『歌謡(うた)つれづれ』058
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■■■>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>◆ 2002.11.19 ■ ■■◇■ ◆■■ ---------- ■ 歌謡(うた)つれづれ ■◇ ■■ ■>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>◆ 0058 ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ +++++ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。++++++ +++++ 等幅フォントによってレイアウトされています。++++++ ────────────────────────────── ────────────────────────────── ■□ 中国広西壮族の歌垣とフォン(歌)のナゾ □■ ───────────────────────> 今号の担当 <                         末 次 智   ─────────────── □◆□ 『中国広西壮族歌垣調査記録』より □◆□ 「歌謡つれづれ」読者のみな様、たいへんご無沙汰いたしました。 このマガジンのことをまだ覚えておられるでしょうか。8月7日に 前号を配信してから、すでに3ヶ月が過ぎました。この間、私も含 めた執筆担当の方々の都合で配信ができませんでした。申し訳ござ いませんでした。 さて、ほんとうに久しぶりにお手元にお届けする今号では、51号で も予告いたしましたが、このマガジンの執筆者の一人である手塚恵 子さんの著書『中国広西壮族歌垣調査記録』(大修館書店、2002.0 7.01、4500円)を紹介したいと思います。本マガジンにも、少数民 族での「歌修行記」をすでに4回にわたり(9.19.28.37号)連載し ています。これを本書と合わせて読まれることをお勧めいたします。 この本の「はじめに」にもありますように手塚さんは、1986年から 現在に至るまで中国の少数民族(壮〈チワン〉族)の歌垣の調査を 続けており、その間広西民族学院に留学し、三年間もの間地元で「 生活」し、他にも、1年間に40日もの間、毎年通い続けています。 そのような地道な調査で得た成果をまとめた本書は、これまで日本 では表面的にしか理解されてこなかった、中国の少数民族の歌垣の 実態を明らかにして、たいへん興味深いものです。 日本列島のなかで、たとえば『常陸国風土記』などに記されてよく 知られているような、「歌垣」という、複数の歌い手が歌を掛け合 うコミュニケーションがありました。このような歌の掛け合いとし ての「歌掛け」は、本マガジンの執筆者の1人である、宮崎隆さん がやはり地道な調査をもとに秋田の例を報告されているように、現 在でも日本列島に残っており、よく知られたところでは、奄美大島 の八月踊りなどが歌掛けを重要な要素にしています。中国の少数民 族の歌垣はそのような民俗の源流として、さらに、日本列島の歌文 化の源流として注目されました。 しかし、手塚さんのこの報告を読ませていただくと、私たちが想像 していた、素朴な歌の交換とは異なり、言葉の象徴性を利用した、 高度なコミュニケーションとなっています。これを正確に理解する には、手塚さんの報告を読んでいただくしかないのですが、ここで は、その難しさの一端を、主に「4 フォンを理解するということ 」からご紹介しましょう。 1993年4月11日(旧暦3月20日)に中華人民共和国広西壮族自治区武 鳴県陸斡鎮苞橋村の覃日紹家で行われた掛け合いのなかの一つの歌 (歌のことをフォンといいます)です。ちなみに、そのさいの掛け 合ったすべての歌が日本語に訳されて、本書に収録されています。 また、それぞれの歌は、基本的には、壮語では韻を踏み、同一の旋 律で歌われます。 ◆ ────────────────────────── ◆    100乞食は市が混乱するのが好きなものだ 店先の皿をとる 少ないのはいやだ。多いのがよい 帯を解いて満腹 ◆ ────────────────────────── ◆ この歌を、かつて匪賊が定期市を襲ったという伝承をもとに、手塚 さんは次のように理解しました。 ◆ ────────────────────────── ◆    匪賊に襲われて定期市は大混乱に陥っている。乞食は    無人となった露店を回り、好きなだけ飲み食いをした    ものだという。 ◆ ────────────────────────── ◆ そして、100のフォンを受けた相手は、次のように歌い返しています ◆ ────────────────────────── ◆    101シュウねえさんは名が通っている 早くから人と約束してある 余ったお粥を食べることを あなたには回ってこない ◆ ────────────────────────── ◆ 調査により、シュウ姉さんが、最近亡くなった鳳林村の盲目の乞食 であることを明らかにした手塚さんは、これを次のように理解しま した。 ◆ ────────────────────────── ◆    シュウねえさんは有名だ。余ったお粥を食べられるよ    うにあらかじめ村の人と約束してある。彼女がそれを    食べるとき、あなたにとり分はない。あなたは市が混    乱してはじめてご飯を手に入れる。シュウ姉さんには    毎日村人の残り物がある。 ◆ ────────────────────────── ◆ 手塚さんは、断片的な表現であるフォンの言葉を、歌い手が属する 共同体で共有された文脈をもとに、散文的に理解しようとしていま す。日本列島の民謡などを見ればすぐにわかるように、旋律にのせ るという理由もあり、歌の言葉は断片的、象徴的になります。手塚 さんはこれを共同体の内部から理解しようとしているのです。その ためには、歌の言葉の背景についての地道な調査が必要なのは、言 うまでもありません。 手塚さんは、慎重を期すために、調査の協力者で、地元の歌い手で ある、将宏さんにこの二つの歌を解釈してもらいました。すると、 彼は二つのフォンを次のように解釈したというのです。 ◆ ────────────────────────── ◆    100わたしは歌い手だ。あなたが失敗するとうれしい。 