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  実録


   
   


    登場人物
 
         
  8氏 神戸在住 年齢 30代後半

     
    職業 自営業

       
    性格 はっきり言って危険人物 
       限界のスピード感を
 追い求めるのがライフワーク 


       何もかも ヒリヒリとすれすれを好む 

               
世間一般的を何故か忌み嫌う 
       自らもバイクチーム“カミナリクラブを率い、はや20年



  
H 和歌山市在住 年齢 40歳前後

   
    職業 不詳

   
    性格 一見、温厚そうだがそれを真に受けてはいけない。
       滲み出る怪しさを隠し通す事は出来ない。
       キャデラックからミラにいく極端な性格
       考えてみれば何もかも不詳な人物


       北海道の釧路出身 流れ流れて現在居をここに

       New ハーレーローライダーを獲たばかり。

       数々のバイク歴からそれに行き着いた。


         K氏 和歌山市在住 年齢 30代後半


    職業 紳士服販売

   
    性格 一見おとなしく腰の低さを強調し猫をかぶっているが
       時折オーソドックスな不良上がりを垣間見せる。
                        
       最近、シンプルなハーレースポーツスター
を獲た。



    
T 和歌山市在住 年齢 40半ば

   
    職業 BAR経営

   
    性格 ご存知の通り 私自身である。
       最近、細木数子にはまり火星人(+)を気にしている              
       いつもの愛車ハーレーヘリテイジクラシック


   はじめに
 
 この物語は約3年ほど以前にさかのぼる。その年の梅雨が来る前に思い立った。
  ほとんど事実に忠実に描かれているが、登場人物の表現や、細部に多少の
 事実との食い違いや記憶違い等がある場合もあるが本人達の了解もとらずの
  見切り発車をお許し頂きたい。
 しかしこの経験はおのおのが生涯忘れられなくなった貴重なものである。
      
   すべてのバイク乗り達,そして『ロザリータ』に関わる皆さん方に
           捧げる ボストンシェーカー
  



  立ち往生

  「あれっなんで?・・どうしたのかな。ちょっと待てよ。」
  
  気分よくみんなで和やかに腹ごしらえを済ませた後、次の目的地に向かうべく
   いつも通り準備を整え、セルスイッチをひねるが私のバイクの反応が
  まったくない。
  
   今まで快調に何時間も走って来たのに・・・

  場所は、兵庫県と鳥取県との県境。時間は昼時を過ぎた辺り。
   山又山に囲まれた、国道沿いのドライブインの駐車場だ。
  流しそうめんの故郷らしい。
  確かに、そうめんといい、川魚の焼き物といい申し分のない少し遅いめの昼飯
   をみんなでとった。
  
  取りあえずのここまでの無事を祝って、ビールで祝杯を挙げたのはつい先程の事。
   気分よく店を出た矢先の事だ。
  仲間達は、絶好調のエンジン音を響かせ出発を促す。
   しかし、どうしても、うんともすんとも反応がない。

  
    『やはり、こいつはだめだ!』

  仕方なくバイクから降り、被ったばかりのヘルメットを剥ぎ取りメンバーに
   事情を説明に行く。
 
  「マスター、どうしたの?かかないみたいだね。」のん気にH氏。
   「全然
、反応がないんだよ、今の今まで調子がよかったのに。」

    急なトラブルにみんなが集まり、あれやこれやと原因を探す。

  私のこのバイクはつい最近バイク屋さんから戻ってきたところだった。
  今までにも、それまで小さなトラブルが続出し何度も手を焼いていた。
  
  だましだまして乗ってきたが、思い切って時間と金をたっぷりと使い
   大修理にふみきってやっと仕上がってきたばかりだった。

    『それがこのざまかよ!』

  ガソリンタンクにライターの火を投げ込む衝動をやっとの思いで押さえ込む。


    スイッチ類やバッテリー付近を持参した工具で分解するが、原因は単純に
  バッテリーとレギュレーターしかない。上がりきったバッテリーはただの
   ずしっと重い無用のゴミ箱と化っした。


   「これからどうすべぇ?」

   こんな県境の山奥に、
made in USAのパーツなんかある訳がない。
  携帯でバイク屋に連絡を取るが距離が距離だけに話にも成らない。


  「今晩このドライブインでみんなで働いて1晩泊まらせてもらいましょか?」
   今この突然起こった深刻な事態に絶たされている時に
氏がおとぼける。


 

 「ここに来る途中に、農機具屋さんとバイク屋さんを兼ねている所があった。
   これからそこまで走って行って取りあえずのバッテリーを探してこようか?」


  さすが8氏、生まれついてのトラブルシューターだ。 いきなりのトラブルに
   場慣れしているし心なしか 今こそ自分の出番。
  ここぞ待ってましたとばかり、いやに張り切っている様に見受けられる。


   「すまんけどそうしてくれるか。」 
   「
OK!」

  すばしっこく彼の愛車W650で砂埃とともに走り去った。

  往復すれば1時間以上かかるだろうが今は待つしかない。
   しかしそこに代用できるモノがあるだろうか?・・案じても仕方がない。
  ここは8氏にすべてを託そう。
     
    しかし、なんで今、自分達がここにいるのか、思い起こせば2週間ほど前にさかのぼる・・・



  発端


   T
氏のBarの店内だった。いつものメンバーでいい感じに四方山話に花が咲いている。

  適度に酒も入りいい感じに話題が広がっていきなりT氏が切り出した。
  
  「今度みんなでツーリング行くかい?」 
   
   「えっぇー!」

  「なんで、なんで、なんで。どうして、どうして、どうしてヨン?」

  
   「だって今まで、いくら誘っても付き合ってくれなかったじゃないですか、マスター。」

 
  「そう、そう。僕なんか本当に付き合いの悪い人、今でもこの人、悪の枢軸と思っているのに。」


     H
氏と、K氏がうなずきあう。8氏は黙っていつものアマレットのソーダ割りを飲んでいる。

 「いやいや、君達はまだ本当の僕という人間を理解していないようだね。こう見えても、
   
    私は自慢じゃないが人一倍腰は重いよ。今時のレオンだのラッセルだのの軽薄親父じゃない。
   
どっしりとなかなそうか軽くは動かない。
    デモね、尻は軽いよう、人一倍。ヒラヒラもんよ、スコスコよ、よろしく。」

 「何を、又訳のわからんこと言って。いつもそうやって煙に巻くんだから。この人は。」 
    本気にしない
H氏。

   「ッで、実のところはどうなのマスター?行くの、行かないの。」

      
      グラスを手に8氏がたずねる。


  「僕のバイクもやっと仕上がったみたいだし、みんなのバイクも揃ったところだし、
    今がいい頃かもかなって思ってね。僕もこの何年しばらく、ツーリングもご無沙汰だしね。
   ここらでちょっと一発その気になったんだよ。」

    「あれ、マスター本気なんだ。」 「いいんじゃないですかね。」


  「行き先は、例の?」 


    再び8氏、意味ありげに尋ねる

  
  「そう、例の。」   

 
   腕を組みうなずく
T氏。

 「どこどこ、どっこ行くんですか?」


   「餘部鉄橋だよ。」 


  「あまるべてっきょう?そこって日本海の、落ちた事のある」 「何でまた、そこが何で?」

    驚く、H氏とk氏。


   「聞いた事があるけど、なんでそこなんすか?そこに何かあるんですか。」

 

  「ふ、ふ、ふ。あるんだから仕方がない。詳しい話は8氏に聞いてくれよ。」 


  「なにがあるの?8ちゃん。」

   待ってましたとばかり、変な話が上手い8氏が語りだした。
  
  「まず、マスターはみんなも知っている通り巨大ものフェチだろう。」
  
  「そう、そうなぜか大きな物に反応するよ、この人。」 「大仏とかぁ、太陽の塔とか。」

  「一体何なの?マスター。」
 
  「それが自分でも不思議なくらい反応してしまうんだ。 怖いくせに擦り寄りたくなる、
   そばに寄らなくてはいられなくなる。 畏敬とかじゃなくて純粋に擦り寄ってしまいたい
  衝動に駆られるんだ。 何か幼児体験でもあるのか知らないが、とにかくぬっとでかいものに
   惹かれてしまう。 近くまでいってその巨大な背中に押しつぶされたくなる。
  それを求めて中国まで行ったモンですが、せんせい。こんなぼくっておかしいのでしょうか?」

