『琉歌(りゅうか)詞華集』010
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 琉歌(りゅうか)詞華集−010 2000/07/13 (週刊) ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ☆まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。☆ ******************************************************* □□■ 小説家・目取真俊の視線 ■□□ サミットを控え、地元沖縄では当然のことでしょうが、こちらヤマ トゥでも、沖縄についてのさまざまな情報が流れています。その多 くに眼を通しているというわけではないのですが、やはり気になる 情報はチェックします。 そのなかで、『論座』(朝日新聞社)の7月号に載った、大江健三 郎と目取真俊の対談は興味深いものでした。このメルマガの読者の 方はすでにご存じだと思いますが、目取真俊氏は、1997年上半期の 芥川賞を『水滴』という作品で受賞した、沖縄県今帰仁村出身の小 説家です。偶然ですが、私が在籍していた琉球大学の旧国文学科で 、彼は一学年下でした。今から思うと、軟弱な私などは近寄りがた い雰囲気を、入学当初から彼は持っていました。 だから、というわけではないのですが、周囲の雑音には動じない、 彼の一貫した発言には注目しています。その彼が自己の表現の方法 に関して、次のように語っているのが目を引きました。「自分の文 学の問題に戻れば、大きな影響を受けたのは祖母なんです。例えば 蝶の飛んでいる様子が『あれは魂の姿なんだよ』というのも、自分 の祖母の言葉なんですよね。」 また、南米の作家ガルシア=マルケスの作品を引き合いに出しながら 「マルケスの作品世界を魔術的と感じるのは、西洋の視線だと思い ます。そこに生きる人からすれば、あの世界はまさしく現実なんで すね。」と述べ、さらに「西洋的なまなざしからは見えない、認識 できないような現象を表現していく場合に、ある仮定の場所を設定 し、そこで起こったことはすべて現実なんだと受け止める方法があ る。そこから表現が出発していく。」とも述べています。 たとえば、『水滴』をお読みになれば、この方法が彼の作品のなか でいかに花開いているかおわかかりになると思います。以前の号で 、久高島の聖地フボー御嶽について触れましたが、第三者(彼の言 う「西洋的なまなざし」)からは何も無いと認識されるあの空間は 、そこに座す神女たちには神々が集う濃厚な空間として、まさに現 前していたことを、目取真の発言は教えてくれます。 そして、このような視線は、琉歌の世界にも見ることができるもの なのです。よく知られた一首です。 ******************************************************** ▼△▼ おなり神の琉歌(本文・読み・共通語訳) ▼△▼ ◇白鳥節(シラトゥイブシ)  ◎1066番   お船のたかともに ウニヌ タカトゥムニ   白鳥がゐちやうん シラトゥヤガ ヰチョン   白鳥やあらぬ   シラトゥヤヤ アラン   思姉おすじ    ウミナイ ウスィジ  □読人しらず(ヨミビトゥ シラズ)  ○お船の艫柱の上に   白鳥がとまっている。   あれは白鳥ではなく、   姉の霊神なのだ。 (島袋盛敏・翁長俊郎『評音・評釈琉歌全集』武蔵野書院 1968) ------------------------------------------------------- ▲▽▲ 解説など ▲▽▲ 「とも」は船の船尾のことで、「たかとも(高艫)」はそれが普通 より高くなっていることです。17世紀以降の沖縄の船はマーラン船 と呼ばれ、ジャンク型の船として船首と船尾が高くなっていました 。「いちやうん」は「居ておる」、つまり「居る」の意です。 「思姉(ウミナイ)」は「思いおなり」のことで、「愛する姉妹( オナリ)」つまり姉妹への敬称です。「おすじ」は御セヂで、セヂ は霊的な力を指します。琉球弧では姉妹が男性兄弟を霊的に守るこ とが信じられていて、その場合姉妹は男性兄弟にとりオナリ神だと いうことになります。これが、よく知られたオナリ神信仰です。こ のうたは、その信仰を象徴的に表現したうたとして、よく引かれま す。すでに触れたことのある、琉球王府の聞得大君という存在は、 この信仰を階層化し、その頂点で王を霊的に守る女性です。 このうたの類歌が、奄美大島では「船の高艫節」、あるいはその囃 子詞から「ヨイスラ節」、「スラヨイ節」としてよく知られていま す。それでは「思姉おすじ」の箇所が「うなり神加那志」となって います。奄美シマウタ研究の第一人者、小川学夫氏の近著『奄美シ マウタへの招待』(春苑堂出版)では、「白鳥」が白い衣を身につ ける神女のことだとする説があると、述べられています。 奄美大島本島名瀬にある、「和美」という店で、小川氏の解説のあ と、そこの女将和美さんの声でこのうたを聞いたときのことを、私 はいまだに忘れられません。その哀切極まる歌声は、店に居合わせ た人たちの眼前に、白鳥と化したオナリ神を現前させるかのことく でした。 ****************************************************** ▼ ひとこと ▼ さて、今週で講義が終了し、あとは補講と試験の時期に入ります。 後期授業の開始は10月からです。ゼミの学生たちは、それぞれの都 合により、夏期休暇中はメルマガを休刊したり、あるいは継続した りします。 それで私は、といえば、休暇中もとりあえず配信する予定ですが、 不定期とさせていただきます。これまで書いてきて、勉強不足を痛 感いたしましたので、夏期休暇を後期以後の配信を視野に入れた勉 強期間とさせていただきます。その点ご了承下さい。 今夏、はたして琉球弧を訪れることができるか。これを書いている と、琉球弧への恋しさは募るばかりです。ああー、行きたいよー。 ******************************************************* ※※ ご 注 意 ※※ このメールマガジンは、筆者ができうる限りにおいて学問的な厳密 さを前提として記しているつもりですが、メールマガジンという媒 体の性質上、かなり端折って記さざるを得ません。ここでの記述に 興味をお持ちになり、さらに深く追求なさりたい場合は、その方面 の学術書などに直接当たって下さるよう、お願いいたします。 上記の理由で、ここには筆者のオリジナルな考えが記されているこ ともあります。よって、ここから引用される場合は、その旨お記し ください。 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ▲電子メールマガジン:「琉歌(りゅうか)詞華集」 ▲まぐまぐID:0000033858 ▲発行人:末次智 ▲E-Mail:suetsugu@sg-jc.ac.jp ▲Home Page: http://www.sg-jc.ac.jp/suetsugu/sue-suetsugu.exp.htm ※購読の中止、配信先の変更は上記Webから可能です※ ▲Back Number http://jazz.tegami.com          /backnumber/frame.cgi?id=0000033858       ※上記Webにて閲覧可能です※ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




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