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悪魔のキューピット

作:KEBO


「おーい・・・また来たよ・・・」
 智司は、また携帯をいじっている。いわゆる迷惑メールって奴だ。
「どれどれ・・・・あなたの理想の相手がここにいる!だってよ」
 ハハハ、と俺達は笑う。たまに冗談半分で登録してみたりもする。が、実際に会ってみたりするわけなんかない。だいたいにして書あることだってウソかホントかわからないし、露骨に「お金が欲しい!」と書いてあるものだってある。
 友達の中にはそれでもおいしくやっている奴もいるらしいが、俺達には関係のない世界だった。
 その日も、俺と智司はつるんでいた。というより智司が俺の部屋に来ていた。同じアパートに住んでいるので互いに部屋をよく行き来しているだけの話だ。このアパートはほとんどがウチの学生なので、夕方や夜は格好のたまり場にもなる。でも、大家は何も言わない。大家も結構若い人間が集まるのが嫌いではないらしい。
「これ、やってみようか・・・・」例によって智司がその気になっている。どうせ会ったりメールするわけでもないのに、智司はそういうサイトを見るのが好きだ。どうも図鑑的に楽しんでいるらしい。
『悪魔のキューピット!出会い100パーセントで恋人ゲット!あまりのスゴさに驚いて悪魔に魂を奪われても、当方はいっさい責任を持ちません!!』と書かれたそのトップページから、智司は奥へと入っていく。自分の身長体重から好みまで、パーソナルデータを、智司は結構真剣な顔で打ち込んでいく。最後にログインすると大抵の場合何人かの書き込みやプロフィールが表示されるのだ。そしてまた迷惑メールが増える。
 どうやら打ち込みが終わったようで、智司は指を休めて携帯の小さな画面に見入っている。しかし、その様子がいつもと違った。智司は怪訝そうな顔だ。
「どった?」
「ん、つまんないな。なんか相手のカキコとか出てこないし・・・・・」と言っているうちに、また携帯が鳴る。智司は手早くメールを開く。
「お、おうおう・・・・そういうシステムか。好みの相手メールで送ってくんだ」
『登録ありがとうございます。選択可能人数六人』
 という内容の後ろに、その六人の名前が出ている。智司はそれを一つ一つ開いていく。
「うお!写真付き!」
 プロフィールのページには、女の子の顔写真と、パーソナルデータが出ている。しかし、出ているデータは名前(ハンドル)と身長体重年齢等、明らかに自分以外の人間が書けるデータだけで、趣味などは書かれていない。そしてその一番下には、『この人を恋人にしますか』と表示されていて、「はい」か「いいえ」で答えるようになっている。
 智司は結構真剣な顔で六人を見比べるていたが、どうやら一人選んでみるらしい。
「なに、どれか送ってみるの?」
「いや、送るんじゃなくて選ぶだけみたいだから・・・」と言いながら指を動かしていく。
「この子にするわ」にやける智司。
「どれどれ・・・お!」
 写真が表示されている。なるほど、さち、という名前の智司好みの子だ。智司はすかさず「はい」を押した。
 表示が変わる。
『ご利用ありがとうございました』の後、数秒後のことだった。
“pipipirrrr”
 またまた智司の携帯が鳴る。
「おうおう、またなんか来た・・・」例によって指が電話の上を走る。
 智司は、メールを開いて驚いていた。
「なに?」
「早い・・・・・・」
「どれどれ」
 俺は智司の携帯をのぞき込んだ。すると、なんと今選択したデータの彼女からメールが届いているではないか。
『はじめまして!さちです。ありがとう!私を選んでくれたと思うと嬉しくて嬉しくて・・・早く智司さんの顔が見たいです。どうやったらお逢いすることができるのでしょうか』
「おい、この内容から見てさ、勧誘かなんかじゃないの?」
 俺は一応感想を言ってみた。
「可能性は大だな。でも、写真も出てるし・・・・も少しメールとかで様子見てから会うか・・・」
「え、会うの?」
「あたりまえじゃん!せっかくここまで言うんだし」
 俺はばかばかしくなった。答えが返ってきた途端に智司は有頂天になってしまったのだ。
「じゃな、帰る」
「おう」
 俺は智司の部屋を出た。俺がドアを閉める瞬間も、奴は携帯をいじっていた。