  「いやおかしいけどおかしくない。とにかくテーマはみんなで巨大なものを見に行く。
   まずそこからかな。」

    もっともらしい8氏の説明が始まった。
   

  「あそこは以前何度か訪れたんだけどね、不思議な所なんだ。一見すると、景色のいい
   すごく風光明媚ないい所よ。


     
日本海独得の海岸線がしばらく続いてね。それはそれは、太平洋では到底味わえない
   ココは、ああニッポンという海沿いの国道。東映映画のタイトルバックの世界。

  きらきらと輝く太陽に星屑をばらまいた群青の海、置き忘れた、漁船がぽつん。
    この海の向こうには数々の悲しい歴史を重ねそれを今も引きずっている半島、
   そしてそれに続く果てしのないドラマを秘めた大陸・・・

  同じ海でもココには喜びと悲しさが同居していて・・」

   しらけた顔で聞いている3人。


     「また始まった、でも面白いね。」 「いいから聞こうかな。」

 
     
  という顔の3人。


     「それから、どうなんの?」

  「うぅん。だから、そこの海岸線の物語に浸り、走っていくと海の反対の山側にいきなり
     ぬっとその巨大な姿を現す。  なにがって? それがその、


    あ・ま・る・べ・餘部鉄橋さ。


    赤茶けたペンキで塗られた、悲しく壮大なドラマを地元民とともに・・・」


  「赤いのが、悲しいのかな、それとも、デカイからかな、あっそうか!もしかしたら
   日本海がポイントかも?」
    真剣なのか、茶化してるのかわからない
K氏。

    「とにかく目利きの8ちゃんが目をつけるのだから、ただの橋ではなさそうだな。
       そこには別のナニかがあるのは間違いなさそうだ。でなにがどうしたの?」
   
   
  H氏が乗り出す。よくぞ聞いてくれましたとばかり8氏の話が続く・・・


  
 餘部鉄橋


 

   「その時、別段急ぐ旅でもなかったから国道から外れて軽い気持ちでその橋に向かったのよ。
     そしたら、それだけ立派な所なのになぜか駅がないんだ。普通それだけの所だったらさ、
    ちゃんとした駅があるじゃない。 車がちゃんと止められて広場もありタクシー乗り場が
   あって しばらく意地になって付近をいくら捜してもそれらしき所がないんだな。

  
     で、地元の人に聞いたらさ、確かに駅はあるにはあるらしい。
    ところが車では行けない。おかしいじゃない?今時、そんな駅。

 

   車では絶対無理、そのバイクでも無理、原付でも危うい。歩きか自転車をついて行く。

   荷物がある時何が一番便利でいいかと、あえて言えば、ロバが1番良いらしい。
     ラクダは、気が荒いからコツが要る。」


   「そら!また始まった。いつものこれか!こっちは真剣に聞いてるのに。」


   「ロバがその辺には普通にいるんですよね、そこでは。
    ラクダは鳥取砂丘から借りてくるのかな?」


     あい変らず8氏の話を聞かされ慣れたH氏とK氏。 


   「8ちゃん、それから?」
T氏。

  「ロバやラクダは、冗談だけど確かに駅までは本当にそんな道のりなんだ。
    人間がやっと行き来できる普通の地道の山道がえんえんと上まで続いている。


     ハァハァいいながら登るとなにやら意味ありげな鬱蒼とした小さな駅に出る。
    なんでわざわざこんな所に駅なんかと思うんだが、考えてみれば、高い山と山の間を
   渡しているのだから無理もない。それにしてもなにやら曰くのありそうな所だなと、
    しばらく佇んでいたら、ありましたよ。マスターの好きそうな物が。」 


   「なに、なに?一体なに。」 


   「記念碑ではないけど、その鉄橋の建設風景を描いた絵画が飾られてあるんだよ。
    今みたいに建設会社の工事関係者がクレーンを使ってできたもんじゃない。
   当時、すべて人力よ。それも、大の男だけではなくて、女、子供、年寄り、村人全員が
    駆り出されて作業している様子が、オドロオドロしく描かれている。
   確か明治の頃だったんじゃないかな。」

  「な,なんだか俺、そそられて来た。」

 「鞭でしばいてる人もいましたか?」 
   「いい感じだろう?」    
   みんな話しに聞き入っている。

   「多分、当時、橋の完成がそこの村人全員の夢だったんじゃないかな。 
    この橋が出来たら、この橋さえ完成すれば、おらが村も!・・・
   かつてのそんな村人全員の願いを、一身に受け異様なまでにみんなを駆り立てた
    それがあの巨大な橋。


   しかし現代は、華やかさの欠けらもなく、その巨大な姿を持て余すようにひっそりと佇んでい
    る、稀に訪れた旅人が当時の残像だけを感じ取る。

   ・・・たとえば、そこから、
    
    「もう辛抱できん。こんな所ウチ嫌じゃ。」
   なんて京都辺りの都会に出ていった娘が、夜中、人目を忍んで、大きなスーツケースを、
    ゴロゴロと引きずって何年ぶりかでその駅に舞い戻る。

   降り立ったそのうらぶれた駅が、その女にはぴったりだ。
    否に派手だけどとことんまでは落ちきってはいない風情だ。簡単な京都八橋かなんかを
   家族土産に手に別にぶらさげている。

 で、その地道の下りの坂道をなんとも歩きにくいハイヒールで降りていくんだ。
   かつてこんな所2度と戻るもんかと駆け上がった坂道を
  
   時折ハイヒールが脱げてしまい、足に泥がついたりするんだけど、元々地元で、
    性根が慣れているから全然気にしない。

 下まで下りると、何も知らないはずの娘の母親が待っている。


  「おかあちゃん!なんで、ここに。」


  「おまえって子は。・・いいんだよ、いいんだよ。戻ってきたんだね。」
  
  「ごめん、色々あって。でもうち、ほんまはうち。」
  
  「さっゆっくりしたらええ、何も言わなくてええ・・おとうももう怒ってないから。」

    

   久しぶりの親子の再会、抱き合う母と娘だ。 そこで、涙、涙・・・
 
         しかし娘の腹にはすでに新しい生命が・・」


  
   「マスター、おかわり頂戴。」 「僕も頂こうかな。」


  「ハイよ。でもまだ8ちゃんの話の続きが・・」


   「いつもこうドッかに行っちゃうんだよね。途中まで、おもしろいんだけど。8ちゃんの話は。」

  「よかったですよ。僕、感動しちゃいました。 八橋に! 生かな、焼きかな。」

  「それと、これは関係ないんだけども、その餘部の次の駅が『浜坂』と言う温泉地で、
   確か『夢千代日記』で有名になった。」 
  
   「えっ、あの吉永小百合と名取友子の!」 「ナニ!名取友子?」 

  「どうしたんですか、マスター?」  「いやぁ、マスターは名取友子のファンなのさ。」
  
   熟れたイチジクの様な、イングリットバーグマンの気品と市原悦子のエッセンスを散りばめた、
   若い頃より今の名取友子が気になっている
T氏だ。
 
  「へぇ、その『浜坂』っていう温泉地に名取友子と吉永小百合がいるんですかぁ。」
 
  「そんな美人がいるわけないだろう、
K君。でも、とりあえず泊まりはそのひなびた温泉が
   いい感じですな。」
   
H氏も食いついてきた。


  1同、納得のしばらくの小休止か。みんなのバーボンを新しく作り直す
T


   とにかくこんな調子で、われらがツーリング計画は始まった
     
     

出発

   

   ツーリング計画で盛り上がった一夜からもどかしく感じる2週間が過ぎようやく決行の朝が来た。    
  いつもより随分早いめといっても一般の勤め人なら普通の時間
より少し早い時間に
起きたT氏。
   一泊二日の荷物もすでに前夜、用意を済ませてあり自宅の2階から、荷物を持って
   店舗になっている1階に降りてくる。
H氏とK氏がやって来るまでしばらくの時間があった。
  8氏とは、神戸の高速インターチェンジの某パーキングエリアで合流予定だ。

