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イミテーション・ダンディズム

(男らしさが贋物の時代に)

原案 八雲裕紀
作  かもライン


第三章  冷たい現実


ひどく耳障りな雑音の中、俺は意識が戻った。
外がひどく明るい。
様々な音が反響してうるさい。
しばらくして、もやがかかった視界に焦点が合っていき、聞こえてくる音も意味を持っ
てきた。
「高梨くん。高梨くん!」
目の前に、見慣れた丸い顔が見えた。
山崎部長?。なぜだ。ここはどこだ。
そうか、バーチャルダイブだったっけ。つい先程まで俺は高梨真理として、男になった
部長といっしょに50年前の世界にいたんだっけ…。
「あ…部長。先に目がさめてたんですね…」
そう言いかけて、何か違和感を感じた。
「え?。えっええ!!」
声が変に高かった。
高いと言っても、半オクターブぐらいだろうか。
しかし、声質が全然違った。変に高音が透き通っていた。
「え?ひょっとして…何で?」
俺は思わず手を見た。
黒く日焼けした手ではない。透き通る様に白く、細い。爪もすらりと整っていて、綺麗
なピンク色をしていた。
「あ…」
俺は、経験があるぞ。この感覚。
それも、ごく最近…。
その艶めかしい手で、自分の顔を触ってみた。
顔も手で触れられる感覚。
直感的に分かった。これは俺の顔ではない、と。
薄く、すべすべした肌。少しとがったあご。そして成人男子なら、どんなに深剃りして
もざらざらするヒゲあとがあるはずだが、その顔にはなかった。
経験がある、この感覚…。
まさか未だバーチャル・ダイブの途中?。
いや、そんなことはない。
この目に映る手。聞こえる音。肌に当る感触…。バーチャルなどであるはずがない。
「高梨くん」
声のした方を向く。そこには山崎部長、本人がいた。
そう、本人。
「あ・ああ。ぶ・ちょお…」
違和感のある声で、なんとかしゃべれた。
「災難だったわね。高梨クン」
その反対、左側から声がした。振り向く。佐伯聡美がいた。
「あ…」
起き上がろうとした。
身体が重い。思うようにならない。
「あ、高梨くん。無理はしないで」
そう言いながら山崎部長は身体を支えてくれた。なんとか上半身だけ起き上がる。
そこで初めて気が付いた。
ここはバーチャル・ダイブをした、端末やカプセルが置いてあった部屋ではなく、入院
患者の為の病室の様だった。6畳ぐらいの、広くはないが特に何も置いていないから広く
感じる、真っ白な部屋だった。
そして自分はベットに寝かされていて、白衣の様な、いかにも患者が着るような服を着
ていた。ワンピースではあるが、これと同様の服は多分男性でも着るだろうと予想される
から、まだ救いかもしれない。
「部長…俺は、一体…」
低くしゃべろうとしているが、清んだ声の為、どうも違和感のある声で俺はしゃべった。
「説明していいかしら」
左から、佐伯聡美が話し掛けてきた。
「お願いします」
山崎部長はそう言い、軽く頭を下げた。
俺も佐伯の方を向いた。
佐伯の後に、もう一人中年の女性が見えた。
「結論から先に言うわね。高梨クン。あなたの身体は、どうやらこのバーチャル・ダイブ
の360倍速の接続に、異変をきたして、生命に危険が及んだの」
「異変って?」
すると、佐伯の後にいた女性の方が話し始めた。
「血管膨張、呼吸困難、アドレナリンの上昇や、全身の筋肉の硬直とか。でも、バーチャ
ル・ダイブそのものを急速に止めたら、脳に悪影響を与える恐れがあったの」
「あ、あなたは?」
「私は、この研究所の所長をしています、園田順子と言います」
落ち着いた感じの、しっかりしたしゃべり方だった。
「それで仕方なく、脳と身体の方の神経の方を切断させてもらいました。」
「すると、あの、ダイブ中に…」
俺はバーチャル・ダイブ中、突然全身がバラバラになるような苦しみを感じ、意識を失
った。それが、今に一番近い、過去の記憶だった。
「そうね。身体の異変時なのか脳と身体の神経切断時なのか、どちらかがダイブ中の意識
にショックを与えたのだと思うわ。で、当然そのままだと脳も危なくなるから、急遽私の
研究試作品の新生体の方に脳を移植する形になったけど…」
「新生体…」
俺は、白衣に包まれた自分の身体を見た。
透き通る様に白く長い手・指。
白衣の上からでも分かる、わずかに盛り上がった胸。
明らかに女性の身体だった。
「新生体は、受精卵を培養液と外的な神経コントロールで、短時間的に急速成長させた、
人間型の人工生命体よ。1年間で、身体年齢18歳まで成長する以外に、普通の人間と、
ほとんど違いはないけどね」
「お、俺の、元の身体はどうなったんですか!?」
俺は思わず聞いた。
俺自身が、その新生体に入らなければならないくらいの事というと、かなりひどい事に
なっているのでは、という危惧があった。
当然、自分の命に別状がなければ、次に身体を心配するのは当然だろう。
「貴方の身体は…」
佐伯が少し口ごもって、園田所長の方を見た。園田所長は黙って頷いた。
その指示を受けてか、佐伯はリモコンのボタンを押した。壁にかかってあるロール式の
ポリシリコン製の液晶膜とバックの反射膜がスルスルっと伸び、52インチのディスプレ
イになった。
再度佐伯がリモコンのボタンを押すと、その画面に半透明のカプセルが映った。
カプセルの内側が白く曇っているが、その向こうに、見慣れた人影があった。
「お…俺だ…」
白いものが表面を覆い、その顔色もやや黒く変色はしていたが、その顔、その体格は確
かに自分であった。
そしてそのカプセルの中に自分がいて、それを外から眺めている自分に気付き、思わず
身震いした。
「そうよ。あなたよ」
佐伯は言う。
「お、俺は、どうなっているんだ。俺は、俺は元の、あ、あの身体に戻れるのか?」
やや興奮気味に、俺は叫んでいた。
「今の時点で言えば、無理ね」
園田所長が、冷たく言い放つ。
「む、無理ってなぜ?。だって、あれは俺の体で、」
「外傷は見えないけど、あの身体の内臓や血管はボロボロよ。今、あの身体を解凍させて、
あなたの脳を戻しても、すぐ死んでしまうわ」
「な、治せないんですか。その身体を…。俺の身体を…」
「今の、医学じゃ無理ね…」
俺は、目の前が真っ暗になるのを感じた。
身体が、ギュギュっと絞めつけられ、股間のものが萎縮する感じがした。
