戻る


 

ミステリアス・プログラム

:逃げ馬


 

 ぼくは、佐藤美津雄。今まで、ぼくには、なかなか“ツキ”がなかった。

 世間で名門と言われる、城南工業大学の修士課程を首席で卒業しながら、バブル崩壊の影響で、就職には恵まれず、どうにか小さな化学会社の研究職を得た。

 しかし、満足な研究設備はなく、不満だけを感じながら、6年・・・21世紀に入った途端、会社は倒産してしまった。

 二月・・・30歳になったぼくは、その日もハロー・ワークに来た。建物の中は、職を求める人で、ごった返していた。

 求人のカードを見るが、なかなか希望する職は見つからない。

 「ふう〜」

 ため息をつくと、ぼくはアパートに帰った。

 アパートに帰り自分の部屋に入ると、ぼくは、パソコンのスイッチを入れメールをチェックした。心配してくれている友人からのメールを見ると、少し元気が出てくる。簡単な食事を済ませると、ぼくはインターネットでいろいろな求人サイトを見て廻った。これが、最近のぼくの日課だ。しかし、なかなか仕事は見つからない。その日も、一通り見終わると、風呂に入り、寝てしまった・・・。

 そんな日を何日過ごしただろう・・・3月に入ったある日、いつものようにメールをチェックすると、ある友人のメールに目が止まった。

『・・・ぼくたちの恩師、小沢教授に会いました。「佐藤の会社が倒産したが、あいつは何もいってこない。水臭いやつだ。」と心配しておられたよ。』

 そのメールを読み終わると、ぼくは、急に懐かしさがこみ上げ、教授に会いたくなった。

 翌日、ぼくは、大学に小沢教授を訪ねた。

 「おう!よく来たな!!」

 教授は、鬼瓦のような顔に笑顔を浮かべて、ぼくを教授室に迎えてくれた。

 「本人を前にして言いづらいが、俺の教え子の中で、おまえは五本の指に入る優秀な生徒だった・・・もう少し運があればなあ。」

 ぼくは、うつむきながら、出されたコーヒーを飲む。

 「どうだ、大学に戻って俺の助手をしながら研究をするか?」

 「いえ・・・やっぱり企業で、製品になるものを開発したいので・・・。」

 「そうか・・わかった! 心当たりをあたってみよう。おまえほどの能力なら、ほしがる会社があるはずだ。」

 「ありがとうございます。」

 少し間を置いて、教授は言った。

「性格も、まるで女性のようにやさしいやつだしな。それで損をしているかな?」

 ぼくは、御礼を言うと大学を後にした。

 3月も半ばになった・・・。ある日、いつものようにビールを片手にインターネットをしていると、

 「あれ・・・何だこのサイト?」

 ぼくは、今までに見たことのないホームページにびっくりした。

 「来たことのないサイトだな・・・。」

 モニターには、「あなたの人生を変える、新しい人生との出会いのサイト、ニューライフ・クリエーターズ」

という文字と、カラフルなアイコンが並んでいた。

 「何だこれ?」

 ぼくは、面白半分に赤いアイコンを一つクリックしてみる。

 モニターには、ピンク色の壁紙の上に女の子をデザインしたアイコンが並んでいた。モニターの上の方には、『これから新しい人生が始まります。』という文字がある。ぼくは、一つのアイコンをクリックした。『プログラムを実行します。』という文字が現れると、モニターにグラフが現れ、プログラムのダウンロードをはじめた。

 ぼくは、またビールを口にすると、

 「・・・新しいゲームかな?」

 ダウンロードが終わった、『起動準備をしています』という文字が消えると、モニターにいろいろな光が現れ、猛烈な勢いでたくさんのウインドーが開きマウスのポインターが忙しく動き出した。

 「まずい!!」

 僕は、パソコンが暴走したと思ってリセットしようとした。しかし、次の瞬間、体がなぜか動かなくなった。

 ウインドーの一つに、ぼくの部屋が現れた。別のウインドウには、家具や、服が映っている。ポインターが忙しく動き回ると、ウインドーに表示されているぼくの部屋の家具は、モノトーンを基調にしたものから、明るくかわいらしいものに変わっていく。

 突然、ぼくの目の前にあったカーテンが、まるで女の子の部屋のそれのように変わった。

 「えっ!?」

 驚いて周りを見ると部屋の様子はすっかり変わっていた。そう・・・モニターの中のウインドーに表示されているものとまったく同じだった。

 「・・・・・!」

 驚きのあまり、ぼくは声も出せない。

 また、新しいウインドーが開いた。そこに映し出されたのは、ぼくを正面と横から見た画像だった。

 「・・・・・!」

 その横に、また、ウインドーが開いた・・・そこに映っているのは・・・女の子だ!