 『みんなの珈琲でもいれるか。』

  「ドコドコドッコ」3人分の深入り珈琲をドリップしていると聞きなれたエンジン音と共に
   スポーツスターに跨った
K氏登場。 
  2人して朝の空気の中、店の外で熱い珈琲をすすっていると ほどなく
H氏が、
   新しいローライダーで到着。 まずはスムーズに全員集合した。

  普段のバシッと決めたスーツ姿とは別人のような、チェックのネルシャツに、ジーパン。
   レッドウイングのブラックワークブーツが効いている
K氏。

   シンプルなスポーツスターによく似合う。一見さわやかなアメリカンガイを気取っている。

  ニューモデルのローライダーを最初のショベルのオリジナルに近づけ、迫力のあるマフラーが
   印象的な
H氏の愛車。 押しのある体格とオトボケ具合がいい感じだ。
  ブラックTシャツにゴールドのペンダントが本人の怪しさを物語っている。

     「いい天気になってよかった。」 「ほんとに、ほんと。」
  
    「じゃ僕はこれで、」 「こら!天気になって帰ってどうすんの。そろそろ行こうか。」

   隣のコンビニの女の子に見送られながら、ハーレー3台分の爆音と共に店をあとにした。

      かくして無事旅立ちとあいなった。

     
   『無事に再び帰ってこれますように』

  いつもツーリングに発つ前にする心の中の儀式を行うと、一気に開放感に包まれる。
   今まで何度となく繰り返してきたこの解き放たれた時間。朝の澄み切った空気を思いっきり
  吸い込み、通勤途中の車や人達を横目にお城の前をカーブしJRの駅前から高速入り口へと
   向かう道中は、なんとも晴れがましい気分満載だ。

   『普段はほとんどたった1人での旅立ちだがこんな仲間連れも独特な楽しさがあるな。』

   色々と感慨深い
T氏だった。 おそらく後ろの2人も同じ思いだろう。

  高速の入り口を抜け、朝のハイウェイ特有のすがすがしさが続く。
   山間部から、海岸線が垣間見え何度通ってもこれからの旅の道中のいい胸騒ぎを
  感じさせてくれる。
    しばらく3人で抜きつ抜かれつつ、遊んでいると埃っぽい都会へと滑り込んでいった。

  グレー一色の無味乾燥なスモッグまみれの環状線も悪くない。ビル郡の間をぬって走る快感も
   捨てがたい。少々の無茶な暴走もたまには、という気分にもなるのも理解できる。

  いつの間にか気がつくとキャノンボール状態になり、待ち合わせの場所をはっきり判って
   いない
T氏は,スイッチの入ったH氏を見失わないよう懸命に追いすがって行った。
  後から淡々とマイペースで追いついてくる
K氏も心配だが、なんだか幸先が一抹怪しく
   なってきた予感の
T氏だった

   突然知らぬ間にどこかのスイッチが入るH氏。
   
  『たぶん別の場面でもそうなんだろう。なかなか面白い奴。』

  埃っぽい大阪を抜け神戸に近付いてくるとホッとする。 ほどなく待ち合わせした
   インターチェンジにたどり着いた。

  しばらく3人でベンチに座り休憩を取っていると、シンプルな
W650に跨った8氏が現れた。

  迷彩の軍用パンツに、コンバットブーツ
 。 シンプルなバイク用ジャケット。
   流石、堂にいっている。 朝の缶コーヒーを手渡す。

  「おはよう8ちゃん。」
  ヘルメットを脱ぐと

   「昨夜さぁ、女のやつがさぁ・・・・」
  
   さっそく始まった。 しかし、無事全員集合でひとまずホッとする。

  これから本格的に、鳥取県を目指すつまり、太平洋側から日本海側に陸地を横断する事になる。
   半分ほど高速で後は国道を淡々と走ればよい。 少し遅い昼時は多分、山の中だろう。
 
  「じゃぼちぼち出発しようか。」 「そうしよう。」

  ほとんど車のない高速道路とはバイク乗りにとってはパラダイスだ。

   飛ばし放題、やりたい放題、しかし調子にのりすぎるとしっぺ返しの痛い目にあう。
  見通しのいい道が延々と続き、段々とあきてきた頃、一般国道に下りる。
   高速道路も魅力だが、その土地特有のにおいのする地元道も捨てがたい。
  海辺や山間部などを走っていると旅にでてきたのを実感させてくれる。
   どこだったか、広大な花畑に遭遇したときは圧巻だった。

   昔、海辺の漁村を走っているとどうもイカの生臭い匂いが漂っている。
 『なるほどな、その辺に干してあるし無理もないか』
  としばらく走りその町を過ぎてもまだ臭っている。
 『しかし、強力なものだなぁ』
  気にもとめず走っていたが余りにしつこいのでバイクを止めしばらく観察すると
  どうやらその臭いの根源は自分のバイクからのようだ。
   バッテリー付近から漂っている気がする。最寄の知り合いのバイク屋に持ち込むと過充電で
  中の液体が沸騰し箱自体が丸く変形していた。

   『もう少し遅かったら爆発してたかも知れんよ」真顔で脅された事がある。



  高速道路の後では信じられないくらい遅く感じる国道をしばらく走りさっそく
   給油がてら小休止にガススタになだれ込んだ。
  
  その時、「おかしい、さっきからなんだかおかしい?」となにやら不審顔の
T氏。
 
  「マスター、どうしたの?」 心配顔で尋ねる8氏。

 「実は耳が聞こえないんだよ。まったく聞こえないし何を言ってるか判らない。」
 
   T
氏は、最近K氏から譲ってもらったお碗型のヘルメットを被っていた。それでは無理もない。

  街中なら何の問題もないが、耳を丸出しで高速道路を全開で何時間もぶっ飛ばしてきたんだから、
  聞こえなくなるのも仕方がない。
   みんなに笑われるがなんだか不安になる。

  「鼓膜が破れたんじゃないか?これからずっと聞こえなかったらどうしょう。」

   心配していても聞こえるわけじゃないしでしばらく様子を見るか。気を取り直し出発進行。
  
  のどかな山間部に入っていき川沿いに道が続くいい感じのルートだ。都会ではどうしたこうしたと
   言っているが日本中のほとんどはこういう風景だろう。広々とした畑や田んぼが和ませてくれる。

  たまに、耳元で「ウォーい。」と叫んでみると段々に聴力が回復してきている。
  『よかった。』と思いきや、急に腹が減ってきた。多分、みんなも同じだろう。

  そろそろと食べる合図をするとやはりみんなもそのようだった。

 「もうすこし行った所の流しそうめんがこの辺では絶品らしいよ。」
     地元民に聞いて来て8氏が報告してくれた。
  
  「そう、昼めしは流しそうめんだ!」  「僕もそれが良いと思っていました。
   この辺はそうめんの産地らしいですよ。」
   「そうか、スウちゃんがテレビで叫んでいる、
   日本全国揖保の糸ですよ! それがここか。いこいこ、そこへ行こう。」
      
  おっさん同士は話が早い。やはり旅にかかわらず食事の店選びなどは価値観など似た同士でないと
    なにかと上手くいかない。・・・・
  
   例えば、少し年代が上の人と一緒の場合になると
   
  「いやぁ、ここは君にお任せするよ」なんて下駄を預けられ

  「じゃあこんなとこでどうですかね?」 「いやぁ、なかなかいいんじゃないか、T君。」

  「はぁ、ありがとうございます。ところでなになさいますかねぇ。」 「そうだなぁ。」
    
   なんだかゼネコンの接待をしている下請けの水道屋状態になってしまう。

   かといって世代の下の人間になると
  
  「ハイ!どこなりとお供させてもらいます、ゴチになりまぁーす。」
   とついて来られてもなんだか割り切れない。金を出すのは別にいいにしてもなんだか上手く
  乗せられている様で割り切れない思いになってしまい段々と腹が立ってくる。
  
