無機成分の吸収作用

養分吸収の機構

 茶樹は光合成に必要な二酸化炭素以外の養分を通常根から吸収している.その他に葉面からの吸収も可能で,尿素や微量要素の葉面散布が実用化されており,動物や藻類の分解物や抽出液も利用されている. 茶樹の養水分吸収の主体は,肥料を散布する場所である畝間に分布する,細根によってなされる.茶園土壌中の養分濃度はかなり高いが,一般的には植物根の細胞中の養分濃度は根圏土壌中よりも高いのが普通である.養分はこのような濃度勾配に逆らって根から吸収され,また養分の種類に対して選択牲を示すのが特徴である.このような養分吸収の現象を説明する定説はいまだに確立されていないが,化学エネルギーの消費を伴い,積極吸収,あるいは代謝的吸収といわれる.これに対して,蒸散流による吸収を物理化学的吸収という.茶葉の無機成分含量を(表1)に示す.

表1 茶葉の要素含量(乾物当り)

要素名と含量(%) 要素名と含量(ppm)
窒素      3.5〜5.8 亜鉛     45〜65 PPm
リン酸     0.4〜0.9 銅       15〜20
カリウム    2.0〜3.0 モリブデン  0.4〜0.7 
カルシウム  0.2〜0.8 ホウ素    20〜30
マグネシウム 0.2〜0.5  
ナトリウム  0.05〜0.2  
塩素      0.2〜0.6  
マンガン   0.05〜0.3  
鉄      0.01〜0.02  
イオウ     0.6〜1.2  
アルミニウム 0.1〜0.2  

                無機養分は根を通してイオンの形で吸収される場合が多いが,鉄やマンガンのような重金属はキレートの形でも吸収される.また植物は有機酸,アミノ酸,糖類など低分子の有機物を吸収することができ,さらに大きな分子も吸収しているという試験結果がある.一般に養分の吸収量が増加すると作物生産量も増大するが,さらに必要以上の量を吸収しても生産量の増加に役立たなくなる.このような吸収をぜいたく吸収と呼ぶ.茶樹の場合,旨味成分である遊離アミノ酸類(特にテアニン)やカフェインの増加は,ぜいたく吸収による生産物といえる.

 養分吸収と環境条件

 養分吸収と環境条件は密接な関係がある.温度について直接関与するのは根の周辺の地温であり,生化学的な代謝に関係が深い窒素.リン,カリウムはその影響を受け易く,茶樹では25℃位が最適地温である.光が制限されて光合成作用が低下すると,根部への糖の供給が少なくなり,養分吸収に使用されるエネルギーが不足して,窒素,リン.カリウムなどの吸収が抑制される.しかしカルシウム,マグネシウムなどの吸収低下は少ない.養分吸収に際し.根で好気呼吸を行なうため,根域での十分な酸素の供給が必要である. 根域の水素イオン濃度は養分吸収に大きな影響を与え,pHが高くなるとカルシウム,マグネシウム,カリウムなどの陽イオンが吸収され易くなるが,鉄やマンガン,銅,亜鉛などの重金属は沈澱するために吸収されにくくなる.pHが低下すると吸収の難易が逆になり,重金属はよく吸収されるが,カルシウム,マグネシウムなどの欠乏が発生し易くなる. 土壌pHが5以下になるとアルミニウムが活性化して植物に被害を与えるようになり,また土壌中のリン酸を不可給態にする.pHが4以下では植物根の細胞の代謝が乱れ,養分吸収が低下して生育が悪くなる,さらにPHが3以下になると,細胞膜が破壊して根中の養分が外部に流出する場合があるといわれる.茶樹の好酸性特性は,PHが低い土壌で発現し易い高アルミニウム.亜鉛の条件,および低カルシウム,マグネシウム,リン,モリブデンの条件に対して耐性が強い.

