戻る


イミテーション・ダンディズム

(男らしさが贋物の時代に)

原案 八雲裕紀
作  かもライン


第一章 新男・純男

「ふぅ、やっぱ中は涼しいなぁ」
俺はスーツの上着を脱ぎ、代わりにうちの会社のユニフォームでもある作業着を羽織っ
て事務所に帰ってきた。
「よっ、おつかれさん」
同期入社の安藤が俺の肩を叩いた。
背は低いが、身体はがっちりしている。
俺と同じ、製造第二課の営業。乱暴だが、いい奴だ。
「どうだ、注文は取れたか?」
「ばっちり!。何だかんだ言っているけど、向こうとしてはうちじゃなきゃダメなんだか
らな。既に、試作サンプルやって、うちの技術見てもらっているしな」
「でも、あそこは渋いからなぁ。値引き迫られるぞ」
「承知の上さ。見積もりもその分、2割増しで切ってる」
「ま、これで一段落ってやつだな」
 椅子にもたれかかってリラックスする安藤に、俺は首を振った。
「まだまだ。これを期に、他の分野にも食い込まないと」
「あ、あの」
そんな俺達の会話を聞いてか、営業事務の清水さんが声をかけてきた。
「ん?。どっちに用」
安藤は振り向きながら言う。
「あの、高梨さんに。部長から」
「部長って、山崎部長?」
営業事務の清水さんにとって部長といえば山崎営業部々長だが、俺みたいに最前線の営
業マンにとっては、寺澤技術部々長や、小池製造部々長とも顔を合わせて打ち合わせする
事が多い。
「あ、ごめんなさい。山崎部長です。帰ったら来る様にって」
そう言いながら清水さんは顔を赤らめる。
「なんだろう。多分ミスはしてない筈だけど」
「ま、何にせよ行って来いよ、この色男っ!」
安藤は思いっきり背中をひっぱたく。
「ってぇなぁ」
実は、ああ見えても安藤は女である。正確には元女という方が正しい。
時は2050年。
環境ホルモンが悪いのか、はたまた食品添加物等が原因なのか。それ以外にもオゾンホ
ールから漏れる紫外線が遺伝子に悪影響を与えたとかいろいろと説があるが、ここ数十年
において男子の出生率はとことん低くなった。
出生率がどれだけ下がったのか正確な数字は分からないが、現在の成人男子の数で言え
ば、多分1/10を切っているだろう。
ただしそれは、男が生まれる事がまだあった今の老人世代を含んでの数で、自分達20
代から30代にかけて、つまり結婚適齢期の世代で言えば1/100以下という話だ。さ
らに自分らより子供世代に至っては、もう考えたくもない。
まさに女性ばかりの世の中だ。
とはいえよく出来たもので、必要に迫られれば、身体は女性であっても男性的立場で物
事を切り進めていく人たちが出てきて、社会も会社も彼女達がきりもりする様になった。
で小さい時から、女性でありながら男に目覚めた者達は、男性の着る服を着たり言葉使
いが乱暴になったりして、普段から男性としてふるまったりする。また、実際に男性ホル
モンを打ったり、場合によっては性転換の手術までしてしまう場合もある。
彼らは(あえて彼という言葉を使うが)自分達生まれつきの男・純男より、余程男らし
いし力仕事も出来る。リーダーシップも取りたがる。どんどんと仕事に社会に生活に、新
しい方法を取り入れていく。
そのせいか、今の社会においては、彼らのような擬似男性、いや新男たちも数多く見る
事が出来る。安藤もその一人だ。
社会が、そういう新男を認めざるを得なくなってしまうのだ。
ちなみに現代(2050年において)科学技術や医学の進歩によって、クローン技術は
確立したし、脳をはじめとする臓器移植などもあらかた可能ではある。
しかし、侵された遺伝子のせいかクローンでも男は出来ないし、それ以前に遺伝子的問
題から純粋クローンは禁止されている。
つまり普通の受精でも、親子・兄弟間においては、濃い血・濃い遺伝子の為、DNAに
異常や欠損が出来る危険性を持って生まれてくる子が多い為禁止されているのに、純粋な
クローンは同じ人間同士の細胞かけけ合わせるものだ。異常な子供が生まれる確率は跳ね
