「丹生都比売」
におつひめ
梨木香歩 (なしき かほ 
1959年鹿児島生まれ。英国に留学し、児童文学者のベティ・・モーガン・ボーエンに師事する。
カヤックの愛好者でもある。時に宗教への思いが強く表れるが、特定の宗教には帰依していない。

主な著書
                     出典 Wikipediaより
丹生都比売
1995年11月 
初版 原生林工房
 「丹生都比売」は梨木香歩さんの、代表作ではありません。
しかし、描かれている世界は、静謐さと悲しみを湛え、深遠にして神秘的な幽玄の世界です。
そしてその物語は読む人を、意識の奥底まで深く導きます。

時代は、壬申の乱直前、主に少年期の草壁皇子が大海人皇子(父 後の天武天皇)と
鵜野譛良皇女(母 後の持統天皇)とともに、吉野へ隠棲していた時のお話です。


草壁皇子は歴史の中で、体が弱く、影の薄い存在として知られていますが、
その生涯を予感させるような、皇子と母 鵜野譛良皇女との母子の関係が描かれています。

皇子は母との関係性に悩み、傷つき、恐れ、それでもその母を拒絶できないやさしさを
持っています。

母の存在の重さに息をつまらせながらも、その母を愛さずにはいられない、皇子の心が
あまりにも哀れで、胸が痛みます。

そして、やがては母の持つ業を理解し、自らを浄化していく様は、美しく、寂しく、切なく、
胸を打ちます。

皇子が、キサ(丹生都比売)の導きで彼岸を体験するシーンは圧巻で、
あまりの美しさ荘厳さに言葉もありません。

その経験によって、皇子は子から母への無条件の愛にたどりつき、心の平静を得ますが
これが逆であれば、皇子は子どもらしい生き方を十分に経験して
自分のために生をまっとうできる大人となり、また違った人生を送れたのではと
考えさせられます。

鵜野譛良皇女は少なくとも、自分の業に気付いていますが、
現実には、気付かずに、子どもが何かができるから、何かをしてくれたから愛を与えるという
条件つきの愛を、愛と勘違いしている親は少なくないでしょう。

「丹生都比売」は自分の思い込みが大切な人を苦しめてはいないか、
無条件で愛せているかを、読む人の心に静かに問いかけてくる、心に残る1冊です。

注)
「丹生都比売とは水銀(みずがね)を産し、清らかな水が流れている吉野の地を統べている神霊、
姫神様の名前です。