佐伯屋
海外コンプレックス
サッカーのより良い観戦を考える企画・1回目
トップ下だけが指令塔にあらず

中田、指令塔ではなく左MFで出場
 まず、次の文章を見て頂きたい。

〔引用開始〕
中田、左MFで出場…パルマ開幕戦は引き分け (サンスポ)
2002 年 9月 16日

【ウディネ(イタリア)15日】パルマMF中田英寿(25)のセリエA・5シーズン目が15日、開幕。昨季13位のウディネーゼ(パルマは昨季10位)とアウエーで対戦し、1−1で引き分けた。プレシーズンマッチで不振にあえいだチーム、初めて指令塔以外(左MF)で発進…と、数々の困難を抱えて突入したシーズン。ヒデ復活への道が、始まった。

戸惑い、不安の中で、希望を追い求めた。昨季13位の格下ウディネーゼに1−1のドロー。中田の苦難の航海が、始まった。左サイドMFで先発。セリエA移籍後、開幕を指令塔以外で迎えるのは初。「中田はファンタジスタではない」というプランデリ監督の下、開幕戦でも慣れない位置での出場を強いられた。

開始直後、左サイドでコンビを組むブラジル代表DFジュニオールが、腰の左側を蹴られて退場。いきなり不運に見舞われた。今季リーグ戦ファーストタッチは、前半5分。DFベナリーボのパスを、ダイレクトでゴール前に送ろうとした。これが相手DFに当たりパスミスに。快晴の空とは対照的に、中田には怪しい雲行きとなった。

頼もしい“相棒”が、それを振り払う。前半24分。新加入のFWムトゥの左クロスに、これまた新加入のFWアドリアーノが左足先で押しこみ先制。ユベントスに移籍したFWディバイオに代わるエース候補は、中田と相性がいい運動量の多いストライカー。頼みの2人が、結果を出した。

同26分には、後方からのロングパスに、中田自らダイレクトで右足一閃。今季セリエA初シュートは、惜しくもゴール左を抜けたが、本来の中央からの動きで、見せ場を作った。

後半9分に同点ゴールを許し、一方的に責められながらも、引き分けて勝ち点1。ドイツ代表FWヤンカーを補強し、意気上がる厄介な相手に、最悪の結果を免れた。プレシーズンマッチで、セリエC1以上に10戦勝ちなしだったパルマにとって、大きな収穫だ。

「中田は仕事をしたが、まだ呼吸が合ってない。もっと自分のポジションに専念すべき」とプランデリ監督は、中央に進出してチャンスを演出する姿に理解は示さなかった。しかし、戦いはこれから。中田が指令塔奪取、チーム浮上という2つの難題に挑む。
〔引用終了〕
http://sports.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=207662

何か物凄い勘違いしてませんか
  これを読んだ筆者の一言。何か物凄い勘違いしてませんか。確かに、中田英寿という選手はトップ下でのプレーを得意とし、そのキラーパスで周囲の選手を走らせる様はまさに「指令塔」である。
 しかし、「(筆者注:中田が)左サイドMFで先発。セリエA移籍後、開幕を指令塔以外で迎えるのは初」と書いているが、「指令塔」は、その選手のプレースタイルのことであり、「左サイドMF」とはポジションのことである。どうやら、この記事を書いた記者は「指令塔」=トップ下という先入観を持っているようなのだ。私がおかしく思うのは、「指令塔」=トップ下というのはありえないからである。
  パスワークや周囲への指示といったプレーで「指令塔」と形容される選手は世界に数多くいるが、例えばスペイン代表の「指令塔」で、正確なサイドチェンジ・パスが持ち味のジョゼップ・グァルディオラは中盤の底がポジションである。イングランド代表として日本でもお馴染みのディビッド・ベッカムは右サイドハーフだが、ピッチを自由に動きチャンスを演出する「指令塔」である。かつてのACミランの名選手フランコ・バレージもポジションはセンターバックだったが、前線への素早いフィードと卓越したラインコントロールで「指令塔」と呼ばれていた。

ラウールは指令塔か
  逆にポジションはトップ下でも「指令塔」と呼ぶのが憚られる選手がいる。例えば、スペインのラウール・ゴンザレスは周囲を生かすパスも出せるけれども、彼の本分はゴールを奪うことであり、決して「指令塔」とは誰も言わない。むしろ、レアル・マドリーならジネディーヌ・ジダン、スペイン代表ならグァルディオラという「指令塔」が後方にいて、ラウールは彼らのパスによって生かされる選手である。こうしたタイプの選手は、フェイエノールト時代のヤン・ダール・トマソンや、アヤックス時代のデニス・ベルカンプもそうだ。彼らはポジションはトップ下だが、プレースタイルはストライカーである。
  このように、サッカーでは世界を見渡せば、トップ下だけが「指令塔」ということはあり得ず、どんなポジションでも「指令塔のようだ」と形容されるプレーをすれば、それはすなわち指令塔なのである。サッカーファンであれば、このような間違いは容易に指摘出来るわけで、日本の本格的なサッカー報道の歴史の浅さというところに原因は集約されるが、これよりもう一歩踏み込んだ間違いの背景の分析をしていきたい。

トップ下=「指令塔」という思い込みの背景
  トップ下=「指令塔」という思い込みの背景には、Jリーグの多くのチームやJリーグ開幕以降の日本代表で、トップ下にはスルーパスが出せて、華麗なドリブルでDFを翻弄し、直接FKでバナナシュートを蹴られるような、「指令塔」と呼ばれるプレースタイルの選手を置いてきたことがある。木村和司、ラモス、ジーコ、リトバルスキー、ビスマルク、中田英、小野伸二、中村俊輔などなど、まさに日本では、トップ下は「指令塔」のポジションだったわけで、トップ下以外のポジションでも「指令塔」というプレースタイルが有り得ることなど考えなくてもよかった。
  また、思い込みに拍車をかけたのはプロ野球の影響もあるだろう。スポーツ紙やテレビ・ニュースでの扱われ方の大きさを観ればわかるように、日本のスポーツ報道はプロ野球を最も得意としており、ユーザーもまたそれに一番馴れている。プロ野球では、例えば打順の4番はチャンスに強いホームランバッターとほとんど同じ意味である。セ・リーグなら巨人には松井、ヤクルトにはペタジーニ、パ・リーグなら西武にはカブレラ、近鉄には中村といったように、どのチームでも4番にはスラッガーを置いている。昨季の阪神のようにホームランバッターを置かなかったチームはあるが、それはただ単にチーム内に実力のあるスラッガーがいなかっただけだ。このようにプロ野球では、1番は足が速く、しぶとく塁に出ようとするリードオフマン、2番がバントもしくはライト打ちの巧い選手、3、4、5番がランナーをホームに返せる中長距離ヒッター、そして下位打線はバッティングの成績の低い選手というように、打順というポジションによってその選手のプレースタイルが確立されている。
  だから、プロ野球報道に馴れた記者は、サッカーでも、ポジションがプレースタイルを決めるという、思い込みのまま記事にしてしまう訳である。また、非サッカーファンのユーザーにとっては、トップ下だけが指令塔ではない云々といったややこしい説明よりは、トップ下=指令塔とした方がすっきりとしてわかりやすいのだろう。このような理由から、上記の記者はトップ下=指令塔という思い込みで記事を書いたと私は推測する。

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