「オイ、あっちのモニターで“例の新造艦”が拝めるぞ!」

 

興奮した様子の兵士が、食堂で休憩中のクルーにも声を掛けていった。

食堂に居たクルーは、それを聞くと我先にと出口に殺到、先に駆けて行った兵を追う。

 

「無邪気なもんだよなぁ〜、そんなに兵器が好きなのかねぇ……。」

向かいに座る同僚ケーツは、皿の上のスパゲティをフォークで断ちながら、誰に言うでもない様子でそんなことをつぶやいた。

 

 

“噂の新造艦”アークエンジェル。大天使の名を冠したその戦艦は、連合軍で初のモビルスーツ運用を前提とした宇宙戦艦。当然、その艦載機は、これまた連合軍初の人型兵器“モビルスーツ”。

 

これらの新兵器の噂は月を出る前から、情報管制こそひかれていたが、艦隊を問わず優秀な兵が選抜されているという噂が下仕官の間だけでなく、俺のような一介のMA乗りでさえ耳にしていたぐらいだ。俺の周りにも、噂を聞いて上司に自分をそのプロジェクトに加えてくれと売り込んでヤツもいたぐらいだ。まあ、そんな話を酒の場で聞いたから俺は、カオシュンで連合軍が反攻を開始したとかオーブが参戦準備を進めているとか、兵の間でよくのぼる噂のひとつぐらいにしか考えていなかったが、実際に時期外れの配属換えがあった。上司に直談判したヤツの願いが聞き入られたかどうかは知らないが……。

暫くして中立国の資源コロニーの一つがザフトの攻撃で崩壊したこと、ユーラシアの軍事要塞アルテミス陥落の噂がささやかれるようになってきたころ、ハルバートン准将の“メネラウス”を旗艦とし、俺とケーツの所属する巡洋艦“ハープン”を始めとした第八艦隊に出撃の命が下ったのは。

表向きはアルテミス攻略に勢いづくザフトに対して宇宙の連合軍の力は未だに健在であると誇示するためというものだったが。

 

 

すっかり人気のなくなった食堂で、ケーツの皿の細切れになったスパゲティとそれをいじる音は俺の食欲を減衰させたが無理にでも入れとかねばと平らげた。オレも噂の新造艦とやらに興味が無いわけではなかったが、温かい食事の魅力には叶わない。それに月を発ってからぶっ続けで働いていた体は、この僅かな休憩時間を割くことを許してくれそうになかったし、俺も連合軍の新兵器より自分の体のほうが可愛いワケだ。

 

「……なあ、ヨット?」

「なんだ?」

「月を出る前、エリザ、何か言ってこなかったか?」

「エリザってエリザ・ユキシンか?」

他にエリザという名の人は知らないから間違いは無いだろうが、思う所があったので、この初心な友人を少し焦らすことにした。

「……俺に?」

「違うっ!……い、いや、そうじゃなくて…。」

「わかってるって、愛しいガールフレンドとお別れ出来なかったもんなぁ。」

ケーツの顔が見る見ると朱に染まる。

「彼女って!……んあぁっもう!」

顔が真っ赤なのが自分でもわかってるんだろう。ケーツは照れ隠しにランチに手をつけるが、あいにく細切れのスパゲティはフォークからすべり落ちていくばかりだ。

ケーツのあまりに予想通りの反応に俺はすこし苦笑いしてしまった。

 

まだ戦争が始まるなんて考えられなかったころ、ハイスクール卒業を前にしていた俺は、ある事情から両親の下にいることがいたたまれなくなり故郷を離れ、予定より半年早く月に生活の場を移した中、数少ない同郷の友人エリザ・ユキシンを入隊以前から友人であるケーツに紹介したのは何を隠そう俺だった。

まだ二人は交際とまではいってないらしいが。二人は誰の目にも仲睦ましく映った。

 

ケーツは飽きずにまだスパゲティに悪戦苦闘している。カチャカチャと食器が鳴るのがイラつくので一発小突いて黙らせて自分の空になったトレイを返しにいった。

 

「ご馳走さま。」

「……あ、ああ、どもね。」

担当も食堂備え付けのモニターに映し出される新造艦にカウンターから身を乗り出して見入っていた。

 

(…それだけ期待されるし、期待させるわけか)

 

ナチュラルの希望。ザフトのモビルスーツの前に制宙権を失い、残された宇宙の拠点月に戦力を集結したとてザフトが本気になって仕掛けてくれば勝てる見込みはなく、幸いザフトが月侵攻はリスクが大きいと判断し、小競り合いは続いていたがお互いに本気でまみえることはなかった。

