おれの名前は瀬川正樹だ。いや、名前なんてどうでもいい。
この際重要なのは、オレがその昔(って言っても、5年くらい前だけど)戸田北シニアに所属していて、件の2人を見知っているってことだ。
そいつらは、オレが三年のときの二年と一年で、特に下の方は、まあ可愛い後輩といえば可愛い後輩だし、上の方とセットで、何かと派手で騒ぎの中心だったから、シニアを引退して以来会っていないとは言え、顔を忘れるとかそういうことは全くなかったんだけども。
にしても、思いだしてみるに、あの2人と同じチームでプレーしていたあの半年足らずの期間は、なんかもう色々有りすぎで、ヒジョーに濃い日々だったというか、なんというか。
もしオレが日記を書いていたら、絶対にその半年足らずで一冊書ききってるぞってくらいに色々あったし、その殆どがあの2人がらみだったってのが面白い。
あの2人、元希と隆也は、色々あったと聞き及んではいるけれど、今日は一緒に、少し遅れてくるらしい。




戸田北シニアの監督をしてくれていた人が、今年に入ってからどうも体を悪くしたとかで、退任するらしい。
別にひどく悪いというわけではないのだけれど、炎天下で何時間も練習に立ち会うのも、吹きっ晒しの中でそうするのも、体にはよくないというか、とにかく体力の消耗が激しいので、ドクターストップがかかったらしい。
アレだ、ボクシングで言うところの、セコンドからタオル。
…ん? タオル投げるのってレスリングだっけ?
まあどっちでもいいや。
とにかく、退任するにあたって、祝賀会…じゃなくて、歓迎会…じゃなくて、おつかれさま的な、えーと、慰労会?なんだろう、熟語形で思い出せないんだけど、とにかくお別れ会みたいなのをすることになって、お世話になった卒業生とか、現在進行形でお世話になってる今シニアにいる中学生とかが、都合のつく限り集まって、会館の会議室借りて、なんか食べたり飲んだりしようってことになったんだよな。
ちなみにオレはめでたく二十歳を超えてるので、大手を振って酒が飲める。
昔、在籍してた頃に、OBが遊びに来たときに、教え子と飲むのが楽しみだ、なんて言ってたから、今日はお酌しにいって、一緒に飲もう。もう二十歳をこえたのか、はやいもんだなぁって言って、目を細めるのが目に浮かぶようだ。

会場の会館について、すでに集まって準備してる顔ぶれの中からいくつか知った顔を見つけて、懐かしいのと同時に、一瞬自分が中学生に戻ってしまったみたいな感じがした。
あの頃は野球ばっかで、夏には面白いくらいに半袖焼けして、でも足とかは真っ白なままで、バカみたいにボールばっかり追っかけていた。
今から思うと、監督は正直、野球の指導者としては平均的だったのだと思う。
でも、シニアの理念、つまりは野球の技術的なこともそうだけど、チームワークとか、情操教育的な方面からみれば良い指導者だったな、とも思う。
なんせ気風が自由で、練習がそこそこ厳しかったわりには自主性を重要視していたみたいだった。
野球が好き、って気持ちに支えられた監督で、そういう空気のせいかチームもそんな感じだった。
だから、自由に、ノビノビと、なんていうと安っぽいキャッチコピーみたいだけど、実際に楽しく野球させてもらってたな、なんて懐かしくなる。
そういう気風だったからこそ、元希も途中から入ってやっていけたんだろうな。

元希は、二年の秋頃から入ってきた投手で、これがもう、ビックリするような球を投げるヤツだ。
ちなみに、ビックリするのはその球速と球威と、オマケにコントロールの悪さについてだけど。
中学で色々あって、怪我して、それでシニアに来たみたいだけど、これがまた凄いヤツで……っと、その辺の話はまぁいいや。
問題は、元希と、そのキャッチャーだった隆也のことなんだよな。

元希と隆也は、バッテリーとしては0か100か、みたいに、上手くいってすっげぇはまるか、全然全くダメか、どっちかしかない、って感じの、ちょっと危ういところがあった。
オレが卒業する頃には上手くやっていて、こりゃ100のほうかな、って思ってたんだけど、夏の大会で凄い揉めたらしくて、あちゃー、やっぱり0だったか、って残念というか心配というか、ひどく気になるバッテリーだった。
チラリと人伝に聞いたところによると、そのせいで高校は全く別のところに行って、なんかもう絶縁状態だったらしい。
ちなみに榛名は武蔵野から甲子園行って、ドラフトで見事プロ入り果たして、今はプロ初年でスポーツニュースをにぎわしている。にぎわしている理由は、顔が良いのと言動がバカのせいだ、きっと。
一方の隆也は、今三年で、新設西浦の伝説の一期生で(新設の一年ばかりの西浦高校野球部で桐青を破ってコールドしてって派手に勝ち進んだあの野球部の初代は、巨乳監督と共にすでに伝説と化しているのが笑える)、元希と面白いくらいに正反対のエースをリードして、近隣まれに見る頭脳派捕手としてちょっと有名だったりする。
どっちにしろ、履歴が派手な奴らで、相変わらずだなぁって思うけど。
なんか去年の抽選会場で派手に言い争ってたらしくて、埼玉県下じゃ、あの2人は仲が悪い、で通ってたみたいだけど、今日は一緒に来るって言ってるみたいだし、復縁でもしたんかな。
って、復縁って言い方はなんかアレだよな。

