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ロザリンショートストーリー『白と黒 1』

           




「もう、そろそろ行くか?」
暖房が効いた真冬の部屋

真夏には賑わう海岸線から山中に入って すぐのしけた安モーテルの一室
せわしなくも気だるく支度をする女

今までに暖まった身体をできるだけ冷やさないようにしたい


体裁の良さげな街中のレストランでウエイトレスのバイトをしているのを
頃合いのいい昼下がりの時間に迎えに行き、形だけの珈琲をすする
うそ臭い 白のブラウスに黒の蝶タイのオンナがうなずく

「裏で待ってて」

店の裏に置いておいたバイクの後ろに乗せるなり、ヘルメット越しに女が叫ぶ

「お腹すいた!」


全国チェーン店のフランチャズのピザ屋でテイクアウトすると海へと向かう

人っ子一人いない海岸沿いから山中に向かうと何度か行き慣れたモーテルへと乗り入れた
暖房が程よく効いた部屋に入り、持って来たヘルメットをソファにほうり投げる

冷えきった身体が暖まると女はベッドの上であぐらをかいてガツガツと食べ始めた

・・・・・・・・・・・・


まだ残ってあったベッドの上にあるすでに硬くなったピザの食べさしを一口かじると
ゴミ箱に放り投げ、2人してヘルメットを抱え、表へと通じるドアを開ける

思わずの突風に革ジャンのファスナーを上まで上げた

辺りはすっかりと暗くなっているがまだ完全には日が落ちきってはいない
思いがけずの真冬の横風に吹かれながら、エンジンに火をいれた


シルバーの真冬の海
水銀のような粘りを感じさせ、空恐ろしくも激しくうねっている


ロマンチックな夕焼けなんて贅沢なものなどない
辺りはまったくの白と黒の墨絵の世界
今まで暖まっていた身体がカチカチと音を立てて急速に冷え込んでいく
グローブをしていても一気にかじかんでいく手でアクセルを開ける

 後はただ無言で街灯りを目指すだけ ・・ピカボス







『白と黒 2』

         
 


         もうかなりな時間を走りどおしだな

         一体どこまで行くのやらか ?

 

        最初から目的地などなかったか・・

        ここまでいくつ山や川を越えて来ただろう


      辺りは視界ゼロ 五里霧中とはまさにこの事

      高速環状線も有料山岳道路もあっという間の昼間の出来事だった


         今となれば遠い過去の出来事


          この先には何があるのか
          誰が待っているのか見当もつかない


      最初に出会った奴からはどんな報復をうけるかなどこの際、

      その時の楽しみに置き換えようか


     今までも何度かピンチを切り抜けてきた


      いかついやくざ連中に囲まれた時も何とかなったものだし
      誰も来ない山奥ででも行き倒れにならずにすんだ

       しかし、一体、俺は何のために走り続けているのだろう

            ただの気晴らし・・


            それも確かにある


            現状から逃れたい・・


            そんな弱虫でも今更なかろう

     こんな事をくり返してどうなるものでもないのは子供でも分かる事だ


    
            では、なぜに?


       だめ、だめ ここまで来てもはや臆病風に吹かれたんじゃないだろうな

     おっと 又しても峠に差し掛かった

     この山の向こう側にはどこに通じているんだろう


       天国それとも地獄

       それともいよいよ途中で行き倒れ


      散々手間取った挙句 結局、こんなところで犬死か

      それも又よかろう


      月灯りと獣の光るまなざしだけが道しるべ

      今の自分にはお似合いか・・・

      ともかく今は越えるしかない
      エンジンに思いっきりしがみ付いてやる


 
       誰からどう見られてどう思われようと

       どこへに消えていこうがいいじゃねぇか
 
      唯一の俺の人生



     死に場所が見つかった時にはそこに向かってただ突っ込んでいくだけだろう 


          今の俺には・・


         


            



           『白と黒 3』

           

   師走でいつも通りに慌ただしい駅構内のプラットホーム

    
   せわしなく行き来する大勢の雑踏の中で
   トランクの上に腰を下ろし、1人佇んでいる若い男

   
     もう、そこでかなりの時間を費やしている様子だ

       


       「ぼくの町までの発車時刻まで後、約15分ほどか・

        
        この街に出て来てから、かれこれ10年余りが過ぎたんだなぁ・・ 

        今となればあっという間の月日だった気もする
        一旦、帰ってしまうと、もうここにも来る事もないんだろうな

  

     A子さんと 出逢ったのもまるで昨日の事のように感じる

  
       お互いに思っている事をうまく伝えるのが苦手な2人だったな

       それでも約5年間はいつも一緒だった
       まるで兄弟の様に・・

  
       このままずっと一緒にいられたら最高だったんだけど・・

       思いがけず突然にやってきた別離
       まさかこんなにふうにるなんて思ってもいなかった 

  
         男と女の仲なんて本当にあっけないもの
         失ってみてはじめて判るもんだ
         未だ片方の何かが足らぬ気がする

  
    