   かつて勤め人をやっていた頃に新人類といわれている後輩を連れて廻っていた時期があった。
  やたら調子がいいんだが なんとなく胡散臭い奴と気になっていた。
  
   ある時、仕事の後、中華料理屋で機嫌よくそいつと食べていたら
  
  「先輩!この焼きそば、髪の毛が入っていますよ。」「ええ?」

   見ると確かに毛が一本入っていた。
  
  「一体、これはどういう事なんですかねぇ。」 「うん、文句言うんなら言えば。」

  相手にせずに黙って食べているとやたらこっちに不平をたらたらと並べだす。
   どうやらこいつは俺から店主に文句を言って欲しいようだ。考えてみればいつもこっちの
  おごりで今日もそのつもりで来たのだが、あまりにしつこく言うから段々と飯がまずくなった。
  
  「文句があるなら自分で言いに行けばいいだろう。」

  そういうと何も言わずにシブシブ不機嫌に黙って食べだした。これも俺のおごりだと思うと
   なんだかそいつに無性に腹が立ってきた。

   「髪の毛が入っていたくらいでガタガタ言うなよ!」 「でも・・」

  そう言ってそいつの頭の髪の束を思いっきり引っ張ってやり、食べかけの焼きそばの上に
   抜けた何本かの髪の毛を振りかけてやって

  「これでどうだ?俺は帰る。その焼きそばと俺の分もちゃんと払っとけよ。」

   と店を出てきた。それから2度とその新人類とやらはついてこなくなった。
 

   又女性と一緒の場合もひと悶着の種だ。そろそろ食事かなと切り出すとおもむろに
    雑誌などを取り出し

  「この辺に確かいい店があった筈なんだけど・」
 
  と急に探し始める。
   
  「エーッと、そこじゃなくってもっと先かな。ここはちょっと感じが違うし。もう少し先かしら
    あっ待って!今、右に入った所に何か感じのいい店があった気がする。」

  とか何とか言われ初めての道を散々30分は、行ったり来たりさせられる。 

   あげくの果てに 「さっき通った3軒目がいい。」
 
  まるでしもべの様にあっちだこっちだと引っ張り回され腹もすき過ぎてもうどこでも
   なんでもよくなった状態でようやく食卓に向かう。
   
  しかし、いつもどこへ連れて行っても「私、何でもいいわ。」としか言わない女性も
   面白くないし愛想がない。 なかなかに難しいものだ

   ・・・・・結論はとにかくおっさん同士は話が早いと。
            
     何となくぼんやり、色々と考えてるとそんな結論に達した
 


   そうと決まればがぜん元気が出てくる。そこへと急ぐとまもなくたどり着く。
  
  駐車場をやたらと広く取った普通のドライブインだが馬鹿でかい看板が出ていて観光バスなんか
   も立寄るようだ。 気分よくそれぞれの愛車を乗り付ける。

   昼時を少し外れていたのでだだっ広い店内に客は自分達だけだった。
  
  中に入って何よりまず自分達の目を引いたのは、それぞれのテーブルに置かれてある
   いくつものポータブル卓上流しそうめん機であった。色鮮やかなパステルカラーに配色された
  たらいほどの大きさのそのマタンゴの様な巨大食虫植物のシュールな不思議な味わいがあるモノが
   各テーブルにユラユラっとセッティングされてある。

  「この辺は水が命ですから。なんでも食べ物の基本である水、まずそれが他所と違いますから。」

   水で満たせたそのたらいの様な中に人数分のそうめんを入れスイッチを入れると
    アラ不思議、ぐるぐると中の水が回りだした。
  
   店の人が胸を張ってそう説明をしてくれる。しかし、この中にあった水がただそのまま回って
    いるだけで流れているわけではない。入り口から入り出口に出て行くのが流れるッ
  というのではないのか。 洗濯機の脱水なら分かるがこれは普通の洗いの状態だろう。
   脱水でないと流しそうめんとはいわせたくない!こんなの流しそうめんなんかじゃない、
  
   まるで悪徳温泉旅館じゃないか。  回るあほなそうめん機を見ていると色々とついつい
    余計な事を考えてしまっていた。
   
    ここでそんな野暮な細かいつっこみはいいッコなしにする。
  
  そうめん以外にも川魚や何かと地元の一品、それとやはりビールが必要だ。
   
  「ここまでまず乾杯!」「とにかくよかった、よかった。」「お疲れ〜。」「ブラボー!」

   やはり旅先でみんなでの食事は最高だ。 これが一人旅ではこうはいかない。
    どこへ行っても前かがみ気味にもそもそとやましげに済ませてしまう。

   何やかやと話に花が咲きキリのいいところで

  「さてこれからどう行こうか。」
  「この道をまっすぐ走って鳥取市に出る。砂丘でも見て引き返すかたちに海岸線をしばらく
   行くと餘部鉄橋だ。このペースだと、時間的にも十分楽勝かな。」
  「じゃ、そろそろ行くとするか。」 
  「そうしよう。」
  「ぼくを置いて行かないでくださいね。」
     
    各自ヘルメットを持ち満腹の腹を抱え気分良く店内を出た。

  それぞれ自分のバイクに跨りみんなのエンジン音が快調に響く。 T氏以外は。・・・

                       
                         つづく


   
鳥取ハーレーショップ

   8氏が走り去ってから、3人でする事もなく辺りをウロウロし時間を持て余していた。

    1時間少しで待ちかねた8氏がバイクの後ろに小さなバッテリーを2個くくり付け
   意気揚々と戻ってきた。

   「原付のバッテリーだけどとりあえずこれを2個繋ぐといける、応急処置だけど・・
   鳥取までなんとか辿り着けば正規代理店があるそうだし、一応そこまでの辛抱だな。」


   「ご苦労さん、これでなんとかいけそうだな。」


    さっそく図体のデカイ持て余している
T氏の愛車に取り付ける。


   「なんとか治まったな、よかった、よかった、助かったよ。」

  「安心するのはまだ早い、エンジンをかけるときはみんなで押しがけだ。でないと、
   電流が大きすぎて配線が燃えてしまいバイクが炎上するぞ。」

  「ええ! そうなの?おおこわ。」

   男手4人分の押しがけですんなりとエンジンがかかり何とか出発できるようにまで復帰した。

  「とりあえず。鳥取まで。」「オーケー!」

  
   ようやく出発できたがエンストしないよう慎重に運転する。

  のどかな田園風景や、程よい山間部を超えると久しぶりの大きな街らしき所に出た。
   日本海が目にしみる。こんなハプニングがなければみんなでいい観光が出来たろう。
  鳥取駅から、連絡を取りのハーレー代理店へとさっそく向かう。

  近くに大学があり若者達がうろうろしているきれいないい感じの街だ。

  きびきびとした本当に気持ちのいい整備のお兄さんが対応してくれやれやれと胸を撫で下ろした。
   まるで百貨店で接客を受けているかのような感じのよさにホッとくつろいでしまう。
  
  コスチュームとは不思議なものだ。普段ならなんとも思わないが体の具合が悪くなった時、
   お医者さんや看護婦さんの白衣を見るとホッとするし車がエンコした時につなぎ姿の人が
  駆けつけてくれると救世主に見えたりする。
  ハーレーのロゴの入ったつなぎ姿のお兄さんに迎え入れらた時、全身に張り詰めていた
   力が抜ける思いだった。
   
  さっそくじっくりと見てもらう事にした。

  本来なら、砂丘など他にも色々と廻れるはずなのにこんな事ばかりに仲間をつき合わせて
   しまい本当に申し訳がない。

   『申し訳ございません、皆様。お許しください ひとえに私の責任です』
    胸中でメンバーに謝っていると

  「この車種に合うバッテリーは、今当店には在庫がございません。それと、レギュレーターも
   パンクしています。このままだと又止まってしまいますよ。」

   「えぇ!」

  さすがに1同ショックを受けた。

  「もう我慢ならん。何度も何度もええ加減にせんかい、このポンコツが!
   みんなに迷惑ばっかりかけくさって。 今すぐスクラップにして鉄板にしたる、
   この役立たずの図体ばかりのボケバイクが!」