 翌日・・・・
 俺は午前中からめずらしく講義に出た。昨夜あまり夜更かししなかったので、目が覚めたからだ。案の定、智司の奴は出てこない。どうせあれから夜更けまでメールのやりとりでもしていたんだろう。
 夕方のことだった。部屋に帰る途中の乗換駅で、俺は智司を見かけた。妙にニヤついていたので、俺は気付かれないように近付くと、後ろから脅かしてやった。
「ワッ!」
「おおおおおお!焦るなあ」
 案の定飛び上がりかける智司。
「何処行くんだよ」
「いやあ、それがさあ・・・」
「もったいぶらないで言えよ」
「これから、例の彼女に会うんだ」
「例の、って例の?」
「そう。さっちゃん」
「もう会うの?」
「うん」
 智司は、ニヤけ顔を崩さない。
「で、取って食うわけ?」俺は意地悪く聞いた。
「それは・・・状況次第かな」
「こいつ・・・・ま、いいや。ヤバかったら逃げてこいよ」
「まあな」
「じゃな」
「ああ」
 俺たちは別れた。


 その深夜。
「おーい、起きてるか?」
 俺の部屋に、智司が入ってきた。その顔は何とも言えない、呆けた顔だ。
「どした!コワいお兄さんでも出てきたか?」
「いや、そうじゃなくて・・・・その逆」
「?」
「いや・・・・やっちゃった」
「もう食ったのか?」これには驚いた。俺もこう突っ込む以外になかった。
「うん!」力強く首を縦に振る智司。
「で?」
「いや、なんかよくわからないけど、違うんだよな」
「違うって?」
「なんか、俺、尻が軽いっていうかさ」
「贅沢はいわない」俺は目が点になった。奴は高望みしすぎだ。
「いや、違うな。あんまり話がうまいもんだからさ、他の子もこうなのかな、と思って」
「なにぃ?」
「でさ、明日は今日の子やめて、別の子にしてみたわけ」
「してみたって、おまえ」
「登録さ。さっき他の子登録してみたらさ、やっぱり来るんだ、メール」
「で?」
「これから会いに行く」
「おい、おまえ極悪非道だな」俺は少々呆れて言ってやった。
「おまえもやってみればわかるよ。最高だよ。さすがにむちゃくちゃなことは言わなかったけどさ、何でも俺の好きなようにさせてくれるんだぜ。至れり尽くせりって感じで」
「でも違う子と会うんだろ」
「いいじゃないか。たまには」
「たまにはか?」
「へへへ、おまえんとこにも紹介メール送っとくからさ」
「ったく、こうして迷惑メールが増えてく訳だな」
「そうとも言う」
 俺と智司は、顔を見合わせて笑った。なんだかんだ言って、智司がおいしくやってるのを見て俺もやってみたくなったのは事実だ。
「じゃな。新しい彼女が待ってるから」
「おう」
 ドアを閉める智司。しかしそのドアがすぐ開いた。
「忘れてたけどさ」智司の顔が覗く。
「なに?」
「一人の子を選んでる時は、他の子を選べないらしいんだ。他の子を選ぶときは一度その子の登録を抹消してから登録し直すようになってるみたいなんだ。抹消するとメアドとかデータ全部消えちゃうからメモするの忘れるなよ。俺もさっきさっちゃんのメアド消えちまったんだ。じゃな」
 一方的に言ってドアを閉める智司。間もなく、俺の携帯に智司からのメールが入った。
 早速俺も試してみることにした。


 というわけで翌日の夕方、俺は、まり、という女の子と一緒に町を歩いていた。
 はじめに見たときは驚いた。なにせ、俺が好みの女性の欄に書いたアイドルによく似た、まさに好みそのものの子が現れたからだ。
 しかもそれだけには止まらなかった。彼女は、何から何まで一生懸命俺に尽くしてくれた。そんな、そこまでしなくてもいいよと止めたぐらいだ。何故かどうしても俺に気に入られたいらしい。逆に俺にはそれが少し鬱陶しかった。
 ホテル街に入ったときも彼女は嫌な顔一つしなかった。それどころか「恋人同士でしょう」などと逆に俺に腕を絡めてホテルに入ったぐらいだった。その後も彼女は、俺の喜びそうなことを、それこそあんな事からこんな事までなんでも喜んでやってくれた。
 名残惜しそうな彼女と別れて部屋に帰った後、俺は智司の言ったことが解った気がした。
 まり、のメアドをメモして登録を抹消すると、俺は早速次の子を登録した。今度の子は、さとこ、という名前だ。登録して数秒後にやはりメールが来た。


