合宿所の夜、取り込まれたままでたたまれていない洗濯物の山の中から、自分の分を見つけて、それぞれにたたんで明日着る用に置いておく。
ところが、野球少年の練習着なんてどれも同じで、これがなかなかに厄介な作業なのだ。
すなわち、
「これ、オレの?」
「んなん知るかよ。あ、それ、オレのじゃねぇ?」
「えー?でもこれ、膝んトコ継ぎ当ててあるから、多分オレのだって!」
「そっちのパンダのアンダー、こっち投げてくれ」
「あ、ちょ、それオレんだって!」
……などという問題が発生するわけである。
ここで、懸命なる諸君は、どっかに名前を書いときゃいいだろーが、と思われるだろうが、中学生というのは、粋がって持ち物に名前を書くのを嫌がるので大変だ。
白いズボンに、アンダーは黒かパンダ。その上から着るのはこれまた白いユニフォーム。
これらをサイズと汚れや継ぎなんかの特徴だけで見分けるなんて、厄介きわまりない作業なのである。
さて、榛名元希は、ちょっと潔癖性のきらいがあった。
といっても、決してきれい好きとイコールなワケではない。
事実彼の部屋はけっこう散らかっていたし、外から帰っても手も洗わないことはままある。
ただ、元希は自分の服や靴を間違って他人に着られたり、自分の布団に誰かが寝たりするのを大層嫌っていた。
そういう元希なので、彼は服の内側についてるタグに名前も書くし、他人の手に渡る前に見つけようと言う努力も怠らなかった。
本日、その元希は、すでに自分の服をすべて回収することに成功していた。
彼には阿部隆也という名の年下捕手がいて、この阿部少年のことを元希は「"オレの"タカヤ」だと思っていた。
だから、隆也が洗濯物の中から元希の靴下の左側とアンダーを発見した時にも、隆也がそれをちゃんと回収して、後で自分のところへ持ってくることを疑ってもいなかった。
事実隆也は、いつもそうして元希の分まで探しているので、大抵最後まで洗濯物の山をあさるハメになっていた。
どういうワケか彼には、自分のズボンよりも元希の靴下の方が見つけやすいらしい。
元希のものをキチンとたたんで横に除けて、さて再び自分の分を探すわけである。
元希の洗濯物がすべて回収されたことを確認した隆也は、今は懸命に自分のズボンを探していた。
名前は書いておらず、特に継ぎが当たっていて分かりやすいと言うこともない。
すでに洗濯物の山は半分ほどに減ってはいるが、依然として区別の付きにくいものの集合体であることに代わりはない。
さっさと見つけて、この騒ぎから抜け出したい隆也だったが、これは、と思うズボンを手に取ってみても、それが自分のものであるかはよく分からない状況だった。
困った。
隆也は、顔を曇らせた。
洗濯物の山の向こうで、元希が隆也の見つけた彼の靴下とアンダーを待っている。
が、自分の分を見つけていないので、どうしようもない。
みんながそれぞれ自分のものを回収したら、最後に遺ったのが隆也のズボンであるはずだ。
それを待つか。
そう考えた時だった。
何かに眼をとめたらしい元希が、無造作に洗濯物の山に手を突っ込み、一本のズボンを引き抜いた。
そして、隆也の方を向いて、辺りを全然憚らない大声で言った。
「あったぞ、タカヤ!」
確かに、サイズ的には自分のものと思しき、一本のズボン、を、グルグルと振り回して満面の笑顔の元希。
あんまり振り回されるので特徴が見て取れず、果たしてアレは本当に自分のものなのか、という確信が持てない隆也だったが、取り敢えず元希の元へと駆け寄った。
「あざッス!えっと、それ、オレのなんですか?」
「さっきそう言ったじゃん」
そういうやりとりの合間にも、隆也は抱えてきた自分のユニフォームと、元希のアンダーと靴下の左側を畳の上に置いた。
元希が自分で見つけた、いびつなたたみ方をしたものをきれいになおしてやって、その上に、靴下を左右揃えておいてやる。
そして、元希が見つけた、隆也のものと思われるズボンを矯めつ眇めつして、しかしそれが自分のものであると確信を持てなくて、元希に聞いてみた。
「どーしてこれがオレのって分かるんですか?」
オレだって自分のかどうか分からないのに。
そういえば、元希は至極簡単なコトのようにこう言った。
「それ、右の太股んとこ、茶色い汚れが取れきってないから」
「はあ…」
「だーかーらー、お前、オレに返球する時、よくそこでボールを拭くだろ?」
そう言えば、隆也は汚れて滑るボールを、ズボンで拭うのがクセだった。
元希に滑る球なんて渡したら、受ける自分の身が危険だ、と言い訳をしたことがあるが、実際には単に滑らない良いボールで投げて欲しかったのだ。
「お前がさ、そうやって返球くれっから、オレは滑んなくていいんだけどな」
そう言って、元希はポンポンと隆也の頭に手を置いた。
「あんまりしょっちゅうボール拭いてるから、その汚れ、取れねぇんじゃないかな、って思ってな」
頭に置いた手で、クシャリ、短い髪の毛をかき混ぜる。
隆也は、うつむいてポツリ、
「アンタが、オレのクセとか覚えてると思いませんでした」
と言った。
耳まで、赤くなっていた。