戻る


肝試し

 

作:逃げ馬


 

 「孝!!」
 階段の下・・・1階から母の呼ぶ声が聞こえた。僕はベッドに起き上がって読んでいたマンガの本を脇に置いた。
 「何?」
 ドアを開けると、僕は階下にいる母に向かって声をかけた。サマーセーターとロングスカート、エプロン姿の母が、僕を見上げている。
 「明日は、田舎に帰るんだから、用意をしておきなさい」
 「わかったよ」
 母は、台所に戻っていく。僕は部屋に戻ると、クローゼットを開けてボストンバッグに着替えを詰め込んだ。
 僕は高田孝。中学校2年生、14歳!! 夏休みも半ば・・・明日から父が盆休みということもあって、両親と一緒に、明日から田舎に帰ることになっている。
 「これでよし!!」
 バッグに着替えを詰め込むと、僕は掌で一度バッグをポンと叩いた。
 「孝・・・明日は早いんだから、そろそろ寝なさーい!」
 「はーい!」
 僕は、返事をするとベッドに入って部屋の電気を消した。



 翌日、
 「田舎に帰るのは・・・・久しぶりだなあ・・・」
 父が、視線をフロントガラスの向こうに向けたまま言った。
 「でも・・・今年は、絶対帰らないといけない年ですから・・・」
 母が助手席から父を見つめながら微笑んだ。
 「まあ、そうだがな・・・・」
 「どういうこと?」
 僕は、後部座席から身を乗り出しながら尋ねた。両親がお互いの顔を見つめながら微笑む。
 「行けばわかるわよ!」
 母が人差し指で、僕の鼻先をチョンと突付きながら微笑んだ。
 僕の両親は、36歳・・・中学校のころから同級生だったそうだ。母は子供の僕から見ても、まだ20代の半ばくらいにしか見えない・・・若くて綺麗・・・自慢の母親だ。
 「何だよ・・・教えてくれたって・・・」
 僕は呟きながら後部座席に座りなおした。父とは母、そんな僕を見つめながら笑っていた。
 「帰る時には・・・どっちなのかしら・・・」
 母の呟く声は、この時僕には聞こえなかった・・・。

 「やあ・・・孝・・・久しぶりだね」
 祖父がニコニコしながら、車のドアを開けてくれた。
 「じいちゃん、お久しぶり!」
 「孝・・・久しぶりだね!」
 やんちゃな顔つきの少年が、僕に声をかけてきた。
 「お久しぶり・・・お世話になるよ!」
 「かばん・・・持ってやるよ!」
 彼は僕の従兄弟・・・高田正信・・・僕と同い年だ。
 「孝くん、いらっしゃい!」
 高く澄んだ声が聞こえて僕は振り向いた。僕より少し年上に見える女性・・・長く綺麗な黒い髪、大きなキラキラと輝く瞳、白いブラウスと紺色のデニム地のミニスカート・・・そこから伸びる白い足が僕の目を刺激する。彼女は、高田久美子・・・高校2年生・・・正信の3歳年上の姉だった。
 「あら・・・久美子ちゃん・・・綺麗になったわね!」
 「おばさんこそ・・・・ア・・・お持ちします!」
 久美子姉さんが、母の持っていた荷物に手を伸ばす。母と久美子姉さんは、20歳近く年齢差があるのに、僕から見る二人は姉妹といっても通用するくらいに二人とも綺麗に見えた。
 「ほら・・・孝くん、何ボーッとしているの? 行こう!!」
 「う・・・うん・・・」
 僕は久美子姉さんと一緒に歩き始めた。チラッと横を見つめる。白いブラウスから透けて見えるブラジャーのラインが、僕には刺激的だった・・・。



