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U・F・O


作:KEBO


 ザー・・・・・
 ひどい雨だった。
 池原道雄は、取材帰りの山道を運転していた。彼が超常現象の雑誌に配置換されてから半年になる。今日も横崎町で目撃されたというUFOの取材に来た帰りだった。彼はジャーナリズムの第一線とは程遠い部署に配置されたことを半ば呪いながらも日々取材に駆け回っていた。
 この二月ぐらいの話だった。ネット上でUFOの目撃証言が相次いだ。池原の編集部では、UFOに対する特集を組み、目撃情報があるたびに取材に赴いた。しかしUFOは彼らの前になかなか姿を現さなかった。池原にしてみれば当然である。彼自身もUFOの存在について懐疑的を通り越して、馬鹿馬鹿しくさえ思っていた。
 池原はそれでも業務上仕方なく目撃情報の確認に奔走していたが、大半はやはり無駄足だった。「見た」という以上の情報はなかなか得られず、記事になりそうな写真なども得ることができなかった。
「編集長、もうよしましょうよ。先月も同じ特集だったんだし。今月はもう仕方ないけど来月は別のにしましょうよ」
 左手に携帯を持ちながらハンドルを切る。視界が悪い。
「だから、今回も・・・」そう言いかけたときだった。視界に何かが映る。
 キキキー・・・・池原は思わず急ブレーキを踏んだ。
「またかけます!」言うなり電話を切る池原。電話を置き、傘を出すと車を降りる。車の先に、Tシャツにジーンズ姿の若い女が傘もささずに立って、いやふらついていた。池原が思うにこの山道の中、一番近い民家までどう考えても相当な距離がある。にもかかわらず女は車が止まったのを気にもとめず、豪雨の中、この山道の真ん中をふらふらと歩いていた。
「どうしたんだ?」見るからに異常に思える女の行動に、声をかける池原。女が振り向く。
(!)
 髪も顔もびしょぬれだったが、その女ははっとするような美人だった。思わず池原は濡れるのもかまわず見とれてしまった。女もなぜか、半ば虚ろな目で池原を見つめ返している。
 しばらくして、正気に戻ったように池原が口を開いた。
「あ・・・失礼。どうかしましたか?こんなところで」
 女は口を半開きにしたまま、なぜか呆然としているように見えた。池原の質問にも全く反応せず、ただ虚ろな表情で、雨に冷えたのか震えながら池原を眺めていた。前髪から、雨の滴が垂れる。
「とにかく、こんな格好じゃ風邪引くし・・・・乗りなよ」
 池原は、まるで反応しない女を半ば強引に乗せると車を出した。


 雨はだいぶ小降りになっていた。池原は峠を抜けた先のコンビニの駐車場に車を停めていた。後ろの席には彼女が着ていたびしょ濡れのTシャツとジーンズが脱ぎ捨ててある。
 彼女は池原が与えた彼の、取材で汚した時などに着替えるためのラフな服装に着替えて缶コーヒーを飲んでいた。車に乗せてすぐ、池原は自分が一度社外に出て彼女を社内で着替えさせていたのだ。
「一体どうしたって言うんだ・・・・黙っていたらわからないよ」
 池原は少し苛ついていた。女は、さっきから何も言わない。池原が何かするように言えばそうするが、池原が何を聞いても答えなかったのだ。
「・・・・・ない」しばらくして、ようやく女が消え入るような声で言う。
「何?」
「わから、ない」女は今度はなんとか聞き取れるぐらいの声になった。
「何がわからないんだ?」
 不意に、女の顔に生気が戻る。
「あの、わたしは一体・・・・」彼女の言葉ははっきりとしていた。
「何だって?」
「わたしは一体、誰なんだろう・・・・どうしてあんなところで・・・・・」
「何も憶えていないのか?」
 女は池原の顔を見ると、ゆっくりと肯いた。その顔は、さっきの虚ろな顔ではなく、はっきりとした意識の感じられる顔になっていた。
「何も・・・何も思い出せないんです。自分の名前も・・・・どうしてあんなところを歩いていたのか・・・・それに・・・」
「それに?」
 彼女は頬を赤らめた。
「わたし、下着も着けてない・・・・」
 池原は思わず額に手を当てた。なにかとんでもない事に巻き込まれたような気がした。