各無機成分の吸収と生理作用 リン:リンは植物体内のATP,ADPの構成成分として光合成での炭酸同化,呼吸における解糖作用など重要なエネルギー代謝に関与しており,DNA,RNAの構成成分として蛋白質の合成,遺伝に重要な役割を演じている.植物はリンを正リン酸イオンの形態で吸収し,茶樹にはリン酸として0.4〜0.9%含まれており古葉より新葉に多い.土壌が強酸牲を呈すると,リン酸は活性化したアルミニウムや鉄と結合して,一般の畑作物では利用しにくい難溶牲の形態になるが,茶樹の場合,このような形のリン酸をかなり吸収していることが,アイソトープの利用によって判明した(表2).またリン酸とアルミニウムの濃度をそれぞれ変えた茶樹の水耕試験によれば,アルミニウムが欠除した場合,リン酸の濃度を高めるとリンの過剰障害が起こる.しかしアルミニウムを加えると,リン酸濃度を高めても茶樹は過剰害を受けず,リン酸の吸収や地上部への移行も正常で生育を旺盛にした.茶園畝間土壌の有効態リン酸は乾土100g中10〜30mgあれば十分である.

 表2. 施肥リン酸塩の形態と新葉中の施肥−P/全−P比リン酸塩の形態 

施把−P/全-P比

リン酸石灰     56.5%
リン酸鉄       52.0
リン酸アルミニウム   34.1

 施肥リン酸量 /全リン酸量×100

 カリウム:植物はカリウムイオンの形で吸収し,体内でも大部分がイオンの形で細胞液中に溶けている.茶樹でも窒素に次いで多い元素で,茶葉中に2%前後含まれる.カリウムの役目として細胞液の浸透圧の維持,PHの調節などがある.またカリウムが欠乏すると植物中に可溶性窒素化合物.糖が増加し,澱粉が減少することから,蛋白代謝,炭水化物代謝に関係があり.一時的に呼吸が高まり光合成が減少するなど,酵素作用の調節にも関与すると考えられている.茶園では一般的にカリ肥料の施用量が多く,敷わらなどからの供給も多いため,むしろ拮抗作用による苦土の吸収抑制について考慮する必要がある.

 カルシウム:カルシウムイオンの形で吸収し.植物体内ではおもに有機酸,ペクチン酸と結合して存在し,細胞の間にある中葉にペクチン酸石灰の形で組織を強くする役割を持っている.カルシウムは体内で移動し難い性質を持つ.茶樹では土壌pHが高くなり,カルシウムが多すぎると生育障害を起こす.

 マグネシウム:葉録素の2.7%はマグネシウムで光合成の主役である.しかし大部分は原形質に結合するかマグネシウムイオンとして水に溶けており,また酵素の賦活剤として,リン酸の関係する代謝や油脂の生成に関与している.茶樹ではカルシウムとともに,土壌の低マグネシウム条件に耐性が強い.

 硫黄:硫酸根として吸収された硫黄は体内で還元され,含硫アミノ酸であるシスチン,システインおよびメチオニンとなり,蛋白質の成分になる.したがって硫黄の欠乏は蛋白質合成を妨げる.また硫黄は加水分解酵素,酵化酵素に含まれてそれらの反応に関与する.茶樹にとっても蛋白代謝は重要であり,また青海苔様の匂いを発するジメチルスルフィドなど,硫黄化合物は茶の香気成分としても重要である.

 :植物は2価あるいは3価イオンの鉄を吸収し,欠乏すると葉緑素が減少する.また鉄ポルフィリンの形でチトクローム,バーオキンダーゼ,カタラーゼの構成元素として,生体内の酸化還元反応に関与する.茶園のような酸牲土壌では鉄の有効性が高いが,マンガンが過剰の場合欠乏症が現れる.

 マンガン:マンガンは2価イオンの形で吸収され,植物体内では酵素を賦活し.酸化還元反応,脱炭酸反応および加水分解反応など.種々の生化学的役割を演ずる.マンガンが欠乏すると葉緑素の形成が悪くなり光合成能が低下する.強酸性の茶園土壌では過剰障害が問題になることが多い.

 :銅は植物体中の酸化酵素の成分として,酸化還元反応に関与している.植物で銅が欠乏すると光合成能が低下し,体内にアミノ酸が集積する.銅は植物体内で余り移動しない.

 亜鉛:亜鉛は葉録素の形成やインドール酢酸(IAA,植物ホルモン)の生成に関係する.また炭酸脱水酵素の構成分で光合成に関与し,欠乏すると光合成能が低下する.さらに亜鉛は水分代謝の平衡を保つ役割を担っており欠乏によって細胞の浸透圧が高くなる.

 ほう素:植物にはほう酸イオンとして吸収され,リグニンやペクチンの形成糖の体内での移行に関与している.ほう素が欠乏すろと分裂組織や形成層に障害が現れ,不稔現象がみられるようになる.茶樹ではアルミニウムがほう素の働きを一部代替しているといわれる.

