『歌謡(うた)つれづれ』024
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■    歌謡(うた)つれづれ−024 2001/06/22 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■  ※まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。※ ******************************************************* □□■ 「ちゅらさん」の一場面より ■□□          末次 智〈suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp〉 読者の皆さん、はじめまして。このマガジンの編集子こと、末次で す。これまで、裏方としての(どこが?、毎回「ひとこと」を書いて るくせに……)編集の仕事に徹してきましたが(というほど、たい へんな作業ではありませんが)、マガジンの配信が軌道に乗り始め ましたし、執筆者の皆さんの原稿に刺激を受け、私も書きたくなり ましたので、ここいらへんで華々しく(?)初登場といかせていただ きます。 さて、みなさん。NHKの連続テレビ小説「ちゅらさん」をご覧になっ ていますでしょうか。毎回とはいかないのですが、私も楽しく見て おります。たとえば、今日(22日)の放送分などは、「なんでぇ、 えりーは、ずっと思い続けたことを文也君に告白しないかねー」と ワジワジー(琉球方言でイライラという意味)しながら見ていまし た。明日は、ついに沖縄芝居の重鎮平良トミ演じる、地上最強のハ ナオバァの東京進出となるようです。(私はNHKの回し者ではありま せんが、長くなりますから、内容の説明は省略しますので、一度ご 覧になって下さい。) さて、そのちゅらさんのなかでも、ウタの島沖縄の雰囲気をよく再 現しているのが、元りんけんバンドのメンバーでドラマの方言指導 もしている藤木勇人、彼が演じる兼城マスター経営の沖縄料理店「 ゆがふ」の店内です。あそこに登場して三線で踊っているのは、た とえば東京の沖縄県人会の方々だそうですから、当然といえば当然 ですが。兵庫沖縄県人会誌『榕樹』の記事によりますと、「ゆがふ 」の舞台セットの出来は、エキストラの県人会の方も感心するほど だとか。テレビ画面でも、たしかによく雰囲気を伝えていると、私 も思います。 さて、その「ゆがふ」店内のシーンで、ふらちにも、役者さんの演 技よりもまず先に目につくものが、私にはあります。引き戸を開け て入ってきた人を、店内テーブル席側から撮影した場面でそれは写 ります。入り口から入って左側の柱にご注目下さい。柱の上の方に 、白いお面がかかっています。いやー、長い前振りでしたが、これ こそが今号で取り上げるミロクのお面です。でも、「ミロクって、 あの弥勒菩薩のこと?」と思わたれ方のために、すこし説明が必要な ようです。 沖縄諸島、とくに沖縄本島以南の島々に、ミロク(あるいはミルク とも)と呼ばれる民俗芸能が伝わっています。それが演じられる祭 りはさまざまで、一概には言いにくいのですが、たとえば、八重山 諸島の竹富島では、稲の種取り祭のさいに、舞台にミロクが登場し て「弥勒節」というのをうたいます。一部を引きます。いちおう、 共通語訳もつけます。 ************************************************************  「弥勒節」     (共通語訳)  1大国ぬ弥勒     大国の弥勒様が   竹富に いもち   竹富島に来られて      ―― 中略 ――  4十日越しぬ 夜雨  十日ごとに 降る夜雨は   弥勒世ぬ しるし  弥勒世の兆し  5押す風ぬ 黄金   さわやかな風に揺れる稲穂は   弥勒世ぬ しるし  弥勒世の兆し   (全国竹富文化協会編『芸能の原風景』瑞木書房) ************************************************************ 訳文を読んでいただければお分かりのように、、ミロク(弥勒)が 「大国」から竹富島に来たことが1番ではうたわれています。同諸 島の石垣島登野城では、大浜用倫という人がミロクのお面をベトナ ムから持ち帰ったという話が伝えられてもいます。つまり、海の彼 方からやってくる神なのです。これと同種のお面が「ゆがふ」の柱 にかかっているのですが、見ていただければおわかりのように、そ れは弥勒菩薩というより、布袋さんの顔なのです。ものの本により ますと、中国で実在した僧である布袋は、弥勒の生まれ変わりとさ れ、布袋即ち弥勒であると認識されるようになったとのこと。その かたちでかつての琉球に入ってきたようです。 4番と5番でうたわれているのは、このようなミロク神の到来によ りもたらされる稲の実りの風景です。ミロク神の到来は、稲の豊穣 をもたらすのです。だから、沖縄諸島のミロクは、仏教的な弥勒菩 薩というより、豊穣をもたらす神の一つとして、沖縄諸島に根付い ているのです。えりー一家の故郷であり、えりーと文也の出逢いの 場所であり、さらに文也の兄和也が、短い人生の最後を過ごした島 である小浜島なども含む、八重山諸島には、海の彼方からやってく る神様がまだ息づいています。 さて、そのような豊穣の世のことを、うたでは「弥勒世」と表現し ています。ミロク世は、琉球弧全域でよく知られた語です。沖縄本 島の定型詩である琉歌には「弥勒節」という節(メロディ)でうたわ れるものがあり、そのうちの一つです。 ************************************************************  「弥勒節」 (共通語訳)  弥勒代の昔    昔あったという弥勒代の豊年が  くり戻ちなまに  いままたくり返して来て  お真人のまぎり  万民こぞって一緒に  遊ぶうれしや   遊ぶのはまことに嬉しいことだ  (島袋盛敏・翁長俊郎『評音・評釈琉歌全集』武蔵野書院 1968) ************************************************************ ここでは、ミロク世は過去にあった理想的な豊穣の世の中という意 味をもっています。