部員が10人しかいない西浦では、ランナー付きのノックをするためには、どうしても外部の人間の協力が必要になる。
例によって社交的な浜田が、足の速いのを何人か連れてきてくれたので、本日は久方ぶりのランナー付きのノックが行われた。
1回から9回まで、アウトカウントを数えながら回が進んでいく。
その、6回のワンナウト満塁(投手が三橋だと、こういう事態は殆ど起こりえないのだけれど)の、次の一打。
モモカンの打った打球は、三塁線を抜くかという痛烈なライナーだったが、そこは我らが田島様。
きっちり捌いて、満塁だからホームに突っ込んでる走者を一瞥、地肩を活かしたきれいな球をホームに投げた。
フォースプレイ(タッチが要らない状況)なので立ったままミットを構える阿部は、タイミング的にもホームのアウトを確信し、捕ったらすぐに一塁に送球できるようにつま先に力を入れた、とき。
誰もが予想しなかったことが起きた。
え? という間抜けな声と共に、顔面にボールを喰らった阿部が吹っ飛ぶ、という、有り得ないことが起こった。
呆然。
まさにその言葉が相応しい。
だって、キャッチングが本職の阿部が、「あの」阿部が、バックホームを取り損ねて顔面にボールを喰らうなんて、あるはずが無い!
しかし、実際には阿部はホームの辺りで転がっている訳で―――
「って、阿部! 大丈夫!?」
なんとかかんとか我に返って、ホームに駆け寄る西浦ーぜたち。
ノッカーのモモカンもビックリ、阿部の隣にしゃがみ込んで、阿部くん、阿部くん!? と揺さぶっている。
左手に嵌めた、ミットのヒモが、切れていた。
「ぅおわぁ!?」
隆也は、うっかり奇声を上げてしまった。
18.44メートル先から投げられる、元希の球に集中して、全身全霊でミットの中に収めた。
自身でも、これは捕れた! と思った。
が、なんと、あろうことか、ミットのヒモが切れて、すっぽ抜けた球が、面越しとはいえ顔面にあたって、隆也は大きくのけ反った。
ちょっぴり意識が遠のくのを、他人事のように思いながら、外れた面が吹っ飛ばされるのを見た。
(こんなん反則だ。ちゃんとミットに収まったのに……)
隆也!と叫んで駆け寄ってくる先輩バッテリー(元希を除く)の声が聞こえた気がしたが、その姿はもう見ることが出来なかった。
何となく、元希が爆笑してるのが分かって、ひどく腹が立った。
(―――そんなこともあったっけな。久しぶりだから忘れてたけど)
阿部は、痛む頭を抑えながら、ゆっくりと目を開けた。
チームメイト+監督+マネジの、心配そうな顔。
そんなに時間はたってないな、と思い、少し安心した。
「あ、あ・べくん! 大丈夫!?」
のぞき込む三橋の心配そうな顔。
寧ろ、心配を通り越して、泣きそうな、いや、
(既に泣いてるか)
「あー、ダイジョーブ」
そういって、阿部は相方の投手の、フワフワ跳ねた頭を、ポンポンと叩いてやる。
(ホント、久しぶりだから忘れてたけど)
「いくら手入れしてても、ミットのヒモって切れるんだよな」
おわー、すげー、なんて言いながら、切れたミットをひっくり返して見ている田島に、お前も気を付けろよ、と言ってミットを取り返した。
大丈夫か、なんてきいてくるチームメイトに、阿部は気にした風もなく、ダイジョーブ、と返す。
(実際、こーいうのって慣れっこだったからなぁ。最近は平和だったから忘れかけてたけど)
「ちょっと半端だけど、給水休憩にしようか。阿部くんは、田島くんにミット借りてくれる?」
モモカンの一言で、篠岡がドリンクの準備を始める。
みんなで、日陰の方に移動した。
.....
「あれー、阿部、何やってんの?」
コップ片手に水谷。
一方の阿部は、ハサミやら黒い革紐やら、針だか糸通しだかを持って、ミットをいじっている。
「なになに、どーしたん?」
手元をのぞき込むと、
「見てわかんねーの?」
器用に動く手先が、ミットの紐を取り替えていた。
.................
アタシは年一くらいで切れてましたけど、使い方が悪かったんですかね。
キャッチミットなんて、ウェブ(親指と人差し指の間の)が千切れて、修理に出したら特注でえらい時間かかりましたけど。
阿部くんは手入れちゃんとやってるけど、捕ってた球が常識はずれだったんで割とよく切れてたんじゃ無いかと……