「で、まったく憶えていないのかい?」
「はい・・・」
 とりあえず池原は、彼女を編集部に連れて帰っていた。警察か病院へ連れていこうかとも思ったが、その対応を考えるとそのまま置いてくるのは気が引けたのだ。
「そっか。茜ちゃん」
「はーい」
 編集長が事務員の浦河茜を呼ぶ。*十キロの巨体で編集部を裏で支配していると言われるハイミスだ。
「ちょっと彼女の着るもん、見繕ってくれないか。さすがに道雄の服じゃ可哀相だ」
「はーい。それ、雑費で?」
 思わず黙る編集長。
「何でもいいから適当に切っといてよ。とにかく下着もしてないらしいから」
「へんしゅうちょぉ」茜が睨む。「彼女」が顔を真っ赤にしていた。
「ごめんごめんとにかく早く頼むわ」
「はいはい」
 茜が出ていく。
「とにかく呼び名だけでもあればな。うーん・・・」まじめな顔をして考える編集長。
「なあ道雄」不意に、編集長がニヤリとして池原の方を見る。
「はい?」
「彼女、UFOに誘拐されたとかないか?」
「え?」
「そうだ。そうに違いない!!よし道雄、今月の特集は決まりだ。UFOにアブダクトされた女。わたしは宇宙人に・・・」
「編集長、大丈夫っすか?」池原が言う。しかし編集長は鋭かった。
「道雄、ジャーナリズムって言うのはな、煙のあるところに火元を求めてだな・・・」
「それを言うなら火のないところに煙は立たないじゃ・・・・」
「うるせえ!違ったら違ったでいいんだ。すぐ逆行催眠の、あの、植田先生にアポ取れ!」
「そんな、無茶苦茶だ・・・・」
 「彼女」はそんな二人のやりとりを半ば呆気にとられて聞いていたが、面白そうに言った。
「いいですよ。とりあえずわたし、自分が誰かもわからないんだし。お金があるんならわたしの方から・・・」
「ほれみろ」得意そうな顔の編集長。
「ちょっと違う気がするんだけどな・・・・」池原はボヤきながら受話器を取った。


