ちまいのが、さっきからぽろぽろ球をこぼしてやがる。


打撃練習でマスクを被ってたオレの年下生意気キャッチが、さっきから捕球ミスを繰り返していた。別にワイルドピッチでも捕りにくい変化球でもなくて、フツーの球なのに、そりゃもうぽろぽろと。
二箇所距離をおいて平行に作られたケージで、投手が投げた球を打っている。まあ、投手と言えど打撃練習は必要なので、オレはさっきまで投げてたのを交代して今は打者としてバッターボックスに立ってるんだけど。
ホームに向かって右のケージで1−1の三球目を見送ったオレは、向かって左のケージでまたボールをこぼしたタカヤに顔を顰めた。向こうの打者も、どうしたんだと言うような顔をしている。意識をそちらに逸らせていたら、こっちのケージのキャッチが、
「元希、次の球来るぞ」
……と言って、オレは自分の前に立つ投手の方を睨んだ。
カウントは1−2、次は入れて来るんだろーな、と思う。どっちにしろ、ストライクゾーンに来たら打つだけだ。
4球目はストレートで、内角にきたそれを、体を開いて強引に引っぱりながら、チッと小さく舌打ちした。

「……で、なんでお前は今日あんなぽろぽろボールこぼしてたんだよ」
練習後の更衣室で、頭ひとつ低いところにある額を弾いて言った。ちょうどいい高さにあるってのもそうだけど、なんつーかこう、実にデコピンしたくなるデコをしてるっつーか。いたっ、と声を上げたその額を眺めながら、もう一度同じ事を聞いてやった。
「そうそう!オレもなんで捕り損ねてたのか気になってたんだよ!」
…と、横から声が入ってくる。右の、オレが打ってた方ののケージで捕ってたキャッチだ。
そもそもタカヤは、出会った当初はともかくとして、今はこのチームじゃ一番捕球が上手い。メキメキ上達、っつーよりはにょきにょき上達っつー方があってる感じがする。
最近では腕の痣も薄くなって、本気で投げた球捕られるたびに、コノヤロウ!ってのとやりやがったな!ってのが同時に湧きあがって、その小さな頭つかまえてぐしゃぐしゃにしてやりたいと感じる。
その辺の脅威の伸び率について、タケノコみてぇ、と思ったのはいつの事だったろうか。そのわりに背は追いついてないのか、目線の差は狭まる気配すらないんだけど。あ、オレも伸びてるからか。いや、今はそんなことどうでもいい。
問題は、なんでコイツがぽろぽろ捕り損ねてたかってことで、でもってそれがどうしてオレにとって問題かというと、あの球捕れねーでオレの球が捕れる訳ないからだ。ったく、お前やる気あんのかよ。
「すいません。なんか捕りにくくて……」
その声が大層沈んでいたから、あ、と思って顔をのぞき込んだ。そう言えばコイツは、スジガネの負けず嫌いだった。捕れないで腹立ててんのは自分自身が一番なんだろう。なんだ、調子でも悪かったんだろうか。
しかし思い返してみても、ブルペンで投げているときには調子悪そうではなかった。投げた瞬間に「あ!」と思ったワンバンの暴投もきっちり止めやがって、オレの暴投にもかかわらず、口笛でも吹きたい気分になったんだっけか。
そうすると、なんだってコイツは……



次の日の練習で、やっぱりタカヤは打撃練習中に捕り損ねてボールをこぼしていた。さすがに見かねたのか、監督が寄ってきて、どうしたんだ調子が悪いのかと訊いている。タカヤは、昨日の沈んだ様子とは違って、なんだか機嫌が悪そうに首を振っていた。丁寧な投球の右投げ投手は、マウンドの上で途方にくれた顔をしている。
そのまま一言二言でマスクを被り直し、打撃練習は再開されたけど、今度はベンチのオレの所に監督が来て言った。
「タカヤは調子悪くないって言ってるけど、元希の目から見てどうだった?」
……調子が悪くないのは本当だと思う。なんせ、ブルペンでは変わりなくオレの球捕ってやがったし。それじゃ、どうして、と考えていたら、監督も頷いて言った。
「そうだよなぁ。さっきまで元希の球を普通に捕ってたし、本人も調子が悪いとは思ってないみたいだからなぁ」
うん。でも、オレの球は捕れて、それより捕りやすい筈の球は捕れないってのはなんか腹が立つ。いや、それはそれでいいのか? オレはもうなんだか分からなくなってきた。アイツがオレの球を捕れるっていうのなら、他のヤツの球は捕れなくてもいいや、と思うし、オレの球捕るヤツがそんな球捕れないでどうするんだ、とも思う。

視線の先でまた球をこぼしたタカヤが、不機嫌に、でもどこか困ったような、目尻の垂れたしかめっ面をしたのを見て、あれ? と思った。







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「なぁ、最近隆也がオレの球こぼすんだけど……、オレなんか変な球投げてる?」
「いや、フツーだけど。前より変化球のキレが良くなったけど」
「でもそれぐらい、隆也は捕れるだろ。だって元希の球捕ってんだから」
「じゃあ捕りグセ、かなぁ」
「なにそれ?」
「いっつも捕ってる球と違うの受けたら、速さとか関係なく捕りにくいんだよ」
「そんなもん?」
「そんなもん。つまり隆也は、元希の球に染まっちゃったっつー……」
「隆也は元樹専用捕手?シャア専用ザクみたいなもんか……」
「ああ、そんな感じ!」

「「…………………。」」















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いくら速かろうが、いくら重かろうが、普段投球練習中に捕ってる球が一番捕りやすいんです、という話。
いつもと違って球速そこそこのコントロールの良いのを捕ったときに、どういう訳かえらい突き指をしたので。