上がる。
クローンにおける、倫理的・道徳的にではなく、こんなところから禁止されてしまった。
男も少ない。クローンも禁止。
では、もう人類は滅びるしかないのか、というとそうでもなく、禁止されているのは同
じ人の細胞を使ったクローンで、その技術を利用して二人の細胞遺伝子をかけあわせれば
クローン技術を使っても、問題のない子供が出来る。
つまりは女性同士の結婚である。
女性同士というところに、道徳的な荒廃を感じるが、そんな事は言ってられない。
とはいえ、クローニング技術を使っているからと言っても、試験管や培養ドームで人間
の大量生産を行っている訳ではなく、女同士ではあっても二人の愛情をもって、またお腹
を痛めて作られた子供なのだから、人道的にも認めるべき事なのだろう。
それが少し前の話。
今はもっと技術が進み、体細胞を培養して擬似精子を作り、それを自前の卵子と受精さ
せて子供を作る。当然女性同士で作った子供にY染色体の入る余地がある訳なく、女しか
生まれないから、これがまた男性の出産率の低下原因にもなっているが、まぁ人類が滅び
るよりはマシだと思う。
多分あと100年も経てば、男は一人もいない世界になっているかもしれない。
ある意味今も、似たようなものだが。
という訳で、この現代社会は、女と新男と、ほんの僅かな純男で形成されている。
ちなみに俺の会社は工場と一体化し、重い金属素材を主とした製造メーカーであるから
他の会社より体力を必要としている。
だから全社員合計300名弱のうち、新男は100人強、純男も10人近くいる。
ただし、それらは定年前の年代を含めた人数だから、その中で20代・30代のの独身
純男ともなると、俺以外には二名、いや一人この前結婚したから一名だ。しかし、結婚し
たからといって安心は出来ない。純男自体が少ない以上、不倫も愛人(当然男のだ)もそ
の気になれば簡単だ。俺は興味ないが。
「いいよなぁ、高梨は。純男だから、山崎部長のお気に入りだし」
「そんなんじゃないって。ま、行ってくる」
からかう安藤を振り払いながら、俺は第二製造課事務所を出た。山崎部長がいるのは棟
が離れた第一工場の方である。俺は小走りで、中庭を突っ切っていった。
第一製造課事務所に入る。こっちは本社工場になる為か、事務所も大きい。
「あら、高梨さん。今日はどうしたの?」
受付の斉藤さんが声をかけてくる。
「ちょっと部長に呼ばれてね」
「おうおう。また、何かやらかしたか」
真空機器製造課の飯塚主任が口をはさむ。
多分、打ち合せか何かで来ていたのだろう。オレンジ色した、つなぎの作業着のままだ。
当然彼も、新男だ。
「身に覚えが、あるような、ないような」
実際、俺は成果も多いが、失敗も多い。
弁解させてもらえるなら、それら失敗は全て前向きな失敗か、もしくは勇み足である。
「まぁ失敗が許されるうちはどんどん失敗したらいいさ。で、営業が嫌になったら、いつ
でもウチに来い。みんな待ってるぞ。」
「そんな、俺、根っからの営業マンですよ」
と、答えはするが、誘われる事は少し嬉しい。
「遊びに来るだけでもいい。今度出荷検査手伝わせてやる」
「ん?面白そうですね。今度行きます」
「約束だぞ」
飯塚主任は俺の肩を叩いて去っていった。
自慢じゃないが、俺はあちこちで顔が広い。
純男だから、というのではない。受け売りだが、現場を知らずに自社製品は売り込めな
い。現場の苦労も理解できるからこそ、何を売らなきゃいけないか分かるし、売るポイン
トも相手によって絞り込める。製品にも愛着が出来る。
という訳で、俺は出来る限り現場には顔を出すようにしている。
出しすぎ、という話もある。
そのおかげなのかどうか分からないが、現場は俺の注文に対して、納期を早くしてもら
ったり、無理も聞いてもらっている。当然、その分のフォローもしているが。
「高梨さん、部長に用じゃなかったんですか?」
「あ、ごめん。そうだった。ありがとう。」