 「うわ〜・・・・ご馳走だね・・・」
 東京で僕の住んでいる家とは大違いの広い和室に、たくさんの料理が並べられている。
 「だって・・・孝くんたち、たまにしか帰ってこないし・・・」
 久美子姉さんが、料理を運びながら笑った。上座には祖父と祖母が座り、その横には叔父夫婦が座っている。どこに座っていいのか戸惑っていると、
 「ほら・・・孝、早く座れよ!」
 正信に促されて僕は慌てて座った。祖父が優しい眼差しを僕たちに向けている。
 「そう言えば・・・・」
 祖父は、優しい視線を僕たちに向けたまま、
 「今日は、寺で恒例の肝試しがあるんだろう・・・?」
 「そうですよ・・・お父さん」
 叔父が答えると、
 「今年は・・・正信が14歳か・・・行かねばならんのう・・・」
 祖父は箸を置くと、僕に視線を向けた。
 「孝も・・・正信と同い年なんだから、行ってはどうかな?」
 「肝試しに?」
 「ああ・・・そうじゃよ!」
 祖父が頷いた。
 「父さんだって、丁度おまえたちの年の時には参加したんだぞ」
 父が僕の方を見ながら笑った。
 「この村の昔からのしきたりなのよ・・・男の子は14歳になったときに、本当に男としての資格があるかどうか確かめるために肝試しをするの」
 母が微笑みながら言った。
 「馬鹿馬鹿しい・・・・」
 僕は思わず吹き出してしまった。
 「じゃあ、孝くんも行ってみる?」
 久美子姉さんが悪戯っぽい笑みを僕に向けた。
 「え・・・うん・・・まあ・・・行ってみるよ」
 僕も、ホラー映画やお化け屋敷・・・いわゆる“怖い物”はあまり好きではない。でも、久美子姉さんに“怖がり”と思われるのが嫌だったので、正信と一緒に参加をしてみることにした・・・。



 僕と正信は、夜の田舎道を歩いて行く。周りの田圃では蛙がうるさいほど鳴き、草むらには蛍の淡い光がボーッと輝いている。僕の住んでいる街とは違って、街灯は少ない。かなり開いた間隔で、申し訳程度にポツンとある程度だ。
 「どのくらい集まるのかな?」
 僕が呟くと、
 「エッ?」
 正信が僕の顔を覗き込んだ。
 「いや・・・肝試しにさ・・・」
 「アア・・・そのことか・・・」
 正信は視線を戻すと、
 「俺の同級生はみんな来るよ・・・というか、俺の同級生、みんな男だから・・・」
 正信が笑う。
 「エッ? そうなの?」
 「ああ・・・俺の同級生や、下級生・・・小学校の生徒も、みんな男ばかり・・・というか、俺たちの世代からあとは、みんな、男ばかりなんだ・・・」
 「へえ〜〜・・・」
 「まあ、この村では、男しか生まれないしな・・・なぜか・・・・」
 「でも、久美子姉さんみたいな女の人もいるじゃないか・・・」
 「まあ・・・確かにそうだけど・・・姉さんは・・・」
 正信は、急に歯切れが悪くなった。突然、後ろから何かが近づいてくる感じがした、振り返ると自転車から淡い光・・・・ヘッドライトが揺れている。
 「先に行っているわよ!」
 手を振りながら久美子姉さんが自転車をこぎながら追い越していく。長く綺麗な髪が揺れている。
 「姉さん、今日の世話役の一人なんだ・・・」
 正信は呟くと、
 「・・・孝・・・帰るなら・・・今のうちだぞ!」
 正信が急に真剣な表情で僕を見つめている。
 「いまさら何を言っているんだよ!」
 「おまえは、この村の男じゃないから・・・参加しなくてもいいんだぞ・・・俺は、逃げられないけどな・・・」
 正信の真剣な表情を見ているうちに、僕は首を傾げてしまった。
 「何か・・・あるのか・・・?」
 僕の表情を見て、正信は慌てて視線をそらせてしまった。
 「いや・・・・この村のことだし・・・」
 「エッ・・・?」
 「さっさと・・・行こうぜ!」
 正信は暗い夜道をどんどん歩いて行く。僕はちょっと首を傾げて考えたが、慌てて正信の後を追った。



 寺には、既に30人ほどだろうか・・・僕たちと同世代の少年たちが集まっていた。
 「孝くん!」
 受付に座っている久美子姉さんが僕たちに手を振った。
 「ハイ・・・これに名前を書いてね・・・」
 僕は差し出された名簿に名前を書いた。横では、正信も同じように名前を書いている。
 「久美子の知り合い?」
 正信の前に座っている女の子・・・久美子姉さんと同じくらい美人だが・・・・が尋ねてきた。僕は恥ずかしくて何もいえなかった。
 「うん・・・わたしの従兄弟」
 久美子姉さんがニコニコ微笑みながら言った。隣に座るお姉さんは、僕の顔を覗き込みながら、
 「頑張ってね・・・きみの未来が・・・変わるかもしれないわよ・・・」
 微笑みながら囁きかけた。
 「エッ?」
 意味がわからずに戸惑っていると、
 「おい・・・孝、みんな集まっているぜ!」
 正信に背中を突付かれて、そちらの方を見ると、少年たちが集まっていた。その中心にはこの寺の住職らしい人が立っている。僕たちも慌ててそちらに走っていった。
 「頑張ってね!」
 久美子姉さんの声が、後ろから聞こえてきた。僕はこの時、『何を頑張るんだろう?』と漠然と思っていた・・・この後に起きることなど、想像も出来なかったんだ・・・。