  T氏は無意識にガソリンタンクに何発か蹴りをいれていた。それでもまだ飽き足らず
   今度はエンジンをハンマーで殴りかける所を

  「まあまあ、マスターここは僕に免じてゆるしてあげてよ。こんな事は仕方がないことで
  何も好き好んでこうなったわけでもないんだから。ここじゃなくてもどこでなっても一緒よ。
   そこが機械の可愛い所じゃないですか。永遠年連れ添って来た愛車でしょ。
  短気はソンキ、浮気は私 人生は長い目で見なきゃぁ,
   いとおしい、健気な愛い奴と思ってあげてくださいよ。悪い事ばかりじゃないんだから
   ここはひとつ、わたくしの顔に免じて・・・どうにかおさめてあげてくださいよぉ」

  「こいつが、こいつが。お前っていう奴はぁ」

  たまりかねて抑えていた怒りを爆発させた
T氏に後ろから羽交い絞めしてなだめるH氏。

   突然、暴れだした大男2人に、一体何事かとバイクショップのスタッフやお客達が見入っている。

  「なんでもないですよう、皆さん。いつもの事ですから、気にせんといてくださ〜い。」

   
K氏が、みんなを安心させている。

  「一体何事ですか?」

  いきなり暴れだした親父達に唖然とする整備士さんに

  「何とか方法はないかな。ほかの車種のバッテリーで代用するとか。」

  「そうですね、様は端子の位置の問題ですから、少し加工すれば何とかなりますかね。
   レギュレーターも同じ事で。」

  「そうですか、じゃそれで何とかお願いします。」 「わかりました。」


  当人達の知らぬ間に8氏と整備士さんとで解決策は出来ていた・・・


  陽もすでに落ち、辺りがすっかりと暗くなった頃問題のバイクはようやく復活した。
  
 今夜の宿は、その整備士さんの知り合いだという、そこから30分ほど走った所にある
 “岩井温泉”にある『岩井屋』さんという旅館に決定済みだ。
 電話で予約済みで宿代もいくらかまけてくれた。
 
 考えてみれば何かにつまづくが何かに救われるそのローテーションの不思議な旅だ。
  ようやく復活を遂げたT氏のバイク。
 お世話になったショップの人達に手を振って見送られながら出発した
 すっかりと陽が落ちた道を慎重に温泉を目指してひた走る。

  完全に調子も良くなり、後は予約した宿に着くだけとなると気分的にも楽になった。

 国道から山側にしばらく入っていくと本当にひなびた風情の小さな温泉地にたどり着いた。

  シーズン中なら、結構行楽客が多いそうだがその町全体での今晩のよそ者はどうやら
  私達だけらしい。その温泉街にいくつか並ぶ旅館で1
,2番目ぐらいの立派さだった。
    旅館の前に掲げられた『T氏様、御1行様』の看板が晴れがましい。

     
  岩井温泉
 

  

  旅籠の風情が残っている申し分のない雰囲気の宿だった。


 「いらっしゃいませ。お疲れ様でした」
 
  仲居さん達の声になんともいえないくつろぎの旅心に胸が染まる。

  本館から道を隔てた駐車場にバイク4台を止め、それぞれくくり付けた荷物を本館に運んだ。
  
  決して豪華ではないが古くからの老舗旅館の風格を漂わせ、なぜか懐かしさと到着の安堵感
  これからのいい夜を迎えられる予感、それらをしみじみ感じさせてくれる『岩井屋』さんだった。
  
  重苦しいブーツをみんな玄関で剥ぎ取りさっぱりとスリッパにはきかえ温かみのある
  こじんまりとしたフロントの踏み心地のいい絨毯が敷かれてあるソファへ上がる。
  程よい疲労感と安堵感が広がり靴下の汚れもこの際気にもならない
 
   チェックインを済ませると仲居さんにさっそく2階の4人部屋へと通された

   『お食事の前にお風呂にでも行ってこられますか?別室にお食事の用意をしておきますので。』

  ウエルカムお茶をみんなで飲みながら
       
       「じゃあそうするかい。」


  慌ただしく浴衣に着替え、タオルを持って教えられた浴場へと歩く。廊下や部屋が入り組んでいて
  館内は思ったより広いようだ。火事になったらどうしようと考えるより、迷路のような建物の
 中のもの珍しさがおもしろい。華美さはないがよく手入れの行き届きが随所に感じられる。


  脱衣場で「
K君はどうしたの?。」とH氏。そう言えば先ほどからK氏の姿が見えない。

 「K君は多分今回初めてのツーリングだから、少し疲れたんじゃないかな。
  奥さん、とも連絡があるだろうし。
 
 考えてみれば8ちゃんやH君、それに俺。我々3人ともこんな事ばっか、かれこれ飽きもせずに
  20年以上してきてるから今更どおって事がないけども、初めての彼には少しきつかったかも
 しれんな。」
 
 「確かにそうだね、最初のツーリングにしては道中色々あったし。」

 「あまり。色々かまわずにそっとしておいてあげたほうが良いかもな。」

 「そういう事にしような。」

  初ツーリング参加の
K氏を気遣い、3人で打ち合わせる。

  戸を開けると浴場内は思いもがけずいい温泉だった。


 ぼぉと湯気とランプでセピア色に全体が染まり、いい具合にひなびてしかし、
  古ぼけてくたびれた感じではなく、清潔感があってコツコツと手を入れつづけた、いい風情を
 かもし出した風呂場だった。
   何箇所かの浴槽があり、広々した所では、大の大人でも少し泳げるほどだ。

 「あぁ〜最高だね。」「この瞬間を待っていましたよ、わたくしは。」

    「旅の疲れも吹っ飛びまぁす。」

 めいめいが歓喜の雄叫びをあげていると

  ガラ!ッと入り口の引き戸が威勢よく開く。 

  「みなさま! お待たせしました。お邪魔しまんにぃあわ。」
     
   突然、乱入する
K氏。  「よお。」

 さっそく入るなりいきなり泳ぎだす
K氏。

  「この温泉、いい感じですねぇ、僕、今度お忍びでこようかな。」

  やっぱりお気楽な
K氏だった。
 心配してなんだか損をしたあとの3人だ・・・



  
  「じゃそろそろ繰り出すとするか?」「そうですね。」「待ってました。」「コロンはどこかな?」


  温泉の後、別室で申し分のない晩餐の後、みんなで部屋に戻り、しばらくゴロゴロしていた。
   腹もこなれ、ぼちぼちと退屈になってきた頃、寝転がっている
T氏が何気に切り出すと
  待ちかねたように全員がのってきた。

  「こんな温泉地には必ず、訳ありのママがやっている店があるもんでしてねぇ。」


  「そうなんですよ、ほうって置く手はない。」 「ここは行くしかないか。」

  「浴衣で良いかな?」 「それがいいんですよ。こんな時は色んな手間が省ける。」

  「今更、ズボンをはくのもカッタルイもんね。」 「僕、がんばちゃおうかな。」

 それぞれが勇んでフロントに降りるとまだ早い時間だというのにフロントの電気はすでに消えていた。
      
  「あれ!どうしたのかぁな?」「やけに早く消すんだな。これからだというのに」
    
  「こんな所の夜は早いんですよ。」「それって逆じゃないの?」

  表に出てみても通りの電気は消えているし人っ子ひとり誰も歩いていない


 辺りは商店街のようだが見事にすべての電気が消えている。道だけを照らす蛍光灯の灯りだけが
  青白く照らしているが店舗はシャッターを下ろし灯りひとつもない。ウロウロしているのは
 自分達以外では野良猫くらいなものだった。
 むしろ、コンビニやファミレスなどが一切無いところが潔さを感じる。

 しばらくぶらぶらと浴衣4人組で人っ子いない辺りを散歩をし一軒だけ空いていた酒屋で
 ビールたるとつまみ類を買い旅館に持ち込むことにした。 
 
 すでに真っ暗になっているフロントのソファにみんなで腰を下ろし店を出すが せっかくだから、
  フロントのすべての灯りをつけ賑やかに自分達で盛り上がる。


  旅館の人がもし来たら、一緒に飲めばいいだろうっと。困ったおっさん4人組の
  果てしなき酒盛りは、延々と続くのであった・・・。


  ほとんど明け方近くまで騒いでいたが次の日までアルコールは不思議に残っていなかった

 やはり、ビールにしたのが正解だったようだ。下手に、ウイスキーやバーボンだと
 そこで連泊しなければいけないはめになったろう。

 朝風呂の後のお決まりだがやけに上手い朝食をとった。

  「どうもありがとうございました。又お寄りくださいまし」

 旅館のスタッフの皆さんに見送られ『岩井屋』さんを意気揚々と出発したの良いが
  2日目はあいにく、朝早くからの小雨模様だった。
                          
 衝撃  

 