 そんなことを二、三日繰り返した。不思議なことにあれだけ名残惜しそうに別れた彼女たちからは一つもメールなんか来なかったし、逆にメールを送ろうとしても、宛先不明で帰ってきてしまったりした。
 新しい子を登録しようと思ったら、紹介してくれるのは六人までだったらしい。たぶんもう一度はじめから登録し直せばいけるだろうと思って六人目を抹消した時だった。
“rrrweyy・・・・”
 携帯が鳴った。相手は智司だった。
「おう」
「あ、あ、あああ・・・」
 なんだか様子が変だ。
「どうしたんだよ」
「どうしたって、き、消えちゃったんだよ」
「消えちゃったって何が?」
「彼女」
「彼女?」
 断片的な話を総合するとこうだった。まずいつものようにゲットした彼女とホテルで抱き合いながら、不意に智司がその話題を出したらしい。
「これ、登録なんか要らないよね」智司は彼女にそう言った。
「どういう意味?」彼女は、少し怯えたような顔で聞き返した。
「俺、君が好きだよ。こんな登録なんてしなくても・・・・」
 智司が彼女の登録を抹消しようと携帯に手を伸ばしたところ、彼女が突然パニックのようになった。
「イヤ!お願い、それだけはやめて!お願い・・・・」
 彼女は何かに怯えるように智司に向かって哀願した。
「そこまで言うなら・・・・」智司は携帯を置いた。智司にしてみれば、本当に気に入った彼女を喜ばせようとしたのに意外だった。
 それから何事もなかったかのように二人はコトを済ませ、彼女はシャワーを浴びに行った。智司は、彼女の態度がどうしても気になった。この登録を抹消するだけでどうなるというのだ?智司は、携帯に手を伸ばした。
 彼女は、ガラス張りのシャワールームで、こちらに背中を向けながら色っぽくシャワーを浴びている。彼女に気付かれないように、智司は携帯をいじって抹消ボタンを押した。すると次の瞬間、湯煙の中で動いていた彼女の身体の動きがピク、とまるで電池が切れた玩具のように止まり、その数秒後にはその身体そのものが湯煙に同化したかのように消えてしまったのだ。
「またぁ、冗談だろ・・・・」俺は鼻で笑いそうになった。しかし智司は真剣だった。
「じょ、冗談じゃないよ!本当だってば・・・・」
「わかった。また新しい子登録しろよ」
「まて、おい!」まだ何か言い続けている智司を無視して、俺は電話を切った。と、次の瞬間、また携帯が鳴ってメールが入ってきた。
『こんにちは、悪魔です』という書き出しで、それは始まっていた。
 俺は何かの悪ふざけかと思った。が、読んで行くにつれて、俺は背筋に冷たいものを感じるようになった。
『こんにちは、悪魔です。私の紹介した恋人が気に入らなかったようですね。仕方がありません。貴方の方が恋人になってあげて下さい』
 画面には「OK」のボタンしか出ていない。選択以外のどのボタンを押しても、携帯はウンともスンとも言わない。俺は「OK」を選択する他なかった。しかし、そのボタンを押した瞬間、俺の視界が大きく揺れだした。
「う、うわぁぁぁ」俺は自分の悲鳴を聞いた。揺れているというよりも、まるでアメーバのようにぐにゃぐにゃと視界が歪んで真っ暗になっていく。そして、自分の身体以外は何も見えなくなった。体中に、奇妙な感覚が走る。身体まで、ぐにゃぐにゃと歪んで波打っているようだ。その身体が変化していく。身体が小さくなり、腰が絞れていく。くびれができると同時に胸と尻は膨らむ。さらさらの黒髪が肩に掛かり、脚や腕は細くなっていった。そして、顔どころか俺の大事なところの感覚までも変わっていく。それが体の中に浸入してくる。そして、詰め込まれるような感覚の後、徐々にその感覚は薄れ、感じたことのない感触が体内から沸き起こってきた。
 変化したのは身体だけではなかった。着ていた服もいつの間にかブラウスとスカートになっていた。そして胸には押さえられているような慣れない感触がある。
 気が付くと、私は携帯片手に何処かの小綺麗な公衆トイレにいた。洗面所の鏡を見て、私は思わず声を上げそうになった。
 何度も手を動かしたり目や口を動かしたりして、それが自分であることを確認した。端から見たら変な人に見られたに違いない。鏡の中には、タレントの菅*美穂によく似た女がいた。そして手に提げられていたバッグの中には、見覚えのない身分証明書や財布から何から何まで、私が別の私になっているらしいことを告げる証拠が入っていた。
“rrrweyy・・・・”
 突然携帯が鳴った。私は不意に自分の置かれた状況を思い出した。
 男の顔写真とメールアドレスが表示されていた。
『貴方はこの方の恋人に選ばれました。制限時間一日・・・・』
 そこでスクロールすれば、全文が読めるはずだった。しかし、私はそうしなかった。脳裏によぎっていたのは友達だった智司の恐怖に満ちた電話の声だった。
 私は携帯のボタンを必死で押した。