萎縮する感覚はあっても、現実には既に、その萎縮する股間のものがなくなってしまっ
てはいたのだが…。
「あ、あの…新生体で、その…。男の新生体はなかったんですか」
声や体に違和感を感じながらも、何とか訴えるように言う。
「ええ。男で新生体が作れれば、それこそノーベル賞ものね」
「ノーベル賞もの…ですか」
「新生体はもともと、畜産や養殖用に作られた技術だから。それを私が、人間でも出来な
いか研究していたの。なぜか、女性だと簡単に成長してくれるのに、男性だと胎児状態以
前に異変が起こって、死んでしまうわ。その原因を追求出来れば、今、なぜ男が生まれな
いのかが分かると思うのよ。まだ、研究中ね」
その言葉に、俺は最後の希望をもつぶされてしまっていた。
「じゃ、俺は…」
俺は、肩を抱いて震えていた。
認めたくない事だった。
バーチャル・ダイブの中では、仮想現実と割り切って行動できた。
現実に戻れば男に戻れるから、仮想現実を楽しむ事も出来た。
しかし…。今は…。
「高梨くん」
俺の身体を支える様に、山崎部長が抱いていてくれる。
でも…。
でも、今の俺は…。
俺の身体は、実験用の体の、女、なんだ…。
叫びたくなる気持ちをなんとか、抱きとめてくれる山崎部長の暖かさで、抑える事が出
来た。
「ない、こともないのよね」
静寂の中、ポツリと佐伯が言った。
「ど、どういうことだ?」
突然の一言に、動揺を隠せず、俺は言った。
「リグバグダ…って、知ってる?」
「リグバグダって?…」
「あの、奇跡の液体の事?」
俺の背後から、山崎部長が聞いた。
聞いた事がある。
某国でしか製造できず、製造方法も謎とされている、奇跡の薬。
曰く、切断された手をその液体に漬けていたら、なくなった手首が生えてきた、とか。
曰く、末期ガン患者が、毎日服用を続けて完治させたとか。
曰く、全身大火傷の患者の体にそれを染み込ませた包帯でくるみ、翌朝には新しい皮膚
が出来て完治した、とか。
曰く、マシンガンで撃たれた者が漬かっていたら、中から全ての銃弾が摘出されて、傷
口もふさがった、とか。
あまりにも凄い効能のため、各国医療関係者が、喉から手が出るくらい欲しいシロモノ
だが、購入はひどく困難で、値段も目が飛び出るくらい高い。
「そのリグバグダに漬ければ…もしかしたら…」
「そんな。佐伯さん。分かってるの?」
驚いて叫んだのは、園田所長の方だった。
「ある程度はろ過したりして、劣化を押えるとしても、全身漬け込むようなリグバグダ、
一体いくらかかると思っているの?」
「おそらく、再利用に再利用を重ねて、利益・掛け値なしで、一日100万くらい…」
「確かに彼の事故の責任は、こちらにあるわ。でも、そんな治るかどうか分からない事に
これ以上、お金はかけられないわ。それにもう、保険も降りない。既に実験用の新生体も
使ってしまっているのよ」
実験用の新生体。
これだって、かなりの費用がかかっているのだろう。
何より、そんな事があってなお、俺は生きているのだ…。
これだけでも、凄い事だ。
凄い事だとは分かっている。
しかし、今、このままでは…。
俺は、深呼吸して覚悟を決めた。
「やってください」
「「えっ?」」
佐伯、園田所長の2人の声がハモった。
「リグバグダの費用は、俺が借金してでも返します。だから、やって下さい」
「いいの?。いくらかかるか、それ以前にそれで治るかどうかも分からないのよ」
園田所長が聞いてきた。
「い、いいです。それしか、俺が、男の身体に戻る方法はありません。それに、俺の身体
が治れば、この新生体の身体も返せます」
「わ、私はその新生体の体が惜しくて、言っている訳じゃないのよ」
と言う園田所長を押しのけ、
「いいじゃない。私も協力するわ」
と、佐伯が俺の前にやってきて、手を握った。
「高梨クンは、やっぱり高梨クンじゃないとね」
「聡美…」
俺は昔の、恋人時代だった時の呼び方で彼女を呼んだ。
「でも、今日は高梨クンは休まないと。まだ脳移植の疲れで、身体が万全じゃないし…」
そう言いながら聡美は、山崎部長の腕を払い、俺をベッドに寝かせた。
「ゆっくり休んで、全ては明日から」
手を払われて、山崎は身支度を整えた。
「そうね。じゃ、私は帰るけど、困った事があったら連絡してね。何でも相談にのるから」
「あ…すみません部長。だから、俺…」
帰ろうとする部長に、最低限、伝える事があった。
「分かっているわ。しばらくあなたは休職扱いにしておくわ。その間の中継ぎは安藤くん
にしてもらうから、あなたは治ったらすぐに復帰して。職場は私の方で手続きしておくか
ら」
「お願いします」
寝た状態で、俺は山崎部長に頭を下げた。
「私達も一旦出るわ。少し休みなさい」
そう言いながら園田所長もドアに向かって出て行った。
「頑張りましょうね」
聡美が俺の唇にキスをして、ウィンクして出て行った。
俺は部屋に、一人になった。
「頑張りましょう…か」
俺は聡美が残していった唇の感触を思い出して、シーツを被った。

その夜。園田順子の部屋。
園田順子と佐伯聡美は裸で唇を吸い合っていた。
「何であんな事言ったの?」
少し怒った口調で順子が言った。
「あんな事って」
とぼけた様に聡美が聞き返す。
「あのまま納得させて帰してしまえば、あの身体はすぐ私のものになったのに…」
「そんな事をしたら、身動きも取れないわ。あのまま帰していれば高梨は執拗に自分の身
体について調べまくるわ。そしたらバレるのも時間の問題。それより、合法的にあの身体
を手に入れないと…」
「出来るの?」
「任せておいて」
聡美はそう言いながら、順子の胸をもみ、人差し指と親指でその乳首をつまんでくねら
せた。
あん…、と順子は小さな声を上げる。
「私は、何としてでもあの男の体が欲しいの。生かせておけば無尽蔵に手に入る、男の遺
伝子が、細胞のサンプルが欲しいの。その為なら新生体なんか、全然惜しくないわ。既に
完成してしまった研究成果なんか」
胸とうなじを同時に責められながら、順子は聡美に言い聞かせた。
何十回となく、言い聞かせた言葉だった。
「あなたの言う様に、男ビジネスは今後伸びるわ。バーチャル・ダイブで、男感覚という
のも、売上に貢献すると思う。その為に、視覚・聴覚のレベルを落としてでも、触覚、特
に性的な快感を得られるようにする感覚は、より力をいれたつもりよ」
聡美はそんな順子の言葉を聞いているのかいないのか、唇に這わせていた舌を、あごか