俺は斉藤さんにお礼を言い、奥へ向かった。
入り口から入って右の奥に、山崎部長の席がある。
「あら、思ったより早かったわね」
40台後半の、少しふくよかな女性がこっちを向いた。
彼女が山崎営業部長。
女ながら(新男ではないという意味だが)バリバリのやり手である。うちの会社が急成
長したのも、彼女の若い頃からの手腕によるものが大きいと言われている。
「報告書は貰ったわ。専務からもお褒めの言葉いただいているわよ」
「そうですか。ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げた。
今回の案件には何かと苦労し、何度も稟議書をつっ返され、何日も遅くまで残業し、そ
れでも最後には部長自身が責任を取るからと上部の人たちを説得して貰い、契約を取りま
とめたシロモノだった。
「あ、今日来てもらったのは、この事じゃないの。まぁ、これもそのうち何か言ってくる
と思うけど」
「え?」
俺は少し当惑した。
この件じゃないとするならば、何の事だろうか。
「高梨くん。バーチャル・ダイビングって知ってる?」
「バーチャルって、あの、ゲームのですか?」
自慢じゃないが、俺も学生の頃はバーチャル・システムの格闘ゲームにハマったことが
ある。仮想現実世界の武闘家や剣士になって、殴り合うゲームである。
痛みなどはかなり軽減されてはいたが、それでも結構リアルであった。
最高潮の時など、15人抜きした事もある。
「基本的にはそうだけど、五感全てを置き換えてしまう方よ。そうね。そのゲームとは、
比較にならないくらいリアルだと思うわ。ほら、この前もニュースになってたでしょ」
そういや、何か聞いた事がある。
「それって、クレイモア5000を使った、超現実体験が売り物の…。でも、まだ実用じ
ゃなくて、研究段階って聞いてますけど」
「へぇ、さすがに押えるところは押えているわね。感心感心」
部長は丸い顔で、にこっと笑った。
「ちょっとしたコネでね、バーチャル・ダイブのテスト体験出来そうなのよ。で、良かっ
たらと思って。」
「で、それはいつなんですか」
「明日よ」
「あ、明日ですか?」
明日は土曜日で、一応会社は休みになっている。
「あら?何か用事でもあるの?」
「いえ、別に何も。でも、いきなりというか、急ですね」
「まぁね。明日なら大丈夫って、いきなり連絡があったから」
「いきなりですか。でも何で俺なんか誘っていただけるんですか。迷惑じゃないですか?」
「そうねぇ」
部長はちょっと困った顔をした。
「迷惑どころか、実はおまけは私の方なの」
「え?」
何だかよく分からない話だ。
部長の方から誘っておいて、当の部長がおまけというのは。
「実験も兼ねているそうなのよ。言ってしまえば誰よりも早く体験出来るかわり、テスト
に協力しろって」
「テスト・ですか」
「実用に対して色々なサンプルが取りたいみたいね。老若、男女、職種や性格とか。それ
ぞれがどんな風に感じるかとか、システムそのものが、脳や身体にどういった影響を及ぼ
すか、なんて事もね」
「害があるんですか?」
俺はちょっと身震いした。
「さあ。だから調べたいのでしょ。」
「で、俺は純男のサンプルですか」
この会社の中に純男は少ない。
さらにその中で、こういった話をしてすぐホイホイと行きそうな奴は、多分俺くらいだ。
俺が部長のお気に入りという事も多少あるかもしれない。まぁ、誉められる事より、怒鳴
られ・叱られする方が遥かに多いとはいえ。
「もし、このシステムが実際に動き始めたら、何万・何十万の人たち。いいえ、その十倍・
百倍ね。これは、新しいメディアとして世の中を塗り替える情報産業になると私は思うわ。
だから出来れば誰よりも早く、そのシステムの内容を押えておきたいの」
「それは俺も思います。新聞がラジオになり、テレビになりインターネットになっていっ
たように、扱う情報の質も新しいものが求められますし」
