1.電話するときは時間を考えましょう。



オレ、阿部隆也の朝は、中学生にしては早い。
何せ学校行くまでに走るもんだから、大体6時には起きている。
早く起きるのなら、ってことで、なんかしらんけどいつの間にか俺の担当になっていた洗濯をしてから、半ジャとTシャツで外へ飛び出す。
あぁ、なんて健康的で清々しい朝。


……に、なるはずだったのが。


(ヴィィィィ…ヴィィィィ…)
(ピッ)
「ふぁい…もしも、…し……?」
『なー、キャッチボールしよーぜ。三十分後に河川敷な』
(プツッ)


普段寝穢い元希さんが、何の前触れか、今日に限って早く起きたらしくて、まだ5時前だってのに電話してきたので目が覚めてしまった。

時間てものを考えやがれあんのノーコンが!

そんなわけで、今のところ雪も槍も降りそうにない空(やっと白みかけたぐらいだ、ホントに時間を考えろよ……)を見上げて、ため息ひとつ、身繕いしてミット持って、急いで家を飛び出した。










2.発情するなら場所を考えましょう。



神業的なドライビング・テク(チャリの)と、地元ならではの裏技的なショートカットを駆使して、なんとか三十分で河川敷に着いたオレは、既に来て、アップを始めている元希さんを見て、一気に意識と体が野球をするために覚醒していった。
やっぱり、オレの中では野球イコール元希さんな訳で……。
……この場合、逆は有りなのかな? 元希さんイコール、野球。これは、ちょっと違うか、な?

自転車を止めて、ドリンクのボトルと、ミットその他を持って、土手の斜面を駆け下りた。
元希さんが気付いて、タカヤ!って、くりって振り向いて、その顔を見たオレは、この人幾つだよ、可愛いなぁもう、なんて思ってしまった。

「はよーっざいます!」
「おー。はよー」

なんて挨拶して(そういや、なんで体育会系の挨拶って微妙な省略が入ってんだろ?)、荷物おいてオレも元希さんの隣に並んで走った。

したら、だ。
悔しいことに頭ひとつ低いオレに鼻先近づけて、ふんふんって鼻を鳴らして、

「タカヤのベッドのニオイがする」

なんて言い出すじゃないか!
いや、ベッドってアンタ、そりゃま、つい最近もオレのベッドで我が物顔してくれましたけどねぇ!
つーか、オレのベッド、なんか今アンタの匂いがするんですけど…って!

「ぅひあ!?」

ふんふんと、首筋に鼻面うめてた元希さんが、次の瞬間、かぷりとオレの首筋を噛んだもんだから、思わず奇声を上げてしまった。
振り向いて睨んだ先には、にやり、肉食の獣が舌なめずりするみたいに笑う元希さん。
やばい、と思ったときには、覆い被さった元希さんの向こうに朝焼けの空が見えていた。










3.告白するときは場合をわきまえましょう。



湯気の向こうで、比較的真剣な顔をした元希さんがこっちを見ている。
マウンドに立つとき以外でも、そんな顔するんだ、と思うような顔。
……ただし、その口から黄色みを帯びた糸状のものが何本も垂れ下がっている。
当然だ。だって、ラーメンを啜ってる途中なんだから。


「で、返事は?」

口から麺を垂らしたままで、器用にしゃべる元希さん。
でもね、返事は?って言われても、シニアの練習帰りに寄ったラーメン屋で、一番人気の豚骨醤油&煮卵チャーシューラーメンを食ってる最中に「好きなんだけど」なんて言われると思ってなかったから、この場合どういう返事をしたらいいのか分からないんですけど。
つーか、まずその口から垂れてる麺を何とかしろよ。


(ズルズルズル)
「で、返事は?」

垂れてた麺を食べきった元希さんが、オレに返事を促してくる。
が、オレはさっきから、デパートのレストランに良くある麺類の見本みたいに、箸に掴んだラーメンを20センチくらい持ち上げた体制のままで固まってしまっていた。
ついでに言うなら、口は開いたままだ。なんせ、まさに食べようとしていた瞬間だったから。

元希さんの告白が聞こえたのか、異空間みたいに静まりかえった店内で、オレはもうしばらくの間固まり続けていた。










4.目的のためでも手段は選びましょう。



なんか色々ありすぎて疲れてしまったので、今晩はするのは勘弁願いたいところなんだけど、そういう希望を伝えたところで、この人がきくわけもなく。
元希さんちでシャワー借りて、練習の汚れと汗とを落として、もう疲労も眠さも限界、とベッド(とーぜん元希さんのベッド。最近元希さん、オレの分の布団を出してくれないから)に沈没していたら、風呂使ってた元希さんがあがってきて、なんかゴソゴソし始めた。
うーん、眠い。このまま寝かしてくれないかなぁ。幾ら元希さんがケダモノでも、寝てる人間をどうこうしようとは……
……と思ったら、起こされた。


「もときさん、オレ、眠いし疲れてんスけど……」
(ゴソゴソ)
「…?もときさん?なにやって……って、あ、んっ」


下肢に、手、の感触?
眠い眼、こすって、見、れば……はっ、…もときさ、んっ、の、手…が!
ん、ちょ、…っと、ま、ぁああっ……。


「ど? その気になってきた?」


確か……ん、その気…あっぅ…に、はっ、なってきっ……けどっ!
こ、っの………


「オレをおいて、先に寝れるだなんて思うなよ……?」










6.野球が好きでも常識は学びましょう。



カーテンの隙間から差し込む朝日で目が覚めたら、体が動かなかった。
そりゃ当然だ。元希さんの長い手足が絡みついてる。
あー、昨日、やったあとそのまま寝ちまったんだっけ? オレ、最後の方記憶無いんだけど……

ぞわぞわっ


「ちょ、朝っぱらからどこ触ってんですか!?」
(ぐーー)
「元希さん!起きてんでしょ!?」


際どいところに伸びてくる手をガードしながら、ため息ひとつ。
昨日の出来事……

1.非常識な時間に電話でたたき起こされ、
2.朝っぱらの河川敷でサカられ、
3.ラーメン食ってる途中で告白され、
4.寝てたのに起こされて体をその気にさせられ、
……て、食べられた。

……を反芻して、ため息もう一つ。

元希さん、アンタ、いくら将来は野球で身をたてるつもりっていってもね、


「TPOくらい考えてくださいよ」























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この場合のハルアベは、世話焼き→体の関係→告白、の順で。
普通と全く逆ですが、それ自体にはどっちもあんまり疑問を感じていないという……