『奄美・沖縄エッセイ』049
■■■■■>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>◆ 2009.01.26 ■
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◆■■ ---------- ■ 奄美・沖縄エッセイ ■◇■
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■□■満月と新月の夜に配信します/本日旧暦0101●新月■□■


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     □◆□◆□▼ 文字を食べる ▼□◆□◆□

ハイサイ。いつのまにか年が明け、1月も終わろうとしています。そ
して、なんと?、本日は、旧暦の正月元旦です。沖縄では、旧暦で新
しい年を祝うところもまだ残っていると聞いていますので、月の満ち
欠けを基準に生活している人たちには、「明けましておめでとうござ
います」ですね。前にも書いた気もいたしますが、太陽と月の暦では
、どちらがヒトに合っているのでしょうか。今のような時代、月の暦
を思い出してみても、よいのではという気もいたします。

さて、前回、前々回にも書いたのですが、私には、その表現から深い
影響を受ける人が何人か居ます。その一人が、今回取り上げる杉浦康
平氏です。杉浦氏編著『文字の美・文字の力』(誠文堂新光社、2008.
12.04)の著者プロフィールで、氏について紹介させていただくと、
「1932年、東京生まれ。グラフィックデザイナー、神戸芸術工科大学
名誉教授」です。とくに私は、ブックデザイナーとしての仕事が好き
で、その「東洋と西洋のデザイン思考の統合を目指す作品」は、多く
の書籍を装っています。そして、今回のような、自身の編著書も何冊
も出ています。今でも、すでに齢七十半ばとは思えない、旺盛な仕事
振りです。

その杉浦氏の近著が上記の本なのですが、40年に及ぶ著者の「アジア
図像研究」で集められた、様々な「文字」のかたちが、著者の解説と
共に、紹介されています。「文字液が流れる」「文字を纏う」「文字
を戴く」「文字を運ぶ」、そして「文字と暮らす」と題された各章、
このタイトルを読むだけでも、文字からイメージが溢れてくるような
気がします。本書の写真で紹介される、さまざまな対象に書かれ、刻
まれた文字(漢字)の姿の、その姿の多彩なこと。私の知る、杉浦氏
の他の仕事でもそうですが、そのイメージの豊かさが特色です。この
本の「まえがき」から引用します。

▽パソコンや携帯メールなどが普及した現代は、文字と人の関係が激
変した時代です。文字は書かれず、キーボードで打ち出され、そのた
めに、かつて文字が包み込んでいた生命力、身体性は、余分なものと
して消え去ろうとしています。/だが、一方で、文字の魅力を新しく
見直そうとする取り組みも始まっています。単なる記号に止まらない
、記号性からはみ出した文字の活力を再発見しようとする動きです。
△

杉浦氏のブックデザインは、フォント(文字の種類)を徹底的に選び
抜き、人の視覚を前提にレイアウトすることで、一つの宇宙を産み出
しています。そのさい、「文字が包み込んでいる生命力」も当然なが
ら、浮き上がってきます。もともと書籍は、始まりと終わりを持つ、
掌の中の小宇宙だと私は思っていますが、杉浦氏の仕事は、そのこと
を私たちに強烈に印象付けます。そのような仕事は、氏の東西の伝統
的なデザイン研究の産物でもあります。昨年末、久しぶりに立ち寄っ
た河原町三条のMEDIA SHOPという書店で手に取り、すぐに気に入り購
入した私は、その夜この本のページをめくりながら、思い出したこと
がありました。

長い前置きになりましたが、私がこの本のイメージから想起したのは
、沖縄ではよく知られた、ある食べ物でした。俗称「の(う)まんじ
ゅう」、正式名称(?)「ぎぼまんじゅう」と呼ばれる、お菓子です
。実は、学生時代、那覇市の儀保(ぎぼ)のアパートに住んでいた私
は、道をはさんで向かいにあったこの有名な饅頭屋さんの(といって
もとてもとても質素なお店だったのですが、それゆえにでしょうか)
存在に気付いていないのでした。京都で生活するようになって、なに
げなく開いた沖縄のグルメ本に紹介されたいたこのお店を訪れたのは
、二十数年後のことでした。