その力関係だからザフトは宇宙で好き勝手やれた。

そしてその間、俺たちはずっと、地球に降りていくザフトに手をこまねいているばかりだった。

だから連合製MSに期待していたのは、戦場での損耗率の激しい俺たちMA乗りばかりじゃない。生まれ育った地球が、故郷が戦火にさらされているというのに月で生きながらえているというのは我慢ならなかった。

 

 

「あ、ヨット班長じゃないですか。」

声の主はすぐに見つかった。新造艦を間近で見ようと出て行った連中がぱらぱらと戻ってくる中で、160cmに満たないその背丈は一際小柄で目立つ。

見知った顔だ。いつも笑顔だが今日はなにが嬉しいのかいつもより3割増しの笑顔でこちらに走ってくる。

「どうしたハルコ、気味が悪いくらい上機嫌じゃないか。」

「やだなぁ班長、気味が悪いなんて。しみったれたツラ提げても面白いことなんてなにもないじゃないですか。」

目の前の人物がしゃべっているとは思えないその毒のあるトークは、なぜか俺に対してだけである。他の同僚に対しては、その小柄な体格と童顔と相まって子犬のような愛くるしさを発揮し、年齢部署階級を問わず皆から愛されているのだが……

同じ班になって3ヶ月ほどだがこの関係は最初からだ。本人曰く、意識しているわけではなく自然とこういう接し方になったそうだ。加えて他のヤツへの接し方は別に演じているわけでもないというから手に負えない。

「ところで“アークエンジェル”はもう見に行きましたか?」

「ん? いや、まだだ。」

見に行く気は無かった。恐らくそいつを地球へ降ろすまで休みなしだろうから一眠りしておきたかったし。

「絶対見ておいたほうがいいですよ! あんなトンデモメカが空飛ぶ姿を想像するだけでふき出しそうです! コーディネイターが造ったんじゃあるまいし、あんなぶっ飛んだデザイン、翼なんか生やしちゃって上も苦戦続きでアタマおかしくなっちゃったんじゃないかって!」

こうなるとハルコの舌は止まりそうにない。そうとわかれば立って聞く事もない。近くの席をニ脚引き寄せ、ハルコの前に一脚置く。ハルコはそれに構わず先ほどの勢いのまま立ったまましゃべり続けている。これもいつものことだ。傍から見れば一応上司のオレへの敬意ととられるかもしれないが、こいつはそんなタイプじゃない、話が好きでしょうがないんだ。だからオレは遠慮せずに椅子に腰掛ける、まだコイツの特性を理解していないころ、立って話すコイツに付き合って立って聞いていたら2時間しゃべりつづけたからな。それにオレもコイツの話を聞いているのは嫌いじゃない。

時たま紛れる上層部批判に冷や冷やすること意外は。

 

ケーツはいつの間にか居なくなっていた。

 

 

 

 

 

結局、休憩時間の残りすべてをハルコに付き合わされてしまった。

新造艦への物資搬入が終了次第、降下準備に入るという命令を受け、オレは、MAハンガーで、オレを班長とした8人の班は4機のミストラルの整備に追われていた。

MA乗りといってもオレたちが使うのは戦闘ポッド“ミストラル”。戦闘ポッドと言えば聞こえはいいが、作業ポッドに機関砲を2門つけただけのシロモノで、戦闘にまわることはほとんどない。ただ、作業ポッドが母体だけに整備性・拡張性は高く、軍・民間を問わず様々なバリエーションが存在し、オレたちの班が使用するミストラルも工場から出てきた時とは大きく変わった特殊なシロモノだ。

「おい、ヨット……」

「なんだ、ケーツ?」

意識していたわけではなかったがケーツとは食堂で別れて以来、会話をしていなかった。

「…のことなんだが」

ケーツの言葉は突然の警報で打ち消された。

「警報!? ザフトか!」

オレは即座にハンガーを蹴り、キャットウォークに飛ぶ。備え付けられた端末から上の指示を仰ぐためだ。

警報に続き、戦闘配置につけと言う旨の放送が流れる。これだけの艦隊に仕掛けてくるとは思っていなかったのだろう、明らかに艦内に動揺が広がっている。回線が混んでいるらしくなかなかブリッジと繋がらない。こちらを仰ぎ見指示を待つメンバーにジェスチャーで準備を指示する。

ケーツは既に機体の周りの機材をどける作業に入っていた。その姿はいつものケーツで、先ほどのいつもとは違う影は感じられなかった。

 

 

オレたちは二人一組になり4機のミストラルに分乗、主力MAメビウスに続き発進した。

すでに宇宙には無数の光がきらめき、戦端は開かれていた。












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