ら胸へ、胸からへそへと降りていった。
「男の生きた遺伝子さえ手に入り続けるなら、私は出生の謎を解き明かしてやるわ。そし
て男を大量生産してやる。私なら出来る。私なら…あ、あん!」
へそから降りていった聡美の舌は、ついに順子の秘所をさぐりあてた。
舌が、その割れ目を嘗め上げる。
割れ目の中から、ぷっくり頭を出したクリトリスを唇で吸う。
奥へ奥へと、ペチャペチャ舌を這わす。
「あ・あ〜ん。あ、いい、いい〜っ」
もはや、完全に順子は聡美に翻弄されていた。
女同士の快楽に没頭しながらも、聡美の目は何かを画策していた。

いつの間にか眠っていたらしい。
目が覚めると、もはや部屋には部長も聡美もいなかった。
他に誰もいない、真っ白な病室だった。
「つっ!」
ふと頭痛を感じて頭に手をやる。柔らかで長い髪が指にからんだ。
「あ…そうか…」
その感触が、改めて自分が自分でない事を実感させた。元の身体の時の髪は、自然にし
ていても髪がやや逆立つくらい短く、太く、そしてくせ毛であった。
はぁ、と俺はため息をついた。
こうなってしまったら、今更あせっても、じたばたしてもどうにもならない。
とりあえず、俺は身体を起こそうとした。
しかし、妙に身体には力が入らず、首と肩がやや持ち上がるくらいだった。
その時、部屋のドアが『こんこん』と鳴った。
俺が『誰か』と思う間にドアは開き、ノックの主は部屋に入ってきた。聡美でも部長で
もなく、白衣の女性だった。歳は分からないが、30代以上という事はないだろう。ここ
の研究所員だろうか?。看護婦に見えない事もない。。
「お目覚めになりまして?」
鼻に抜ける、可愛い声だった。
「あなたは?」
とりあえず、相手が何者であるのか分からないと、こちらとしてもどう反応していいの
か分からない。
「はい?この病院の看護婦ですが」
本当に看護婦だったのか。
まてよ。病院?。
「病院って、ここ、病院だったんですか?」
変な言葉を使って、今の状態を長々と説明するより、不自然じゃない言葉を選んで話す
様にした。いきなり女言葉は無理だが、男言葉を押さえる事は何とか出来そうだ。
「ええ。多分あなたが言っているのは、ここが総合研究所じゃなかったかしら、という事
でしょう」
「はい」
「その研究所でしたら、そこに」
看護婦さんはカーテンを開けた。
明るい、外のすぐ向かいに建物が見えた。
「病院と研究所は同じ敷地内で、渡り廊下で繋がっていますから」
そうだったのか。なるほど。
俺はとりあえず身体を起こそうとした。とたんに、ふらっとした。
「あ、安静にしていないと」
看護婦さんが駆け寄って、身体を押さえる。
「新生体はずっとカプセルで成長してきていますから、身体を動かす神経がまだ完全じゃ
ありません。徐々に慣らしていかないと…」
しかしこちらにもこちらの都合がある。
「あ、あの…」
「はい」
「トイレに行きたいんですけど…」
「あ?。ああ、はい」
看護婦さんは、ベットの下から尿瓶を出してきた。
「それは絶対に嫌です」
俺はきっぱりと断った。
「仕方ないですね。本当は今の状態で立ったり歩いたりは、出来るだけしない方がいいの
ですが、支えましょうか」
看護婦さんは俺の身体を抱く様にして起こし、床に立たせてくれた。足に力が入らず、
グラっときたが、看護婦さんに寄りかかって耐えた。
足もとのスリッパを履くと、看護婦さんは本格的に肩を貸すようにして支え、歩ける様
にしてくれた。
こうして横に並んで初めて分る。
この看護婦さんも、あまり背は高いほうではないにしろ、俺の背は彼女よりは低かった。
体重も多分そうだろう。軽々と支えてくれている。
「歩きますよ」
「はい」
俺は、あまり言う事を聞かない足を引きずる様に動かして歩いた。
廊下に出る時のドアの高さと比べ、俺は自分の身長が155センチくらいと推定した。
看護婦さんは、トイレの個室の洋式の便器に座るまで支えてくれた。
「あと、やり方は分るわね」
「分ります!」
俺はムキになって個室のドアを閉めた。
「何かあったら呼んでね。外で待ってるから」
個室の外から看護婦さんの声。
いい人なんだろうけど…。
今の俺にはその看護婦さんの過剰な親切がかえって心苦しいものもあった。
でも、さて。
俺は何とか用を足すべく、身体を見下ろした。
白衣というか患者服はワンピース状になっていた、そのすそを大きく捲り上げる。
その白い肌の太ももの上に、肌よりも白く小さいショーツが見えた。その股間には当た
り前の様に何も無かった。
知識的に理解はしていても、こうして目の当たりにしてみるとショックはあった。
俺は胸に手を当て(当然ふにゃっ、となったが)バーチャル・ダイブの時の事を思い出
していた。
俺は…俺は…今は、今は女なんだ。
女なんだから、股間にアレがないのも当然じゃないか…。
自分自身に言い聞かせながら、心を落ち着かそうとしていた。
そして決心して一気にそのショーツを下ろした。
薄い陰毛の向こうに、女性器が見えた。
肉ひだが縦に割れていた。
女性器は、見慣れている程見慣れている訳ではないが、幸いにも何度もお目にかかって
はいたので、それが一応女性器である事は分ったし、そういう意味のショックはなかった。
自分についているのを見たのは初めてだが。
『一応、こうでいいんだよなぁ』
尻の下に踏んでいた白衣をまくり、便器に座り直した。
そこで緊張感を解放した。
当たり前だが、女性としておしっこをするのは初めてだった。バーチャル・ダイブでも
そこまではしなかった。というかしなくて済んだ。
ぴっと、最初の一条が身体の外に出ていった。
男の時に感じていた肉の筒の内側を通っていく感じは当然なく、もっと内側から直接漏
れていくような、こすれているような不思議な感じだった。
いく筋かは分れ、お尻を伝って落ちていく感じが、くすぐったかった。
すべて出し尽くした後も、まだ残尿感があったが、しばらく待っても出てくる様子が無
かったので、思いきってトイレットペーパーを取り、いくつか折りにして股間とお尻を拭
いた。
違和感が、手と股間の両方にあったが、何も考えないようにして再度トイレットペーパ
ーで拭き、ショーツを持ち上げた。
座ったまま便器の水を流し、ドアを開けた。
目の前に看護婦さんがいた。
それまで何ともなかった筈なのに、看護婦さんと目が合った瞬間、顔が真っ赤になって
しまった。
「どうだった?女の子としての、初めてのおしっこは」