 「ここにおられるみなさんは、今年14歳・・・」
 住職が、僕たちを見回しながら話を始めた。
 「この村には、昔からの言い伝えで14歳になると男は、本当に男としての資質があるかどうか・・・それを確かめる儀式があります・・・」
 住職が、静かに話す。
 「そんなこと言ったってさ・・・この村の子供って、みんな男じゃんか・・・」
 「シーッ・・・黙ってろよ!」
 誰かが囁く声が聞こえる。
 「オホン!」
 住職は咳払いをすると、
 「・・・ここにいる君たちは、今年14歳! その儀式をくぐり抜けてもらいます」
 そう言うと、住職は大きなろうそくを取り出した。
 「儀式といっても簡単です。このろうそくを持ってこの寺の奥・・・女人堂の前に火を点けて立ててきて、ここに戻ってきてもらえればよいのです・・・ただ、いつも皆さんが歩く参道ではなく、この寺を囲む山や墓地を抜けて行ってもらいます・・・」
 住職は笑いながら、
 「そうでなければ肝試しになりませんからね・・・その恐怖心に打ち勝った勇気のある人が、この村では真の男として一歩を踏み出す事が出来るのです・・・」
 「大げさなことを言っているなあ・・・」
 僕は呟きながら周りを見回したが、周りの少年たちの顔は緊張しきっている。
 「おいおい・・・たかが肝試し・・・」
 「孝・・・あまり舐めない方がいいぜ・・・」
 正信が緊張した顔で僕に向かって、
 「毎年・・・半分ほどしか、ろうそくを立てることが出来ないんだぜ・・・この肝試し・・・」
 「そうなんだ・・・」
 正信に言われても、僕からは『たかが肝試し・・・』という意識が抜けなかった。

 少年たちが、順番にスタートをしていく。懐中電灯も持たずに真っ暗な山道に足を踏み出していく。
 「ハイ・・・次!」
 正信が住職の前に進み出た。
 「・・・頑張って、真の男になれ!」
 「ハイッ!!」
 住職が重々しく言うと、正信が力強く頷いた。横に立つ久美子姉さんが、正信にろうそくを手渡した。それを受け取ると、正信は駆け足で夜の闇に消えていった。
 「次!!」
 僕も住職の前に進み出た。住職は周りを見回すと、
 「今年、この儀式を受けるのは・・・君が最後か・・・」
 僕に向かって厳しい視線を向けると、
 「試練を潜り抜けて・・・真の男になれ!」
 「ハイ」
 僕が形どおり頷くと、久美子姉さんが微笑みながらろうそくを渡してくれた。
 「頑張ってね!」
 微笑む久美子姉さんに、僕は右手の親指を立ててグッと腕を差し出した。僕も山道に向かって駆け出した。久美子姉さんは微笑みながら僕の後姿を見つめていた。

