余談(12)





水の粒が屋根を叩く音で、目が覚めた。
時計を見ると、いつもよりも少し早い時間。
阿部隆也の朝は早いが、几帳面な体内時計は、いつも決まった時間に体を起こしてくれる、のに。

(あー、なんで目ぇ醒めたんだっけ?)

早く起きてしまったせいで、寝ぼけたままに目元をこすった。
なんだかまだ頭も体も眠りの中にいるみたいで、感覚がぼやけている。

パラパラと、屋根を打つ音は続いている。

(なんの音だっけ、パラパラ、パラパラって……)

「って、雨の音かよ!?」

そこで一気に覚醒した。
そう言えば昨夜見た天気予報は雨だった。




さて、雨となると、屋外運動部は辛いところだ。
降ってる間は練習できないし、やんでも、グラウンドの状態によってはやはり練習できない。
公立でしかも新設の西浦高校に、野球部が使える屋内練習場なんて、もちろんあるわけもない。
そして、さしあたっての問題は、朝練が出来るのかどうか、と言うことだった。
阿部は、充電コードに繋いだままベッドに埋もれていた携帯を発掘して、素早くボタンを押した。

ピルルルッ……、ピルルルッ……、ピルルルッ……、ピルルルッ……

(出ない。まだ寝てやがるな)

ピルルルッ……、ピルルルッ……、ピッ…

「田島!?」

『ふぁーい……』

「起きろ田島!オレんち、今雨降ってんだけど、そっちどうだ?」

『あめ…? ……え、雨!?』

「そ、雨。そっちも降ってる?グラウンド、いけそうか?」

『ちょっと待ってねー!』

阿部が電話した相手は、学校のすぐ近くに住む田島のところだった。
電話の向こうで、ばたばたと走る音が聞こえる。
恐らく、グラウンドを見に行ってくれているのだろう。
こういうとき、学校の近くに住む人がいれば便利だ。

『あべー、グラウンド、無理! 水溜まり出来てる!』

「そっか、放課後止んでたら、水抜きからだなぁ…」

水抜きとは、スポンジで水溜まりの水を吸い取っては捨てる、という、この上なく面倒な作業なので、出来れば勘弁願いたいのっだが、阿部の愛するお手製のグラウンドが雨で荒れるというのなら、水抜きをするのもやぶさかではない。
しかし、今やらなければならないことは――

「じゃあ、今日は朝練無しだな。オレ、花井に連絡するから」

『えー、つまんねぇ』

「仕方ないだろ、起こして悪かったよ。じゃーな」

ピ。
田島の電話を切ったその手で、今度は電話帳から花井の名前を探して通話ボタンを押した。
雨でグラウンド、アウトだって。マジで? 連絡頼むな、などと、この辺は慣れたものの二人。
阿部がもう一人の副キャプテン、栄口に連絡して、花井は他のみんなにメール回して、と役割分担も完璧に、放課後練までに止めばいいなー、と言って通話を切った。

(さて、と。栄口に電話すっかな……、っと)

花井との通話を切った直後、携帯が田島からの着信を告げた。
最初は、野球部は全員同じ着メロにしてあったのだが、田島や水谷が勝手に自分専用の着メロを設定してしまったので、今では田島に妙に似合った騒がしい音に変わっていた。

ピッ。

「どうした、田島?」

『なー、阿部。起きちゃったんなら、オレんち来いよ!』

「は?」

『だって起きたけど朝練ないからヒマだし』

「まあ確かにヒマだよな」

『納屋で素振りしよ! ついでにキャッチャー教えて!』


(そーいや、田島んちの納屋ってけっこう広かった……)

な、な? と言う電話口の田島の姿が容易に想像されて、少し笑ってしまった阿部は、外を見て時計を見て、

「6時頃になるぞ」

……と答えた。
電話の向こうで田島が、やったー! と叫んでいた。