「そうね。でもモノがモノだけに手放しで受け入れられないけどね」
部長は頬に手をあてた。ちょっと考え事する時の、くせだ。
「でもなぜ実験とは言っても、そんなつてが」
これら最先端技術は、各社とも最高機密に近い。
それらの、ちょっとしたアイデアのきっかけが、技術を年単位で先取りしてしまう。
各社は自分のところの技術を磨くかたわら、他社の動きにも敏感だ。
ライバル会社ではないにしても、それら試作機を、部外者が見れたり使わせて貰えるな
どというのは珍しい。
「貴方も覚えているでしょ。うちを辞めた技術開発の佐伯さん。彼女、今そのバーチャル・
ダイブの開発関係に当っていて、それの材料の一つとしてうちの合成素材が使えないかっ
ていうところから、そういう話になって」
「佐伯…ですか」
俺は多分、今、露骨に嫌な顔をしたと思う。
「佐伯さんが、どうかしたの?」
部長は心配そうな顔をした。
俺もちょっと考えた。こういう話を、今、こんな所でしてもいいものかという。
しかし、言わないとそれはそれで後味が悪いだろう。
俺は一回深呼吸して、切り出した。
「昔、というか俺がこの会社に入って2年目のころ、彼女と付き合ってました。というよ
り付きまとわれていた、という方が正しいですが。それで…」
「う〜ん。ちょっと待って」
部長は話の腰を折った。
「それは今、ここでする様な話じゃないわね。今日仕事終わってから、一緒にご飯食べま
しょう。そこで聞くわ」
「あ、はい。すみません」
確かに仕事中にする話ではない。このフロアには、他にも大勢の人がいる。
「じゃ、今日は残業はなしにして、さっさと仕事を切り上げなさい」
「はい」
そう言いながら、部長は書類を出して広げた。部長自身の仕事を再開する意思表示だ。
「失礼します」
俺は軽く礼をして、その場を立ち去った。

俺は第二工場の事務所の自分の席に帰って、背伸びをした。
「お、どうだった?」
隣の席の、安藤が声をかけてきた。
「ほめられたよ、一応。前のプロジェクトの報告書」
「なんだ。つまらん」
「つまらんはないだろ」
安藤の憎まれ口には慣れている。でもその態度で、一応心配してくれていたらしい事は
分かる。
「それとバーチャル・ダイブのお誘いと」
「バーチャル・ダイブ?」
安藤は、ぐるっと椅子を回転させ、身を乗り出した。
「ハーチャル・ダイブってあれかよ。仮想現実体験の」
「ああ。うちにも、いろいろ打診があるらしいよ」
「うちって、うちの製品を使うのか?っていうより、使えるのか?」
「さぁ。規格さえ合えばいけるんじゃないの」
ちなみにうちは、ステンレスをはじめとする金属素材のメーカーである。
素材部門と加工部門があり、俺は特に加工部門の真空装置や配管部品等を扱うが、営業
だから素材にかかわる事も多い。特殊素材で製作した物を特注で加工して、表面処理など
もした上で、設置工事まで、なんていうのもザラだ。
「で、バーチャル・ダイブのお誘いってどういう事だ?」
「ん。サンプル体験しないかって」
「うわぁ。いいなぁ。代わってくれよ」
「代われったって、部長じきじきの指名だし、純男のサンプルが欲しいらしいからなぁ」
「やっぱ、純男絡みか」
安藤の頬づえが、かっくん、となった。
特に安藤は新男だから、純男に対してコンプレックスのようなものを感じるらしい。
「でも、そんなにうらやましいのか。バーチャル・ダイブって」
俺の感覚としては、まだ実験段階の不安要素の方が大きい。
「当たり前だ。まぁ、バーチャル・ダイブにはいろいろな活用方法があるけど、その中の
一つとして、その世界の住人になれるというのがあるだろ」
「それなら、別に今までのだって」
今でも、バーチャル・システムを使ったゲームは多い。
格闘、車や戦闘機やロボットの操縦は当然としても、パズルや占い、異世界旅行体験、
プライズ獲得、カジノのゲームなどでも使われている。
「でも、あれらは所詮、割り込みだ。仮想体験というにはちょっと弱いな」
「まぁ、確かに」