 今日はいよいよ目的地である例の餘部鉄橋を目指す。 これくらいの雨ならばなんてない。

 
  いい天気には越した事がないが我慢できぬ雨ではない。誰一人として雨具など持ち合わせて
 はいない。 昨夜の余韻に浸りながら静かに見送ってくれる岩井温泉をあとにした。
 
 小雨降る国道を日本海を左手に見つつ曲がりくねった国道をスローペースでしばらくひた走る。
  先頭に8氏、K氏そしてT氏、しんがりにH氏の順であいにくの雨の中太平洋側にはない
 入り組んだ海岸線の風景の中を淡々と進む。


  鬱蒼と感じる山側に佇むようになんの前触れもなく国道からその姿を現した。 
 雨に濡れしっとりとまわりの緑が深く感じられる山辺に囲まれた中に真っ赤な姿が印象的だ。
  国道から右に折れしばらく入っていくと向こうから巨大な魔物が迫ってくるような錯覚をする。
。 
 すぐ間近まで来るとやはりインパクト大だ。 鉄橋の真下にいい場所がありバイクを止めた。

  あらかじめ聞いていた通りそこからの坂道が上に向かって続いている。

 「これが噂の坂道かぁ。」 「8チャンの言っていた通りだね。」

 「いかにもドラマになりそうな所だろ。」「小学校の遠足を思い出しますね。」


 地道で人間だけが通れる狭い坂道をテクテクと登っていくと「餘部」の駅の看板が現れた。
  ヘルメットと合羽姿の係員のおじさんがいるだけで鬱蒼としたあたりには他に人の気配もなく
 ただ巨大鉄橋が渡り手である列車の到着を静かに待っている。

 どんよりとした天気がぴったりとくる周辺をしばらくみんなで散策する。やはりマジかに見る現物は、
  想像よりはるかにでかく巨大物好きの
T氏のフェチズム心を満たしてくれる。
 
 8氏の言っていた、オドロオドロした絵画もちゃんとあった。山の斜面を背に墓石のようなベンチが
  しつらえてありその後ろに“デンと無造作に置かれていた。
  それもまた想像よりもでかくいやに存在感を放っている。

  巨大鉄橋をバックに大勢の村人達が素手に大きな土砂を体の前に抱えもくもくと坂を
  登っている様子がいやにリアル感がありおどろおどろしく描かれてある色あせた大きな絵画。
  
  女の人は頬かむりをし学帽をかぶった男の子や坊主頭の男の子達、小さな女の子、
  国防色の詰襟の若者までが列をつくりみんながみんなうつむきがちに坂を上っている。
 
 それぞれの人物の表情がまったく描かれていなく、まるでのっぺらぼうの集団のようだ。
  
  その絵画の前に咲いている地味な白い花までがなにやら意味ありげな気がしてくる。

  ホームのベンチで濡れた靴下を絞りしばらくみんなではシャイでいたがキリがないので
  小雨振る中、ぼちぼちと帰路に発つ事にする。
  
  考えてみれば他所からの歓迎のムードも華やかさも何もないただ簡素な建物だけの駅だ。
  ほとんど地元民だけがあの絵画の中の人物達のようにのっぺらぼうの如く
   ただ乗り降りするだけ、それだけの所。
 
  あれだけの大変な工事だったのだからかつての完成当時は賑やかなセレモニーも
   村を挙げて盛大に行なったはずだ。
  
  {我が村の夢の架け橋 餘部} 
 
  などとリボンをかけられ爆竹が鳴らされ花火が挙げられ風船やアドバルーンもあげ派手に
  盛大にしたのではないか。
  附近の青年団や鼓笛隊などが急きょかき集められパレードや威勢のいい行進曲が演奏された後、
  長老の挨拶が始まる。
 
  『 村の人たちには今まで色々とご苦労かけたがこれからはこの夢の橋が完成したお陰で
  他所からドッとこの村に訪れる人達でいっぱいになるのは間違いないじゃろう。
  それに合わせ村も色々な迎える準備もこれからしていかねばならん。
  又ここから町に出かけるのにも今までのような苦労はなくなるぞ。
  皆さん! これからの村の発展はまちがいないぞ。この夢の鉄橋完成に乾杯 』
 
  庄屋さんか村長さんの挨拶を皮切りに村中を挙げての完成の祭典に浸ったのに違いない。
  
  今は訪れる人もなくただひっそりと・・・同じ坂道を下るがあの絵画の後だから感慨も深い。
  
   多分もう再び訪れる事はないだろう” 夢の跡の餘部鉄橋を名残惜しくあとにした。

 
 なつかしい東映映画のタイトルバックのような日本海を見ながら、奇岩が続く海岸線を
ツ−リング
  のスローペースで走った。どんよりとした空に波の荒さがその地域らしい。

   『さぞかし、天気のいい日なら風光明媚ないい海岸線だろうな』

 
 緩やかなカーブをこえながらT氏がぼんやり考えながら走っていた。
 
  前方で出口の見通せる岩山の岩盤を刳りぬいただけの距離の短いトンネルが見えてきた。
  先頭を走る8氏がまずためらいなく入って行き 続いてK氏が進入する。
  まわりの岩肌がそのままの剥き出しになっている短いトンネル内に今度はT氏が何気なしに入り、
  点けるほどでもないヘッドライトのスイッチに手を伸ばしかけた時だった。
  
   それはー瞬の出来事だった。
 
  前方でトンネルから抜け出た直後の8氏が、バイクもろとも空中に投げ出されているのを見た!

      

  あまりの事に現実味がない。  まるでバイクと乗り手もろとも何かの魔物に一本背負いを
  喰らわされた如くに、スローモーションを見るように8氏とバイクが 宙に舞うと
  勢いよく地面に叩きつけられ何度も転がされその勢いで反対車線にまで投げ出された・・・。


 「どうした!一体なんなんだ。」

 心中で張り裂けんばかりに叫ぶと、その直後に今度は自分のバイクの変調に気がついた。

 なんの前ぶれもなくいきなりアイススケート場の磨かれた氷の様につるつるに
 路面が豹変し
前後のタイヤが左右にはげしく横滑りしだした。

 『これはやばい。』

 そう思うまもなく今度は巨大なバイク全体が大きく振れ出し、
 まるでロデオ状態になり、完全に操作が出来なくなった。ブレーキもアクセルもない。
 とっさに神経をハンドルに集中するが今まで走ってきた惰力と軽自動車ほどある
 車重がまさりこのままでは勢いよく壁面に衝突するか転倒するしかない!
 
 『もうだめか!』

 あきらめかけた瞬間、 

 『ガッシャーン!』
 
 トンネル内全体に響きわたる大音響がした。バックミラーを見る事もまして振り返る余裕   などあるはずもなかった。
                        

 

 
魔物

  
 後方からの突然響きわたる轟音に驚き一瞬、体全体の力が抜けるとバイクの揺れがじゃっかん
  おさまった気がする。
 それまでハンドルとステップに思いっきり力をかけなんとかねじ伏せようとしていたのを反対に
  なるようになれとばかりに開き直っていた。

   『転ぶなら転べよ、ぶつかるなら思いっきりぶつかれ!』

 暴れる猛牛に変身した我がバイクに身を任せるようにただただ乗せただけの荷物の如くに
  全身の力を抜いてみると驚いた事にそれまでまったく手がつけられなかった荒れ狂う猛牛
 がじょじょにおさまってきた。
 
  その時、無我夢中のすき間にまるで幻覚のようにめまぐるしい思いが頭の中をめぐった。
 
 
 ほんの1瞬の間に色んな場面が頭の中に叩きつけられる。これから起こり得るあらゆる場合を
  想定した場面、場面をまるで大量のコマドリ写真の様に並べては散らばり、そして、
 それらをこれでもかとばかりにみんなにばら撒かれ晒されたような感覚。

