[A] 様々な心の顔
自らの「心の地の果て」を見た。
人生観、価値観が全く違う者達の中に身を置けば、
一年も経たぬ内に「この世界」を見る事が出来るだろう。
人間という生き物の怖さを、たっぷりと見せてくれる・・・。
安定剤なんて、しまいには効きやしない。
睡眠薬でさえも・・・。
内服する薬物は、やがて自らの意思を奪い去るものと化する。
冷静で居られない自分に焦る。
同じ人間なのに、その人間の声や存在が怖くなる。
物音さえも、「凶器化」する。
もう、誰も信じられない。
周囲(まわり)のもの全てが、「敵」にしか見えなくなる。
「自分が何をしたと云うのだ !!」
ただ、
「誠意を尽くして接していれば、何れ心は伝わる筈。」
そう信じて、周囲(まわり)の者達に接して来たら、
この有り様だった。
人間という「生き物」を信じ過ぎ、
「何かが違う」と長い間、戸惑いを感じてはいたが・・・。
それでも疑う事を、今迄して来なかった。
身近な大人達に守られた「そんな幸せな過去の人生」の裏には、
「平気な顔をして人を裏切り、傷付ける人間も、
この世の中には沢山存在するのだ」という事を、
まるで我が身に悟らせるかの如く、
我が人生の中に、この試練を設(もう)けられた様に、理解している。
そうでなければ、自身の「心の地の果て」から
「這い上がってくる」という、
あの耐え難い「長い日々」は「無意味」と化してしまう。
その証に、「我が身で、学び得てしまった。」
自分とは全く考えの違う、
それでも「外見は同じに見える人間」という、
「様々な心の顔」を持つ者達に出逢って・・・。
そして、その者達と闘う「術」も、徐々に身に着いてきているのが、
日々の暮らしの中で感じ取られる。
「様々な心の顔」・・・。
我が身での体験を経て、
又、自身でも「様々な心の顔」を、時には持たなければならない事も、
学び得た事の、ひとつでも有る。
それは「自分で自分を、守る為」のみに使うもので有る。
他人(ひと)を傷付ける為のものでは無い。
[様々な心の顔]
2002/12/24.