練習でヘトヘトになって、エネルギー使い切って、もう動けないってときの御握り、アレってサイコーだよなぁ、なんてよく言ったりするが。
豪勢なことに、本日の御握りは御握りじゃなくて、手に余るほど太い巻き寿司だった。
節分だということで、父母会からの差し入れであるが、海苔やら酢やらを持ち寄って、昼過ぎから、学校にもよりの田島家でつくっていたらしい。
無論、米やらキュウリやら青菜やらは、田島のじいちゃん謹製の、無農薬元気印の自家製野菜で、甘めに焼いた伊達巻きや、かんぴょうなんかが入って、見た目にも綺麗な逸品だった。
太巻きを配られてテンション急沸の西浦っこ、特に万年欠食児童の田島と三橋は大騒ぎで、フライングしてかぶりつきそうな勢いだったもんだから、礼儀正しい花井キャプテンが、
「待て!」
…と一言、オアズケしておいて、父母会の方に整列して、花井の号令に合わせて、
「ありがとうございました!!」
なんて言うものだから、父母会も、腕によりをかけてつくった甲斐があった、と上機嫌だ。
シガポの、
「はい、じゃー、今年は南南東ね!」
という声に、みんなで、南南東ってどっちだ、えーと太陽が今あっちにあるから、いや、誰かコンパス持ってない、んなもん持ち歩いてる訳ねーだろ、とまたまた大騒ぎ。
「じゃ、オレ取ってくる!先食べたりしたらショーチしねーかんな!」
最寄りの田島が、俊足を活かして往復2分でコンパスを取りに帰り、じゃあ今度こそみんなで南南東を向いて、うまそう、うまそう、さあ食べるぞ! と、一斉にかぶりついた。
食べてる間は喋っちゃダメよ、と注意はされたが、みんな食べるのに夢中で喋るどころじゃない。
一番最初に完食したのは、やはり田島と三橋で、次いで花井、巣山、泉……、ときて、意外にも最後は阿部だった。
阿部は口小さいからねぇ、と栄口が言ったが、口が小さいからと言ってその言葉の破壊力まで小さいとは限らない、と、日頃クソレフト呼ばわりされている水谷は思ったという。
さて、食べ終わって、牛乳とプロテインも飲んで、じゃあ今日は、氷鬼にしようか、色鬼にしようか、それとも探偵でもやるか、と考えていたら、シシ、と笑った田島が言った。
「違う違う、今日はコレだって!」
そう言って差し出したのは、大量の福豆で。
「豆まきでもすんのか?」
と聞き返した花井。家では既に豆まきを卒業しているので、懐かしいなぁ、なんて思っている。
「あら、いいわね」
……と、花井の後ろからモモカンが顔を出した。
にこり、と不敵に笑って、はい、集まって!と部員を集める。
「はい、今日は、福豆でサバイバルゲームをします!」
は?となる花井以下常識的な面々。
田島は目を輝かせ、三橋はそもそも理解していないような顔つきだ。
「2チームに分けて、一人の持ち豆数を決めて、障害物とか使ってイイから、当てあいをするの」
障害物、のところで、クイッと校舎の方を指し示す。
「で、五回豆にあたったらアウトで、制限時間決め、生き残った人数を競いましょ」
もちろん、避けるの逃げるのオッケイで、連携とか作戦とか立ててやってね。
簡単にルール説明をされたが、要するに、サバイバルゲームだ。
変わったこと考えつくもんだな、と思いつつも、楽しそうだし悪い気はしない。
一人分の数の豆を配られて、手から溢れそうなそれをポケットに突っ込んで、じゃあどうやって二組に分けようかと顔を見合わせた。
分け方について、内野と外野で負けたら人数合わないよな、背番号の1〜5番と6〜10番で分けるか? なんて意見がでて、じゃあ簡単だし背番号で、と言うことになったが、二組に分かれて整列してみて、背番号後半組は大変な事に気がついた。
前半組:三橋、阿部、沖、栄口、田島
後半組:巣山、水谷、泉、花井、西広
(………か、勝てる気がしない…)