「え?」
思わず、俺は看護婦さんの顔を見上げた。
「し、知ってたんですか?」
看護婦さんは両手を腰にやり、
「当然でしょ。一応患者のカルテには一通り目ぐらい通すから」
俺は再度顔を真っ赤にした。

その後、看護婦さんに再度部屋まで肩を借りて運んでもらい、病室にて汗をかいた身体
を濡れたタオルで拭いてもらった。
女性の身体を他人に触られるのには多少抵抗もあったが、全ての事情を知られている為
か、何となく気が許せた。
「男の子だったから、この身体には何かと抵抗あるかもしれないけど、まずは慣れる事ね。
幸いというか、新生体だから脳と神経と全身が完全じゃない分、リハビリの様な事をしな
いといけないから、その身体が慣れる頃には、その体にも慣れるでしょう。あせらず、ゆ
っくりやりましょう」
そう言いながら身体にシーツをかけてくれた。
「それじゃ、また来るわね」
彼女が部屋を出ていって、気がゆるんだせいか、また俺は眠りに入っていた。

「やほーっ。元気ぃ?」
聡美が勢いよく病室に入ってきた。
「元気なわけないだろ」
俺は、寝た状態で首だけ聡美の方に向いた。
「あ、ダメじゃない。せっかく可愛い格好しているんだから、可愛い言葉使わないと」
「好きでなったんじゃないし、身体さえ治れば、元の男に戻る」
「治るってはっきりした訳じゃないけどね」
いきなり直撃弾が炸裂する。
俺は思わず胸を押さえた。
音はしないが、ぷに、という音が手のひらを通して伝わってきた。
「で、どうしたの?何かあったの?」
俺はちょっと不機嫌だった。
なぜなら俺がこの身体に入った日、望みがあるような事を言っておいて、この3日間、
音信不通だったからだ。
部長は一回、見舞いに来てくれた。
会社の方は、急病で入院したことにして(どれほど違うかは知らないが)しばらく休職
扱いにしておくから心配しない様にという事。
あと絶対に会社の人達に見舞いになど来ない様に、釘をさしておいてくれた事。
特に後点はありがたかった。
こんな姿を、他の誰にも見られたくなかった。
その手前上部長自身も、ここにはそう来れない事。
部下達に行くなと言っておいて、自分がひょいひょい行ける筈がなかったからだ。
帰り際、心配そうな顔でこっちを見ていた。
俺は「心配ない」と笑って答えていた。
だから部長が来れないのは仕方ない。
でも聡美は、職場は同じ敷地内だし、一応昔の恋人だし、俺が唯一元の身体に戻る方法
を知っていて実行に移せる人だし、説明にぐらい来てもいいんじゃないか?せめて進行状
況の説明くらいの為に。
そう、俺が思っている事に気付いているのかいないのか、ずけずけと俺の病室に入って
きて、壁掛けのモニターのリモコンを押した。
前回同様、するするっと50インチの薄膜液晶モニターが広がり、電源が入った。
「な、なに?」
「いいから、黙って見て」
やがて、モニターにはカプセルが映った。
カプセルがズームアップする。
「あ…俺か…」
ただし、今回のカプセルは冷凍ではなく、水槽状になっていた。
入っている液体は、透明ではなくかなり赤みがかっていた。中の俺の顔も何とか見える
くらいの透明度だ。
カプセルの中の俺は、口にマスクのようなものをつけられ、多分それで息をしているの
だろう、時折空気の泡が漏れる。
「これは?」
俺は、にやにやしている聡美に尋ねた。
「やっとリグバグダが手に入ったわ。それで解凍して再生に入ったの」
「再生…」
そこで初めて俺は、具体的に俺の身体が治す具体策に入った事に気付いた。
「治りそう?」
「さぁ、まだ始めたばっかりだけどね。でも覚悟しないと。液の再生・活性に一工夫入れ
たから多少下がったけど、これでも毎日50万からの出費が始まるのよ」
聡美はのほほんとした口ぶりで言う。
「ところで、あなた。どれくらい貯金ある?」
俺はサラリーマン生活始めて5年間、貯めこんだ金額を言った。
「1週間分ってところね。2週間でも治らないかもしれないのよ」
「で、でも、何もしなければ、全く治らないし…」
俺は困った顔をした。
「それに今のあなたには、働いて返す方法もないし…」
「そ、そんなこと。俺が元の身体にさえ戻れば…」
「千万単位の出費になっても、あなた、払いきれる?」
「そ、それは…」
俺はさらに表情が暗くなった。
それを見透かしてか、聡美はわざと明るく言った。
「でも、今の時点でそれだけのお金があるのなら、ひとつ私に投資してみない?」
「と、投資って?」
すると聡美は電子ペーパーのバインダーに入った、フルカラーの説明書を出して見せた。
「短期で高利をねらうとしたら、先物しかないわ。」
「先物…。でも、ハイ・リターンという事は、当然ハイリスクなんでしょう?」
「まあね。」
聡美は口をあいまいにごまかし
「もし、何だったら、全額とは言わないわ。100万だけ、あたしに預けてくれる?」
「100万…」
俺には大金だ。
「でも、リグバグダ2日分よ。高利で返って来たら、4日分・1週間分にもなるかも」
何もしなければ、2日でなくなる金か…。
「世の中、何もなしに100万円儲けようと思ったら、真面目に働くしかないけど、元手
があって100万浮かせる事は簡単よ」
そ、そうなのか…。
それに、どうせ何もしなくても2日分のリグバグダ代金…。
俺は深呼吸して、決断した。
「分かった。ネット通して、俺の貯金を引き出せる様にしておく」
それと委任状を1筆書いた。
これで聡美は、俺の口座から自由に引き出す権利を持ったわけだ。
「じゃ、これ預かるから」
聡美は書類をまとめた。
「これ、どうする?」
モニターには、相変わらず、俺が映っている。
「消さないで…」
そのモニターを消したら、俺の姿まで消えてしまいそうな気がしたから。
「じゃ、いいわ。頑張ってね。」
そう言いながら、聡美は出て行った。
俺はただ、モニターを見つめていた。。
そこにいるのは、本物の俺だ。現実の俺だ。
俺は、思わず自分の今の姿をみて、モニターの自分も見て、静かに涙をこぼしていた。

徐々に身体は思い通りに動くようになってきた。
毎日がリハビリであった。
入院して2週間が過ぎ、リグバグダの借金は500万を超えた。
しかし、投資の方も予想以上に伸びた。120万円分投資し、当時1g1200円だっ
た金は、1300円に、急速に値を上げた。
そしたら儲かったのは10万円かと言うとそうではない。グラム1200円の場合なら、
