どうも、秋丸です。武蔵野第一の二年で野球部に所属してます。ポジションはキャッチャー、血液型は………、って、そんなことどうでもいいか。
いやまあ、なんていうかね、オレの自己紹介なんて正直どうでもいいんだけどね。でも、どうでも良いことでも考えてないと、耐えられないって言うか。
うん、正直に言うと、現在オレはとっても困ってます。うんざりだよ、もう。
だってさっきから、向かいに坐った榛名が延々とタカヤくんについて語ってるんだもん。


「聞いてんのかよ、秋丸」

「聞いてるよ、タカヤくんと買い物に行ったんだろ」


ちゃんと聞いてるから、続ければ? って、オレも心にもないこと言うようになったなぁ。
気をよくしたのか榛名はまた話し出したけど、タカヤがタカヤがって、お前それしか言うことないの?
あ、香具山先輩、哀れげな視線でそそくさと離れていくの、やめてもらえます? なんか、自分が可哀相になってきます。


「でさー」

「なに?」

「タカヤのヤツ、ほんっと可愛くねぇの!」

「そう?」

「そうだよ!」


はーい榛名君、食堂でそんな大声出すと周りの皆さんに迷惑ですよー。つーか、悪目立ちしてるよ、お前は気にしないだろーけど。
………あれ? あの頭のてっぺんでお団子にした子、C組の結城の彼女じゃなかったっけ。隣の男、あの組章は三年の色なんだけど、結城とは別れたのかな。確か先週の頭につきあい始めたって聞いたんだけど。んー、最近のカップルは、ホント長続きしないよね。我らが野球部の部長マネジカップルは長いみたいだけど。宮下先輩、面食いのクセに付き合うのは美人だと飽きる、ってんで部長だからなぁ。………もしあの二人が結婚、とかになったら、強制的に榛名と余興の漫才コンビとか組まされそうなんだけど。それだと、司会は香具山先輩? あの人あがって噛みそうなんだよね。


「……そんとき思ったんだけど、タカヤってオレに対してだけ態度悪くねぇ?」

「そうかもねぇ」

「………………否定しろよ!」


だから榛名うるさいって。
そういやオレ思うんだけど、ウチの学校の学食って結構美味しいんだよね。ちゃんとカレーに肉入ってるし。姉ちゃんに聞いたところによると、学食のカレーには肉が入っていないところがあるらしい! ……なんだろ、材料費ケチってるとか? まあ、食肉偽装事件みたく賞味期限過ぎてたり何の肉か分からないのが入ってるよりは、いっそ入ってない方がマシだ、って結論になったんだけど。オレと姉ちゃんの間では。
んで、カレーの肉よりもオレがこの学校の学食に高得点つけるポイントは、季節メニューがあること。制服が冬服から夏服に替わるのと同じ時期に、学食の入り口に『冷やし中華始めました』って幟が立つの。コンビニじゃないんだから……って、あれ、あの旗、ローソンのと同じデザイン? ちょ、パクってきたんじゃないだろな。


「こないだも、シニアんときのいっこ上と駅で会ったときに、すっげー嬉しそうに寄っていくんだぜ、アイツ」

「へー」

「くっそー、大体、シニアの連中、みんなタカヤに甘すぎだ!」


あ、タンクの冷茶補充してる。どうやってんのか知らないけど、ここの冷茶、めちゃめちゃ冷えてるから、みんな飲み干したペットボトルに詰めて持ってっちゃうんだよね。……オレも入れてこよっかな。
ところで、今何時だろう? 昼休みってあと何分あるのかなぁ。早く予鈴鳴ってくれないかな。
いや、オレもごく普通の高校生だから、休み時間は長い方がいいんだけどね。なんつーか、そろそろさすがに苦痛になってきたっていうか。
そりゃね、オレも慣れたもんで、右から左に聞き流しつつ怪しまれない程度に相槌をうつっていう必殺技を会得してからは、大分楽になったんだよ。
ちなみに、使用頻度が一番高いのは『へぇー』かな。これって便利で、お馬鹿な榛名が肯定して欲しがってるときにも否定して欲しがってるときにも使えるんだよね。同系統で『ふーん』とかも有り。
あとは『そう?』とかそーいうのもよく使うかな。
まあ、その辺の相槌を適当にうっておきながら、頭の中では別のこと考えてるのが精神衛生上好ましい、って分かったから、くだらないこと考えながら榛名の話を聞き流すに徹している。正直、誰と誰が別れただのくっついただのってどうでもいいんだけど、榛名の話は輪を掛けてどうでも良いからね。
大体、なんでいちいちお前の恋路の進展具合を聞かされなきゃならないわけ? そんなん知りたくもないよ。つーかお前、全然進展してねぇじゃん。タカヤタカヤ言ってるだけじゃないか。
……あ、予鈴。


「げ、昼休み終わっちまった!」

「オレ5時間目移動教室だからもう行くよ」

「おー。オレは……、げ、数学だ」

「じゃ、部活でなー」


ふう、やれやれ。オレは今日も無事切り抜けたよ、榛名のタカヤ話を。
そりゃ、前はタカヤくんに迷惑かけたら悪いと思って真剣に聞いてたんだけど、ほんっとに進展とか無いからなぁ。
榛名が意外にヘタレっていうか……、いや、学習したって言った方がいいのかな。まあ、今のところ、ほっといても大丈夫そうだから遠慮無く聞き流してるけど。




ところでさぁ、聞き流してもいくらかは頭の中に残っちゃうんだけど、今日のあの話。榛名にだけ可愛くないタカヤくん、っての。
タカヤくんって、オレから見れば可愛い後輩になりそうなんだけど、この場合どうなんだろうね。
榛名的には、可愛くないのが可愛いのか、榛名だけに可愛くないっていう最近流行りのなんとかデレみたいなのが可愛いのか。だって、可愛くない可愛くないって言いながら、確実に惚気だったよ、アレは。
つーかタカヤくん、榛名にだけ可愛くない態度取るってどうなの。君が多分無意識に取ってるであろうその行動は、きっと逆効果だと思うよ、オレは。



今日もたっぷり惚気(………。)を聞かされて、コレがゲームだったら、経験値が溜まってレベルアップしてるよ。「チャララ ラッチャ ラッチャッチャ〜♪」……って、これはFFだっけ、ドラクエだっけ?
まあいいや、とにかく、このオレ秋丸恭平は、目に見えないところで日々進化してるのです。
……主に榛名という避けられない強制エンカウントによって、ね。