     『お見合いの話がきてるの』

  
     いきなり、彼女にそう言われた

  
     『僕がいるじゃないか』

     
     どうしてもはっきり言えなかった

      
          今の自分では自信がないのが本音
          想いは何一つも変わってはいない

          
        今度はぼくの方が実家に帰らなきゃならなくなって

         それからはお互いの距離感を感じるばかりになっちまった

          張りたくもない意地ばかりの関係で・・・
     
     『ぼくと一緒に来てくれよ 他の人ではだめなんだ、君でないと・・』

  
     なぜか、ここまで出ていたのに言えなかった

     何度も言おうとしたんだけど結局口に出せずじまい
     タイミングってあるんだよな

     
     列車の時間は一応連絡しておいたんだけど

    もう忘れてしまっているだろうな・・僕なんか 

   
      無理もないんだ

 
    せめて最後にひと目だけでも彼女の顔を見てから帰りたかった
    自分の気持ちに正直になれたかもしれないのに・・

    今ならばはっきりと、そう彼女に伝えられるんだけど

 
        仕方がない 時すでに遅しだ

    



    おっと、もうそろそろ出発の時間になる

    乗り込むとするか

    故郷に帰り忘れてしまおう 
     

     さようならA子さん さようならこの街よ」

 
    

    踵を変えて今にも走り出そうとする列車に
    乗り込もうとする目の前に

    同じくらいの大きさのトランクを片手にさげたA子が
    こちらを見て微笑みかけている・・

     「さぁ乗りましょう 急がないと出てしまうよ」

    北行きの列車がゆっくりと走り出した

    
    

    2人並んで座っている座席の窓からは

    駅前広場に飾りつけてあるシルバーのクリスマスツリーの

    イルミネーションがほの暗い夜空に白く浮かびあがり

    それが段々に小さくなっていき、やがて見えなくなった
    
    そして窓景色は一面に黒くなった 
    今にも、『THE END』 のタイトルがでそうに ・・ピカボス






           

               

               『白と黒4』    

             

     前編
      
      

      昼下がりの日曜日
      
      軽いノリでチョい乗りツーリングに出掛けた
      天気も小春日和で気持ちがいい
      寒くも暑くもなくちょうどいい季節
      なんて事がなくて気軽にそんな気分になった

      
      自宅からはほんの1時間少し走れば海岸美のきれいな良い所にでられる
      最近に海に面したカフェが最近にオープンし前に1度行った事がある

      バイクはいつも通り快調そのもの

      
      あえて高速道路を使わずに古くからある国道をひた走った

      市街地からいくつかの町や山々を越えていく

      もう何度も走り慣れた対抗1車線の田舎道
      小一時間ほどで田んぼや畑などの、のどかな風景になる

       




        いくつかのトンネルや峠を越えてしばらく走っていると

        観光バスが止まっている小さな駅をやり過ごした

        次の交差点の信号機の赤に立ち止り、少しためらったが

        青に変わるとそこから右折してしばらく走っていった



          その道を走っていると段々に道幅が狭くなっていき、一気にさびしくなった
        車どうしだと対抗がむずかしい田舎の一本道は、
        これから山中に分け入って行く坂道の登り口になった



