<“メネラウス”より各艦コントロール―――本艦隊はこれより、大気圏突入限界点までの“アークエンジェル”援護防衛線に移行する……>
地球連合軍第八艦隊所属、250m級宇宙戦艦“レテ”
その艦内に設けられたMAデッキ。その一角で、ノーマルスーツを着た男が、壁のモニターを凝視していた。
モニター越しの宇宙では、命の光が、その闇の中で、膨れ上がっては儚くしぼむ。
それも一つや二つではない。
モニターに見入る青年、ヨットは、つい先ほどまで自分が、この戦場の真只中に居たと思うと、背筋が凍る思いだった。
ヨットは、作業用MAミストラルで、被弾した艦に対して、応急修理を行っていたが、この戦闘で発生したデブリが機体に接触し、修理のために近くの艦、“レテ”に収容されたのだ。
MSを擁し、終始、戦局を有利に進めてきたザフトに対し、地球連合軍大西洋連合は、今後の戦局を握るモビルスーツの開発を計画。Xナンバーと呼ばれるGATシリーズ。通称Gの開発を、中立国家オーブの資源コロニー“ヘリオポリス”で行った。
だが、ロールアウトしたXナンバーの内、5機中4機までもが、突如、襲来したザフトのクルーゼ隊の手によって奪取され、残る最後の一機を運び出す事に成功した船“アークエンジェル”は、敵の執拗な攻撃を受け続けた。
その、たった一隻の新造艦と、一機のMSを、連合軍本部、アラスカはジョシュアへ降下させるためにここへ集結した智将ハルバートン率いる第八艦隊。
だが、“アークエンジェル”地球降下を目前にした艦隊に、ザフトは再び攻撃を開始。
戦闘開始30分と経たず“カサンドロス”をはじめとした多くの連合軍艦船が、ザフトのMSジンに、そして奪取されたXナンバーの手によって、次々と屠られていった。
この戦場で、ヨットは同僚とともにミストラルを操り、損傷した艦の修理、脱出した兵の回収に当たっていた。
しかし、ザフトの容赦無い攻撃の前に、ヨットたちは、爆散する友軍の最後を見せ付けられるばかり。
ザフトのジンが、手にした重突撃機銃を唸らせながら、密集隊形をしく艦隊の間を縫って行く。
「オイ! そこのヤツ、機関部の方へ回れ!」
ヨットは、モニターから目を離し、声のした方へ目をやった。
先陣隊列に座す“レテ”のMAデッキ、被弾して戻って来た連合軍主力MAメビウスに群がる整備士達でごった返す中、頭上のキャットウォークから、ノーマルスーツを着た男は、忙しなく指示を飛ばしていた。
その整備士は、部下から何か伝えられると、メビウスの方へ向けていた体をこちらに向けた。
「そこのさっき入ってきたヤツ」
ヨットのいる一角は、この火事場の中で、不思議とぽっかりと空いていたからヨットに言ったのは間違いないだろう。
「アンタの艦、沈んじまった! これからはこの艦の所属だとさ。」
(艦は、陣形の奥に配せられていたはず……)
ヨットは再びモニターに目をやった。
友軍の駆逐艦が、ジンのビーム砲を側面に受け、艦体が大きく膨れ上がったと思うと、火を吹きながら弾けた。
その瞬間、剥がれていく装甲の一枚一枚が熱でひしゃげ、花びらのように散るその様は、ヨットの目には死んでいく乗組員の命そのものに見えた。もし、この代償が人の命でなければ美しいと言えるものだったであろう。
「ミストラル、応急修理は済ませた。“任務に復帰せよ”とさ。」
ヨットの、脇にヘルメットを抱えた腕に無意識に力がこもった。
ヨットは、応急処置の済んだミストラルの中で同僚を待った。
その間、先ほどモニターで見た光景が脳裏をよぎる。果たして人の命がああも簡単に奪われて良いものだろうか?
そんな事はあってはならない!
ヨットは、戦場に散っていった、顔も知らぬ戦士たちを想い、操縦桿を強く握り締める。
汗がジットリと背中にまとわりつく。のどの渇きに、ヘルメット内のストローから僅かに水を口にする。
ミストラルにだって機銃ぐらいは付いている。発進したならザフトと戦おう。
ジン相手では、加速性能の高いメビウスでさえキルレシオ1:5……つまり、一機のジンが、メビウス5機分の働きをする現状で、元々、戦闘用ではないミストラルなぞでは話にならないのかもしれない……。しかし、今のヨットを支配していたのは、死への恐怖ではなく、眼前の惨状に対する憤りだ。
同僚はまだ戻らない。
目線を足元に落とすと、足が小刻みに震えているのに気付いた。
突如、スピーカーからけたたましい警報が流れ込んでくる。見ると、けして広いとは言えないMAデッキに、被弾し着艦を試みようとしている一機のメビウスの姿が目に飛び込んできた。
(減速できていない!)
必死に着艦しようとしていたメビウスのエンジンがキャッチネットを目前に火を吹く。
完全にコントロールを失ったメビウスの機体がデッキに打ちつけられる。推進剤に火がついたのだろうか、機体は大きく跳ね、勢いがついたそれは、火球と化しデッキ内を呑み込んでいく……
(巻き込まれる!)
急いで操縦桿を引くが、機体はロープで固定されたまま。何度も何度も操縦桿を引く。しかし、機体は、僅かに浮くと、伸びきったロープに引き止められるばかり……
火球は、修理中の機体を、作業中の整備士たちを、次々と呑み込み、ますますその勢いを増し、眼前に迫る。
その時、艦が大きく揺れる。一条の光が艦を貫く。
途端に視界が閃光に呑みこまれる。
地球連合軍の戦艦“レテ”の最後も、宇宙に大きな光を燈した。
この時、第八艦隊は、ほとんどのMAを失い、先ほどまで、眼下に望む青き地球を覆い隠さんばかりの艦影も、半数も無く、智将ハルバートンもすでにこの世を去り、旗艦“メネラウス”も火に包まれながら地球へと堕ちていった。
C.E.70年、“血のバレンタイン”の惨劇によって、地球、プラント間の緊張は、一気に本格的武力衝突へと発展した。
誰もが疑わなかった、数で勝る地球軍の勝利。が、当初の予測は大きく裏切られ、戦局は疲弊したまま、すでに十一ヶ月という時が過ぎようとしていた。