6万円の投資で1キログラム分の先物ゲームに参加できる。つまりは120万円の投資で
20s分の相場を張れるのだ。
結果、グラムで100円値が上がったから、かける20sとして200万の儲けになっ
た。リグバグダと収支すれば、それでも300万円の赤字だが、掛け金を増やせば利も大
きくなるだろう。
先程儲けた、200万もひっくるめて、600万円分聡美の薦めで、ゴムにつぎ込んだ。
今、ゴムはキロ200円だから、600万だと500トン分に相当する。
これで値上がりが、200円から210円になるだけで、500万の儲けになるという。
こんなことで、あっさり大金が稼げるとなると真面目に働く事が馬鹿馬鹿しくなるが、
別に大もうけしたい訳ではない。リグバグダの治療費をいくらかでも稼げればというのが
本音だ。働く事は嫌いではない。いや、今身体が丈夫で働けるのなら、借金があっても働
く事に没頭する事で忘れられるが、今の身体で、また今の体調では何も出来ない。
このマネーゲーム以外には。
二週間経ち、三週間目にして、ようやく俺も普通に生活する程度には体調は回復した。
リハビリに協力してくれた、例の看護婦さんのお陰でもある。

看護婦さんが持ってきてくれた夕食を、物足りなく思いながらも全部食べた。最初に比
べて、病院食も普通の食事になっていた。最初は胃に負担がかからないお粥やスープみた
いなものばっかりだったので、トイレも近く、それはそれで困惑もしていたのだが。
「この分だと、退院しても大丈夫ぐらいに身体もなれてきたみたいね」
夕食のトレイを下げながら、看護婦さんが言って来る。
「でもボクの場合は、あくまで元の身体に戻る事が完治状態だから」
「そんなに元の身体に戻りたい?」
「当然でしょう」
俺はきっぱりと答えた。
「そう、もったいないわね」
そう言いながら、看護婦さんはベットの横に腰掛ける。
「貴方、この身体がどれぐらい素晴らしいものか知らないでしょ」
「す、素晴らしいものって?」
「例えばね…」
看護婦さんは坐ったまま少し近付いてきた。
「現代人につきもののアレルギーや、身体に染み付いた悪玉の細菌関係を全て排除してし
まっているから、アトピーも花粉症も虫歯も、盲腸炎にすらならないわ」
「花粉症かぁ」
アレルゲンは親・子・孫へと蓄積され、濃くなることはあっても薄まる事はないから、
現代においては深刻な問題である。
ちなみに俺は運良く花粉にアレルゲン因子は持っていないが、やはり花粉の季節には鼻
や目や喉をやられる。ひどい連中などはほとんど宇宙服の様なものを着て生活している。
「それだけじゃないわ。内臓や各種機関の悪因子は全て排除しているし、ガンの因子もほ
ぼ取り除いてあります。また、視力・聴力などの感覚関係も上がっているはずよ」
そういえば前の身体の時はコンタクトをして0.5だったが、今は何もしなくても遠く
の文字もよく見える。
「それにね」
看護婦さんは俺の白衣の隙間に手を入れてきた。
「な、何をするんですか」
「こっちの方の感覚は、一般人の何倍も感じるはずよ」
そう言いながら看護婦さんは、俺の服を脱がせにかかった。
「やめて下さい」
俺は抵抗した。しかし、圧倒的体力も体格も劣った俺の抵抗などものともしていないよ
うだった。
服はあっさりはだけられ、ショーツも一気に引き下ろされた。
看護婦は自らの服をも脱いでいった。
「あなた、ここを自分でいじった事ある?」
看護婦の指は、ショーツで隠されていた一点をさらっとなでる様に動いた。
「あ…」
不覚にも、それだけで感じてしまった。
股間の奥から濡れてきているのが分かった。
「あら?感じちゃったのかしら。でも、いいのよ。それが女の子だから」
「お、俺は」
「でも、今の身体は女でしょ」
そう言いながら、看護婦さんの指が、ぐぐっと俺の中に入ってきた。
「や、嫌だ…」
「嫌じゃないでしょ。イイんでしょ」
看護婦は組み伏すように俺の身体を押えた。体力差もあり身動きできないし、感じると
ころを触られて力も出ない。
いや、心の奥ではそれをもっと求めていたのかもしれない。
「何しているの?」
振り返った。そこに聡美がいた。
佐伯聡美は腕を組んで、俺達を見下ろしていた。
「佐伯さん…!」
ばつの悪そうに、看護婦も服を身につけていった。
聡美は看護婦を見下した。
「さっさと出て行きなさい。それともこれも所長の言いつけなのかしら」
「し、失礼します」
服も乱れた状態で看護婦は出て行った。
俺はぽつんと残された。
「聡美。いきなり、何の用だ」
変な所を見つかった様で、ムキになって俺は言った。
「これを見て」
聡美はプリントアウトされた紙を、俺に突きつけた。
先物の速報、価格表だった。
それを見て、俺は愕然とした。
「ひゃ、175円?。何でこんなに」
俺が、キロ200円で買っていたゴムが、175円まで下がっていたのだ。
「急激な大暴落。追い証も入れられず、180円のところで私が差し戻ししておいたけど、
元金の600万を入れても400万円のマイナスよ」
「よ、400万のマイナス…」
ゴムが急激に下がった瞬間、俺は貯金どころか、借金までつくったことになる。
「リグバグダも入れて今、約1千万の借金ね」
「一千万…」
俺は目の前が、真っ暗になった。
「どうする?まだ、続ける?」
今、俺は貯金どころか借金まで作り、さらに治る見込みのない治療に、1日50万づつ
つぎこまないといけない。1週間か、2週間ぐらいでめどがたてばと思ったが、俺の身体
も良好状態になったとかなってないとかも聞かない。
「続ける・止めるもなにも、やめることなんか出来るのか?」
「出来るわ。今なら」
聡美はケースから、書類を一枚出した。
「これにサインさえすれば」
「こ、これは…」
それは『高梨徹』の身体に対する、一切の権利を放棄するという書類だった。
「あなたがこの書類にサインすれば、これまでかかった治療費の支払い義務はなくなるわ。
治療費はあくまでその身体にかかっているわけだから」
「でも、そうしたら俺は、もう」
「元の身体に戻れなくなるわ。でも、この先の分も含めて治療費払えて?」
「む、無理だ…」
先行き見通しが立たない費用には、もうこれ以上付き合えない。
「なら、ここにサインして。他にもあるから」
俺は仕方なく、聡美が出した書類一枚一枚に、サインをしていった。目の中に入るもの
全てにもやがかかり、ろくに内容も見ていなかった。
聡美は全ての書類を見直し、満足そうな顔をした。
