『歌謡(うた)つれづれ』055
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■■■>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>◆ 2002.05.22 ■ ■■◇■ ◆■■ ---------- ■ 歌謡(うた)つれづれ ■◇ ■■ ■>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>◆ 0055 ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ +++++ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。++++++ +++++ 等幅フォントによってレイアウトされています。++++++ ────────────────────────────── ────────────────────────────── ■□■ 歌謡、わたしのベスト3 ■□■ ───────────────────────> 今号の担当 <            末次 智   ─────────────── □◆□ 奄美のシマウタ*ポップス調 □◆□ 「その声は、100年にひとり。」このようなキャッチコピーを、みな さんは、ご存じでしょうか。そうです、つい最近、歌謡曲流行の指 標としてもっともよく引かれる、オリコンのヒットチャートで1位 を獲得した「ワダツミの木」というウタ、これをうたっている元( はじめ)ちとせという歌手のものです。よく知られるように彼女は 、九州の南西から台湾島に向けて弧状に連なる島々の、最も北に位 置する奄美諸島、奄美大島本島嘉徳という小さな集落の出身です。 奄美諸島では、その南に連なる沖縄諸島と同じように、シマウタ( 島唄)と呼ばれる、独自の民謡がいまでもうたい継がれています。 普通は、三味線の旋律にのせて、独自の旋律でうたわれます。その 歌い手を地元の言葉でウタシャと言いますが、元ちとせはそのなか でも早くに頭角を現した一人でした。彼女の公式HPによれば、次の ごとくです。 小学生の時に自ら島唄を習い始める。習い始めてすぐに「奄美民謡 大会」に出場し、「奨励賞」を受賞する。どんどん島唄に夢中にな り、中学3年では県民民謡大会で「優勝」してしまう。 (http://www.office-augusta.com/hajime/profile/index.html) ウタシャとして出発した彼女は、上記ページの他の箇所にも記され るように、このあと曲折を経て、日本のポピュラーソングの歌手と してデビューします。知人に教えられて、デビュー・シングルであ る「ワダツミの木」を最初に聴いたとき、そこに奄美のシマウタの 存在を感じた私は、それが生活に根ざしているウタだけに、日本中 の人に受け入れられ、ヒットするだろうかと疑問に思ったものでし た。それが、どうでしょう、なんとオリコン1位なのです。 昨日、出たばかりのセカンドシングル「君ヲ想フ」をさっそく買っ てきて、聴いているのですが、これではさらにシマウタ的な要素が 強くなっているように感じました。現在の若者はこれをどのように 受け止めるのでしょうか。とても、楽しみです。奄美の知人である 観光ネットワーク奄美の水間忠秀さんの報告によると、5月18日に 行なわれた第23回奄美民謡大賞のコンクールでは、子どもの挑戦が 目立つようになったとのことです。また、元ちとせの出身地である 嘉徳をうたった有名なウタ「嘉徳なべかな節」で挑戦する壮年の方 が多いというのです。これも、元ちとせの影響だろうかと、水間さ んは書いています。 さて、前置きが長くなりました。私は、上記に記した、沖縄も含め た島々のどちらかといえば古典的な歌謡を研究対象とする者ですが 、出身は福岡県で、沖縄の人の言葉で言えば「大和人(ヤマトゥン チュ)」です。ですから、うたわれるシマウタ(古典は文字に記さ れたものを対象にすることが多い)はとても重要な対象でありなが ら、言葉(琉球方言)や、その旋律になかなか近づけないでいまし た。 たとえば元ちとせがうたうようなウタが、私のような人間を、奄美 のシマウタの深さへと導くきっかけになってくれることがあります。 今回は、私のそのような経験を紹介しようと思うのです。元ちとせ の先輩格で、奄美のウタシャから出てポピュラーミュージックの世 界で一足早く活躍している一人に、RIKKIこと、中野律紀が居ます。 こちらは、日本民謡大賞グランプリ(!!)を15歳の最年少で受賞し たというさらなる強者です。最近では、人気ゲーム「ファイナルフ ァンタジーX」のイメージソング「素敵だね」をうたっていました。 元ちとせもそうですが、純粋なシマウタのカセットやCDを地元のレ ーベルを中心にRIKKIも出していますが、そうではなく、ポピュラー 調にアレンジされたシマウタを、メジャー・レーベルより出された アルバムからここではあえて引いてみます。まず、RIKKIの『RIKKI  中野律紀』(BMGビクター株式会社 BVCR-733)より、「俊良主節 」です。 ◆ ────────────────────────── ◆  ▼△▼ 俊良主節(シュンリョシュブシ) ▼△▼  ハレーイなきや拝(うが)むヨイー  ハレことや夢(いむい)やちゅんまヨイ  ハレ見らぬヨイーヤーレイー   ……以下略  (共通語訳)  あなたにお目にかかろうなどとは、  夢だにも見ませんでしたのに  (田畑英勝・亀井勝信・外間守善編集      『南島歌謡大成』第5巻、1979、角川書店) ◆ ────────────────────────── ◆ CDの歌詞カードでは言葉の意味を端折って記していましたので、こ こでは別の本から引用しました。上記では、歌詞は一部ですが、奄 美シマウタ研究の第一人者、小川学夫氏の『奄美シマウタへの招待 』(春苑堂出版、1999)によれば、俊良主節は、奄美大島名瀬出身 の実在の人物・俊良主をうたった物語ウタで、物語に即した歌詞も 多く伝えられています。ですが、上の歌詞は、必ずしも物語との結 びつきを必要とはしていません。「節」の名称は、この例のように 、物語と結びつくこともありますが、旋律の名称でもあります。も ちろん、これが物語と結びつくことにより、より深く人々の心に入 っていくということは、あります。 これは、RIKKIがはじめて手がけたというシマウタのアレンジで、ラ イブでのトーク(http://www1.ttcn.ne.jp/~LaCana/talk/talk01.ht ml)では、「奄美の島唄は、悲しい伝説なんかがすごく多いんです。 だから、あえてそういう歌をさけて」このウタを選んだのだと言っ ています。とくに印象的なのは、ウタの背後に流れるピアノの旋律 で(他の楽器の音もありますが)、これが、奄美のシマウタに特徴的 な悲しげな裏声ととてもよく合っています。奄美のシマウタは、ど うもピアノと相性が良いようです。 ピアノとの相性という意味で、はずしてはならないのが、現在横浜 で生活している奄美のウタシャ朝崎郁恵の『海美 AMAMI』(NAPI M USIC NAPI001)です。朝崎さんの名前は、このアルバムをきっかけ に広がっていき、ピアノとのコラボレーションは、これを含めて、 3作を数えるまでになっています。(http://www.artree-jp.com/) 『海美 AMAMI』のなかから、私が大好きな「よいすら節」です。 ◆ ────────────────────────── ◆  ▼△▼ よいすら節 ▼△▼  舟(ふねぃ)の高艫(たかどぅも)に ヨイスラ  舟の高艫に ヨイスラ〈スラヨイスラ〉  白鳥(しりゅどぅり)に坐(ゐ)ちゅり スラヨイススラヨイ  白鳥やあらぬ ヨイスラ  白鳥やあらぬ ヨイスラ〈スラヨイスラ〉  姉妹神(うなりかみ)がなし スラヨイスラヨイ (共通語訳)  舟の艫先に  白鳥が泊まっています。  そこにとまっているのは白鳥ではなく  守り神なのです。 ◆ ────────────────────────── ◆ 上記の歌詞については、私がかつて出していた「琉歌詞華集」とい うメルマガ(http://www.kyoto.zaq.ne.jp/suetsugu/ryuka%20antho logy/ryukaanthology10.htm)でも取り上げたこともあるので、詳し くはそちらに譲りますが、舟の艫先に泊まっている白鳥は、白鳥そ のままなのではなく、おなり(姉妹)神だ、という内容です。男性を その姉妹が霊的に守るというオナリ神信仰を象徴的にうたっている とされ、よく知られた歌です。 これを、朝崎さんのシマウタに惚れ込んだ高橋全のピアノをバック に聞くと、涙が出そうになります。白鳥が目の前に出現するかのよ うなのです。沖縄諸島に比べると、奄美では歌声に重きがおかれま す。その特徴であるもの悲しさが、さらに深まるような気がします 。そして、何度聞いても飽きません。名瀬市にある古書店、あまみ 庵の店長・森本真一郎さんは、このCDを店で流し続けているうちに 、口コミでこれが売れるようになったと教えてくれました。耳を澄 ませていると、その理由がよくわかる気がします。 さて最後は、ちょっと雰囲気を変えます。これも、あまみ出身の4 人組ボーカルグループYANAGIYA Vの『S.T.E.P』(TDK RECORDS TDCT -1146)から「Sunshine Reggae〜KANA」です。 ◆ ────────────────────────── ◆  ▼△▼ Sunshine Reggae〜KANA ▼△▼  Sunshine Sunshine Reggae  Sunshine Sunshine Reggae  Sunshine Sunshine Reggae  Sunshine Sunshine Reggae  行きゅんにゃ加那   吾きゃくと忘れて  行きゅんにゃ加那  うたっちゃ うったちゅんば 行きぐるさ  スーラ行きぐるさ  (共通語訳)  行ってしまうのですか。  私のことを忘れて  行ってしまうのですか、いとしい人よ。  立とうと、立とうと思うと、息苦しい。 ◆ ────────────────────────── ◆ 共通語訳は、やはり小川氏の『奄美の島唄』(根元書房)をもとに 、私が付けました。「加那」は、女性の名前の末尾に付く敬称辞で 、単独で用いられる場合は、愛しい女性を男性から呼ぶ言葉です。 歌詞の通り息苦しいほどの女性への気持ちがうたわれています。こ の曲の最初には、三味線に乗せて、男女で交わされる実際の「行き ゅんにゃ加那節」の一部が収録されていて、これはウタの歌詞の通 り、主人公の気持ちを代弁するかのようなうたい方です。 