みんなが一緒に神遊びをする祭りのなかで、そ れがまたくり返されることがうたわれています。これは、理想的な 時空を再現するという祭りの論理に即していて、そのさいミロク世 は神話的な時空です。釈迦入滅後、56億7千万年後にこの世に現れ 、竜華三会の説法によって釈迦の救いからもれた人を救うというの が、仏教における弥勒の位置づけですが、豊穣の神となった沖縄の ミロクは、また神話的な時空へともどっていくかのようです。 「弥勒世」とともに、やはりミロクを使った言葉として、「弥勒世 果報」があります。次の琉歌をご覧になって下さい。やはり弥勒節 のうちの一つです。 ************************************************************  道道つまた    方方の辻辻で  歌うたて遊ぶ   人人が歌をうたって遊んでいる  弥勒代のよがほ  これは弥勒代の豊年が  近くなたさ    近くなっているを喜んで祝ったもので           まことにめでたい  (同 上) ************************************************************ ここでは、ミロク代に「よがほ」という言葉か付いています。共通 語訳では「豊年」となっていて、「弥勒代」と同じ意味です。「世 果報」と言う漢字を宛てられることが多いこの言葉も、やはり豊年 を意味します。果報な世ということで、文字本来の意味からすると 、幸せな世というほどの意味ですが、それはすなわち豊穣の世とい うことでしょう。「よがほう」は16世紀から17世紀にかけて琉球王 府が編集した歌謡集『おもろさうし』にも多くの用例が見られる、 古い言葉です。 この「弥勒世の世果報」という言葉ですが、これとほぼ同じ用例と して、「弥勒世果報」という言葉の方がむしろ多いのです。「弥勒 世果報年」(同上、1931番)という例もあります。ミロクによって もたらされる世果報といった意味でしょう。かなり長くなってしま いましたが、そろそろ結びです。ここまで読まれて、すでにお気づ きの方もいらっしゃると思いますが、そうです、ミロクの面を飾っ ている店の名前「ゆがふ」は、世果報なのです。 オ段の音は、ウ段化する傾向が琉球方言にはありますので、yogaho のyoがyuと変化して、yugahuとなったものです。つまり、「ゆがふ 」の方が発音に近い表記になります。そして、お面と店の名前をつ なげると、ミロクユガフ = 弥勒世果報となり、これまで見てきたよ うに、最高に幸せな世の中という意味になります。あの店は、そこ に集う人々にとってまさに最高に幸せで豊穣な時空であるのに違い ありません。八重山出身のボーカルグループBIGINのメンバーが演じ る青年・黒島が、ゆがふでソーミンチャンプルーを食べて涙を流す 場面は、それを象徴していたように思えます。 母が沖縄の出身で、ヒロインえりーの名字・古波蔵もその母の旧姓 だという、原作・脚本の岡田恵和は、このようなことをじゅうぶん 意識してシナリオを書いているような気がします。ここまで、書い てふと思ったのですが、私が見ていない回に、ミロクの面や芸能に かかわる内容のものがなかったでしょうか。あったら、このくどい 文章は、さらにくどいものとして感じられることになりますね。も しそうだったら、スミマセン。ほんとに長くなりました。 ************************************************************ ▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/213] 友人の実家がドラマの最初の舞台となった小浜島にあり、私はその 島で、あの世からやってくる神様であるアンガマーの芸能を大学時 代に見せていただいたことがあります。そこでお会いしたオバアが 「私は生まれてからずっとこの島で過ごしてきたさー(言葉をかな り改竄している)」と言われたことが、今でも印象に残っています。 ゆっくり歩いても、一周するのに一日もかからないような小さな島 に息づく、豊かな人生のことを「ちゅらさん」を見ながら思い起こ しています。(編) ************************************************************ ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願 いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに 返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時 間がかかります。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ □電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □まぐまぐID:0000054703 □発行人:歌謡研究会 □E-Mail:suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp(末次 智、編集係) □Home Page: http://web.kyoto-inet.or.jp/people/suesato/ ■ ※購読の中止、配信先の変更は上記Webから可能です ■ ※また、歌謡研究会の例会案内・消息、会誌『歌謡 ― 研究と ■ 資料 ― 』バックナンバーの目次も、ここで見ることができ ■ ます。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




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