新しくできたモノレールの儀保駅をを降りると、すでに、かなり古び
ていた(当時もそれほど新しくなかった)アパートは健在で、階段を
上り、かつて自分が住んでいた部屋の前に立った時は、時間の経過を
感じました(外から見たら、不審者ですね)。そして、階段を下りて
、道をはさんだお店を尋ねると、そこには店の構えは残っているもの
の、人影はなく、よく見ると、店を移転した旨の、今にも破れそうな
張り紙がしてありました。かなり前に移転したのでしょう。その紙に
は、地図も書いてあり、そこから歩けそうだったので、てくてくと歩
いて、店を探したのでした。

しかし、炎天下の沖縄、ミネラルウォーターを飲みながら、20分ほど
歩いたでしょうか、なんとか「ぎぼまんじゅう」という旗と看板を見
つけました。(今でも、元の場所に買いに来た人のために、道に矢印
の表示があるようです。現在は、首里の久場川町です。)店内に入る
と、ぷんと、私の大好きなサンニン(月桃)の葉の香りがします。ネ
ットを見ていると、これを含めて、那覇の三大饅頭というのがあって
、このうち首里高校の近くにあった山城饅頭もやはりサンニンの葉に
包んでくれ、饅頭にもその香りが私は大好きでよく買いに行きました
。こちらは、道路整備で、店舗は今は無くなっていました。

しかし、山城饅頭に比べて、こちらは一つがデカイ!(ちなみに一つ
100円です)私が行くと、箱に並べた蒸し立てを奥から出してきて、
おいくつですか、と聞いてくれます。せっかくだからと、「五つ」と
いうと、おもむろに筆を出して、その大きなほかほかの饅頭に赤い食
紅で饅頭の表面いっぱいにさっと「の」の字を書いてくれるではあり
ませんか。グルメ本で知っていたとはいえ、目の前の文字は、まるで
包まれたサンニンの葉の香りとともに、饅頭の芳醇さを私に訴えかけ
てくれるようです。これもよく知られていることですが、「の」の文
字は熨斗(のし)の「の」とのこと。熨斗(のし)とは、慶事におけ
る進物や贈答品に添える六角形の飾りのことで、アワビの肉を延ばし
てつくり、これが長生き(延寿)につながるのだそうです。

そうなのです。そして、そこに書かれた文字は、「食べる文字」なの
です。「文字を食べる」。杉浦氏の本には、食べられる文字の例はあ
りませんが、しかし、たとえば本書でも最も多く取り上げられる「壽
」の文字が記された饅頭を、私たちも結婚式などの祝いの席でもらう
ことがよくあります。あれにも通じます。壽もめでたい文字、これを
刻んだ饅頭を食べることで、私たちはそのプラスのエネルギー(縁起
の良さ)を戴いていることになります。のまんじゅうの場合、のの字
は熨斗を象徴しており、食することで長生きに通じるわけです。これ
を目の前で文字を書いてくれるだけ、文字の身体性は高まることにな
ります。そして、なんといっても、これを包むサンニンの香り、そし
て、濃厚なあんこ。文字は生きています。

ちなみに、頼めば、他の文字も書いてくれるとのことです。落ち着い
た場所に着くまで待ちきれなかった私は、店を出てすぐの駐車場の隅
に影をみつけ、汗をかきながらも、まだ暖かい大きな饅頭にむさぼり
つきました。の文字のどこから食べたかは覚えていません。あんこは
熱いくらいでした。やはりサンニンの香りが食欲をそそりました。し
かし、さすがに、5個は多かった。ホテルに帰ってしばらくしてから
戴いた、冷えた饅頭も、また、格別でした。これで、少し長生きそう
です。
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           ■◇■ あとがき ■◇■

偶然ですが、正月に合った、めでたい、長い(^_^;)お話になりました
。のまんじゅうは、とても有名で、ネットでもたくさん紹介されてい
ますので、食べてみたい方は、そちらで写真や正確なお店の場所など
を確認されて下さい。

前回ご紹介した藤原新也氏の新版『メメント・モリ』の英語版が出て
いるのを、書店で見かけました。ぱらぱらとめくったところ、日本語
版と少し違う箇所もあるような気もしました。こちらも、関心のある
方は、どうぞ手にとって見て下さい。
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