正門からまっすぐ講堂までの、けっこう長い距離に、ストリート、という区間が設置される。
四月の頭、入学式の日じゃなくて、ガイダンスとか健康診断とかがある方の日の話だ。
これがなんの道かってーと、つまりあれだ、クラブ勧誘していい道ってコトなんだけど。
強引な勧誘、しつこい勧誘を防止する為に、区間が決められてるんだよな。
門を出たら、もうアウト、とかね。
でもって、この区間内はデモンストレーションオッケーだから、ダンス部が躍ってたり、茶道部がお抹茶配ってたり、体操部が逆立ちしてたりするんだけど。
まあ、サッカーやバスケやバレーや、球技の中でもスペースを広く使うものは、実演しにくいんだよね、危ないから。
それでもサッカー部なんかはリフティングの上手いヤツが、曲芸まがいに色々やってたりするんだけど、まあサッカー部に入ってもらう決め手としては弱いんじゃないかな。
で、我らが野球部は、というと。
コレこそなんの実演も出来ないところで、わりと地味ーに、チラシ配ったりして勧誘に勤しんでいる。
つっても、野球部ってのは基本的だから、勧誘しなくともやる気のあるのは入ってくるし、ウチの部は去年1年だけでちょっといいトコまで行ったから、注目株なんだ。
三年がいないってのも、入りやすいポイントかもしれないし。
さっきからちらほらと、入部希望者も来ているし、まあ、幸先はいいんでないの?
ちなみに、勧誘に活躍してんのは、田島・泉・栄口。
もちろんオレも頑張ってるよー!
花井と巣山と西広は、ちょっとばかし恥ずかしそうだけど。
沖は部室に荷物置きに行ってて三橋は隅っこの方でオドオドしてる。
…で、阿部。
阿部ってば仏頂面で新入生威しちゃダメよー、なんてふざけて言ってたら、うっせーよ、って叩かれたんだけど。
暴力はんたーい!
って、それはおいといて、と。
実際のところ阿部は、普段からは想像も付かないくらい愛想よくしてたんだよね。
でも、自分がそーいうのに不向きって分かってんのか、あんまり前には出てこなかったけど。
したら、しばらくして、
「隆也さん!」
って大声で名前読んだヤツがいて、阿部はビクってしてそっちを向いて、シニアの後輩かな、とにかくそいつとしばらく喋ってたんだよね。
どーも立ち聞きする限りでは、投手みたいなんだけど、三橋は大丈夫かなぁ……。
…と、阿部が立ち寄ったモモカンに呼ばれてそこを離れた。
取り残されたシニア投手くんが、三橋を見つけて、そっちへ寄っていく。
マズイかなぁ、間に入った方が良いかなぁ、と思ってたら、初対面の三橋にしては、なんだか妙に話が弾んでいる。
オレも驚いたし、周りにいた野球部連中もビックリだ。
だって三橋が、初対面の、しかも多分阿部が捕ってた投手と会話を弾ませてるなんて!
「でねっ、阿部くんがねっ」
「そのとき隆也さんがッ」
……二人して阿部を褒め称えてるよ……。
それで会話が弾んでたんかよ。阿部好き同志っつーか、なんつーか。
意外なところで結束をみたなぁ。
もしかしなくてもシニア投手くん、阿部を追っかけて西浦にきたのかな?
シニアの阿部って、どーしても榛名サン、ってイメージがあるんだけど、後輩ピッチにも懐かれてたのなかぁ。
にしても、アレだよな。
阿部って、投手に好かれてるっていうか、阿部の投手って愛情過多っていうか。
重婚って犯罪だぞ、血を見ないようにね、なんて思ってしまったんだけど。
後日、阿部のカバンから薄水色の紙が覗いていて、引っ張り出してみたら武蔵野第一の、野球部勧誘のチラシだったんで、コレどーしたの?って聞いてみたら。
「なんか知らねーけど、こないだカバンに突っ込まれたんだよ。ったく、あのヤロ、オレのカバンをゴミ箱と勘違いしてんじゃねぇの」
なんて言ってたけど。
俺が思うに、榛名サン、阿部に武蔵野第一に来てほしかったんだろーな。
でもって、こないだの阿部とシニア投手くんみたいに、チラシ渡して、「野球部は入れよ、トーゼン入るよな!」なんてやりたかったんだろーな。
この武蔵野のチラシなんてホラ、今年の分と、去年の分もあるよ。
去年そうしたかったチラシ残してあったって、どんなだよ。
まったく、阿部の投手って、みんな女房に対して愛情過多なんだから。