目は口ほどにものを言い、と言う(らしい。秋丸がそう言ってた)けど、コイツの場合はホントにどっちもどっちだな、って思った。だって、目だって口だって、うるさいぐらいに分かりやすいんだから。
………なんて言うと、アンタに何が分かるって言うんですか、とかそーいう可愛げのないこといいやがるんだけど、無愛想でオマケに口が悪いのがコイツのデフォルトで、分かりやすいってのはその態度とは反対のことが分かりやすいんだよな、うん。
それは例えば、こう―――
―――グラブの中の白球をくるりとひっくりがえして、オレは縫い目に指先をかけた。湿気が良いのか、ボールが滑らない。だから、ロジンはなるべく使わない様にしていた。だってアレ、松ヤニ入ってるんだぜ。滑らなくなるのはなるけど、手が荒れるんだよな。前にロジンで手がカサカサになって、どうしよう!って焦ってたら姉ちゃんがハンドクリームくれたんだけど、ピンクで甘い匂いがして、まるっきり女物だから使いにくくて。こんどワセリン買ってこようかな。……その辺はまあいいや。
今は、これから投げる球のことだ。次の一球は、思いっ切り腕振って、全力でストレートを投げる。ちょっとコントロールに不安があるけど、出来ればストライクゾーンに飛んで欲しい。タカヤのミットは、高めの真ん中に構えられてる。オレのストレートなら、高めのボール球を振らせられる。だからこその、あの位置。あそこに、投げる。決まれ!
バシィッ!
決まった!速さも球威も最高の、しかもちゃんと構えたミットの場所に。よっしゃ、と小さく拳を握った、そのオレに、ナイスボール!って声が掛けられる。オレの全力をちゃんと捕りやがったタカヤが―――
―――そう、例えば。
タカヤの「ナイスボール!」って声は、そりゃブルペンで組んでりゃ、わりとよく聞く。いくらオレがノーコンと言われていても、投げ込んでたら良いコースに入ることだってあるんだから。つーかタカヤは、ブルペンだけじゃなくてタダのキャッチボールの時でも、ボールによっては「ナイスボール!」っていうし、ノックのバックホームの時だって、外野から良い送球が返ってきたりしたら、やっぱり言う。
でも、一番はオレだ。だって、オレが最高の球を投げたときの「ナイスボール!」は、他の時のとは違うんだ。声の大きさが違うのか、声の調子が違うのか。とにかく、違う。聞いただけですぐにわかる。
オレが投げる。自分でも良い球が投げられたと思う。それをタカヤが捕る。オレが、よし、良い球!って自画自賛してると、タカヤも良い球だって言う。どんなに機嫌が悪くても、つかみ合いの喧嘩した後でも、その声がホントに良い球だって思ってるのは変わらない。アイツは、投球の評価には、機嫌も好き嫌いも絶対に持ち込まないから。
それで、アイツの良いところは、その評価を絶対に間違えないことだ。オレが自分の投球に納得していないときにタカヤが特別な「ナイスボール!」を言うことは無い。オレの球は速いし重いから、他の捕手だと加減した球でもナイスボールに感じるらしいけど、タカヤはちゃんとオレの全力を分かってる。オレが、よし! って思うときとタカヤが「ナイスボール!」って思うときは、必ず一致するんだ。
……それが、たまらなくイイって思う。タカヤがオレの球を理解する。良い球投げると、ちゃんと正しい評価が返ってくる。オレが納得いかない球の時は、ちゃんとストライク取っても、特別じゃない方の「ナイスボール」が返ってくる。
聞くだけで分かる。声だけで分かる。目を見ても分かるんだろうけど、キャッチャーマスクの影でそれが見えないときでも、その声だけで。
目は口ほどにものを言う、っていうけど、タカヤの場合は、目も口も、言葉じゃない。口から出るセリフは小生意気な癖に、目が、声が、言葉よりももっと正直で多弁だ。
そこが、イイ。