 「クソッ!」
 僕はよろめいて片手を地面についた。月明かりに照らされた山道を歩いていると、木の根や蔦の蔓に足を取られてともすれば転びそうになってしまう。
 「なんてとこだよ・・・」
 歩き出すと、
 「キーッ!!」
 「ウワッ?!」
 僕の目の前を猿が横切っていく。
 「・・・なんてとこだ・・・」
 僕は、それでも足を進めていく。
 「ウワー!!」
 「ギャ〜〜〜!!」
 先にスタートした少年たちの悲鳴が聞こえてきた。
 「・・・何があるんだよ・・・この先に・・・?」
 僕は、少し怖さを感じ始めた・・・ここに住んでいる少年たち・・・この場所をよく知っている人間を驚かせるなんていったい・・・?
 月明かりが差し込まない森の中に僕は足を踏み入れた・・・突然僕の顔を何かが撫でた。
 「ウワ?!」
 思わず尻餅をついた。周りを見回すと、
 「なんだ・・・・木の蔓か・・・」
 ホッとして立ち上がったその時、
 「ウワーー!!」
 悲鳴をあげながら3人の少年が戻ってきた。
 「どうしたんだよ・・・?」
 尋ねる僕にかまわず、その少年たちは来た道を転がるように走っていく。
 「・・・まだ何かあるのかよ・・・」
 森が開けて現れたのは、薄暗い月明かりに照らし出された墓地だった。
 「た・・・ただの・・・墓場じゃないか・・・」
 僕は墓地の真ん中の道を歩いて行く。
 『ゴトッ!』
 重い石の動く音が聞こえた。思わず足が止まり、音のした方向を見つめた。
 「・・・勘弁・・・してくれよ・・・」
 作り笑いを浮かべながら、ゆっくり歩き始めた。やはり周りが気になり視線をいろいろな方向にやると、
 「・・・?!」
 黒い影が僕の視界を横切っていった。
 「・・・サルだよな・・・サル!!」
 大きな声で自分で言い聞かせながら歩いて行く。その時、
 「ウワッ?!」
 何か柔らかい物が僕の顔を撫でた。思わず尻餅をついて周りを見回した。
 「・・・誰もいない・・・」
 墓地を過ぎ、薄気味悪い森の中・・・僕は一人で歩いていた。
 「ヒーーッ!」
 また悲鳴が聞こえた。少年があげる悲鳴・・・僕の首筋はじっとりと汗ばみ、着ているポロシャツは汗で肌に引っ付いている。
 「あと・・・どのくらいなんだ・・・」
 その時、僕は何かに躓いた。思わず転ぶ、
 「何だよ!!」
 顔を上げた僕が見たのは、倒れている4人の少年だった。
 「おい・・・何が・・・・」
 呟くように僕が言ったその時、ボーッと蛍火のような光がいくつも木々の間に光り始めた。それはまるで僕を囲むように数を増やしていく。
 「フフフフフッ・・・・」
 「ハハハハハッ・・・・」
 気味の悪い笑い声が森に響く。
 「趣味の悪いことをするなあ・・・わかっているんだよ、大人がやっているのは!!」
 僕は精一杯の勇気を振り絞って叫んだ。しかし、声はおさまらない。
 「アッ?!」
 柔らかい物が顔を撫でた。周りを見回すが何も見えない。暗闇に木々の陰が淡く見えるだけだ。そして誰かが僕の肩を掴んだ。心臓が口から飛び出しそうなほど驚いた僕は、そのまま気を失ってしまった・・・・。



 「フム・・・今年も・・・最後まで辿り着いたのは、半数か・・・・」
 住職が二つに分けられたグループを見ながら呟いている。
 一方のグループは、完走したグループ。そこには正信の姿もあった。僕のいるグループは、最後まで辿り着けなかったグループ。僕を含めて15人ほどがいた。
 「最後まで成し遂げた諸君、おめでとう! 君たちは、これからこの村を担って行く真の男たちだ」
 住職が正信たちに言った。それを聞いている正信たちは力強く頷いていた。僕の見ている正信たちは、スタート前に比べて男らしく・・・・凛々しく見えた。
 「何だよ・・・たかが肝試しに成功しただけでさ・・・・」
 僕は呟いたが、一方では成功した正信たちが羨ましかった。
 「・・・きみたちは残念だった・・・男としての試練に打ち勝つことが出来なかった・・・」
 『“試練”なんて・・・大げさな・・・たかが肝試しで・・・』
 そう思っていると、
 「しかし、“男”としての“能力”を持ち合わせることが出来なかった君たちにも、この村のために果たしてもらう役割がある」
 『何を言っているんだ? この住職は・・・』
 そう思っていると、久美子姉さんともう一人の女性が僕たちのそばにやってきた。そして尼さんが一人・・・。
 「さあ・・・あなたたちはこっちへ来て・・・」
 尼さんと久美子姉さんたちに促されて僕たちは立ち上がった。周りの少年たちはうな垂れながら歩いて行く。連れて行かれる僕たちを見る正信の哀れむような視線が僕には気になった・・・。

