[ 深夜、榛名元希は ]
ひた走っていた。
彼は、深夜の町並み、その中を、自転車でひた走っていた。それはもう、爆走と言うよりは暴走といった言葉が相応しいくらいの勢いだ。歳末故に普段よりも警邏が頻繁で、無灯火で走っていた為に何度か止められてしまったが、
「急がないと間に合わないんです!!」
……と言ったところ、どういう訳かすんなりと通してくれたので助かっている。珍しく話の分かる警官だった。
実際のところ、「うっせぇジャマだどきやがれ」と怒鳴りそうになって、すんでの所で「急がないと間に合わないんです」と言い直せた彼の形相がとんでもなかった為に、迫力に押されて通してしまった、というのが理由だったのだが、そんなことは恋する男の知ったこっちゃない。
彼、榛名元希は、今まさに誕生日を迎えようとしているタカヤの元へと、ひた走っているのだった。
さて、阿部隆也である。
彼は、榛名元希の愛を一身に受けているのだが、好意だとか秋波だとか、そういった類のものにはひどく鈍いので、噛んで含めるようにしていちいち言葉にしないと分かってくれないのだ。それは例えば、さり気ない仕草で好意を表してみても全く気付かないので、「好きだ!」と叫んで抱きしめるようなものだ。
しかしまた、彼は照れ屋でもある。正確には受動の照れ屋と言おうか。自ら好意を示すのには大して照れもしない癖に、好意を受け入れるのには茹で蛸もかくや、という顔色を示す。まあ、なんというか、恋人甲斐のある性格と言えなくもない。
そのタカヤが、明日誕生日を迎えるのだ。榛名元希としては、その好意の程を示す為にも、是非とも誕生日を祝いたいところである。その際には、何らかの行動を起こしたいものだ、とも思っている。
タカヤは前述の通り好意に鈍いので、分かりやすく言って行動で示さないと、からかわれているだけだと取る。しかし一方で照れ屋でもあるので、分かりやすく示すと逆に怒ったり殴ったり、挙げ句の果てには逃げ出したりする場合がある。榛名としてはそこが可愛いのだ、と思ったりしている。それにしても、はっきり言わないと分からないが、はっきり言うと照れて逃げる、とは、いったいどうしたら良いのだろうか。
これに関して、榛名には名案(と自分では思っている)があった。とにかく抱きしめ、そして言う、というものだった。
当然、タカヤは暴れるし藻掻きもする。しかし、抱きしめてつかまえている以上、逃げられはしないのだ。榛名が痛いのをちょっと我慢すれば、顔どころか耳までまっ赤にしたタカヤが腕の中にいる訳で、つまりは名案といえる対処法であった。
4回目の不信検問をやり過ごした後、ようやく阿部家が見えてきて、榛名はここまでの長い道のりを振り返り涙した。なんだって今日に限って4回も止められたんだ!くそー警察のヤロウ、んなことしてる暇があったら、うるさい暴走族とかをなんとかしろよ。
しかし本日の榛名の爆走もとい暴走ぶりといったら、暴走族の方がまだかわいげがあるのでは、と言った具合であったので、検問で止めた警察の判断は正しかったと言えよう。そもそも榛名は、点灯するとスピードが落ちると、ずっと無灯火で走っていたのだった。
その辺の紆余曲折は、これから起きることには既に関係のない事柄であるので置いておこう。
なんにせよ、榛名は辿り着いたのだ、タカヤの家に。
自転車を停めて、駐車場の方から庭に侵入する。勝手知ったる何とやら、小さな庭の、見上げれば二階の角はタカヤの部屋、と言った位置取りにたち、まだ灯りのついている窓を見上げた。途中で横切った窓は確か風呂場で、聞こえてくる鼻歌は多分息子に似たタレ眼のおじさんのものだ。そもそもタカヤは部屋を離れるときはちゃんと電気を消すので、灯りがついている以上自室にいる公算が大きい。
しゃがみ込んで手探りで小石を拾う。あまり大きいのだと窓を割ってしまうから、小さな、指でつまめるぐらいの石を。
立ち上がって、軽く振りかぶる指先から放った。シニアの頃あれだけノーコンノーコンと言われたけれど、小石は吸い込まれるように灯りのついた窓に当たった。そう、オレはもうタカヤを外さないのだ。、
気付かないかな、もう一個投げようかな。そう思って石を拾って振りかぶったところで窓が開いた。
「なにやってんですかアンタ」