そもそもあの2人、仲が良いのか悪いのか、際どかったからなぁ。
元希は乱暴だし口は悪いし、オレサマでワガママな正確だったけど、明らかに隆也のこと気に入ってたからなぁ。
隆也がまだ捕れなくて、体中痣だらけにして、それでも最後までボールから逃げなかったときとか、嬉しそうな顔してたし、隆也が初めて捕ったときなんか、平静を装ってても実は踊りださんばかりだったし、確実に捕れるようになったときなんか、もうプロポーズするんじゃないかと思ったぐらいだった。
一生オレのボールを受け止めてくれ、って、こりゃもうプロポーズだろう。や、口に出しては無かったけど、今にも言い出しそうだったっていうか。
隆也も隆也で、あんなに文句を言ってたくせに、元々世話焼きな性格が拙かったのか、どんどん元希にのめり込んで…、いやいや、面倒見るようになって、冬とか毎回練習に2ケツで来てたし、元希の利き手には重い荷物持たさないように気をつかってたし……。
ストレッチもバスの席も、集合の円陣も、メシ食うときの席も、いっつも隣にいて、もうそれがチーム内で暗黙の了解みたいになってて、誰も間に入ろうだなんて思わなかったから、ビックリするぐらい長い時間を2人で組んでた事になる。
しょっちゅう喧嘩してたっていうか、喧嘩腰が基本姿勢の2人だったけど、アレはいっそ、喧嘩するほど仲が良いを通り越して、好きな子イジメと言っていいぐらいじゃないだろうか。
元希は脳天気なくせに好き嫌いが激しいから、気に入らないと近づけないし、それでいくと、隆也ってすっごい近くに居たんだろーな。
隆也もああいう細やかな性格だったから、元希のヤツ、隆也に世話焼かれるのに慣れたら、彼女とかつくれないんじゃないの、いやそれ以前に、元希の面倒見てると隆也に彼女が出来なさそう、って話とかしてて、でも元希のあの、性別とかに拘らなさそうな性格だと、むしろ隆也自身が危ないんじゃないのか、って冗談交じりに言ってたんだけど。
元希が犬みたいに隆也の顔をベロリと舐めて、汗でしょっぱいって笑ってて、懐っこい大型犬みたいな仕草に、隆也が仕方ないなぁって顔してるのを見て、そいつは犬だと思ってたら実は狼で……って忠告したこともあったっけか。
オレが、"男はオオカミなのよ、気をつけなさい"って歌ったら、みんなそう思ってたらしくて合唱してくれて、隆也だけが訳わからんって顔してたけども結局のところ、どうだったのかなぁ。
まあ、それもこれも、今日2人が来たら、それとなく様子見りゃいいか。(や、それ以前に、なんであいつら一緒にくるんだろう?)



取り敢えずみんな席について、カンパーイ! って紙コップ掲げて、後はもう無礼講ってか、新旧入り乱れて食ったり喋ったり、監督の回りに集まって昔話に花咲かせたりで、大変な騒ぎになっていた。
机の上にはお菓子と飲み物と、おにぎりとか唐揚げとか、わりとつまみやすい食べ物が所狭しと並んでいて、時々、醤油はどこだー!?とか、塩取って! とかそういう声が聞こえてくる。
酒も入っていないのに、体育会系独特の盛り上がりで、なんかもう収拾がつかない感じがする。
開始三十分くらいしただろうか、ふと、あの2人遅いなぁと思って時計を見たときに、隣にいたひとつ下のサード(つまりは元希と同級だ)が、元希と隆也、遅いッスね、って言って、あぁ、みんな気にはしてたんだなと気がついた。
あの2人、戸田北シニアの白眉っつーか、特にプロ入りした元希は、後輩どもにしたら憧れの人、な訳で、多分顔も知らない下の学年の子たちも、いつ来るかと楽しみにしてるんだろう。
……にしても、あいつら、ホントなんで一緒に来るんだか。
昔は元希が隆也ンとこに入り浸ってたイメージがあるけど、今はそんなわけでも……

「遅れてスンマセン!」

……っと、来たか。
戸口の方がザワッてなって、そっちを見たら、よく育った長身の、見た目は大人びたのに、浮かべる表情が変わってない元希が立っていた。
懐かしい。
たった半年足らずでも同じチームにいたんだ、そう感じるのは当然だ。
オレがいた頃のチームメイトは、みんな茶髪になったり制服とユニフォーム姿しか見たこと無かったのがこじゃれた格好してたりで、大なり小なり変化があるんだけど、元希は体格が良くなって、とかそういうのを除いたら、全体的には中学の頃のままだった。
や、成長してないっていうんじゃなくて、本人の野球に打ち込む姿勢が変わってないせいかな、髪も真っ黒で、野球やってるにしてはちょっと長めなのもそのままだった。
で、その後ろから、当然の如く、隆也が入ってくる。
こっちは髪の毛が伸びて、シニアの頃よりは見るからに大人っぽくなってた。
つってもオレが知ってるシニアの隆也って、一年のときだったからなぁ。そりゃ育つか。
でも、あの頃と変わらないものもあるみたいだ。
例えば、先に元希が、ちわー、ってドアを開けて、対格差で隠れてて見えないけどそのすぐ後ろから隆也が入ってくることとか。
その変わらなさに、一瞬自分が戸田北の更衣室に居るみたいに感じて、可笑しくなった。
あれから確実に時間は流れているのに。