きいろい空ははるの空                      本棚へ
 タンポポのつぼみが顔をのぞかせたのは、春といっても、まだ、つめたい北風がふくころのことでした。
 (うわー、つめたい)
 つぼみが目をあけることができないほど、つめたく強い北風がふきました。
 北風が通りすぎた後、つぼみはおそるおそる目をあけてみました。
 つぼみに見えたもの、それは、空にむかってそびえ立つ、たくさんのビル。そして、けむりをはいてビュンビュン走りすぎる自動車でした。
 つぼみが生まれたのは、ビルの間の歩道のブロックのすきまでした。
 つめたい北風がふきつける日がいくにちかつづいたあと、やっと少しあたたかな日がやってきました。
「つぼみさん、がんばって。もう少しであなたはきいろにかがやく花になる」
 まだ遠く、小さな声でしたが、通りすぎていく春風の声がつぼみには聞こえました。
 つぼみは自動車に黒いけむりをふきかけられました。会社にいそぐ人にふみつけられました。
 でも、つぼみはじっとがまんしました。
(いそぎ足で通りすぎる人たちも、わたしがきいろいタンポポの花になれば、きっとわたしに気がついてくれるはず)
つぼみはそう思いました。

 ある日、お日さまが今までによりずっと元気にかがやいてのぼってきました。
 つぼみは、空にむかって思いっきりせのびをしました。お日さまの光がとても明るく、あたたかくかんじました。
 つぼみは大きくひらいて、きいろにかがやくタンポポの花になりました。
ところが、あいかわらず自動車はタンポポの花にけむりをふきかけ、人々はいそがしそうに歩道を行ったり来たりしているだけです。
(きょうはお花になってまだ一日目。あしたはきっとだれかがわたしを見てくれるはず)
そう思って、夕方、タンポポの花はとじました。

 つぎの日もお日さまは元気に顔をだしました。タンポポの花は、きのうよりも大きくむねをはってさきました。
(あの人は気がついてくれるかしら)
(この人は気がついてくれるかもしれない)
 タンポポの花はだれかが近くを通るたびに、ドキドキしました。
 でも、だれもタンポポの花に気がついてくれません。そして、ついに夕やけのときになってしまいました。
(ああ、だれもわたしに気がついてくれなかった。もうあしたはさけないのに)
 花はがっかりして、ぐったりとねむりこんでしまいました。

 そのままいくにちかたちました。
 タンポポの花はさやさやという小さな音に気がつきました。
(あれっ。なんの音だろう)
 タンポポの花は、なんだか元気がわいてきて、大きくせのびをしてみたくなりました。ぐーんと大きくせのびをしてみました。すると、しぼんだはずの花がもう一どひらきました。ふわふわしたやさしいわた毛の花でした。
「わーい。おかあさんがおきたよ」「わーい」「わーい」
 こんどはたくさんの小さな声がはっきりと耳もとで聞こえました。
 わた毛は一つ一つがタンポポの子どもたちでした。
(わたしは、おかあさんなんだ)
 タンポポはうれしくなりました。そして、だれにも見てもらえなくてかなしかったことなどすっかりわすれてしまいました。

 あたたかい春風が空からおりてきました。
「わたげさんたち、さあわたしにのってとびたつ日がきましたよ」
「うわぁ、はるかぜさんだ。おかあさん、ぼくたちいくね」
 タンポポの子どもたちは、そう言うと、次々にとび立っていきました。そして、春風にのってビルをこえて、高く高くまい上がっていきました。
 おかあさんになったタンポポはわたげのこどもたちをいつまでもみおくっていました。
「みんなきれいなお花になれますように」
タンポポの花は、おいのりしました。
 すると、小さくなったわたげのひとつがぱっときいろにかがやくタンポポの花になったように見えました。
「あらっ」
 タンポポのお母さんがおどろいていると、一つまた一つと青空にうかぶタンポポの花はふえていきます。
 遠くから春風の声がきこえてきました。
「タンポポのおかあさん、よくがんばったね。見てごらん、あなたのこどもたちはきっとこんなにきれいな花になるよ」
 青空にうかぶタンポポの花はどんどんふえて、まるで青空をきいろにそめていくようでした。