 二時間後、池原と「彼女」、そして編集長の三人は植田メンタルクリニックにいた。夜も九時を回っていたが、植田はにこやかに彼らを迎えた。
「はーい・・・・ふかーいところへ入っていきますよ・・・・・」
 「彼女」が、全身脱力したような格好で椅子に座っている。その様子を、池原と編集長は少し離れて見守っていた。植田は「彼女」を過去へと誘導していく。
「はーい・・・・・何が見えますか」植田が「彼女」に質問する。「彼女」はすでに昨日の今頃までさかのぼっていた。
「ホテルの部屋・・・彼女と・・・・」低く太い声が「彼女」の口から漏れる。
「彼女だって?」驚きの声を上げる編集長。誰もがその答えに驚いていた。
「し!」池原が押さえる。植田も目で編集長を抑えた。
「彼女とは、誰のことですか・・・・」植田が質問を続ける。
「ルミ・・・・さっき・・・・彼女の方から声をかけてきた・・・・」
「どこでですか・・・」
「S谷の・・・・駅前・・・」
「S谷だぁ」今度は小さな声でつぶやく編集長。S谷といえばかなりの繁華街である。池原も身を乗り出してそのやりとりを聞いていた。
「彼女のフルネームはわかりますか?」植田の声が少し鋭くなる。
「わからない・・・・今会ったばかりだ・・・・」
「あなたの名前は・・・・」
「正田慎二」
「彼女」ははっきりとそう答えた。
「どうなってるんだ?」顔を見合わせる池原と編集長。植田の顔にも驚きの表情が浮かんでいる。
「はーい・・・そのまま続けて・・・今何をしているか教えて下さい」
 不意に、目を閉じたまま「彼女」がなんともイヤらしい表情をする。
「ああ・・・彼女と・・・・・ヤッてるよ・・・」
 椅子に座ったまま、腰を動かす「彼女」。腰とともに胸も揺れ、池原や編集長は思わず目を背ける。
「先生、飛ばせないんですか」思わず池原が言う。
「ああ、ビデオじゃないからねぇ・・・・」植田も、少し困った顔をしていた。しばらくその状態が続く。不意に彼女が「ウッ」と呻く。彼女はそのまま脱力した。池原達もフウ、とため息をついた。どうやら行為が終わったのだ。
「先生、どういう事だと思う?」編集長がつぶやくように言う。しかしその質問に答える前に「彼女」に異変が起こった。
「何だ?、おい、何なんだ」
「どうしたのですか?」植田が聞く。
「変な、何だこいつら」完全にパニックに陥っている「彼女」。
「何がいるのですか?」
「小さい、テレビの宇宙人みたいな、うわ!」
 驚いた顔で顔を見合わせる池原と編集長。
「どうしました?」
「身体が、身体が動かねえ!う、うわ、うわぁぁぁぁぁ!」
 パチン!植田が指を鳴らす。「彼女」は脱力した。肩に手を置く植田。
「はーい・・・・ふかーくふかーく沈んでいきます・・・・」植田は「彼女」を落ち着かせる。
「あなたは何故か恐くなくなりました。ゆっくり・・・・ゆっくり・・・・・思い出して下さい・・・・何が見えますか・・・・」植田は再び「彼女」を誘導していく。
「何か・・・・台に・・・・・奴らが覗き込んで・・・・頭が・・・・・何だこりゃ?・・・・何も見えない・・・・」
「どうしました?」
「頭に何か被せられました・・・・・何も見えません・・・・・何だろう・・・・うわ・・・・・」
 突然、押し黙る「彼女」。
「ああ・・・・・」不意に、今まで太かった声が元の声に戻る。
「何が見えますか?」植田はもう一度聞いた。
「雨が・・・・車・・・・」
「ここからは道雄、もう聞いてもしょうがないな」編集長が言う。肯く池原。
「先生」植田も肯いた。
 パチン!と指を鳴らすと、植田は「彼女」の肩に手を置いた。
「はーい・・・・三つ数えたら目が覚めます。ひとーつ・・・ふたーつ・・・・みっつ!」
 目を開く「彼女」。
「わたし・・・・」
 困惑した顔の彼女。いや慎二。
「どうやら宇宙人に性転換でもされたみたいだな」編集長がまじまじと言う。
「でも何だってそんなことを?」今度は池原だった。
「わからねえ・・・・そんなことより彼女の身元がはっきりしたんだ。慎二の記憶はあるのかい?」
 編集長が聞く。慎二が肯く。
「たしかにわたしには男だった記憶が、正田慎二の記憶があります。でも、どうしてだか、わたし女ですよね?」
「違和感とか、感じないのかい?」植田が聞く。
「ええ、全然。自分の状態に何の違和感も感じないんです。逆に言えば、確かに記憶はあるけれどわたしが男だなんて、信じられない・・・・・」
 顔を見合わせ首をひねる三人。
「うーん、こんなケースははじめてだね」植田も首をひねる。
「とにかく、明日その、正田慎二について調べよう。あと今の途切れた部分と・・・今日は遅いから」時計が十二時近くを指している。編集長の言葉に植田も肯いた。
「で、彼女は?」池原が素朴な疑問を口にする。
「金も持ってないんだろ?おまえのところに泊めてやれよ」
「でも、君は?」慎二の方を見る池原。
「わたしは・・・・助かりますけど・・・・」控えめに答える慎二。
「よし決まった!道雄、変なことするなよ」
「はいはい」
 植田に礼を言い、簡単に今後の話をすると三人は植田メンタルクリニックを後にした。


