「危ねぇなぁ、もう。まっすぐ歩けよ」


びっくりするくらいのスピードで突っ込んでくる自転車を、大袈裟なほど避けたために阿部にぶつかった三橋の、よろけた腕を掴んで彼は言った。
三橋は、「あ、う、あ、ありがっ」とかなんとか言っているが、どもるのはいつものことなので今更気にはしない。
西浦高校の周囲は、長閑な風景が広がっているためか(要するに田畑だ)、車は殆ど通らない。
が、それはつまり、道幅も広くなく、歩道も整備されていず、といった状況とイコールな訳で、朝夕の通学ラッシュ時には、そこはまさに歩行者天国のような様相を呈していた。
もっとも、最寄り駅から遠い位置にあるこの高校の生徒は、自転車通学の率がかなり高いので、歩行者天国というよりは、競輪場のゴール寸前、といった方が良いような光景だと言えるかも知れない。
いうまでもなく野球部の面々は自転車通学だが、諸処の事情で、電車+徒歩で来ることもある。
そういう日の、朝。


「オレ達もいつもやってることとは言え、あのチャリは危ないよなぁ」


辿り着いた校門をくぐりながら、阿部が言った。
前には栄口、その隣に水谷、そして彼の左側には三橋が歩いている。
もう少し前にいくと、花井と沖が歩きながら "控え投手の会" を催していて、その隣で田島が旺盛な食欲を満たすべく大きなおにぎりにかぶりついていた。
泉と西広と巣山は後ろを歩いている。
朝練が終わって、さあこれから授業だ、という時間。
みんな教室まで走っているが、野球部にそんな余力はない。
疲れた足を引きずって、授業中は寝る気満々で、大きなカバンをゆらしている。
自分の教室の前に通りかかった者から、じゃあな、といって分かれていき、阿部は7組のドアの前で一度立ち止まって、隣の三橋に向かって、あとでな、といって教室に入っていった。



その日の放課後。
当然の如くある野球部の練習に、今日は自転車がないために校舎からグラウンドまでのけっこうな距離を、7組+9組のメンバーが荷物を抱えて歩いていた。
朝ほど急いでいる者はいないとは言え、帰宅部の連中が一斉に帰る時間帯なので、それなりに人の流れがある。
バットケースを背負った花井が一番前を歩いていて、ピッチングマシーンを押している水谷が一番後ろだった。
そのちょうど中間の位置で、阿部がプロテクターの入った袋を右肩にかけ、左手側の三橋に、本日の投球メニューについて何か説明をしている。



グラウンドまでのけっこうな距離も終わりに近づいてきた頃、 トンッ。


「あ、わりぃ」


腕があたった阿部が、軽く謝った。


「だ、だいじょ、ぶ、だよ」


そか、ならいいけど。
そういって、阿部は、小さく笑った。


「じゃ、今日も頑張るか!」

「うん!」


練習の好きな高校球児の集団は、フェンスに開いた入り口からグラウンドに吸い込まれていった。





















ドン。


「だーかーらー、疲れてんのは分かるけど、もちっとしっかり歩けって!」

「ご、ごめ…」

「や、別に怒ってんじゃねぇけどな」


よろけた三橋の右手を掴んで支えた阿部が、なんだか母親のように注意している。



またやってるよ、とは、主にこの二人と田島を除くみんなの感想だった。