(どうしよう……眠れない。)
何度目かの寝返りをうって、隆也はパチリと目を開いた。
暗い部屋の中で、針に発光塗料を塗られた時計は、恐らく1時を指している。
朝一で試合があるのに、眠れない。
試合があるから、眠れないのか。
ごろり。また寝返りをうつ。
(明日は試合なのに……)
眠らないと、明日に響く。
体は、充分に疲れている。
なのに、眠れない。
隆也は、昨日、2番をもらった。
"2"と数字の入った四角い布きれ。
タダの布きれじゃない、とても重要な意味のあるもの。
(もときさん、おれ、やったよ)
もらった背番号を抱きしめて、叫びだしたいような衝動に駆られた。
それが、夕方の話、で。
夜は、眠れない。
眠気だって感じる。
いつもならもう寝ている時間だ。
隆也の体は、正直に、習慣通りの睡眠欲を訴える。
なのに、眠れないのは、
(目を瞑ると、昨日の最後にあの球を後逸したのが、映るんだ)
高い位置から落ちてくるように、振り下ろされる腕。
唸るボール、激しいバウンド。
ホームベースのすぐ後ろにワンバンした白球は、隆也のミットに収まらずに、腕をかすめて後ろのネットを激しく揺らした。
(試合では、後逸は、だめだ)
そう思うほどに、息が苦しくなってくる。
緊張が、寝ているはずの体を強張らせた。
(あしたは、ちゃんと、とらないと)
(とらないと、おれのせいでまけてしまう)
(おれのせいで、もときさんが)
(まけて、しまう)
とらないと、とらないと、と隆也は呟いた。
口に出すと、いっそう、重くなった。
布団を頭から被って、胎児みたいに手足を縮こまらせて、ぎゅうと自分の体を抱いて。
だいじょうぶ、だいじょうぶだ、と言い聞かせる。
(くるしい、くるしい、こわい)
(あした、ちゃんととれなかったら、どうしよう)
(もときさん、もときさん……)
「…もときさん」
ピピピッ……、ピピピッ……、ピッ……
突如、携帯が鳴り出した。
無機質な着信音は、元希からのものだ。
専用の着メロを設定して、からかわれるのなんか御免だ! と、デフォルトの着信音1にしてある。
それ以前に、こんな時間にかけてくる非常識なんて、元希くらいしかいない。
急いで手にとって、通話を押して、恐る恐る耳にあてた。
『あのさぁ、親指と小指と、どっちが高めのサインだっけ?』
「……え?」
『だからー、親指と……』
「あー、えっと、親指ですけど、元希さん、覚えてなかったんですか?」
『ど忘れだよ、ど忘れ! いっくら考えても思い出せなくて、ちょっと気になってよ! じゃーな、早く寝ろよー』
プッ……
「………。」
「……ぷっ、くっくっく……、元希さんらしい…!」
一瞬にして気持ちが楽になった。
緊張してガチガチになったた自分が、馬鹿らしく感じる。
元希は、あんなにもいつも通りで、腹立たしいほどに自信に溢れている。
(元希さん、サイン聞いても、そこに投げれんのかな?)
ノーコンエースの、身の震えるような最高のストレートを思い描いて、今度はひどく愉快な気分で寝返りをうった。
さっきまでが嘘のように、なんだか楽しくなってくる。
軽くなった呼吸の、吐く息のままに、投手の名前を呼んでみた。
もちろん元希はこの場にいないけれど、その名前は、なにかの魔除けみたいに、怖れをはらってくれた。
目を閉じると、今度はすぐに訪れた眠気の中、もう一度名前を舌にのせた。
「もときさん」
閉じた瞼の裏側、マウンドに立つエースが、自信満々に、ニヤリと笑って振りかぶった。
.................
試合の前日は、どうにも寝付けなかった隆也。
そりゃ、自分の後逸で負けたりしたら、穴にでも入りたくなるもん。
緊張の原因も元希さんだけど、それを解してくれるのも元希さんです。
でも、元希さんは隆也の後逸とか、あんまり気にしてないんじゃないかな
自分のコントロールが悪いせいもあるし、隆也の後逸のせいで負けたとかは思ってないと思います。