 「ここは?」
 「女人堂です・・・」
 尼さんが落ち着いた口調で言った。僕たちに微笑みながら、
 「さあ・・・お上がりなさい」
 僕は靴を脱いでお堂の中に上がった。みんなも重い足取りで上がってきた。奥には大きな仏像があり、尼さんはその前に座っていた。
 「さあ・・・お座りなさい・・・」
 優しい笑顔で僕たちに言った。僕は置かれていた座布団の一つに座った。みんなも思い思いに座っていく。しかし、その視線は落ち着かなかった。最後に久美子姉さんとその友人が一番後ろに座り、お堂の扉が重い音とともに閉められた。
 「皆さんは、今日の儀式をくぐり抜けることが出来ませんでした・・・しかし、和尚さんも仰っていたように、あなたたちにはあなたたちの果たす新しい役割があります・・・・」
 尼さんは仏像の方に向き直った。
 「・・・これから、そのための儀式を行います・・・」
 尼さんは、ブツブツと何か呪文のような言葉を呟き始めた。すると、
 「嫌だ・・・俺は・・・俺は女になんかなりたくない!」
 一人の少年がお堂の扉に向かって走り出した。次の瞬間、僕は自分の目を疑った。
 「ああ・・・・?!」
 見る見るうちに、その少年の髪が伸び、顔は優しげになり逞しかった腕は白く細くなっていく。着ていたTシャツの胸は膨らみジーンズのお尻は大きく膨らんでいる。彼は僕たちの目の前で女の子になってしまったのだ。
 「ああ・・・そんな・・・」
 細く長くなってしまった髪を自分で触りながら彼の呟く声は、もう同世代の女の子のものだった。
 「そんな・・・」
 僕はようやく事態を悟った。あの儀式を通過できなかった男の子は、ここで女の子に・・・・。尼さんの呪文の声が大きくなってくる。僕は咄嗟に後ろを見た。『久美子姉さん、助けて!』そう思った僕の目に飛び込んできたのは、友人と一緒に手を合わせながら祈る久美子姉さんの姿だった。
 「そんな・・・」
 呟いた僕の体が、突然くすぐったくなってきた。頭が痒い・・・手を当てると、細い髪がスルスルと伸びていく。それはたちまち背中の肩甲骨のあたりまで伸びていった。
 「ああ・・・?!」
 僕は思わず立ち上がってしまった。しかし見ているうちに、その髪を触っている腕が細くなっていく。この夏・・・泳ぎに行って真っ黒に日焼けしていた腕はどんどん白くきめ細かい肌になっていく。指は細くしなやかな女の子の指に・・・。
 「そんな・・・」
 呟いた声は高く澄んだ声・・・聞き慣れた自分の声ではない。そして、僕の目の前で見る見るうちにポロシャツの胸のあたりを何かが押し上げていく。思わず胸に手を当てると、僕の掌にすっぽり収まる丸く柔らかい物が・・・。
 「これって・・・」
 胸が大きくなってしまった・・・自分の胸に女の子のおっぱいが出来てしまった・・・そう思っているうちに、僕の腰・・・ウエストのあたりはキュッと引き締まり、その代わりにお尻・・・ヒップが大きくなっていく。
 「女の子になってしまったのか・・・?」
 そう呟いた瞬間、
 「アッ?」
 僕の胸を何かがグッと押さえつけた。思わずポロシャツの中を覗き込んだ。僕の胸は、ブラジャーで押さえられていた。思わず顔が赤くなる。その間にも、下半身の下着がゴソゴソと動くような感触がした。多分、履いて来たトランクスが女の子の下着・・・パンティーになってしまったのだろう。
 そして、履いているジーンズがグングン短くなっていく。膝の上まで来ると、そこで2本のトンネルはまとまり紺色の生地は赤く変色してその上にチェックの模様と襞を刻んでいく。
 「アッ?!」
 足に何も触らない・・・その感覚に戸惑って僕は思わずその場に座り込んでしまった。スカートがふわりと広がり、僕の足には座布団の冷たい感触が直接伝わってくる。恐る恐る自分の顔を触ってみる。柔らかい肌、今までに比べて小さくなってしまった顔の部品、柔らかい唇。僕はハッと気が付いて、自分の手に触れる髪の毛を引っ張った。いつの間にか三つ編みになった僕の髪の先には、綺麗なゴムでくくられていた。体を見下ろす・・・ポロシャツはいつの間にか白い薄手のブラウスに・・・そこからブラジャーのラインが透けて見える・・・そう、久美子姉さんと同じように・・・。頬が赤くなっているのか、顔が火照ってくる。その下には赤いチェックのプリーツスカートが広がっている。そして、そこから伸びる白く細い綺麗な足・・・。
 僕は呆然と周りを見回した。そこには、“新しく女の子になった“15人の元少年が、呆然と変わり果てた自分の体を見下ろしていた。15人全員が可愛らしい・・・少なくとも僕のいるクラスの誰よりも可愛い女の子になっていた。
 「皆さん・・・お座りなさい・・・」
 尼さんに促されて、僕たちは元の場所に座った。なぜだろう・・・尼さんの言うことに、僕たちは逆らえなくなっていた。
 「皆さんは、男の子としては、能力が足りなかったかもしれません・・・・しかし、これからは女性として、子孫を残す役割を果たしてもらいます・・・」
 『そんな・・・たかが肝試しで・・・・』
 尼さんの話を、僕は呆然と聞いていた。



