない仏頂面なのがツボだったのか。


笑いすぎて、いい加減救急車でも呼んだ方が良いのかと思うくらいに、腹を抱えて転がり回ってた西浦ナインが復活したのは、それから十分強が過ぎてからだった。















「………で、阿部は何でまた、あんなキテレツな格好してたわけ?」


栄口がそう聞いた瞬間、思いだした田島がブフー! と噴出した。


「捕手って、シートノックん時、すっげぇ寒いのな。ほとんど動かねぇから」


確かに、捕手はたいして動かない。
ノックも、キャッチャーフライとホームベース前のバント処理ぐらいだ。
しかも、シートノックをするまでにかいた汗が急激に冷えて、そりゃもう有り得ない寒さだ。
しかししかし、


「じゃあ、なんでプロテクターの上から上着着んの?」

上着の上からプロテクター付けりゃいいじゃん。
もっともな、常識的な意見を挙げてくれる、常識人の花井。


「や、だって、プロテクターのベルトにフードが引っかかって投げにくいし」


あ、そう……。

だからって、プロテクターの上から着ちゃう阿部っておもしろいよなー。



横着というか、無頓着というか。
吃驚するぐらい拘るところと拘らないところの分かれている捕手に、好奇の視線を向ける西浦ナインだった。











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面倒だからって制服新調しちゃう阿部は、きっとメット脱いだら髪の毛変にペッタンコになってても全然気にしない子です。
でも、プロテクターの上から服きちゃうと、なんかこう、タートルズみたいになるんですけど……。