「じゃ、今日はもう遅いから明日、所長達と話をしましょ」
そう言いながら、聡美は書類を大切そうにしまい、病室をでていった。
相変わらず、唐突に来て、唐突に帰ってしまった。
また、一人残された。
突然震えがきた。
思わず肩を抱いた。
『オレは、いやもう私は、ずっとこの身体なんだ。男にもどれないんだ…』
腕にあたっていたその胸に、組んだ腕を外して、そっと触った。
小ぶりだけど、確かに存在を主張している、女のおっぱいだった。
『この身体で、ずっと生きていかないといけないんだ…』
そのおっぱいを、ぐっと握った。
痛かった。
痛かったが故に、それが自分の胸であることを、改めて確認していた。
『この身体で、この身体で、この身体で…』
そう思った時、思わずもう一つの手が、ショーツの中に入っていった。
当然そこに、男のモノがあるはずはない。
女の、縦に割れたスリットだけだ。
この2週間、あえて自分から触ろうとしなかったところだった。自分が女である事を認
めたら、もう2度と男に戻れない様な気がして。
でも、どっちにしても、もう戻れない。
2度と、戻れない。
そう思ったからこそ、手がそこにのびていた。
指がスリットの、その奥を探っていた。
指が肉ひだを包まれる感覚。
身体の奥に、指が入ってくる感覚。
触る感覚と、触られる感覚を同時に感じていた。
指を動かした。
身体の奥が、ぞくり、ときた。
これが、女の感じなんだ、と改めて実感した。
もう片方の手が、乳首をつまんだ。
男の時には感じなかった何かが走った。
「ああ…」
思わず声が漏れた。
「んっ!」
指がエスカレートした。
感じていた。女の感覚を。
「ああ…ああ…」
止まらなかった。指が…。
その夜、私は何度も達していた。

何時の間に寝入ってしまったのだろう。
気が付いたら外はすっかり明るくなっていた。
起きようとして、服もショーツも乱れている事に気付き、あわてて身を整えた。
そして昨夜の出来事を思い出し、思わず顔を赤らめ、次の瞬間、醒めた。
そうなんだ。女なんだ。
私はもう、これから一生を、女として生きねばならないのだ。
しかし今の世の中では、女であるほうが自然だから、そのうち慣れるだろう。
というより、否が応でも慣れざるをえないだろう。
意味もなく、涙が流れた。
今の今まで、心まで女になどならないと思っていたが、強い意志や強い自我は、やはり
強い身体に宿るもので、今の私にはもはやそんなものはない。
もはや、身も心もひよわな女に成り下っていた。
ふと、そんな時、
コンコン
と、ノックの音が聞こえた。
「だ、誰?」
私は思わず、白衣の胸元を押えた。
ガチャ、と音がして、誰かが入ってきた。
「え?」
私はその人をみて、再度びっくりする事になる。
「やぁ」
その人は、気さくに手を上げる。
「な、なぜ?…」
私は目を疑った。
その人はつかつかと部屋の中に入ってきた。我が物顔で。
そして堂々とベッドの横の椅子に腰掛けた。
私はその光景が信じられなかった。
なぜなら、そこにいたのは、間違うはずもない。
私が
元の私ががそこに、すぐそこにいた。
「身体の調子はどうだ?。もう、その身体にも慣れたころだろう」
その声は、ある意味懐かしい、自分の声だった。
「な、何?。なんで?。なぜ、私が…」
私の元の身体は、カプセルの中で治療を受けているはずだった。
治療を受けているからこそ、私は元に戻る事が出来ず、また毎日毎日、大金が必要にな
っていた筈だった。
そしてそれは、昨日諦めた事だった。
忘れた筈の事だった。
「だ、誰?あなたは」
「分からないか。俺が誰か」
「違う!」
何が何だか、全く分からない状況で、頭の中がパニックだった。
「身体の方じゃない。その身体に…」
その時、重要なパズルの1ピースが、パチリと音をたててはまった。
「聡美か?」
「ピンポーン」
彼(?)はおどけたゼスチャーをまじえて言った。
「嘘だったのか」
そう考えた方が辻褄が合う。
いきなり重体になった元の身体。
世界レベルで貴重なリグバグダ。
とってつけたような、先物の急暴騰・急暴落。
全ては私が外に出られない、この建物の中で起こった出来事だ。
「でもここにサインを貰った時点で既に事実」
そう言いながら、元の私は昨日の書類を見せた。
私が、元の私の身体を放棄するという一連の書類だ。
「それに、私の名誉の為に言っておけば、あなたが作った借金も事実。あなた自身が先物
に手をだした結果で、その記録は残っているし」
それも落ちついて考えてみれば、事前に値段の動きが読めれば出来る事だろう。
でも、暴騰する事が分かっていて、売る奴はいない。
暴落する事が分かっていて、買う奴もいない。
聞いた事がある。
向かい玉。
売り手と買い手があれば、カラ売りカラ買いでも取引が成立する。
その向かい玉の相手は、聡美だ。だからこの取引は、基本的に暴騰しようが暴落しよう
が、プラスマイナスゼロにしかならない。
相手を陥れる気がなければ…。
落ち着いて考えてみれば、何でもない事なのに。
端から見れば、騙す・騙されるなど、ミエミエなのに。
余裕がなく、何も見えなくなっていたんだ…。
「でも借金ごと、あなたは頂くことにしたから、あなたはもう借金についても考えなくて
いい。」
そう言いながら、私になった聡美は手首のリングをみせる。
「あ、それは…」
見せられて初めて気がついた。
IDリング。
現代における、全ての身分証明の証。
普通の状況では盗まれても、悪用はほぼ不可能だ。
指紋、瞳孔、顔写真、DNAまでのデーターと照合されるから、本人以外には使えない。
でも、その全てのデーターの持ち主は、今の聡美の方だ。
「あなたがもし今の姿のまま、ここを出て行っていたら、このIDリングもその身体に合
わせて変更出来た。でも、今は違う。今は、俺が高梨徹だ。そして、あなたは」
「あ…」
そこで初めて気がついた。
聡美にIDを取られてしまうと、自分にはもうIDはない。
国籍もない。
名前もない。
そして、この身体は…。
「今のあなたは、ただの新生体。しかもIDがないから、この研究所の製品っていう事に
なるな」
「わ、私は…」
男でない事は分かった。高梨徹でもなくなったことは分かった。
でも、人間ですらなくなった事までには気付かなかった。
現行の法律上では、私は人間として扱われない。
気がつくと私は、目に涙がうかんでいる事に気付いた。
悲しくて?情けなくて?