  そして怪しいかすれたささやきも耳元ではっきりと聞こえた。

  『こうなるぞ!それともこうか。どれがお前達のお望みなのかい? 俺の采配ひとつだぞ。』
  
  『どうなっても仕方がないか、成るようにして貰おうじゃないか!』

    完全に開き直って心の中で見えない何者かに応えていた。

  『・・・・』
 
 それら全部が段々と霧のように薄くなりやがて消えていくと待ちわびた長すぎた
  明るい出口が間近へと迫る。
  
  『俺はなんとか助かったのか?』

 ようやく外に抜け出せるとそこを出てすぐの道路の左端になぜか駐車スペースがあり
  そこに愛車を置いたK氏が反対車線にほうり出されている8氏と8氏のバイクの方に駆け出している
 のが見えた。自分のバイクをK氏のバイクの傍らに置くと反対車線から軽自動車がやってきた。

  全力疾走でそっちに向かい走ってきた車の前に立ち夢中で叫んでいだ。 

 『止まって下さい! 事故なんです。止まって。』

  急ブレーキをかけすんでのところで止まった車の運転席には初老の夫婦の目と口が見開いていた。


 8氏の色んな所の打撲は仕方がないが、骨折などの致命的な怪我はなさそうだ。
  ここはK氏に任せ今度は
おそらく転倒しているH氏の救助に急ぐ。後続でお気楽なトラックでも
 走って来ていたら一巻の終わりだ。 いくらタフな
H氏でもかなわない。

 不気味に薄暗いトンネル内で倒れこんでいる
H氏を助ける。H氏も挫いただけで幸い
  骨折などはなさそうだ。
 見た目以上に重いローライダーを引っ張り起こしみんなの置いてある所へとついて行く。
 
          ・・・あまりのことでしばらく全員言葉もなかった。


 今まで曇っていた空になぜか今さらの様に陽がさしてくる。 
  日本海の荒波を見ながら煙草をふかすと幾分気分が落ち着いてきた。
 本人達もそれぞれの愛車も、致命傷はなく何とか帰れそうなのでひとまず安心か。
  それにしても危険な所だ。みんなでバイクの応急処置の後、トンネル内の現場に確認に行く。

 滑った所では、上からぽたぽたと雨のしずくが下に落ちてるが靴底では、取り立てて滑ることもない。
  オイルか何か地面にあるかと思ったがそんな異物は何もない。ただしずくで濡れているだけだ。
 これが今、走ってきたバイクのタイヤでは事情か変わってくるのだろうが
 
 トンネル内で何があったのか? まず先頭の8氏が入り出口付近まで来たとき濡れた地面でタイヤが
  滑り出す。完全にスリップしだしスケート状態になりそのままなんとか滑ったまま出口まで
 持ち直し抜け出た所で路面が正常に戻る。後は、タイヤのグリップもまた正常に戻り急ブレーキが
  きいた状態の如く前タイヤに制動がかかった。

   恐るべしトンネル内!ここはあまりにも異常すぎる。

 なんだかいやな霊気を感じ、みんなで外に戻った。すると今までまったく気付かなかったが、
  そこは景勝に指定された怪しげな奇岩が海岸の向こうの海に見えた。下方に土台のような岩が
 ありそれに突き刺さっているかのような鋭い巨大な岩。今まで見たこともない異様な景色。

 みんなのバイクを止めたスペースはその奇岩を観賞するがための場所だった。・・・

 しかしあのトンネルは異常だし第一危険だ。車でも普通に通れば簡単に事故をするのではないか? 
  そうみんなで言っていたらトンネルの向こう側からトラックがやってきた。
 思わず慌てて避難する4人組。

 『ゴォー』

 事もなげに通り過ぎてゆくトラック。ますます猜疑心がつのる。


 「もしかしたら、ここは何かある所かも知れん。」「実は僕もそう思っていたんだ。」

  T氏が切り出すと8氏もうすうす感じていた様子だ。


 「たたりじゃ〜。」
 
 こんな時にギャグを言いたいのを我慢する
K氏。割り切れないのは本人もバイクも
  今回、まったく異変がなかったK氏。 並んで一緒に走っていたはずなんだが?
 やっぱりおとぼけたK氏&バイク。

 そんな事よりしきりに屈伸を繰り返す
H氏。転倒したとき筋がおかしくなったのだろう。
  無理もない。8氏も明日あたりから痛みがでるだろう。しかし、運動神経に優れ、心身とも
 タフでベテランの2人だったからこれですんだ所だが、やわな男だったら心身ともにかなりの
  ダメージを負っていたはずだろう。色々と想像しこれだけですみ本当に胸をなぜ下ろす
T氏だった。

   「マスター、腹減ったよ。
「そろそろ、出発しませんか?」

              転倒した2人が言い出した。

  
   雨のパーキングエリア      



 「
じゃ、これからくれぐれも慎重に行こうな。」

 このまままっすぐと日本海の海岸線を進み、しばらくして内陸側に入り、高速道路に乗る
  手前の町で遅くなった食事をとる事にする。
 8氏もH氏もとりあえずの応急処置で両者とも問題なく行けそうだ。 

  小雨降る中、出発進行。

 小1時間ほどで目的の町に着いた。選ぶほどでもなく遅くなった昼食を、どおってことのない
  昔から延々と日本全国ドコにでもある喫茶店の駐車場にバイクを4台乗り入れる。

 スタンダードメニューのミートスパにオムライス、ナポリタンにカツカレー。
  こんな時は当たり前がホッとする。 食事の間に段々と雨は本降りになってきた。

 「えらい雨になってきたな。」 「本当ですね。土砂降りになってきました。」

 「濡れるだけでは怪我したりしませんよ。」「でも。スリップしてこけたら怪我するよ。」

 「あっそうだった、そこまでは全然気付かなかったなぁ。ワッハハハ。」

 「ほこりも落としてくれて帰った頃にはピカピカになってるかも。」

 「それは好い、洗車の手間も省けるか。ついでにワックスも降ってくれないかなぁ。」

 「それって考えただけでも気持ち悪いよな。」

 ついさっき危うい転倒事故を起こした2人がお気楽な事を言っている。
  腹が落ち着くと気分まで落ち着くものだ。

 「じゃ、最後のつめに行きますか。」「そうしょう。」「水中眼鏡持ってきたらよかったな。」

 外にでるとすでに本降りになっている表の駐車場に向かった。瞬く間に全員ずぶぬれに
   なりそれぞれのバイクに跨りエンジンをかける。

  『もう何事もなくいってくれ』

 
 なんだかいやな予感がよぎった
T氏だが駐車場でUターンをして国道にでた頃、再びのバイクの
  変調に気がついた。 さっきまでに比べやたらアクセルグリップが重くなっている。
 しかもアクセルを捻った後、普通、手を放せば自然に戻るのだがよっこらせとイチイチ
  戻さなければそのままで、それもやたら力がいる。
 
 手首でわざわざ戻さない事にはアクセルがどこまでも回りっぱなしになり危なくて仕方がない。
 この雨でキャブレターかアクセルワイヤーに支障があったんだろうか。

  『またかよ。』

 ヘルメットの中でごちるが直るはずもない。空ぶかしを繰り返しても直る様子もない。
  ますます、道中本降りになってきた中、みんなにこれ以上迷惑をかけるのはもう嫌だ。
 このままなんとか我慢してだましだまし走る事にしよう。
  手首にいちいち力がかかり腕が疲れるがここからはもう帰るだけの辛抱だ。 
 慎重に走れば大丈夫。 帰ってからゆっくり直せばいいことだろう。
  
  ポーカーフェイスでみんなについて行く事にする。

 高速で途中はぐれたがケイタイという優れもののお陰で無事パーキングエリアで合流できた。
  神戸近くのパーキングエリアでそこまでたどり着けた安堵感に4人で浸り雨宿りが有難い。
 ここからは、8氏とは別れ3人で高速道路で2時間程度か。