最近のゲームセンターのバーチャルは、ゴーグルにヘッドホンを使い、その世界にいる
感覚は自前の目と耳に頼っている。ただし、割り込みで、直接脳に信号が入ってくる。
擬似的な視覚や聴覚・触覚等が割り込んでくる訳だ。
ここが現時点での実用バーチャルの売り物でもある。
一番多様されるのは触覚。
物に触ったり、殴られたり、吹っ飛ばされたら、それなり・相応の感覚は伝わってくる。
また、味覚や嗅覚への割り込みもあるし、ゴーグルやヘッドホンを使ってはいるが、視
覚・聴覚の補正になども使われる。
しかし、それらは所詮補助である。
当然ながら、覚醒状態での情報は自前の5感を使うから、それ以外の情報は所詮ニセモ
ノであることを認識した上で、感じていることになる。
しかし、明日俺が行くバーチャル・ダイブの凄いところは、その5感を全てシャットア
ウトして、情報すべてをマシンから受けるところにある。
一番近いのは、夢、であろうか。寝ている時に見る夢の事である。
脳とコンピューターとが直接繋がり、自分の行動全てがプログラムの中で動く。手や眼
の動きなどを機械が読み取るのではなく、脳波を読み取り、自分の意志を伝える。情報も
全て直接、脳に流れてくる。
まさに電脳体験である。
「で、もし、お前がバーチャル・ダイブできるとしたら、何がしたい?」
「決まってるだろう」
安藤は、ぐっと拳を握った。
「男になる」
「って、今、男だろ?」
「じゃなくて」
言いたい事は何となく分かったが、とりあえず突っ込むのが礼儀であろう。
「仮想現実世界で、完全な男として生活してみたい。これは多分、程度の差はあれ、新男
の望みの一つだぜ」
安藤は力説する。
「それなんだけどなぁ。せっかくだから、この機会に聞いておこうか。」
「何だ?」
「お前達、新男って、あそこはどうなっているんだ?」
「いきなり、ど真ん中のストレートだな」
「事が事だけに、聞きづらくてな」
「まぁ、気持ちは分からんでもない」
安藤は、かるく咳払いした。
「それに、聞いてきたのがお前じゃなけりゃ、多分笑いとばすかパンチの1発でも入れて
いるかもしれん。俺もあまり話したくない事だからな」
「すまん」
さすがにこの事は安藤にとっても、コンプレックスな部分であろう。特に俺みたいに、
五体満足な男に対して。
「男が女になるのは簡単だ。ペニスを取ってしまって、その取ったペニスの器官を活用し
て女性性器が作ればいい。正確にはそんな単純なものでもないが、理屈的にはあるものを
なくしてしまえばいい訳だ。純粋に引き算。簡単なものだ。
とはいえ今のこのご時世、そんな奇特な事をする奴は少ないだろうがな」
「俺もそう思う」
「でも女が男になろうと思ったら、ないものをつくらないといけない。
難しいのが足し算だ。だから足すために、どっかから引き算しないといけない。
よくある例が腕や背中とかから、皮を中の組織ごと剥いでグルっと巻いて作る方法。これ
だと、つくったものはもともと本人の身体だから拒絶反応がないし、現実の男でも無いよ
うな巨大なイチモツをつくることが出来る。
ただし、そこから快感を得る事は今の科学・医学でも不完全だし、そもそも勃起が出来な
いから、軟骨で芯を作ることになる。だからそうなると、勃ちっぱなしだな。
不便で、しかも不自然だから、俺はこの方法はつかっていない」
「そうだろうなぁ」
安藤は、曲がった事や不自然な事を、凄く嫌がる。
それがルールだとしても、筋が通っていないと反発する。
しかし、それは安藤の中の男としてのアイデンティティなんだろう。
ある意味、男の俺より遥かに男らしい。男としては不自然なレベルでもあるが、それを
否定する事は、安藤自身の男を否定するのに等しい。
「俺が使っているのは、男性ホルモンと促進剤で、長い時間をかけてクリトリスを巨大化
させていく方法だ。服用は続けているけど、今の俺ので長さ太さで、人差し指くらいかな。
だから未だ女性器はそのままだ。その気になったら塞ぐかもしれんが」