いや、もう自分でも訳が分からない。
「な、なぜこんな事をするの?」
「さぁ」
聡美はとぼけるような口ぶりで言う。
「私と結婚してくれなかったから、っていうのはどう?」
「でもそれは!」
それは何か違っている。
結婚するとか、恋人するというのは両者共の意思だ。片方だけの意思ではない。どんな
に強くても…。
「私はあなたに尽くしたわ。色々と。でも、あなたは私を捨てた」
「捨てたんじゃない。聡美の勝手さに、ついていけなくなったんだ」
聡美は自分に対して、どんなに大切に、どんなに一生懸命尽くしているようにしていて
も、自分を一人の人間としてではなく、自分のパートナーとしてしか見られていなかった
と気付いた時、また自分に尽くす為、他の人間すら犠牲にしてまで尽くそうとしていた事
が分かった時、私は凄く恐くなった。
一緒になどいられないと思った。
聡美は、純男だったら誰でもよかったのかもしれない。
近くにいたのが、私だったというだけで。
「復讐…か?」
私は、その聡美を見上げるようにして言った。
「そうかもね。あなたから全て奪ってやろうかなって。それと、どうせなら純男になるの
もいいかもしれない、とかね」
計画、だったのか。全ては…。
「で、このままあなたを置いて出て行っても良かったんだ。でも、もう一つ面白いことに
気がついてね」
「な、何?」
これ以上、何をする気なのだろうか…。
「あなた、人間に戻りたくない?」
「ど、どういうことだ?」
今更、その身体を返そう、とかいうのではないだろうが。
「これ、な〜んだ?」
聡美はポケットから色違いのIDリングを出した。
「あ…」
今、聡美は私のIDリングをつけているから、もともとの聡美のIDリングは余ってい
たのだ。もし、私がそのリングを持って新生体への変更手続きを取れるなら、私は佐伯聡
美ということになってしまうが、少なくとも日本国籍を持つ人間には戻れる。
「欲しい?」
「欲しくない、といったら嘘だ。でも」
「でも?」
「何が条件?タダで…っていうことじゃ、ないんだろう」
「そうね。」
聡美は考えるフリをした。
フリだろう。既に頭の中にシナリオは出来ているはずだ。
「私と結婚してもらおうかな」
「結婚!?」
私は耳を疑った。
「そう。でも、あなたは聡美。私は徹。立場は逆だけどね」
そうなれば私の一生は、ある意味聡美の所有物。
でも受けなければ、私の立場は、この研究所の製品、もしくは実験生物。
どこに売られるのか。またモルモットとして生きていくのか。
「どうするの!?結婚するの。しないの」
聡子は大声で迫った。
結婚するも地獄。しないも地獄。
でもどうせ地獄なら、まだ叫喚地獄より等活地獄の方がまだまし…。
「します…」
「え?何って」
聡美はわざと聞き返した。
「結婚します」
「違うだろ?結婚して下さいだろ」
野太い、迫力のある声だった。
「け、結婚して下さい!」
私は叫んでいた。
「そうそう。そういう風に素直にならなきゃ」
聡子、いやもはや徹になりきった彼は、私の頭をくしゃくしゃとなでた。
「じゃ、いつもやっていたヤツを、あんたにやって貰おうか」
そう言いながら、彼はズボンのジッパーを下ろし、中のモノをだした。
「ひぃっ」
私は思わずひるんだ。
そのモノにひるんだのではない。
そのモノは元々、私のモノであったから、ある意味見慣れていた。
ひるんだのは、その先の行動だった。
元々、性行為に積極的ではなかった私に、聡子はいつもフェラするところから始めた。
そこから始まってはいたが、私は一度もそれを強要した覚えはなかった。
しかし彼が私に強要するという事は、今までの聡子がやっていたことを“私が”しなけ
ればならないという事。変態じみた行為も含めて。
その事実に私はひるんだのだ。
「どうなんだ。結婚したくないのか」
「し、します。させて下さい」
私は彼の機嫌をそこないたくないから、従順な態度で返事をした。
そしておもむろに、そのモノの目の前にかがんだ。
既に大きく起立していた。
ソレの根元を両手でつかみ、一度ソレの先まで指をはわす。
『これは、かつて私のものだったんだ…』
と一度、感慨にふけり、一気に目をつぶってソレを口に含んだ。
とたんに嫌な匂いが口と鼻を刺激し、吐き気をもよおしたが、何とか耐えた。
「咥えておしまいか?」
「い、いえ」
私は、その先から根元まで舌をはわせたり、咥えて上下させたり、かつては自分がされ
ていた事を思い出しながらした。
なぜ私がこんな事をと思ったが、もはや彼に頼る以外に自分が人間として生きる方法が
ない以上、いいなりになる他なかった。
唇で、舌で、愛撫を続けた。
歯を立てないように注意はしたが、たまに当ってしまうこともあった。しかし、彼には
むしろその方が感じるようだったから、それ以降わざと時おり歯を当てた。
先端からカウパー氏腺液がこぼれた。そしてそれは、綺麗に嘗めとった。
「ああ、もう我慢できない」
やがて彼はそう言うと、私の頭を掴んで、押し付けた。
彼のモノは、喉近くまで押し込まれた。
やがて
「うっ」
と、彼がうめき声をあげると、その先端から勢いよく、粘っこく熱い液体がほとばしり、
口の中がいっぱいになった。
全て受け止め、飲み干さなければいけないのに、むせて咳き込み、吐き出してしまった。
「吐くなよ。しらけるなぁ」
彼は不満そうに言う。
「すみません。すみません」
私はこぼしたものも嘗め取ろうと、床に舌をはわした。
「いいよ、もう。こっちに尻を向けろよ」
「あ…」
彼は私にベッドにもたれかかるよう指示し、突き出したお尻の患者着を捲り上げ、ショ
ーツを引きずり下ろした。
そして私のあそこに指を突っ込んだ。
「あうっ…」
「はは、もう濡れていたか」
まさか…。フェラの間、私は感じていたのだろうか。
こんなに嫌なのに、凄く嫌なのに、この身体は、女の身体は感じてしまっていたのだろ
うか。
「じゃ、いくぜ」
さっき放出したばかりだというのに、彼のモノは再度いきり立ち、前儀無しに私のあそ
こに突き立てた。