 モリブデン:植物にはモリブデン酸イオンの形で吸収される.硝酸還元酵素の成分に含まれ,硝酸の形で植物に吸収された窒素はこの酵素によって還元され,アンモニアからアミノ酸,蛋白質へと合成される.モリブデンが欠乏すると植物体内では硝酸態窒素が集積する.

 アルミニウム植物の必須元素ではなく,一般畑作物では被害を与える元素であるが,茶樹では生育の促進について有用な要素であることが,多くの試験で実証されている.アルミニウムは根の伸長を阻害するが,アルミニウムに耐性の弱い植物では根の内側,基部側の細胞まで障害によって死に至っている.これはアルミニウムが細胞の核に集積し,DNAのリンと結合して細胞分裂の阻害をもたらし,また膜蛋白と結合して膜機能を妨げることなどが指摘されている.茶樹の場合,吸収したアルミニウムを地上部に移行させ.ポリフェノールやペクチンと結合して,アルミニウムによる害を無くする機構を持っていると考えられる.これは受身的立場からの説明であるが,茶樹では明らかなアルミニウムによる生育促進がみられる.茶樹体内では,アルミニウムがリンの少ない場合の吸収,移行を高め,リンが多い場合は根で貯えるなど,リン利用の調整をしていると考えられる.チャの花粉管の生長に対して,ほう素が顕著な促進効果を持つことが知られているが,アルミニウムにも同様な効果があり.ほう素の代替をしているようである.また茶樹は他の植物にくらべて,フッ素を多く含むことが知られているが,アルミニウムとフッ菜を錯体の形で吸収するといわれている.フッ素は新葉に20〜40ppm,古葉に400〜600ppm含まれている.

要素欠乏

要素欠乏の要因

 作物の要素欠乏の要因としてまずあげられるのは,その要素が土壌に不足している場合で,他の要素と量的に不均衡があり拮抗現象が生ずる場合,土壌のpHが酸性あるいは塩基性に傾きすぎて特定の要素が不溶性になる場合,土壌の物理性不良によって誘発される場合,等々多様である.茶樹は永年作物であるため,一旦定植すると,長い年月にわたって同じうね間に施肥を行ない,茶樹はそこから養分を吸収する.そのため,化学肥料を単用し続ければ微量要素の欠乏を引き起こすことがある.また茶園の特徴である多肥栽培は,要素間の量的なアンバランスを招くおそれがあり,さらに土壌の強酸性をもたらして,陽イオン類が欠乏するようになる.

拮抗現象

最小養分律という言葉がある.作物が正常に生育するために必要な肥料要素を考えた場合,他の要素が十分にあっても,1つの要素が不足すると作物,収量はその不足した養分に支配され,他の要素を増しても収量は増えないことを言ったものである.その後,拮抗現象などが明らかになるにしたがって,過剰な要素があるといわゆるぜいたく吸収になって収量が頭打ちになったり,他の要素の吸収や体内での代謝に影響を与え,作物の生育,収量を抑制することになる.このような意味から最大律ということもいわれるようになった.その他,作物の生育,収量は肥料の要素だけでなく,日照 気温 水分,土壌の理化学性耕種条件などさまざまな環境によって影響される

土壌の理化学性と要素欠乏の関係  土壌pHの上昇や低下による各種要素の不溶性化についてはすでに前章で述べたが,PHが極端に低い場合を除き,作物根に対して水素イオンが直接害を与えることはなく,そのことによって起こる要素欠乏が,作物の生育,収量に影響を及ぼすといわれている.土壌物理性の不良は,作物の根の伸長を阻害するような硬度,あるいは下部に不透水層を有する場合などに,要素欠乏の発現を助長する.一般的にみて,根の分布が広いほど各種の要素を多く吸収することができるわけであるから,土壌物理性を改良することによって根の伸長が促がされ,要素欠乏が軽減あるいは除去される場合が多い.

各要素欠乏および過剰の要因と症状

 窒素:無機質の窒素はアンモニアまたは硝酸の形であり,水に溶けて作物に吸収され易いが,有機質肥料の場合,土壌が強酸性条件下では微生物による分解は衰え,作物による利用は遅くなる.茶樹は窒素の欠乏に敏感な作物で,葉全体が黄化し,新芽の伸びが悪く,葉が小さくて硬化する.収量は低下し,製茶品質も著しく悪くなる.チャでは品質向上を目的とした窒素の多施が問題になっている.