 そして・・・僕は久美子姉さんと一緒に、祖父の家に戻って来た。
 「ただいま〜・・・」
 久美子姉さんが、玄関のガラス戸を開けた。
 「おかえり! 孝は?」
 正信が玄関から顔を出した。久美子姉さんの横に立つ僕を見て目を丸くしている。
 「可愛い・・・・」
 正信の言葉に、僕は頬を赤くして俯いてしまった。
 「きみが・・・孝?」
 僕が頷いたその時、
 「あら・・・孝・・・女の子になっちゃったのね・・・」
 母は、玄関に出てくるなり僕に向かって言った。
 「ほら・・・みんな待っているわよ! 上がって!!」
 僕は、母に促されて渋々家に上がった。大広間に行くと、既に祖父と祖母、叔父と叔母、そして僕の父と正信が待っていた。僕は、母と久美子姉さんに挟まれるように座った。恥ずかしくてみんなの顔を見ることが出来ない。俯いている僕に、
 「孝・・・女の子になってしまったんだな・・・」
 祖父が微笑みながら言った。僕は何もいえない。
 「まあ、心配することはない・・・今日からは“孝子”として生きていきなさい・・・」
 微笑みながら言った祖父の言葉に、僕は目を丸くして驚いた。
 「この村ではな・・・・なぜか生まれてくる子は男の子ばかりなんだ・・・」
 叔父が言うと、
 「それで昔から14歳になるとこの儀式を行って篩い分けをする・・・最後まで辿り着けなかった男の子は、その日から女の子になるのよ・・・」
 祖母が言った。
 「この村の人たちは、みんなその人の過去を知っているけど、そうしなければ子孫が残せない・・・だから女の子の過去のことは何も言わない・・・それに、あの術の力は、体を女の子にするだけではなく、村の外に行くとその女の子は、昔から女の子だったと扱われる。だから、あなたが自分の町に帰れば、あなたは昔から“高田孝子”よ」
 「そんな・・・」
 僕は、あることに気が付いてハッとして久美子姉さんと母を見つめた。
 「まさか・・・久美子姉さんや、母さんも昔は・・・」
 「「そうよ!」」
 二人が悪戯っぽい笑みで微笑んだ。
 「わたしも、3年前までは“久之”という男の子だった。でも、術の力で孝くんは、前はわたしは男の子だったというのを忘れていたのよ」
 久美子姉さんが微笑んだ。
 「わたしもそう・・・そして、この村で父さんと結婚した・・・まあ、中学校のころの同級生だったけど、その過去を知っていても、父さんは結婚してくれた・・・」
 母の言葉に、父が頷いた。
 「孝くん・・・女の子も、なかなか楽しいわよ! おしゃれをしたり、男の子たちと遊びに行ったり・・・」
 僕は、呆然と久美子姉さんと母を見つめていた。
 『そんな・・・憧れていた久美子姉さんが、前は男・・・? それに、僕を生んだ母親は、前は男だったなんて・・・』
 そして、今の自分の姿は・・・? 前のガラス戸に映るのは、同じクラスなら絶対に声をかけたくなるような可愛らしい女の子・・・そして、それは今の自分なのだ!
 「こんなの・・・こんなのいやだーっ!」
 夜の村に、可愛らしい叫び声がこだました・・・・。




 肝試し (おわり)