「ったく、編集長も勝手だよな・・・・」ボヤく池原。とりあえず先に彼女にシャワーをさせて、彼はベッドの横の絨毯の上を片付けていた。そうしなければ彼の寝る場所がない。
「すみません・・・」ダブダブの、池原のパジャマを着てユニットバスから出てくる慎二。濡れた髪が艶めかしさを増している。
「いえいえ・・・・」やはり見とれてしまう池原。彼女が男だったなどとは信じられない。もしかしたら植田のやり方が悪かったのかもしれないとも池原は思っていた。それほどまでに彼女は美しく、色っぽい。
「ベッドの方を使ってくれるかい」そう言って、ユニットバスに向かおうとする池原。しかし・・・
「おいおい・・・・」
 首筋に吐息を感じる。肩と腰の後ろから、細い腕が回されていた。
「どういうつもりだよ・・・・」
 答はない。振り返った池原の目に慎二の顔が映る。少し開いた唇と潤んだ瞳が、これ以上ないほどに池原を刺激する。必死に耐える池原。
「おい・・・・俺はそんな・・・・」
 最後まで言い終えることはできなかった。唇が甘い感覚に塞がれる。池原と慎二はそのままベッドに倒れ込んだ。


 心地よい気怠さが、眠気を誘っている。池原の横では慎二が、半ば虚ろな目を開いていた。不意に、池原ははじめて慎二に会ったときのことを思い出していた。
「おい、大丈夫か・・・・おい!?」
 目を開けたまま反応しない慎二。その慎二が突然むくりと起きあがった。ベッドから立ち上がる慎二。それは、完璧に近いプロポーションの身体だったが、池原にはそれをまじまじと眺める余裕はなかった。
「おい、どうした?」彼女を追いかけるように立ち上がる池原。その池原を、突如眩しい光が包んだ。
「なんなんだ!?」手をかざす池原。光源は窓の方だった。眩しさを堪えながら池原は窓の方を見る。
「う、おまえたちは・・・・・おい!」
 慎二がゆっくりと、光の方に歩いていく。すれ違うように現れたのは、池原の胸ほどの背丈の、人型をしたもの・・・・
「おまえたちは・・・宇宙人・・・う!」
 その、ステレオタイプの宇宙人の形をしたものが、その手にした銃のようなものを池原に向かって放つ。そこから出た光るジェルのようなものが、服の下に入り込み池原の身体を包み込んでいく。
「なんだこれは・・・うわ・・・」
 池原は、自分の身体が地面から離れるのを感じた。体の自由が利かない。池原はそのまま、光源の方に進んでいった。
(まさか、俺が、アブダクト・・・・)
 身体の感覚が失われていく。池原は意識を失った。


