余談(10)





キャッチャーは、素振りとか構えとかバッターボックスの立ち位置とか、そんな諸々のものを見て、配球を決める。
こいつ、内角苦手そうだな、とか、そんな外側に立ってたら外角いっぱいには届かないぜ、とか。
隙がない、どこにミットを構えても打ち返されそうなバッターもいるけれど、大抵のバッターは、大なり小なりクセがあって、コントロールのいい投手が登板している場合には、それこそ内外高低と打たれないように球を振ったりもする。

それで、ここ、西浦高校の場合、キャッチャーの阿部くんは、元々バッターのクセとかを研究して配球を考えるのが好きだったけれど、エースの三橋くんがこれまためっぽうコントロールの良い投手だったので、配球組み立てにいっそう熱が入っていた。
これには、昔組んでいた投手がノーコンで、せっかく組み立てた配球が役に立たなかった反動、もあるのかもしれないけど、とにかく阿部くんは、打者を観察して観察して分析して分析して分析して配球を組み立てて、試合の最中にも、前の打席で振った球とかのデータを加味して配球を修正して、なんかもう、びっくりするくらい打ちにくいリードを作り上げていた。
投手の三橋くんも、この無茶で過酷なリードに答えるだけの制球力を持っていたものだから、阿部くんは、うれしさの余り、ついうっかり三橋くんに運命を感じてしまう感激屋な一面もちょいちょい覗かせつつ、なかなかにいいバッテリーとして幸せ野球人生を謳歌している最中だった。

そんなこんなで、根っからの捕手、捕手の中の捕手、の阿部くんは、毎日を幸せに過ごしていたが、チームメイトである西浦ナインには、実はちょっとした不安があった。
どんな不安かって?
例えば、三橋くんに入れ込みすぎた阿部くんが、いつか一線を越えちゃうんじゃないか、って不安なら、実現しそうでイヤだけど、そうなった場合は暖かく見守ろうと心に決めていた。
因縁ありーの榛名さんと一揉めあるんじゃないか、って不安なら、それも有り得そうでイヤだけど、体を張って間に入ってやろうと心に決めていた。
だが、西浦ナインの不安は、そのどちらでもなかった。

その不安とは、つまり、阿部くんは根っからの捕手なのだということだった。
阿部くんは、味方である時には、とても頼りになる捕手だ。
捕手としては小柄なためか、たまにクロスプレーで吹っ飛んだりもするけれど、どんな悪送球でも、届く範囲だったら体を張って止めてくれるし、リードは言わずもがな、打たれた時やランナーに対する指示も的確だ。
じゃあ、何が不安なのか。
繰り返して言おう。
阿部くんは、捕手だ。
だから、バッターボックスに立ったバッターは、すべからく彼の観察眼によって観察・分析され、得意・苦手コースから足の速さまでのデータを取られている。
これは、チームメイトの西浦ナインに対しても同じことだった。
べつに阿部くんには、チームメイトと対戦することがあったら、なんてつもりは全くない。
しかし、根っからの捕手でありすぎる為に、練習中の打席でも、無意識のうちにしっかりじっくり観察してしまうのだった。

毎日の練習で、その都度見れれているのだ。
阿部捕手にとって、一番三振を取りやすいバッターは、きっとチームメイトだろう。


だから、西浦ナインの不安というのは……


「もし大学いっても野球やってて、阿部んトコと当たったりしたら、オレ、絶対打てないだろーな」


……ということだった。
それどころか、今現在、練習中に行われる、実戦を想定した打撃練習でも、三振したり討ち取られたりと、打てた試しのない西浦ナインだ。
その不安は、まさしく現実のものとなりつつあった。










............

チームメイトだから、一番弱点とかも知ってるよね、という話。
実際、阿部くんが本気になったら、データをきっちり取られている西浦っこは打てないでしょうね。