「そうか…」
一応これで長年の疑問は解けた。
いや、ちょっと待てよ。
「お、おい。考えてみれば結構、俺とお前で連れションしてるけど、今の理屈だと立ちシ
ョン出来ないんじゃないのか」
「あ、ああ。それね」
安藤は少し口ごもった。
「その大きくしたペニスに、管を通して自前の尿道とくっつけて繋ぐんだ。小さいが、な
んとか立ちションぐらい出来る」
「そ、そうなのか。なんか不自然な感じもするが」
「な、何を言う」
安藤は少し狼狽する。
「立ちションこそ、男としての儀式。立ちション出来てこそ、男としての自覚も生まれる
ものだ!!」
ムキになって力説する。不自然さは彼も認めてはいるのだろう。
「それで、バーチャル・ダイブな訳か」
バーチャル世界でなら、完全な男になる事も可能だ。
まぁ、下半身機能をどこまでサポートしているかは疑問だが。
「ならさぁ、」
俺はふと思いついた事を話した。
本気でそう思った訳ではない。なんとなく思いついた事だ。
「何だ?」
「もし俺が事故なり病気でなったりして、脳死っていうのかな、脳は既に死んでいてもう
生き返ることはないけど、体の方はまだ生きている状態ってあるだろ」
その時、安藤は俺の方を恐い顔で睨んでいたらしい。しかし、その時俺はそれに気付か
なかった。
「で、まだ俺の身体がまだ使えるようならさ、俺のこの身体…」
それをまだ言い終わらないうちに、安藤は俺の襟首を掴んでいた。
「それ以上言うな!」
「な、何だ?」
俺は突然の安藤の乱暴に、どうしていいのか分からなかった。
「確かに世の中には、そういうのを望む奴もいる。完全に男になる為にはその方法しかな
いからな。実際、非合法だが、純男の健康な身体は裏で莫大な金額で取引されているとい
う話だ。それだけ魅力的なはなしではある。しかしだ」
安藤は俺の顔に、自分の顔を近付けた。
表情が恐いくらい真剣だった。
「でも、俺はお前の身体なんか貰っても嬉しくないぞ」
きっぱりと、言い切った。
そうだった。考えてみればこいつはそういう奴だった。
「もし、お前の身体か手に入るのなら、などと考えれば、お前が死んで嬉しくなるかもし
れない。でもそれは本来、絶対に嫌な事なんだ。悲しい事なんだ。
俺はお前が好きだ。お前が死んだら悲しい。凄く悲しい。それだけだ。」
「わ、分かった」
俺がそう言うと、ようやく安藤は手を離してくれた。
「2度とそんな下らない事を言うな」
そう言いながら安藤は机の方に向いた。
「すまん」
「ああ」
態度としては怒っているというより、照れている状態に近いのだろう。
安藤翔(旧名翔子)27歳。実に不器用な男である。


あとがき1

これは以前、とあるページに載っていた作品が元ネタでして、元の物語も面白く読ませ
ていただいていたのですが、設定に無理を感じ『こうしてみたら、どうか』とか『私なら
こうしますが』などと感想を送ってみたところ、『なら、実際に書いてみたらどうか』と返
事を頂きまして。
当事の私は(今も?)書きかけの長編大作に行き詰まっており、ならばと気分転換も兼
ねて書いてみました。
最初、原作者さまには、にいろいろ意見したにも関わらず、いざ自分で書いてみると、
とうていそこまで達するどころの話ではなく、例えば『世界が50年後なのだから、50
年後として説得力のある世界観が必要』と偉そうな事を言っておきながら、書く時にもそ
れを注意していたにもかかわらず、出来た世界は、せいぜい15年未来程度にしかなりま
せんでした。

本来ならこの作品は『良い子の代償・続編』の後で発表の予定でしたが、どうやらそち
らは年内の完成が絶望的になり、ならこちらから先にと投稿した次第で。

なお、当作品を読んで『何だ?またTS無しか』などと感じられたと思います。
別に意図的にTSなしにしていた訳じゃないのですが。
まぁ、先に言っておきましょう。次章、ちゃんとTSします。
作品そのものは既に完結していますので、校正の間だけしばらくお待ちください。