「うわぉ!すごいな。本当に菅*美穂によく似てる・・・・」
「え、そうですか?よく言われるんですけど、改めて言われるとなんか嬉しいです」
 心に関係なく、私の口が答える。この人の好みの女を演じ切らなくてはならない。
「なにかご飯でも食べに行こうか」
「ええ!私もおなかぺこぺこ」私は彼に腕を絡めた。
 胃がきりきり痛む。食欲なんて全くない。どうして私はよりによって、こんなどん臭い男の恋人をしてるんだろう・・・
 そんなことを考えつつも、食事は終わり、外はすっかり暗くなっていた。彼に、ぜんぜんさりげなくもなしにホテル街に誘導され、その一つに入る。男の気持ちは分かりきっているし、こうなることはわかっているのだけど逆らえない。
 私は彼になされるがまま、彼の求めるとおりにあんなコトもこんなコトも、あんな格好もこんな格好もしてやった。誰かが、女の方が男よりも数段快感が深いなどと言っていたが、気持ちがイイどころかそんなことを感じている余裕は全然なかった。どうしても彼に気に入られなければならない。それだけに精一杯だった。逆に、どんなに恥ずかしいことでも(自分で***しているのを***るなんて・・・)、どんなに気持ちの悪いことでも(男の**を**るなんて・・・)、うっとりとした顔を作ってやってやることぐらい、何て事なかった。
「じゃ、ここで」
 彼は、私の新しい(?)アパートの前で別れを告げた。
「帰っちゃうの・・・・」私は思いっきり名残惜しそうに、半分は恐怖に震えているのを隠しながら言って見せた。
「ああ、またな」彼は本当に帰るらしい。私は彼の首に腕を回してキスをしてやった。
 唇を離して、私は思いっきり甘えた口調で言った。
「また、会える?」
 彼はニッコリ笑うと私を離して、歩き出した。そして、見送る私を背に、片手で携帯をいじりだした。
 自分の顔が恐怖で歪んでいくのを感じる。そして、暗闇の何処かで、誰かがいやらしく微笑んだのを見たような気がした次の瞬間、何かが起こった。
 私


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 暗闇の中の、無の空間に彼はいた。
 彼は、彼のコレクションを眺め、大きく育った黒い水晶玉と満足そうに見比べた。
 この方法はなかなかグッドだったらしい。整然と並べられた、魂を抜かれた人間の女の抜け殻。彼は、その、人間の妄想の固まりが好きだった。人間の男が妄想する女は、大概にして若く、また地上ではなかなかお目にかかれないぐらいに美しい。
 人間の魂を集めるのは容易ではないが、量を集めれば失った力も元に戻る。しかし彼は、今悩んでいた。
 再び闇の世界に覇を唱えるべきか、それとも・・・・
 悩んでいるうちに水晶玉が光り、彼の手元に新たな人形が現れた。
(やはりやめられんな・・・・)
 彼はイヤらしい笑いを浮かべて、満足そうにそれをコレクションに加えた。

<おわり>

<あとがき>
 こんにちは。
 この話の元ネタは、世にも奇妙な物語の「友達登録」という話です。
(そう、深キョンが消されちゃうやつ)
 あれをどうにかTSに振れないものかと思案した結果がこれでした。消えた子がどうなったのかが一番興味あったんだけどな・・・・あれ。
 本当は主人公を友達の彼女に仕立て上げようとしたんですが、そうすると二人で状況打破してしまいそうなのでやめました(!)。だって、ハッピーエンドじゃつまらないでしょ、この手の話(俺だけか?)。
 ともあれ、久々に思い立って一気に書き上げてみました。私のお話の作風って、ダークなので(笑)読み手さんを選ぶみたいですが(なまいきー!)、最後まで読んで下さってありがとうございます。
 では

KEBO