自分が利を得るから。    101わたしの方のフォンがすごいね。 ◆ ────────────────────────── ◆ これでは、ナゾナゾ話です。手塚さんならずとも、将さんの解釈を 疑わずにはおれないでしょう。そこで、別の地域である武鳴県南部 の歌い手にこのフォンを見せることをするのですが、そこでは「ひ とつひとつの言葉はわかるけれども、でもわからない」と言われま す。研究史を紐解いても、やはりそのように当惑した研究者が居る ことを知り、フォンで歌われる「文の意味を理解することとフォン の意味を理解することとの違い」に、手塚さんは気付いていきます。 つまり、フォンの個々の言葉そのものが喚起するイメージと、フォ ンの流れの両方を理解しなければ、歌い手の意図に到達することが できないのです。ここで取り上げた二つのフォンの前後では、互い の歌い手が、それぞれのフォンそのものについての意見を象徴的に 交わしていたのです。その流れを知るには本書を見ていただくしか ありません。 本書の後半を占める「8 春の歌(歌掛け祭のフォン)」では、す べてのフォンが「現代壮語」で記され、これに「日本語訳」を付し ているのはもちろんですが、さらに、個々の言葉の喚起するイメー ジも記す「解釈および文の解釈」と、これをフォンの流れにそって 解釈する「フォンの解釈および批評」が、記されています。本書の 読者にフォンそのものを理解してもらうための、手塚さんの苦心の 編集です。 本書では、歌そのものだけではなく、これを担う共同体の構造、そ れを支える風土、そしてフォンが歌われる「祭」(場)、さらに旋 律を含めたその形式についての報告があります。通常の民族誌と本 書が異なるのは、歌を理解することを主眼として、これらが記され ているところです。これを読むことで、私たちはフォンを立体的に 理解できるようになっています。 このマガジンでの拙い、答えのないナゾ掛けのような内容に、少し でも関心を持たれた方は、ぜひご一読下さい。ちなみに、編集子は まだ見ていませんが、本書には、これも手塚さんが監修された別売 のビデオ編『中国広西壮族歌垣調査記録』(VHS・ステレオ・60分、 大修館書店、3000円)があり、これを合わせて見ることで、フォン のさらなる理解が進むことは間違いないでしょう。 それにしても、このような重層的な意味の理解と、それに基づくコ ミュニケーションを、即興で行ってしまう壮族の人々、フォンの歌 い手に、驚きを隠せません。ひょっとしたら、古代歌垣の歌にも、 このような高度なコミュニケーションが隠されており、わたしたち が理解できないだけなのでしょうか。そうだとすれば、現在の歌垣 観は、本書の登場によって、書き換えられるかも知れません……。 ────────────────────────────── >>>>>>>> 前号配信数 / 251 <<<<<<<<< ────────────────────────────── ▼ ひ と こ と ▼ ほんとうにご無沙汰いたしました。その間、事情を記した号も配信 せず、音沙汰なしで、失礼いたしました。個々の執筆者の方は、そ れぞれ個別の事情がおありだったのですが、ほとんどが教育職にあ ることから、あるいは、これも、現在の教育機関の置かれている実 情を反映しているのかも知れません。 先日、執筆者の方々に、本マカジンの今後についてアンケートいた しまた。その結果、配信を続けることが望ましいという返事を少な からずいただきましたので、この号を機に、体制を立て直そうと考 えています。いましばらくお待ち下さい。 また、今週の23日(土曜)に開かれる歌謡研究会の例会では、下記 にございますように、本号でご紹介した手塚さんを迎えて、ご本の 合評会を行います。編集子の報告はともかく、永池健二氏は、この 夏中国に行かれて、実際に見聞してきた歌垣の報告もからめてのも のです。本号の内容に少しでも関心を持たれた方は、ぜひご参加下 さい。本号のナゾ解きを、著者自身が行ってくれると思います。 (編) ────────────────────────────── 第95回 歌謡研究会例会のお知らせ [日時] 2002年11月23日(土) 午後2時〜 [会場] ならまちセンター 会議室2           (電話)0742-27-1151 [研究発表]    奥能登の大戸の習俗   ―アマメハギを中心に―  横畑 真裕美氏   手塚恵子著『中国広西壮族歌垣調査記録』をめぐって      報告1       末次 智氏      報告2       永池 健二氏     著者からの発言    手塚 恵子氏 (※ビデオ上映『中国雲南省白族の対歌』)                永池 健二氏 研究会終了後、手塚恵子氏のお祝いをかねて、ささやかな懇親会を 予定しています。奮ってご参集ください。 ────────────────────────────── ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願 いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに 返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時 間がかかります。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<■ □------◆ 電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □----◆ まぐまぐID:0000054703 □--◆ 発行人:歌謡研究会 (末次 智、編集係) □◆ E-mail:suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp ■ Home Page:http://web.kyoto-inet.or.jp/people/suesato/ □◆ 購読の停止、配信先の変更等は、上記Webにて可能です。 □--◆ また、歌謡研究会の例会の案内・これまでの内容、 □----◆ そして、会誌『 歌 謡 ― 研究と資料 ― 』 □------◆ の目次も、上記Webで見ることができます。 ■<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




前ペ−ジに戻る

SuetsuguHOMEに戻る