(ここは・・・)不意に目が覚めた。半透明のような曲面の壁に囲まれた部屋の真ん中に、彼は大の字になって、台か何かの上に寝かされていた。身体は見回すことができないが、感じからしてさっきのジェルに包まれたままで、動かすことができない。
(聞コエルカ?)問いかける声が聞こえる。
「誰だ?」
 答の代わりに、目の前に映像が現れた。
「慎二!」
 それは慎二だった。裸のまま、虚ろな表情で立っている慎二の横に、二、三体の宇宙人が立っている。慎二の首にはなにかケーブルのようなものが繋がっていた。
(オマエ達トコミュニケーションヲ取ルタメニコノ個体ノ言語中枢ヲ借リテイル)
 その声は甲高かったが、慎二の口の動きに連動していた。そして、彼には直接頭に響いてくるように感じられた。
「いったい何の目的で」
(オマエガ、我々ノ欲スル物ヲ持ッテイルカラダ)
「欲する物?」
(我々ハ、オマエタチノ種族ノ雄、ツマリオマエヲ含ム雄ノミガ分泌スル体液ヲ求メテイル)
 つまり彼らは、池原の精液を求めているのだと彼は理解した。
「そのために、俺達を捕まえたのか」
(ソウダ)
 不意に、半透明の壁が光り出し、その中にある物を浮かび上がらせる。池原はそれを見て池原は目を背けた。
 それは、無数の男性器だった。まるで植木鉢に植えられるように壁の中で一定のスペースに埋め込まれ、それを覆うように繋がれたチューブによって「タイエキ」を吸い出されながら蠢いていた。
「どういうつもりだ?」池原は、打ちのめされたように聞く。
(オマエノ体液生産システムヲ採取スル)
「何だと!」
(オマエノ体液ノクォリティハ非常ニ高イ。オマエノ体液ハ我々ノ検査ニ適合シタノダ)
「検査?」
(我々ハ、コノ個体ト同ジヨウナ探査機ヲ用イテ我々ノ求メル品質ヲ持ツ体液生産システムヲ探査シテイルノダ)
「探査機だと!だいたい何に使うって言うんだ!」
(オマエニ説明スル必要ハ無イ。オマエモコノ個体ト同ジヨウニ探査機トナリ優秀ナ体液生産システムヲ探査スルノダ)
 池原はようやく悟った。慎二は、彼らによって男性器を奪われた上で、地上の男性と交わって「優秀ナ体液」を探すための探査機に改造されたのだ。たしかに彼女ほどの美貌なら毎晩でも男を誘うことができるだろう。そして今、彼らは池原にも同じ事をしようとしていた。
「やめろ・・・・・やめてくれ・・・・・」
 池原は、はじめて恐怖を感じた。自分が、男性器を奪われ女にされてしまうなど、考えるだけでおぞましいことだった。おそらく彼も慎二と同じように、記憶を奪われるだけでなく身体と精神を女性化され、自分が女であることを疑いもしなくなるのだ。
 さらにそれだけではない。宇宙人の言うところによれば彼は女性化されるだけではなく、彼らにコントロールされて男を誘い「検査」する「探査機」にされる。そのような、自分が自分でなくなるようなことは彼にとってはこの上ない恐怖だった。
「やめろ!」
 答はなかった。代わりに、頭の上に何かが降りてくる。それは彼の頭をすっぽりと覆った。同時に、ちょうど腰から膝にかけてやはりジェルの上から何かで覆われた感覚があった。
「う、うわ、うわぁぁぁぁ!」
 思わず叫ぶ池原。腰から股にかけて、身体の内側から熱い感覚が沸き起こる。その感覚は彼の腰を溶かすように感じるほどだったが、徐々に彼の男性器の方に向かって動いていく。そして、それが身体から抜け出すように消えるとともに、身体全体を覆うジェルが蠢きはじめた。
 皮膚の感覚が麻痺していく。痛みは感じないが、彼は身体が何かに変容していくおぞましい感覚を感じていた。そして再び熱い感覚が、さっきと全く逆の方向で体の中に入ってくる。
 彼は見ることができなかったが、彼の腰には何らかの光線が照射されていた。光線が、まるで包み込むかのように彼の男性器一式を身体から抜き取り、その代わりに何か別の器官を埋め込んでいく。それと同時に蠢いているジェルは彼の身体を作り替えはじめていた。
 雄を引き寄せるのに相応しい形に、彼の身体は作り替えられようとしていた。がっしりとした体躯が丸みを帯びた、滑らかなものに変わっていく。それは骨格さえも変化させているように見えた。筋肉のついたしっかりした脚や腕は細くしなやかに変わり、腰の筋肉は消滅して腰をくびれさせた。同時に臀部と胸部が隆起し始め、逆ハート型のヒップとバランスのよいバストを形作る。この形は、エイリアンが今まで捕らえた雄たちから得たデータに基づく理想的な形だった。一方、取り出された男性器は、壁の中の空きスペースに植え込まれ、その先を覆うようにチューブのような物が被せられ密着していった。そして、すぐに他と同じように蠢きながら生産されはじめた「体液」がチューブによって吸い取られていく。
 ジェルが頭部をも覆い始めた。同時に頭部を覆った機械から光線が照射される。彼は頭の中から沸き起こる、やはり熱い感覚に思考を奪われつつあった。彼は知覚する事ができなかったが、脳細胞をも変容させられていった。次々と人間としての、男性としての本能が破壊され、探査機としてのプログラムが無意識の中に植え付けられていく。それは、まるで人間の雌であるかの如く振る舞い雄に取り入り検査行動を促すためのプログラムだった。
 最後に、腰部に植え付けられた精液を検査する細胞組織に連動して、検査行動に入った時点で意識に関係なく身体を「探査機」としてコントロールするための細胞組織が植え付けられ、この改造の記憶が消去されるとともにそれ以前の記憶を封印する暗示が植え付けられた。