 画面にアイコンが現れた・・・『上書きしますか?』と書いてある。アイコンがすばやく動き、『はい』をクリックした。画面にグラフが現れ、進行状況を表示する。

 次の瞬間、ぼくは、体に猛烈な違和感を感じた。何だか、体全体が、くすぐったい。

 突然、耳の辺りに何かがあたった。手を耳にあてると髪の毛が触れた。

 「えっ?」

 髪の毛は、するすると肩の辺りまで伸びた。

 モニターを見ると、モニターの中のぼくも髪が伸びている。

 胸がくすぐったい。慌てて手を胸に当てると、その手を押し上げるように胸が大きくなっていく。

 「ああっ!」

 思わず、手で胸をつかむと今までに経験したことのない感覚を感じた。

 椅子に座っているヒップが急に大きくなり、ジーンズの中が一杯になる。ウエストは、反対に細くなっていく。足は、自然に内股になっていった。

 ぼくは、どうにか首を壁に掛けてある鏡のほうに向ける。その鏡も、女の子の好むデザインに変わっていた。その中に写っていたのは・・・セミロングの髪をした。瞳のパッチリした小さな顔の美女だった。

 鏡に映る女性は、不安げな眼でこちらを見ている。その視線の先にいるのは・・・当然ぼくだ!

 『ぼくは、女になるのか?そんな馬鹿な!』頭の中で否定しようとするが、視界に入ってくるのは、明らかに女性の体だ。腕や指はすっかり細くなり、色白になっていた。上着のトレーナーは、ダブダブになり、ジーンズの裾も余っていた。

 再びモニターに視線を移した。ウインドーに写っていたはずのぼくは、すっかり女性のシルエットになっていた。マウスのポインターが、ウインドーの間を行き来しだした。女の子の着ている上着をクリックして、横のかつてぼくだった女の子の映像の上に移動させる。たちまちぼくの着ていたトレーナーは変形をはじめる。

 グレー色は、どんどん白くなってゆき、着心地は、ふわふわになっていく。それは、白いセーターになってしまった。突然大きくなった胸を何かが押さえつけ、肩と背中で何かが締め付けられた。

 『これは、ブラジャー?』しびれた頭で考える。

 ポインターが、また動いている。

 今度は、ジーンズがどんどん短くなり、ひざの上あたりで止まった。次に、二本の足の部分が、一つにくっつくと紺色から、灰色になっていく。そして、襞ができていった。

 「これは・・・スカートか・・・?」

 ぼくは、声に出してつぶやいた・・・。その声は、高く澄んだやさしい声だった。

 スカートの中の下着は、滑らかでぴったりサポートする感覚に変わった。その意味を理解したときぼくの顔は、赤くなってしまった。

 スカートから伸びる足は、細くしまって美しく、その足にストッキングがかぶせられた。

 『上書き完了しました。』

 メッセージが現れ、また、新たなウインドーが開いた。

 『データをダウンロードします』

 次の瞬間モニターから強烈な光が放たれ、それは、アパートの窓から外を照らすほどだった。

 しかし、周りの人は、何も気づかない。

 その時、ぼくは、頭の中に何かが入ってくるような感覚に襲われていた。

 「あっ・・・ああああ!」

 思わず叫び声をあげる。

 突然、視界にいろいろな映像が飛び込んでくる。それは、実際に見えているのか、幻覚なのか、それとも、モニターに写っているものなのか、ぼくにはわからない。

 それは、まるでぼくの記憶のようだった。

 小さいぼく、小学生のぼく、中学生のぼく、高校生のぼく、大学で研究しているぼく。

 しかし、それはどれも女の子だった。

 大学のコンパに行っているぼく、友人とスキーをしているぼく、なぜか、女友達と一緒にいっている。

白衣を着て、小沢教授と話をしている・・・かわいらしい笑顔をして明るく話をしている・・・これは・・・。

ぼくは、机に倒れこんでしまった。

 すずめの声に、目を覚ました。

 「あっ、いけない! 寝ちゃったんだ。」

 その声に、改めて驚く。そう・・・僕は、インターネットをしていた・・・そして・・・そうだ!

 まわりを見渡すと、すっかり女の子の部屋だった。

 かわいらしいベッド、明るい色合いで統一された家具、今までなかったドレッサーと、上に並んでいる化粧品、女の子の部屋らしいカーテン、グラビアアイドルの水着カレンダーは、ジャ○―ズ系アイドルのカレンダーになっていた。ベッドの脇に置いてあったファッション誌も女性誌だ。

ぼくは、椅子から腰を上げると、風呂場に行った。ゆっくり服を脱いでいくと姿身の前に立った。

鏡に映っているのは、完璧な美女だった。

身長は、男のころは180cmあったのに、今は、160cmもないだろう。セミロングの髪、大きな瞳、顔は小さくて、細い首の上に乗っている。男のころより狭くなった肩幅。胸には、形の良い豊かなふくらみがあって、それが、ウエストの細さを際立たせている。ウエストのくびれから、体のラインは男のころより高く、大きくなったヒップに続いていき、そこから太もも、細く引き締まった足に続いていく。股間には、かつての男性の面影はなく、すっきり平らになってしまっている。

「あれは、本当だったんだ・・・。」

ぼくは、呟いた。

『さあ、早くシャワーを浴びなきゃ!』

「えっ?」

ぼくは、驚いた。今、頭の中に別の誰かがいたような・・・?

