2-[2] 時間(とき)の流れ
何時からだろう・・・。
夢想家だった筈が、現実主義の眼を持ち、物事を見据える様になったのは。
ああ、そうだ。12年前の或る出来事が、私の人生を百八十度転換させたのだ!
それ迄の視界とは、全く正反対の視界で、何もかもを見る様になり、
その代償になったものを未だに心の隅の方で、
何かが引き金となった時に「恋しい」と想い出すのだ。 
切なさに、押し潰されそうな程に・・・。

今日の自分を築き上げられる迄に、どんなにモガキ苦しんだ事か・・・。
普通ならしなくてもいい、体験の連続。 
何処にも逃げ場等無かったから、突き進むしかなかった。
傷つきながら、時には蹲(うずくま)り、恐怖心を一杯抱いたまま、
身近での、たった独りの理解者も得られずに、今日に至っている。

12年後のこの時代。 嘘の様に、皆が何もかもに理解を示す時代となった。
私が当時あんなにも、切望してやまなかった事が、
今のこの時代では可也容易く、手に入る。
信じられない程に・・・。

マス・メディアを通し、あらゆる方面からサポートして貰え、
何て「易しい時代」の御到来か!

けれど私の周囲(まわり)の環境ときたら、依然何ら変わりない状況、
いや、それ以上の事が続いている。
次から次へと、まるで己を試されているかの様に・・・。 「それは何故?!」
問うてみたところで納得のいく答えなど、誰一人として未だもって、
与えて等くれない。
だから常に「自問自答」する癖が、身についた。

そうこうしている内に、普通では得る事が困難だと云われている自己回復力なるものが、
自然と我が身につき、今じゃすっかり「逆境に強い、精神の持ち主」だ。 
喜ぶべきなのか、哀しむべき事なのか・・・。

でも一つ、「良い事」が有るとしたなら、
「非常に何かにつけ、洞察力が鋭くなった。」
下手すりゃ相手の出方ひとつで、「伸してしまう」事すら有る程だ。

「触らぬ神に祟り無し。」 
人を外見のみで甘く見ていると、何時か必ず、痛い目に遭うので、御用心・・・。
2003/03/04.「時間(とき)の流れ」
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