余談(17)





三寒四温に、花冷え花風、花嵐。
とかく不安定な春の天気。
昨日は暖かかったのに、と、冬用の厚手の上着に袖を通しながら、天気予報の予想最高気温を見た。
前日より−11℃。
一気に冬に戻ったみたいで、ところにより雪が降るでしょうって。
それってどうなの、もう桜も咲いているのに。



桜並木の下でキャッチボールをした。
途中のコンビニで買ったお花見セットと、家から持ち出したビニールシート。
でもって、グラブとボールとを持って、元希さんと二人して。
そもそも元希さんに花見なんて典雅な趣味があったのかと思ったけど、どうやらこの人は典型的な"花より団子"らしい。
腹ごなしにキャッチボールして、それでその後は存分に食べるつもりらしい。

等圧線が狭いから、風が強いとか何とかで、視界は降り注ぐ花びらで雪みたいに白い。
桜の木の下、は、毛虫がつきものだから余り好きじゃないのだけれど、毛虫の季節は花が終わった葉桜の頃だから、今時分はまだ大丈夫。
少し離れたところで元希さんは、降る花びらを面白そうに目で追って、鼻の頭に乗っかった花びらを、ふぅっと吹き飛ばしては子供みたいに笑っている。いや、子供なんだけれども。
にしても、元希さんと桜って、ホントミスマッチだ。
アンタにはもっと力強い花のが似合ってるよ。


そうしてしばらく、それまで晴れていた空が、急に灰色になってきた。
春の常で安定しない天気。
日差しが無くなると、やっぱり寒い。
…と、花びらかと思えば、シュンと冷たい感触。
雪だ。もう、四月になるのに……。
元希さんが向こうで、四月に雪ってありえねぇ! と叫んでいるのが聞こえた。 風が強くなって、いっそう花びらが舞い散って、それに雪も加わって。
視界はどんどん悪くなって、もう白いのは桜か雪か硬球か、ってぐらいに白ばっかりで。

元希さん、オレにはボールが見えないよ。

元希さん、オレには、アンタの姿すら見えないよ。


とてつもなく不安になる。
冷たくて白い中、一人っきりで立ちつくしているような気分。
そんなことない、花びらの向こうに、元希さんがいるはずなのに。






どれくらい経ったのか、雪も風も止んで、白以外の色を取り戻した視界の中、キャッチボールをしていた位置のままに元希さんは立っていた。
ちゃんとそこに立っているのに、どうしてさっきは一人きりのように感じたんだろう。


「な、食べちまおうぜ」

元希さんが笑ったので、オレも笑った。
さっきのは、気のせいだろう。