二回の表に、ハルナが投げた一球目を、タジマはセンター方向に打ち返した。
ランナーのいない状態だったので、少し勿体ないな、とも思ったけど、まあヒットはヒットだ。
さて、次は5番のハナイだ。
ここはどうする、俊足タジマを走らせるか……




「だーっ、もう!」

叫んだ榛名元希は、ラグマットの上にコントローラーを叩き付けた。

雨で練習がなくなった休日。
予告も無しに阿部家を強襲した元希は、現在、二階の隆也の部屋に陣取って、年下捕手と一緒に、画面と睨めっこしていた。

画面の中には、野球小僧にはおなじみの、ダイヤモンド。
ヒマだと押し掛けた阿部家で、お互いにやることもなく、じゃあ、パワプロでもやりますか?と相成りまして、せっかくだから、自分のチームつくろっか、という事になって。
それで、隆也はチーム・西浦を、元希はチーム・武蔵野をつくって対戦しているワケなのであるが。

メンバーもポジションも忠実に創った、西浦vs.武蔵野は、冒頭で、4番タジマが、ハルナのストレートをセンター前にはじき返したことで、生身の榛名が拗ねて、一時中座となってしまった。

元希の言い分としては、

「オレのストレートは打たれねぇ!」

……だそうであるが、実際に、極めて重い元希のストレートは、第1打席の出会い頭に、簡単に外野まではじき返せるような代物でないことは確かなので、隆也は特に反論せずにいた。
田島は、小柄な4番だ。
確かに、芯に当てても、一度であそこまで飛ばすのは難しいかも知れない。
バーチャルでも小柄に創られたタジマが、ファーストベースでリードを取っている。
隆也としては、なるべく似せて創ったつもりだけど、

(実際には、田島って、もっと人間離れしてる部分あるしなぁ……)

……と思うわけである。

そして、元希の球も。
こんなゲームの中の作り物じゃなくて、実際に受け止める元希の球は、もっと激しくて、もっと暴れ球で、……もっと、もっと。


「なー、タカヤ、つまんない」

うっかり自分の思考に没頭していて、元希のことをほったらかしにしていた隆也は、元希の声で意識を引き戻された。
この我が儘ピッチは、本質的には寂しがりやなのか、かまってあげないとすぐに拗ねるのだ。
その仕草がどこか犬めいていて、犬好きの隆也としては、

(可愛いなぁ、大型犬みてぇ)

……と、ついうっかり気を許してしまうのだが、実際に犬かどうかは甚だ疑問がある、とは、シニアの頃の先輩達の弁である。
犬だと思って可愛がっていたら、それが実は狼で、ある日うっかり食べられる、なんてコト、なきゃいいけどな。
そんなことを言われたのも、今となっては昔の話だった。
ちなみに、このときのバックミュージックは、当時ショートを守っていた先輩の鼻歌、"男はオオカミなのよ、気を付けなさい〜♪"だったのだが、そのときの隆也は、ついぞ気付かずにいた。


さて、この、耳と尻尾が見えそうな年上ピッチに向かい合って、じゃあどうしようかな、と隆也は考えた。
基本的にアウトドアの隆也は、インドアで暇をつぶすようなものを所持していない。
彼自身は、対戦校のデータを見つつ、バッテリーのクセやら、打者に対するリードやらを考えている時はもの凄く楽しいのだが、投げるだけが能で、それ以外のことは捕手に丸投げしているこの投手には暇潰しにもなるまい、そんなこと。
だからといって、雨の中わざわざ出かける気にもならないのは事実だった。
何より、

(雨ん中出かけて、この人の肩でも濡らしたらイヤだな)

と思っている隆也少年は、捕手の鏡と呼んでも差し支えないだろう。
基本"投手優先"の隆也であるから、ここは投手の希望でも聞いとくか、と思ったのは、ごくごく自然な思考の軌跡と言えよう。


「どーします、元希さん?」

「どーって、他になんかねぇの?」

と、部屋を見回す元希。
しかし、面白いほどに何もない。

「見ての通り、面白いもんなんてなんもないですよ」

と、隆也。
高校で野球部に入っていれば、自室は寝るぐらいにしか使わない。
この辺は元希も同じだろう。
ねぇよなー、とぼやいている。


ふいに、元希がパッと顔を上げた。


「な、パワプロ、もっかいやらね?」

「さっき、アンタがイヤだって言ったんでしょーが」

いそいそとコントローラーを拾う元希に、はあ、とため息をついて隆也。
実際、この人の気まぐれには慣れっこだけどな、と、自身もコントローラーを拾った。

(たしか、次の打者はハナイ――)

ブチ。


やっぱりタジマを走らせよっかな、と考えながら画面に向き直れば、突然に真っ黒になる画面。
なんでだ、と原因を探すまでもなく、本体のリセットボタンを押す元希の姿が目に入る。


「………なんで切るんすか!?」

タジマに打たれたからって、まだ拗ねてんですか、アンタ。
そういってやろうとした隆也の、言葉の先を遮って、イヒヒ、と元希が笑った。




「な、どーせやるんなら、ピッチャー・オレ、キャッチャー・タカヤ、のがよくねぇ?」



嬉しそうに、ホント嬉しそうに言うもんだから、文句のひとつも、出てこなかった。