「まったく道雄の奴、どこいったんだろうな」
「編集長が無茶苦茶言うから女と逃げちゃったんですよ、もう」
 ボヤく編集長に、茜が答える。池原と正田慎二は、植田メンタルクリニックを出た後行方不明になっていた。
「もしかして、道雄もUFOにさらわれたんじゃないだろうな」身を乗り出して、そしてあやしい笑いを浮かべながら編集長が言う。
「ほらまた・・・・そんなわけないでしょ。編集長がそんなことばっかり言ってるから・・・わたしだって逃げ出したくなりますよ。廃刊まっしぐらって感じですもの。でっちあげなら一人でやって下さいよ。わたしは手伝いませんからね」
「うるさい・・・・しかしまあ、困ったなぁ・・・」
 編集長のボヤきは続いた。


 ふらふらと、彼女は街の中を歩いていた。彼女はそこがどこなのか、なぜ自分がそこを歩いているのかまったくわからなかった。ただ、すれ違うたびに振り返っていく、道行く男性のことがなんだかとても気になった。
 不意に、自分が、何も持っていないことに気付く。服装も妙にラフな格好だった。何故今まで自分がそのことに気付かなかったのかさえわからなかった。
 もちろんお金も、それどころか財布さえも持っていない。彼女は自分がこれからどうしたらいいのかまったく考えつかなかった。文字通り、彼女は路頭に迷っていた。
「彼女、一人?」
 見知らぬ男が、突然声をかけてきた。彼女は驚いたが、こんなラフな格好をしているのに、男に声をかけられたということが妙に嬉しかった。ましてや彼女は何も持っておらず、頼れる知り合いなどもまったく記憶になかった。
「ええ・・・」思わずにやり、と返事する彼女。この際、話し相手でも何でもいい。とにかく自分を一人にしない相手が欲しかった。たとえそれが見知らぬ男だとしても・・・不思議と抵抗感がなかった。そして、彼女は自分がそのぐらいの選択肢しか持ち合わせないことを認めざるを得なかった。
 二時間後、空腹を満たした彼女は、男に連れられてホテルへと入っていった。空に、星でない光が瞬いているのに気付く者は一人もいなかった。



<おわり>


※このお話はすべてフィクションであり、登場人物その他すべてのものは実在のものとは全く関係ありません。



<あとがき>
 勢いで書いたシリーズなのでなかなかグロいです。壁一面に****が並ぶ景色など・・・・みたくないもんですね。一応設定的には宇宙人の嗜好品ということで(・・・・・・)エイリアンのセリフは最初全部カタカナだったのですが、自分が読みづらいのでやめました(笑)。
 タイトルは本当に悩みました。ネタバレもつまらないし(って、最初っから思いっきりかな・・・)、かといって全然関係ないのもなぁ、と思い。結局そのまんま落ち着いてしまいました。
 というわけで、今回も最後までおつきあいありがとうございました。
では
 2002.11.16

※このお話に関する著作権は作者であるKEBOに属します。無断転用・転載はお断りします。
 お問い合わせ等ありましたらこちらまでお願いします。

(c)KEBO 2002.11.16