         道端に古寺の看板が微かに見えた

         道中になにやら由緒ある古寺があるらしい




    
       『やっぱり、しくじったかなぁ 確か、もうひとつ向こうの信号だったっけ
       目的の海岸へは・・

       この狭い道をUターンして引き返すのも大儀だしこのまま行くか


       どっちみちこの方角は海に出るしかないのだし、この先で繋がっているはずだから」



    そう思いながらアクセルを吹かして坂道を登り、どんどんと山中に入って行った


        
        相変らずバイクはすこぶる調子よく進んでいく


       看板に出ていた古寺への入り口の矢印が道筋にあった

       なにやらここから左に折れ、木々に覆われた所を入っていくようだ
       昼間だというのに影になり鬱蒼と薄暗い


        いつもなら好奇心でチョッと行ってみる気になるのだが
        この日は なぜか、寄り道をする気にはならなかった


      いくつかの狭くて急な登りのカーブを超えて行く
     
      想像以上に曲がりくねった山中の道が続いた

      狭い道のコーナーを越えたところで突然トンネルの入り口の前に出た

       
    前方を確認できない所を超えてすぐだったので、思いがけずに不意を付かれた格好だ



       古くて狭いくせにやたら長そうなトンネルだ
       
       向こうの出口がはるか先に見える

       
        思わずバイクを道端に止めエンジンを切り、バイクから降りて
      そのトンネルの入り口まで歩いていった

       道幅はやたら狭くて車同士の対向はとても出来そうにない
       自分のバイクでもトンネル内の端の溝で車との対向は無理そうだ
       
       ぴちゃぴちゃと滴が足れて下面が濡れ湿っている
       
       前後の入り口にだけある切れかけた蛍光灯がパッパと点滅し
       肝心の内部は灯りひとつない闇夜のようだ

       
       それにしてもこの道は滅多に車が通らないようだ 


       今になって気がついたが、先程の国道を右折してからけっこうな
       距離を走ってきたが、行きも帰りも クルマ1台もお目にかかっていない
       
       もちろん・原付や自転車、通行人
    
         誰一人とも遭遇していない

       こんな人里離れた所で通行人と遭うのもどうかだが・・



      なんだか先程まで、うすうす感じていたいやな予感が
      心の中に霧のように 広がり、一面に立ちこめる

     この狭いただの穴倉とよんでもよさそうな中で何かあれば・・・


     真ん中辺りで急にバイクがエンストしてしまったら・・

     もしくは向こうから道幅いっぱいの正体不明な車が来て
     行く手を塞がれてしまい相手が尋常じゃない相手だったら・・



    臆病風に吹かれながら煙草をふかしても名案は浮かぶはずもない
    
    その間にも車の往来は一切なかった
    
    ただの田舎のトンネルが段々にどこかに通じる魔窟に見えてきた

     
       このまま入っていくか、すごすごと戻るか

            さて一体どうしたものか? ・・・・つづく
        

  


           

        後編




      今までに何度もためらってきてここまで来たのだが・・

      考えてみれば、別に何があった訳でもない


          自分の中での気のせいか・・

    
           まだ時間もたっぷりとある

  


  

      そこにいつまでも佇んでいても時間ばかりが経つばかり

   
      やはり、車の行き来は今だに一向にない


   ここまで来ておめおめと引き帰すわけにも本当に行くまい


 

         入り口の蛍光灯の灯りだけがパッパと点滅している


      まるで、中から“はやくこっちにこい” と手招きをしてスタートを促すように

    
          まあ、行くしかないか

      再び、バイクに跨りエンジンをかけた

        「どうぞ、誰も来ませんように!」


     吹っ切れた様に、一気にトンネルの中に入った

    
   やはり、中に入ると真っ暗だ

   頼りないヘッドライトの明かりだけに神経を集中する
   地面が湿っているので滑らないようにだがスピードは落としたくない

    


      夢中で走らせるとあっけないほどに出口にでた
   
   対向車が来なかったのが幸いだしなんて事はなかった
   何をためらっていたのかと苦笑いをする

    

   ホッと安堵する間もなく今度は出てすぐのいきなりの左カーブだ
   夢中でトンネル内を駆け抜けたので、知らぬ間に目一杯加速している

 

   ギアをせわしなく落とし減速をし辛うじて抜ける

       
        「危なかった・・」

    

   そのカーブを超えると今度は思いがけずの降りのコーナーだった

  連続する次から次へのコーナーをかわしていくと、まもなく道路の左側の
  山の壁に面する下方に 黒っぽいベタっとした地面が 目に飛び込んできた

       よく見ると沼だ     それもやたらどす黒い

  
       まるでコールタールを流したかのように・・・

 

    
    その辺りが木々で覆われて日陰になっているからかも知れないが

    それにしても黒過ぎる印象だ

    ここは本能的にやり過ごそうと再びにアクセルを開き スピードを上げ加速する

   突然ぬっと現れた 黒い水たまり
   周りが鬱蒼とした林に囲まれているから余計に黒く感じるのだろう

   段々にそこに近づいて行く
   
   その道筋に面している沼の真ん中辺りまで進んだ時、

   自分の視野の中に白い何かが小さく分け入ってくるのに気がついた

   
     
     なんだろう?チラッと何気なしにそちらに視線をむける
     一瞬にして全身が凍り付いた

     漆黒の沼地の上に白い着物を着たオンナが立ちこちらを見ている
     
     虚ろな無表情で・・・

      そんなはずはなかろう・・? 

    

   思いがけずにそちらに注意をとられて、運転が乱れた
   気を取り直し前方だけの運転に専念しハンドルに力を入れる

   辺りに人の気配のないこんな所で転倒事故など起こせばただではすまない

   

   しばらく何とか先へ進み、そこから少し離れた所まで走って来た
   その後、少しためらったが
   バイクを止めて、思い切ってそちらを振り返って見た
   
   何て事もないただの黒っぽい沼地だった

   

   しかし、一瞬だがあの時、目撃したのは確かで間違いない

   
   どす黒く粘っこい沼地の水面の上にゆらっと佇んでいた白いオンナを・・・ピカボス



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