「あう…ああ」
しかし、既に濡れてしまっていた私のあそこは、素直に彼のモノを奥まで受け入れてい
た。
彼のモノが上下しながら入ってくる。
「い、痛い…」
正真正銘、この身体は処女のはずだった。昨日、その女の部分を確かめてはしまったが。
「あくっ…うう…」
私は初めてであるにもかかわらず、湧き上がってくる快感から、必死で耐えた。
「いいんだぜ。声を出しても」
「で、でも」
「素直になれよ。そんなんじゃ、俺と夫婦はできないぜ」
「あ、あああ…」
既にあそこは、ぬちゃ、ぬちゃっと、いやらしい音を立てている。
彼も感じているのか、だんだん出し入れするスピードが上がっていった。
「ああん、ああん、ああ」
湧き上がる快感が、全身を襲っていた。
もはやもう、なぜもどうしても、なかった。
この身体が、女の身体がいけないのだ。
感じすぎる、この身体が…。
「ううっ」
再度彼は発射していた。
噴出した液が、子宮に届いた様な感覚があった。
「あああああああああ」
その刺激で私もイッてしまった。
いや、イクというだけなら先程からイキっぱなしだった。
嫌なのに、嫌な事なのに、なぜか満たされてしまっていた。
その時だった。
「あなた達、何をしているの」
背後から、ヒステリックな声が聞こえた。
振り返った。
園田所長がいた。
「あなた、その身体」
所長は徹の身体を見て驚いている。
と、いう事は、聡美がその身体に入っている事を知らない。関与していないという事に
なっているのか…。
私は慌ててショーツを引き上げ服を調えたが、徹の体は悠々とズボンを引き上げ、余裕
で園田所長と対面していた。
「あ、あなた。ひょっとして佐伯さん」
「分かりますか。やっぱり」
あまりにも堂々としている為、自然に私は彼の背中に隠れる形になっていた。
「どうしてその身体に。その身体は実験体としてとっておくはずだったでしょ」
「気が変わったの。それに、この身体は正式に私の物になったしね」
彼は所長に書類を見せる。
昨日、私がサインした書類だ。
「認めないわ。私は絶対認めない」
「認めるも認めないもない。私はこの身体でここを出て行くだけ」
そう言いながら彼は私を引き寄せた。
嫌だけど、私にはもう彼しか頼れない。
「それこそ認めないわ。あなたがその身体の持ち主であるとしたら、その彼女の身体はま
だ、私の研究所の所有物のままよ。持ち出しは認めないわ」
「あれ?そうだっけなぁ」
彼はとぼける。
私は彼の背中で震えていた。
もし、ここで見捨てられたら、私は人間に戻れなくなるから。
「もし、その娘の身体を持っていくつもりなら、あなたは元の身体に戻りなさい。そうで
ないのなら…」
「じゃ、いらない。この娘」
「え!?」
私は自分の耳を疑った。
結婚するなら、ここを出してくれるといった、その声が、私の元の声が全然別のことを
言っていたから。
「いいの?あなたの元婚約者なんでしょ」
彼のその一言は、園田所長をも困惑させていた。
「関係ないさ。俺はただ復讐したかっただけ。かつて私に恥をかかせた人にね」
私はまた、目の前が真っ暗になっていくのが分かった。
そうだったんだ。そういう人だったんだ。
自業自得だ。
私は頼ってはいけない人に頼ってしまった。
私は信じてはいけない人を信じてしまった。
信じてなければ、少なくとも裏切られる事はなかっただろう。
最初から、そのつもりだったんだ…。
彼は、呆然としている私を園田所長の所長の方に突き飛ばした。
私は足がもつれて、園田所長の足元に倒れ、座り込んだ。
彼は、堂々と病室を出て行った。
「待って。何であなたまで行ってしまうの。私の元から。あなたは私を愛してくれていた
んじゃなかったの」
「愛していたさ」
彼は一度だけ振り返った。
「あなたの、その技術にはね。でも、もう俺には必要ない」
「畜生っ!!」
園田所長はヒステリックに叫んだ。
「あなた、この娘がどうなってもいいの!?」
「ご随意に」
もはや、彼の背中すら見えなかった。
そこには、ぽつんと私と園田所長だけが残された。
その彼に裏切られた者、2人が。
でも、その立場は全然違っていた。
園田所長は、キッと私を睨んだ。
「高梨さん。いえ、その名前も既に奪われていたのね。今のあなたは単なるE−36ユニ
ット」
私は懇願するような目で、所長を見上げた。
しかし、彼女の目は冷たかった。
「この先あなた、どうなるのか分かって?」
園田所長は、頬をひきつらせながら笑った。
恐かった。
そして信じられなかった。何もかもが。
今の私は、ただの実験生物。
もはや人間ですらないのだから…。

 


あとがき3
ここまで読まれて、一体何が起こったのか分からない人も多いかもしれませんが、正真
正銘、これも私です。
リメイク師というのが、現状の私が最もやりやすいフィールドでして、原作自身がMの
為の物語でしたので、こういう流れになってしまいましたが、私の方もかなりノリまくっ
てしまいました。
白状してしまうと私自身、どの分野が得意で18番なのか未だ分からず、とにかく自分
が書きたいものを、いや自分が読みたいものを書いている訳で、ある意味TSというのも
試行錯誤の中のキーワードの一つかもしれません。
ですので私にとってのTSは、物語における目的ではなく、手段、もしくは材料のひと
つに過ぎず、同じストーリー展開でもTS以上に使える理由付けがあれば、そちらを物語
に採用するでしょう。
というよりTSはやはり現代社会のタブーの一つですので、軽々しいTSや意味のない
TSは絶対書きたくないし(ギャグとして成立するのなら、それはそれで意味があるから
OK)また、その結果において新しい身体に馴染んでおしまいなどという、主人公を一回
りも二回りも小さくしてどーするよ、というものも書きたくありません。(人間ドラマが盛
り上がっていれば良しとしますが、って私、何が言いたいのだろうか)
という訳で、こういう私の作品ですが、それでも最後まで見届けてやるという方、次の
最後となる“結”の第4章まで、御見届け下さい。