前半組は、9分割の超絶コントロール、投手の三橋と、強肩その一、配球も作戦もどんと来い、の捕手、阿部と、強肩その二、驚異的な運動神経と反射神経のサード田島、控え投手で小器用に投げるファースト沖、阿部とのコンビネーションは絶妙、臨機応変頭脳プレーのセカンド栄口、という、なんかとっても強そうなメンバーだ。
別に後半組が弱いわけではないが、なんかこう、サバイバルゲームをするって時点で、不向きなメンツであることは否なめない。
というか、なんというか、
(阿部は敵に回したくない……)
すでに作戦を考えているらしい頭脳派捕手の、ニヤリっていう不吉な笑みに、ただただ背筋を寒くする後半組だった。
モモカンの合図で、サバイバルゲームが始まった。
開始位置は、校舎を挟んで西と東に分かれていて、どこで遭遇するかも分からないようになっている。
が、開始二分後、そろそろと前半組を探して移動していた後半組に、突如豆の雨が降り注いだ。
「いて、いてっ……イデデデデ!」
飛んできた方向から、敵がどこにいるのか割り出そうと必死の泉。
上から豆が投げつけられるってどーいうこと、校舎内は範囲外だろ!……と上を振り仰ぐと、用具入れの屋根の上に、暗くて顔の判別はつかないけど人影が。
「あそこだ!上にいるぞ!!」
そう言って指さした瞬間、人影は俊敏に飛び降りて、闇に同化して見失ってしまった。
その俊敏さからすると、田島だろうか。
取り敢えず、敵に捕捉されないように、コースを変えよう。
そう思った後半組は、校舎と校舎の間を抜ける細い隙間を通って、反対側に出ようとした。
が、向こう側に出た瞬間、今度は両側から、集中砲火を浴びた。
今度のは、いやに正確に狙ってくる。
(これは…、三橋と沖のピッチコンビか!?)
特に、投げるの専門の三橋に狙われたらかなわない。
豆の飛び交うなか、花井を先頭に脱出を図る。
必死に逃げる五人の頭の中には、そもそもなんで待ち伏せされてるんだ、という疑問が渦巻いていた。
考えられるのはただひとつ。
(阿部に読まれてるんだ……!)
「あの、性悪キャッチー!」
水谷が、半泣きで叫びながら走る。
しばらく走って、駐車場のあたりまで来たときに、植え込みの向こう、並木の間に人がいるのが見えた。
こんな時間まで残っているのは、今日は野球部だけだ。
……と言うことは、敵だ(断定)。
そろそろと気配を殺して近づいてみれば、それは性悪キャッチ、阿部隆也だった。
(チャーンス!)
そう思って射程距離までにじり寄り、豆を掴んで、食らえ阿部!…と自分に酔いしれた瞬間、バサッと何かが降ってきた。
「みんな、ゴメンねー」
並木の、とりわけ大きな木の上から声が。
絡みついた網(サッカーのゴールネットだ、多分)ごしに見上げると、張り出した枝に座る栄口の姿が。
え、じゃあ、阿部は?と振り返ると、灯りを背にして、腕を組んでニヤリ、笑う阿部の姿が。
お前、何者だよ。
そう言うツッコミも入りそうなくらいに、なんかしらんがキまっている阿部。
その手が、スッと上がり、そして下がった瞬間―――
ガサッと植え込みが鳴り、田島、三橋、沖が姿を現した。
(嘘だろ、もう勘弁してください)
一斉放火の(豆の)雨に打たれながら、後半組は、阿部だけは敵に回したらいけないと心に刻みつけたのだった。
余談だが、豆があたったところは、次の日にみたら痣になっていた。
豆まきで痣ってどうなん、と思わないでも無いが、よくよく考えれば、野球部員の肩で投げれば、当然普通に投げられたものよりも痛いわけで。
その後しばらく、その恥ずかしい痣のせいで、体育で着替えるときに、指さして笑われる、という憂き目にあった後半組だった。
・・・・・・・・・・
見事なほどにイベント事をスルーする我が家では、もちろん恵方巻なんて食べませんでしたよ。
前に豆まきやったときに、アンタのは痛い、と言われましたが、硬式やってる西浦の方が断然痛いだろうと思います。