ぼくは、自然に風呂場に入ると、なれた手つきで髪を洗い、シャワーを浴びた。

風呂場から出ると、バスタオルを体に巻いて部屋に戻り、クローゼットの引出しを開ける。ぼくのトランクスや、シャツの詰まっていた引出しにはブラジャーや、ショーツが入っていた。

白いブラとショーツを、体がかってに身につけていく。

髪を乾かし、クローゼットを開けると、そこには、男のスーツなどは、すっかりなくなり、女性用のスーツや、ワンピース。ミニや、ロングなどいろいろなデザインのスカート。スリップドレスや、キャミソールが並んでいた。

ジーンズと、白いブラウスを身に付けるとぼくは、部屋の真ん中のかわいらしいソファーに腰をおろした。

「なぜ・・・からだが勝手に動くんだ。」

ぼくは、声に出して呟いた。

『女の子でしょ、あたりまえじゃない。』

また、頭の中で誰かが言った。

「えっ?」

ぼくは、テーブルの上に置かれたはがきを見た。

『佐藤美津子様』

宛名は、そうなっていた。

ぼくは立ち上がって、机に行った。机の上には、運転免許証があるはずだ。あった。名前は・・・。

『佐藤美津子』

それだけではなかった。誕生日は、同じだが、生まれた年が変わっている。これだと今は、24歳・・・若返っていることになる。

免許証の横に目をやって驚いた。そこには、大学院の学生証があった。

「そんな・・・こんなことって・・・。」

『あたりまえじゃない、わたしは、佐藤美津子、24歳、城南工業大学の小沢先生の研究室の大学院生・・・あたりまえのことじゃない。』

「そんな馬鹿な!」

なぜ、頭の中に・・・。ぼくは、気が変になったのか?

その時、夕べと同じように、視野の中にいろいろなが映像が現れた。ぼくは、頭を抱えて座り込んだ。

 ぼくは、はっきり認識した。そう、今ぼくの存在は、変わりつつあるんだ、もうすぐ記憶も、『佐藤美津雄』から、『佐藤美津子』のものに変わっていくのだろう。僕は・・・頭を抱えたまま動けなくなった・・・。

しばらくして、わたしは、立ち上がった・・・。

『プルルルルルッ』

電話が鳴った。

 「はい、佐藤でございます。」

 「佐藤君か、小沢だが・・・。」

 「あっ、先生・・・お世話になっております。」

 「今日は、TS製薬の面接試験の日だろう。この不景気に、あんな外資の大手企業の研究所を受けるのは、君くらいだ。先方も、書類では、君を非常に気に入っている。しっかり頑張って受験してこいよ。」

 「はい!ありがとうございます。」

 電話を切ると、わたしはクローゼットを開けて、紺色のリクルート・スーツに着替えた。

 真っ白なブラウス、紺色の上着に、同じ色の膝丈のタイトスカート。お化粧を済ませると、わたしは、アパートを出ると、面接試験会場へ向かった。

 面接に行くと、今まで就職が見つからなかったのが、うそのようにあっさり採用され、春からは、超一流の研究所で、一流の研究者に囲まれて仕事をすることになった。

 そして、4月・・・桜の花の咲く木の下を、真新しいスーツに身を包んだわたしは、胸を張って歩いている。

 すれ違う男性は、羨望のまなざしでわたしを見ている。そんな心地よい刺激を受けながら、わたしは、入社式の会場に向かっている。

 そう、あのインターネットのサイトは、人の人生を書き換えてしまうプログラムを置いていた・・・。あれから、わたしは、もう一度あのサイトに行こうとしたが、もう、そのサイトは、存在しなかった。

 変身後は、わたしの存在は、24歳の『佐藤美津子』になっていた。実家の両親も、全く自然に、わたしが帰ると就職だからといって、母は、ブティックにスーツを買いにわたしを連れ出した。

 小沢教授は、『女性なのに、立派な研究実績だ。大学に残ってほしかった。』とわたしに言った。

 あれは、夢ではなかった。しかし、いったいあれは・・・。そう、一言で言うなら、“奇跡”ということになるのだろう。あのプログラムで、わたしの人生の低迷は断ち切られた。しかし、それで終わったわけではない。これから、わたしが『佐藤美津子』としての人生を生きて、幸せになるか決まるのだ。

 

 新たな希望を胸に、わたしは歩いていった・・・。

 

 

 

 

 こんにちは、逃げ馬です。

 今回の作品は、いかがでしたか? 

  これで、僕にとって二つ目の作品になりますが、今までの作品は、ハッピーエンドになってます。やはり、希望のもてる結末が、僕の性格にはあっているのでしょうか?皆様は、どう思われますか?

 硬い作品ばかり書いてきたので、そろそろ路線を変えようかとも思うのですが・・・。

 まだまだ、小説を書き始めたばかりなので、いろいろご不満もあるかもしれませんが、最後まで読んでくださって、どうもありがとうございました。

 最後に、この作品は、フィクションであって、実在の団体、人物とは、関係のないことをお断りしておきます。