「天の鹿」
安房 直子 (あわ なおこ)作
1943年、東京都生まれ。日本女子大学国文科卒業。在学中より山室静氏に師事、「目白児童文学」「海賊」を中心に、かずかずの美しい物語を発表。『さんしょっこ』第3回日本児童文学者協会新人賞、『北風のわすれたハンカチ』第19回サンケイ児童出版文化賞推薦、『風と木の歌』第22回小学館文学賞、『遠い野ばらの村』第20回野間児童文芸賞、『山の童話 風のローラースケート』第3回新見南吉児童文学賞、『花豆の煮えるまで―小夜の物語』赤い鳥文学賞特別賞、受賞作多数。1993年永眠
スズキコージ 絵
初版1979年 筑摩書房
復刊2006年 ブッキング
鹿撃ち名人の清十が赤い月夜の晩に出会ったのは、
みごとな牡鹿でした。
清十は鹿を仕留めようとしますが、鹿は自分の命と
交換に、清十に宝物をやろうと言います。
そこで清十は鹿の背に乗り、空を駆け、はなれ山の
鹿の市へと向かうのでした。
はなれ山についた清十が目にした光景は・・・。
安房直子さんは、私の大好きな児童文学作家の1人です。
安房さんの作品には、視覚的なイメージが大きく膨らむ、幻想的な作品が多いように思います。
そしてそこにはいつもそこはかとなく寂しさが漂いますが、同時にともし火のような暖かさも感じます。
「天の鹿」の物語でも鹿の市の立つ様子が、似たような場所があるけれど、
実はこの世のどこにもない場所として、とても幻想的です。
また、鹿の背に乗って空をかける清十の娘の着物から、模様の花がこぼれ落ちていく様や、
鹿の角に掛けたランプの光をたよりに空を駆ける様、空を駆けている時に雪が落ちてくる様が、
まるでその場にいるかのように読む者の心の世界に広がって行きます。
この物語は美しく幻想的なお話ではありますが、同時に怖いお話でもあります。
清十は鹿の市で会った鹿たちの顔はどの顔も、どこかで見覚えがあるように思います。
そう、この市の鹿たちは、みんな清十が今まで仕留めてきた鹿たちなのでしょう。
つまり清十は、鹿の死後の世界へ足を踏み入れているのです。
その世界から、なぜ清十は首飾りを持って帰ってこれたのか?
なぜ上の娘二人は、自分の欲する物を持って持って帰れなかったのか?
なぜ牡鹿はこの世とあの世の狭間から抜け出せないのか?
牡鹿があの世へ行くために必要な条件の意味するものは何か?
牡鹿が天の鹿になることで、清十が娘を失うことの意味するものなど、
考えれば考えるほど、深く静かに心にしみわたるお話です。