ああ、タカヤだ。
彼は、深夜の町並み、その中を、自転車でひた走っていた。それはもう、爆走と言うよりは暴走といった言葉が相応しいくらいの勢いだ。歳末故に普段よりも警邏が頻繁で、無灯火で走っていた為に何度か止められてしまったが、
「急がないと間に合わないんです!!」
……と言ったところ、どういう訳かすんなりと通してくれたので助かっている。珍しく話の分かる警官だった。
実際のところ、「うっせぇジャマだどきやがれ」と怒鳴りそうになって、すんでの所で「急がないと間に合わないんです」と言い直せた彼の形相がとんでもなかった為に、迫力に押されて通してしまった、というのが理由だったのだが、そんなことは恋する男の知ったこっちゃない。
彼、榛名元希は、今まさに誕生日を迎えようとしているタカヤの元へと、ひた走っているのだった。
さて、阿部隆也である。
彼は、榛名元希の愛を一身に受けているのだが、好意だとか秋波だとか、そういった類のものにはひどく鈍いので、噛んで含めるようにしていちいち言葉にしないと分かってくれないのだ。それは例えば、さり気ない仕草で好意を表してみても全く気付かないので、「好きだ!」と叫んで抱きしめるようなものだ。
しかしまた、彼は照れ屋でもある。正確には受動の照れ屋と言おうか。自ら好意を示すのには大して照れもしない癖に、好意を受け入れるのには茹で蛸もかくや、という顔色を示す。まあ、なんというか、恋人甲斐のある性格と言えなくもない。
そのタカヤが、明日誕生日を迎えるのだ。榛名元希としては、その好意の程を示す為にも、是非とも誕生日を祝いたいところである。その際には、何らかの行動を起こしたいものだ、とも思っている。
タカヤは前述の通り好意に鈍いので、分かりやすく言って行動で示さないと、からかわれているだけだと取る。しかし一方で照れ屋でもあるので、分かりやすく示すと逆に怒ったり殴ったり、挙げ句の果てには逃げ出したりする場合がある。榛名としてはそこが可愛いのだ、と思ったりしている。それにしても、はっきり言わないと分からないが、はっきり言うと照れて逃げる、とは、いったいどうしたら良いのだろうか。
これに関して、榛名には名案(と自分では思っている)があった。とにかく抱きしめ、そして言う、というものだった。
当然、タカヤは暴れるし藻掻きもする。しかし、抱きしめてつかまえている以上、逃げられはしないのだ。榛名が痛いのをちょっと我慢すれば、顔どころか耳までまっ赤にしたタカヤが腕の中にいる訳で、つまりは名案といえる対処法であった。
4回目の不信検問をやり過ごした後、ようやく阿部家が見えてきて、榛名はここまでの長い道のりを振り返り涙した。なんだって今日に限って4回も止められたんだ!くそー警察のヤロウ、んなことしてる暇があったら、うるさい暴走族とかをなんとかしろよ。
しかし本日の榛名の爆走もとい暴走ぶりといったら、暴走族の方がまだかわいげがあるのでは、と言った具合であったので、検問で止めた警察の判断は正しかったと言えよう。そもそも榛名は、点灯するとスピードが落ちると、ずっと無灯火で走っていたのだった。
その辺の紆余曲折は、これから起きることには既に関係のない事柄であるので置いておこう。
なんにせよ、榛名は辿り着いたのだ、タカヤの家に。
自転車を停めて、駐車場の方から庭に侵入する。勝手知ったる何とやら、小さな庭の、見上げれば二階の角はタカヤの部屋、と言った位置取りにたち、まだ灯りのついている窓を見上げた。途中で横切った窓は確か風呂場で、聞こえてくる鼻歌は多分息子に似たタレ眼のおじさんのものだ。そもそもタカヤは部屋を離れるときはちゃんと電気を消すので、灯りがついている以上自室にいる公算が大きい。
しゃがみ込んで手探りで小石を拾う。あまり大きいのだと窓を割ってしまうから、小さな、指でつまめるぐらいの石を。
立ち上がって、軽く振りかぶる指先から放った。シニアの頃あれだけノーコンノーコンと言われたけれど、小石は吸い込まれるように灯りのついた窓に当たった。そう、オレはもうタカヤを外さないのだ。、
気付かないかな、もう一個投げようかな。そう思って石を拾って振りかぶったところで窓が開いた。
「なにやってんですかアンタ」
ああ、タカヤだ。