ところが、これを承けて「Sunshine Sunshine Reggae」の歌詞から 始まるこの曲は、文字通り日没前のけだるさをたたえたリズムと旋 律のウタになっています。たしかに、上記では省略した部分では、 夜中に目が覚めて、加那のことを思い出すと、寝られなくて、その うちに鳥が鳴いて夜が明けたという内容がうたわれています。また 、レゲエ調のアレンジなのだからそういう雰囲気は当然だとも言わ れそうなのですが(といってもレゲエのことをそれほど知っている わけではありません)、心地よいテンポでうたわれながら、それで いてもの悲しさが消えていないという、微妙なアレンジになってい ます。 このCDを買った当初は、レゲエ的なアルバムに突然表れる実際のシ マウタに続くこの曲が好きで、何度も繰り返して聴いていました。 奄美のシマウタをこのようなかたちで、日常生活のなかで(研究で はなくて)集中して聴いたのは、はじめてのような気がしました。 前後の曲との関係で、私には新鮮に感じられたのだと思います。 さて、長々と書いて参りました、私のベスト3は、ポップス調の奄 美シマウタという、ちょっと変わったものでしたが、このような道 筋を経ることで、大和人の私が、島々のウタを少しずつ聴けるよう になったというお話でした。皆さんも、ぜひ一度、元ちとせらの歌 声を、シマウタを意識しながら聴いてみてください。その背後には 、新鮮な水を大量にたたえる奄美の太古の森と、限りなく続く青い 海があります。そのウタの世界へ一度入ってみてはいかがでしょう か。 ────────────────────────────── >>>>>>>> 前号配信数 / 247 <<<<<<<<< ────────────────────────────── ▼ ひ と こ と ▼ 編集子の余裕の無さから、このマガジンでの紹介ができませんでし が、今月の10・11日に名古屋で、日本歌謡学会の春季大会が開催さ れました。そこに、鹿児島国際大学の松原武実先生が出席されまし た。先生は、種子島ご出身で、奄美諸島から九州にいたる民俗音楽 を研究されています。学会出席の目的の一つは、編集子が無理矢理 に頼み込んだ秋の大会の開催校責任者として、大会をPRに来られた のですが……。 その松原先生と、上に取り上げました小川学夫先生が、The BOOMの 「島唄」はシマウタか(?)という議論を、たしか『鹿児島ジャーナ ル』という雑誌上でかなり前に戦わせていたのを読ませていただい た覚えがあります。そのコピーを今探し出すことが出来ないのです が、松原先生はたしか、生活から離れたシマウタはシマウタではな いという立場でした。 そのことを、懇親会後のお茶の席で話題にすると、上に取り上げた RIKKIの島唄コンサートを鹿児島で企画したことがあるとい言われ、 彼女が装飾のないとても素直な歌い方をかつてはしていたと話され ました。歌声に重きをおく奄美のウタシャは、コンクールなど、生 活の場ではなく、人前でうたうことが多くなり、その結果歌い方に 装飾が加わることになったと言われます。 ウタは生き物なのですから、うたいそして聴く人々の関係、つまり 〈ウタの場〉の要求により変化していくのは仕方がないと私は思う のですが、たしかに中野律紀の素直なシマウタを一度聞いてみたい 気がします。観光ネットワーク奄美が運営する「RIKKIオフィシャル ファンサイト」(http://www.amami.com/RIKKI/index.html)を通して でも、中野律紀のシマウタカセットを取り寄せることにしましょう 。(編) ────────────────────────────── ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願 いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに 返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時 間がかかります。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<■ □------◆ 電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □----◆ まぐまぐID:0000054703 □--◆ 発行人:歌謡研究会 (末次 智、編集係) □◆ E-mail:suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp ■ Home Page:http://web.kyoto-inet.or.jp/people/suesato/ □◆ 購読の停止、配信先の変更等は、上記Webにて可能です。 □--◆ また、歌謡研究会の例会の案内・これまでの内容、 □----◆ そして、会誌『 歌 謡 ― 研究と資料 ― 』 □------◆ の目次も、上記Webで見ることができます。 ■<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<■ 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