 「ココまで来たら、サクセスだな。」「ひと安心、ふた安心ですね。」「お疲れさん!」

  全員で、熱い缶コーヒーで乾杯をする。

 「しかしそれにしても盛りだくさんのツーリングだったね。こんなの初めてですよ。
  永年走ってるけど。」

 「終わりよければすべてよし、後は家まで慎重にな。8ちゃん、さっそく色々用事が出来たね。」

 「うん、体も、バイクもボチボチいくよ。たぶん明日起きるとどうかなってるだろう。
 
  Hさんも大事なローライダー手直しだね。」

 「ああ、この程度で済んでよかった、でも楽しかったから、僕、許す。」

 「なんだか、僕だけ何にもなかって物足りないなぁ。ビギナーズなんとかですか。」

 「K君、またそんなお気楽なこと言って、まだこれからしばらくあるよ。
  ますます土砂降りになって全然治まりそうにないし、気を引き締めてそろそろ行くか。」

 「そうしょう。」


 たくさんの車やトラック、そして降りしきる雨で何もかもごった返すパーキングエリアを、  それぞれ本線に向かって出発した
。               
                            
 
    

 
 雷鳴のハイウェイ


 

 降りしきる雨のパーキングの出口でホーンの音と共に8氏と別れた。彼はここから
  神戸の自宅まであとわずからしい。

  残ったH氏、K氏、T氏3人でまず大阪を目指した。
  
 しばらく3人で順調に進んでいたがいきなり
H氏が降りしきる雨の中で停滞している車群の間を
  強引なすりぬけを繰り返しだした。そして無茶に異常に飛ばし始める。
  こんな時、再び彼の中のどこかのスイッチが音をたてて入ったようだ。
 こうなると誰も彼に手をつけられない。 まるで別人格が目覚めたように。本当に厄介なものだ。

 『今、我々こいつのペースに合わせていたらあまりにも危険すぎる.』

 
K氏とT氏は思わず顔を見合せ我々は自分達のペースを崩さずにおこうと目で合図する。
  
H氏にはぞんぶんに気の済むまま先に行かしておく事にするしかない。
 さすがに新エンジンハーレーは性能が自分のとはまったく次元が違う別物だ。
  後ろから見ていてつい感心してしまう。10何年のメーカーの進化を実感するが
 それにしても何時間前に思いっきり転倒したとは思えない乗り手とバイクだ。
  やはり、意味不明な人物だった。どこか常人離れしているのを再確認したT氏。

 しばらくするとあっという間にはるか先かなたに消え去り完全に視界から消え去っていった・・・

 徐々に大阪市内が近づいてくるとますます車の数も雨脚もなぜか正比例でごった返しが
  ますますひどく一方だ。車の間を際どくすり抜けながら都会の灯かりの中を淡々と進む。

 市内に入るとそびえる高層ビル群の間を、急流滑りとジェットコースターをミックスしたような
  ばかばかしいほどスリル満点な環状線を走り抜けた。上がったり下がったり、右や左の
 急カーブの連続をクリアして行くと ようやく泉南方面へと向かった。

 一路、南を目指す道中になると加速が着いた様に雨風が容赦なく激しくなるばかりだ。
  多分、海と山が近いからだろう。時おり鋭い稲光が貫き腹の底から響き渡る雷鳴が轟く。
 
 叩きつける狂ったような雨風にシールドもなくサングラスにおわんヘルメットでは
  もろ直接にそれらをまともに顔面に受け、視界が利くはずもない。
 グラスに唾をぬり付けてもまったく意味がなく手袋の指先で表と裏をしじゅうゴシゴシと
  拭うしかなく又そんな事をしていて突然来る突風にサングラスが飛ばされそうになる。
 肝心の視界もたよりないヘッドライトの灯りの先端がかすかに白く滲んで見えるだけだ。

 ウソのように一層、雨風が激しくなり雷鳴がそんな中で響きり稲光が巨大なフラッシュをたいた
  如くに、恐ろしげなあたりいったいを一瞬、青白く照らしわたる。

 想像を絶する豪雨はまるで大量の水を満たした巨大なポリバケツで前後左右から
  本体とバイクめがけ思いっきりひっきりなしに延々とブチまかれ続けそんな状態の中
 辛うじて走り続けている状態だ。

  我慢大会にもほどがあるし罰ゲームには笑えない。
  
  まるで看守達から拷問を受けている囚人に似て為すがまま受けるがままの辛抱を強いられる。

 おまけに突然くる横からの突風を受けバイク全体が気持ち悪くズズッと横滑りを強いられる。
  すぐ真横で凶暴な殺人マシンを思わせる大型トラックの巨大な車輪が真横に迫り、
 又そこからの鋭い水飛沫を顔面にまともに浴び1ッ瞬意識が遠くなる。
  無我夢中でハンドルにしがみつきタンクにあごを乗せ足を踏ん張りバイクと一体になる。

 相変わらずの思い通りにならないアクセルをなだめすかし隣で走る
K氏と果てしなく心細く、
  豪雨の中ぼんやりとかすかに見えた標識は「堺」を指していた。

 「俺達一体どうなるんだい?」

 ここでもし、止まってしまうか転倒なんかでもしたら間違いなく後続からのトラックや車等に
  さんざん引きずり回された挙句ぺしゃんこされ路面の上に描かれたイラストにされちまうだろう。
 昔見た映画の悲惨なシーンを想像をしながら、ズボンのももにたまった雨水を気にしていた。

 「あと少し、もうあと少し。ここまで来たんだから。」

 後日
K氏は「ここで死んでもいいか!」と想いながら走ったそうだ。
  それにしても先に行った
H氏は、どうなったんだろうか。
 もし、何かあったら我々は後ろから追いかけてるから判るはずだ。お願いだから無事であってくれ!


 それにしても俺達バイク乗りは一体なにをしているんだろう?
  考えてみれば、乗用車ならばこんな苦労などまったく必要ない。
 空調の利いた車内で快適な音楽かラジオなど聞きながらせいぜい
 「よく降る夜だな。」
 とかなんとか言いつつ助手席の彼女の肩などに手をまわしているところだろう。

 わざわざなにを好き好んでこんな事を繰り返すのか俺達は。
  望まぬ激しい風と叩きつける雨に逆らって、この先に一体何が待っているというのか!

  同じ頃、

 『ここで死んでもいいか』
  T氏も思ってながら走っていた。

 なにも死ぬほどの事など何ひとつもないではないか!そう頭をよぎりながらもそれをいやでも
  意識せざるを得ない今のこの状況。

 

 平らな日常生活から離れふと束の間の非日常を求め思いがけずに出くわすトラブルの嵐に
  今まで何度となく見舞われてきた。バイクに限らず日頃から何事も大人しく事なかれ主義を
 決め込んでしまえば何もないものを自分から進んでかってでてしまうどうしょうもない性。
  
 考えてみればバイク乗り達、みんなそれぞれが似たもの同士なんだろう。平凡すぎる日常に
  堪え切れなくなってわざわざ我が身を危険にさらしギリギリの世界をつい追い求めてしまう。
 
 『愚かな事よ』と笑わば笑えだが振り返れば予想外の取り返しのつかぬピンチに陥った時、確かに
  
  『お前はそれでいいんだな?自分が望んだ事だろう。蒔いた種は自分で刈るんだな。』
 
 何処からともなく聞こえてくる怪しいそんな声を今までに嫌というほど耳にした。
  そのうえで懲りもせずにこんな愚行を繰り返してきた。
 
  うそぶき続けたあげくの今、胸によぎるのは自分と隣で走っている
K氏の家族の顔。

  『なにがなんでも是が非でも帰らなければ』・・・



 開閉が岩のように硬くなったアクセルで腕の感覚も完全に麻痺し、もう何もかもが
  訳が分からなくなった頃、あれだけ激しかった風雨の峠をいつの間にか越えていた。
 
 つい先程までの狂ったような嵐がウソのように静まりかえり思いがけずに夜の闇の静けさを
  改めて実感する。久しぶりにお互いのエンジン音を確かめあって、隣の
K氏と目を合わせた。

 『超えたな、俺達。』

 あまりの急変にまだ実感がもてず戸惑いながらも、すでに感覚のなくなっている手で静かな山道を
  登りきると見慣れた星屑のような街灯りが本物の峠の向こうで手を振っていた・・・

                                  終わり