 リン:土壌のpHが5以下になるとアルミニウムが活性化し,鉄も6.5以下から溶解度が増加して,リン酸と結合し沈澱してくる.茶園の施肥位置の土壌ははとんどがpH5以下で,一般の作物の場合であればリンは吸収し難い形になっている.リンが欠乏すると細胞分裂が衰えるため,根の生育が悪く赤褐色を呈し,特に細根が少なくなる.古葉は小さく細くなり暗禄色を呈し,葉面の皺がなくなって滑らかになる.実際の茶園では土壌中のリン酸蓄積量が多く,欠乏ははとんどみられない.

 カリウム:酸性土壌ではカリウムは溶脱によって失なわれる量が多いが,茶園は施肥量が多いため,カリウム・マグネシウムが一般畑土壌にくらべて高くなっているのが普通である.カリウムが欠乏すると.窒素やリンの場合はど顕著ではないが,新芽の伸びが悪く葉が黄化する.組織が軟弱になり,病虫害に侵され易く,冬季は耐寒性が弱くなって,凍霜害を受けると黒紫色になる.夏季には葉焼けを起こして中央部が褐変する.

 マグネシウム:マグネシウムも土壌の酸性条件下で溶脱するので,補給を怠るとカリウムとの拮抗作用も加わって欠乏する場合がある.マグネシウムが欠乏すると葉録素が減少して緑色を失ない,葉脈間が黄化する.マグネシウムは植物体内を移動するので,症状は古葉から発現し規則正しく上位葉へ進む.

 硫黄:わが国は火山国であるため硫黄の天然供給があり,化学肥料の副成分としても畑に投入されてきたために,欠乏症状の発生はないと考えられていた.しかし,最近無硫酸根肥料の連用によって,硫黄が欠乏する場合もみられるようになった.症状は葉全体が黄化するので窒素欠乏に似ているが,これは硫黄を含むアミノ酸の生成に影響するため,窒素代謝が乱される結果と推察されている.

 マンガン:マンガンは酸性土壌では易溶性になるため,チャでは欠乏が起こり難いが,石灰資材を過剰に施用した場合欠乏し易くなる.欠乏症状は初めに古葉が一様に黄化し,葉辺の下部に黒褐色の斑点が現れて次第に拡大する.症状が進むと新葉も黄化する.対策にはマンガンを含む肥料の施用が必要であるが,過剰にならないよう留意する必要がある. 

 :土壌のpHが高く不可吸化した場合や,土壌中のマンガン含量が多い場合に,鉄欠乏が発生することが各地の試験で報告されている.鉄欠乏の症状は当初マンガン欠乏に似ているが,症状が進むと新芽が網目状に黄化するのが特徴である.鉄を含む資材の葉面散布が有効である.

 亜鉛:土壌中のpHが高い場合や,リン酸過剰による亜鉛欠乏が発現する.近年,リン酸多施によって土壌中の有効態リン酸濃度が上昇しているため,亜鉛欠乏をみかけることが多い.その症状は新葉に黄化した斑点が現れ,葉は小さく,細くよじれて節間が短くなる.‘たかちほ− は亜鉛欠乏ので易いチャの品種であり.葉面散布が有効である.

       要素過剰

 マンガン:マンガンの過剰によって,初めは古葉に褐色の斑点が現れ,、次第に拡大して葉脈間が褐変する.健全な茶樹では地上部のマンガン含量が多くて根に少ないが,過剰症の場合は根に多く集積し腐敗根を生ずる.永年マンガン過剰の状態で生育が続くと鉄欠乏が発生する.

 塩素:茶樹は塩素によって障害を受け易い作物であり,塩素過剰症の発生は潮風による場合と.塩素を含む肥料の多施による場合とがある.症状は葉が萎れて先端が赤褐色にいわゆる葉焼けを起こし,甚だしい場合には落葉する.塩素は必須な要素であるが,副成分として塩素を含む肥料の多施を避けること.台風によって茶樹が潮風を浴びた場合,早急に噴霧器などで洗い流すことが必要である.

 ほう素:茶樹はほう素要求量が少ない作物で,欠乏はほとんどみられないが,微量要素剤の必要以上の施用や葉面散布によって,過剰症状を呈することがあるので注意を要する.症状は古葉の先端が赤くなって内側にわん曲し,症状が進むと落葉する.新葉は少なくなり萎縮する.